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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第11章
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January Story28

勇人とともに、本拠地からの帰り道を歩いていた蒼太は、道の先で、優樹菜と遭遇し───?

 前方から、地面を強く打つ靴の音が聴こえてきたのは、後、もう数歩で、家に着くという時だった。


 本拠地からの帰り道。勇人とともに道を歩いていた蒼太は、「あれ……?」と、目を見開いた。


「優樹菜さん……?」


 今日、「崎坂睦月に会いに行ってくる」という理由で、本拠地を訪れていなかった優樹菜が、こちらに向かって走ってきている。


 駆け寄ってきた優樹菜は、激しく、息を切らしていた。


 どうしたのかと蒼太が問いかけようとした時、優樹菜の緊迫の浮かぶ瞳が、それを遮った。


「2人とも、無事……!?」


 何のことを聞かれているのか分からず、蒼太は、「えっ……?」と、優樹菜を見つめた。


 そして、気が付いた。


 優樹菜の桃色の髪の毛に、枯れ草が絡まっている。


 茶色いコートの右肩部分に、薄黒い汚れが付いていたり───それらが、この直前に、優樹菜の身に、"何かがあった"ことを物語っているようだった。


「お前こそ、何して来てんだよ」


 勇人が問いかけると、優樹菜は、はっとしたように目を見開き、


「───バカッ!」


 勇人に向かって、そう、叫んだ。


「何で通信機の電源切ってんのよ!持ってるだけで使えなかったら意味ないでしょ!?本当に、いつもいつも、心配ばっかりさせて……」


 捲し立てるように言った優樹菜が、そこで、言葉を詰まらせた。


 蒼太は、はっとした。


 激しく息を切らした優樹菜の、その瞳が、潤んでいるのが見えたのだ。


「優樹菜、さん……?」


 蒼太が呼びかけた直後、勇人が、口を開いた。


「落ち着けよ」


 勇人は表情を変えることなく、ただ、優樹菜の瞳を、見つめていた。


「何があったんだよ」


 優樹菜が、見開いた目で、勇人を見つめ返す。


 緩やかに吹いた風が、優樹菜の肩に付いた枯葉を、どこかへ流していった。


 ※


 この家のリビングに、蒼太、勇人、優樹菜の3人が集まるのは、初めてのことだった。


 テーブルを挟んで、蒼太の真向かいに座った優樹菜は、自身の身に起こった出来事を、緊張を滲ませた口調で、語りだした。


 崎坂睦月───彼の境遇と、目的。


 その事実に、蒼太は、音もなく、目を見開いた。


「睦月は、私たち……"ASSASSIN"のメンバー6人を狙うように、頼まれた」


 優樹菜は、胸に膨れ上がった感情を、必死に押し殺すように、言った。


「睦月は、最初、それを拒絶しようとしてた。だから……私に本当の事を話して、自分が遭った境遇から、救ってほしかったんだと思う」


 優樹菜の瞳が、微かに動いた。


「……今になって……やっと、気付いた。……睦月は、私のこと、好きでいてくれてたんだって……」


 その声は、優樹菜が、優樹菜自身に言い聞かせているようで───蒼太はただ、優樹菜の伏せた瞳を見つめることしかできなかった。


「……睦月に、私たち6人を狙う理由は、ないはずだった」


 優樹菜の声に、深い痛みが滲む。


「……なのに、私が……睦月の心を、裏切ったから……」


 優樹菜が、きつく、唇を噛みしめる姿を、蒼太は見た。


「だから……」と、優樹菜は声を振り絞るように言った。


「……睦月は、見つけたの。”ASSASSIN”のメンバーを、殺す理由を。でも、それは……6人全員に共通する理由じゃない……。6人の内、一人に、当てはまる理由……」


 優樹菜は、目を上げた。その視線の先には、勇人がいる。


「睦月は……最初に、矢橋くんを狙うつもり……。睦月にとっては……睦月の目には、矢橋くんの存在があるせいで、私が、自分のことを見てくれないって……そう映ってるみたいなの。……矢橋くんは、睦月にとって、唯一、殺す理由がある相手に、なってしまった……」


 蒼太は、言葉を失った。



 "君、勇人の、弟……!?"



 あの時、あの少年が見せた、驚きと興奮が入り交じったような表情が、目に浮かんだ。


 あの人が───兄ちゃんと優樹菜さんの、同級生だった人が、殺人犯になろうとしてる……。


 ───ぼくたちを、殺そうとしてる。


 そして……その最初の相手を、勇人に決めようとしてる……。


「────とんだ言い掛かりだな」


 その声に、蒼太は、はっと、顔を上げた。


「俺が死ねばどうにかなるとでも思ってんのかよ」


 勇人が、言った。その声は、いつもと変わらず、静かで、何処か気怠げなものだった。


 優樹菜が、勇人の目に向かって、「……でも」と、声を発する。


「……睦月は、本気だった。どうにもならなくても……それでもいいって、思ってるみたいだった……」


 優樹菜は、深く目を伏せると、


「……ごめん……」


 そう、声を落とした。


「……睦月が、そんなふうになっちゃたのは……私のせい……。……私が、うまくやれなかったから……」


 その姿に、蒼太は、「そんな……」と、手を、伸ばしかけた。


 しかし───同時に、そんな言葉では、優樹菜の心を救えないということを、察してしまった。


 蒼太が、優樹菜に向けた手の、か細い指先を見つめた時、「───らしくねぇな」と、勇人が、口を開いた。


「自分が被害かけられたように勘違いしてる奴に、簡単に負けんなよ」


 優樹菜が、目を上げて、勇人を見つめる。


「"負けるな"って……勝ち負けの話じゃないでしょ」


 優樹菜の視線を遮るように、勇人が、「お前」と、呼び掛ける。


「俺が、あいつに負けると思うか」


 優樹菜が、目を見開く。


 蒼太は、優樹菜と、勇人、2人の間に流れる空気を、見つめた。


 しばらくして───


「……ううん」


 優樹菜が、首を、横に振った。


「───思わない」


 優樹菜が発した、その答えには、確信が、満ちていた。


 そして、それを聞いた勇人は、すっと、優樹菜の目から視線を逸らしながら、


「だったら、そういうことなんだろ」


 ただ一言、そう言った。


「……何よ、その適当な返事」


 優樹菜が、呆気にとられたように言う。


 しかし、隣でその姿を見つめていた蒼太は、優樹菜の瞳の中に、確かに、光が宿っていくのを見た。


 そして、それは、蒼太自身も、同じだった。


 辛い話を聞いた後のはずなのに、蒼太の心は、暖かくなっていた。


 蒼太は、崎坂睦月が、どんな少年なのか、詳しいことは何も知らない。


 それでも、崎坂睦月に、勇人は負けない───優樹菜が持てた確信と同じものを、蒼太は持つことができた。


 だから───きっと大丈夫だ。


 自分にそう言い聞かせると、心の中の自分が、大きく、頷いた。

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