January Story28
勇人とともに、本拠地からの帰り道を歩いていた蒼太は、道の先で、優樹菜と遭遇し───?
前方から、地面を強く打つ靴の音が聴こえてきたのは、後、もう数歩で、家に着くという時だった。
本拠地からの帰り道。勇人とともに道を歩いていた蒼太は、「あれ……?」と、目を見開いた。
「優樹菜さん……?」
今日、「崎坂睦月に会いに行ってくる」という理由で、本拠地を訪れていなかった優樹菜が、こちらに向かって走ってきている。
駆け寄ってきた優樹菜は、激しく、息を切らしていた。
どうしたのかと蒼太が問いかけようとした時、優樹菜の緊迫の浮かぶ瞳が、それを遮った。
「2人とも、無事……!?」
何のことを聞かれているのか分からず、蒼太は、「えっ……?」と、優樹菜を見つめた。
そして、気が付いた。
優樹菜の桃色の髪の毛に、枯れ草が絡まっている。
茶色いコートの右肩部分に、薄黒い汚れが付いていたり───それらが、この直前に、優樹菜の身に、"何かがあった"ことを物語っているようだった。
「お前こそ、何して来てんだよ」
勇人が問いかけると、優樹菜は、はっとしたように目を見開き、
「───バカッ!」
勇人に向かって、そう、叫んだ。
「何で通信機の電源切ってんのよ!持ってるだけで使えなかったら意味ないでしょ!?本当に、いつもいつも、心配ばっかりさせて……」
捲し立てるように言った優樹菜が、そこで、言葉を詰まらせた。
蒼太は、はっとした。
激しく息を切らした優樹菜の、その瞳が、潤んでいるのが見えたのだ。
「優樹菜、さん……?」
蒼太が呼びかけた直後、勇人が、口を開いた。
「落ち着けよ」
勇人は表情を変えることなく、ただ、優樹菜の瞳を、見つめていた。
「何があったんだよ」
優樹菜が、見開いた目で、勇人を見つめ返す。
緩やかに吹いた風が、優樹菜の肩に付いた枯葉を、どこかへ流していった。
※
この家のリビングに、蒼太、勇人、優樹菜の3人が集まるのは、初めてのことだった。
テーブルを挟んで、蒼太の真向かいに座った優樹菜は、自身の身に起こった出来事を、緊張を滲ませた口調で、語りだした。
崎坂睦月───彼の境遇と、目的。
その事実に、蒼太は、音もなく、目を見開いた。
「睦月は、私たち……"ASSASSIN"のメンバー6人を狙うように、頼まれた」
優樹菜は、胸に膨れ上がった感情を、必死に押し殺すように、言った。
「睦月は、最初、それを拒絶しようとしてた。だから……私に本当の事を話して、自分が遭った境遇から、救ってほしかったんだと思う」
優樹菜の瞳が、微かに動いた。
「……今になって……やっと、気付いた。……睦月は、私のこと、好きでいてくれてたんだって……」
その声は、優樹菜が、優樹菜自身に言い聞かせているようで───蒼太はただ、優樹菜の伏せた瞳を見つめることしかできなかった。
「……睦月に、私たち6人を狙う理由は、ないはずだった」
優樹菜の声に、深い痛みが滲む。
「……なのに、私が……睦月の心を、裏切ったから……」
優樹菜が、きつく、唇を噛みしめる姿を、蒼太は見た。
「だから……」と、優樹菜は声を振り絞るように言った。
「……睦月は、見つけたの。”ASSASSIN”のメンバーを、殺す理由を。でも、それは……6人全員に共通する理由じゃない……。6人の内、一人に、当てはまる理由……」
優樹菜は、目を上げた。その視線の先には、勇人がいる。
「睦月は……最初に、矢橋くんを狙うつもり……。睦月にとっては……睦月の目には、矢橋くんの存在があるせいで、私が、自分のことを見てくれないって……そう映ってるみたいなの。……矢橋くんは、睦月にとって、唯一、殺す理由がある相手に、なってしまった……」
蒼太は、言葉を失った。
"君、勇人の、弟……!?"
あの時、あの少年が見せた、驚きと興奮が入り交じったような表情が、目に浮かんだ。
あの人が───兄ちゃんと優樹菜さんの、同級生だった人が、殺人犯になろうとしてる……。
───ぼくたちを、殺そうとしてる。
そして……その最初の相手を、勇人に決めようとしてる……。
「────とんだ言い掛かりだな」
その声に、蒼太は、はっと、顔を上げた。
「俺が死ねばどうにかなるとでも思ってんのかよ」
勇人が、言った。その声は、いつもと変わらず、静かで、何処か気怠げなものだった。
優樹菜が、勇人の目に向かって、「……でも」と、声を発する。
「……睦月は、本気だった。どうにもならなくても……それでもいいって、思ってるみたいだった……」
優樹菜は、深く目を伏せると、
「……ごめん……」
そう、声を落とした。
「……睦月が、そんなふうになっちゃたのは……私のせい……。……私が、うまくやれなかったから……」
その姿に、蒼太は、「そんな……」と、手を、伸ばしかけた。
しかし───同時に、そんな言葉では、優樹菜の心を救えないということを、察してしまった。
蒼太が、優樹菜に向けた手の、か細い指先を見つめた時、「───らしくねぇな」と、勇人が、口を開いた。
「自分が被害かけられたように勘違いしてる奴に、簡単に負けんなよ」
優樹菜が、目を上げて、勇人を見つめる。
「"負けるな"って……勝ち負けの話じゃないでしょ」
優樹菜の視線を遮るように、勇人が、「お前」と、呼び掛ける。
「俺が、あいつに負けると思うか」
優樹菜が、目を見開く。
蒼太は、優樹菜と、勇人、2人の間に流れる空気を、見つめた。
しばらくして───
「……ううん」
優樹菜が、首を、横に振った。
「───思わない」
優樹菜が発した、その答えには、確信が、満ちていた。
そして、それを聞いた勇人は、すっと、優樹菜の目から視線を逸らしながら、
「だったら、そういうことなんだろ」
ただ一言、そう言った。
「……何よ、その適当な返事」
優樹菜が、呆気にとられたように言う。
しかし、隣でその姿を見つめていた蒼太は、優樹菜の瞳の中に、確かに、光が宿っていくのを見た。
そして、それは、蒼太自身も、同じだった。
辛い話を聞いた後のはずなのに、蒼太の心は、暖かくなっていた。
蒼太は、崎坂睦月が、どんな少年なのか、詳しいことは何も知らない。
それでも、崎坂睦月に、勇人は負けない───優樹菜が持てた確信と同じものを、蒼太は持つことができた。
だから───きっと大丈夫だ。
自分にそう言い聞かせると、心の中の自分が、大きく、頷いた。
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