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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第11章
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January Story20

睦月が優樹菜たちの前に現れるのは、偶然か、それとも───。

(……どう……して……?)


 優樹菜は、自分が、ひどく混乱していることに気が付く。


 様々な光景が、脳裏に浮かんでは、消えていく。


 ただ、分かるのは、その光景の中すべてに、崎坂睦月がいるということだ—――。


 優樹菜は、衝動的に、「でっ……でも……」と、口を開いた。


「偶然っていう線が、完全にないわけじゃないでしょ……?……だって、ほら……睦月が、この学校の前を通り過ぎたのは、学校帰りにお母さんの職場による通り道だからだって、本人が言ってたし……それに……」


 そう続けようとした優樹菜は、勇人が制服のポケットの中を探る仕草をしたのを見て、言葉を止めた。


 勇人が取り出したのは、スマートフォンだった。


 そうして、上向きに差し出された画面を見て、優樹菜は、「え……?」と、声を上げた。


「地図……?」


 優樹菜の目は、その地図上に表示された、”逢瀬高校”の文字を、すぐに捉えた。


 ”逢瀬高校”の場所から、下向きに、赤い線が一本、伸びている───。


 その線を辿って、行きついた場所を見て、優樹菜は、息を呑んだ。


 和達高校───。


 睦月が通う学校。


 そして───優樹菜が、中学時代、進学したいと思っていた高校だ。


「あいつがあの日、俺たちと別れた後、どっちに歩いてったか、覚えてるか」


 頭上で、勇人の声がする。


 優樹菜は、記憶を遡った後、「……うん」と、頷いた。


「確か……校門を正面に見て、左側、だった……」


 呟きながら、地図上の道を、指で辿る。


「……えっ……?」


 優樹菜は、呆然とした。


「何で……?……これ……どういうこと……?」


 睦月が歩いて行った方角───それが、赤い線が向く方角と、一致しているのだ。


「どうして、高校がある方に戻るの……?いや……待って……。睦月のお母さんの職場が、この赤い線の間か、その周辺にあるんだとしたら……睦月は、学校を出た後……この学校の前は、通らないはずじゃない……?」


 優樹菜は、震える指先を、逢瀬高校を挟んで、赤い線の向こう側の道に運ぶ。


「あの日、睦月は、こっち側の道から歩いて来たんだよね……?学校がある場所と、真反対の場所から……」


 どうして……?何故、わざわざ、そんなことをする必要がある?


 学校から真っすぐ母の職場に向かう目的なら、行く必要のない場所まで向かって、折り返すように逢瀬高校の前を通るのに、何か、意味があるのか───?


 瞬間───優樹菜は、はっとした。


「……睦月は、私たちに、会いに来ようとしてたの……?」


 ※


 今、どこにいるのか分からない、連絡を取ることも難しいかつての知り合い───そんな人物と再会しようとするには、相当な労力を要する。


 だが、崎坂睦月にとっては、違う───。


 名前を知る相手なら、その人物が今現在、どこで何をしているのか知ることができる───そんな能力を、彼は持っているからだ。


 睦月はあの日、優樹菜と、勇人に会おうとして、2人が通う高校が、逢瀬高校であることを突き止めた。


 そして、2人と偶然鉢合わせたことが演出できるよう、放課後の時間を狙い、和達高校からバスに乗って、逢瀬高校まで来た───。


 優樹菜は、2日前、カフェのテーブルで向かい合っていた、睦月の笑顔を思い浮かべながら、「睦月は……」と、呟いた。


「……睦月は、どうして、私たちの前に、現れるの……?」


 スマートフォンの画面に浮かんだ地図に目を向けていた勇人が、視線を上げた。


 優樹菜は、自分の心臓が、嫌な音を立てて動いているのを感じた。


 勇人は、もう、知っているのだろうか───崎坂睦月の目的を。


 そして、自分は、それを聞いてもいいのだろうか───。


 勇人は、優樹菜に差し出した手を下ろすと、その方向に視線を向けながら、こう言った。


「それが分かってたら、ここでお前に訊いたりしねぇよ」


 優樹菜は、目を、見開いた。


「……それって……」と、声が漏れる。


 優樹菜が、続く言葉を発しようとした、その時、


「終わりましたか?」


 優樹菜の真横にある、理科準備室のドアが、唐突に開いた。


 白髪まじりの黒髪に、丸眼鏡をかけた背の低い男性教師───突如現れた河井英二の姿に、優樹菜は「うわっ!?」と大声を上げながら、身を引いた。


「ちょっ……!先生!驚かせないでくださいよ……!」


 優樹菜は、叫んだ。


「ああ、申し訳ない。まさか、そんなに驚かせてしまうとは思いませんでした。ドア越しに何やら声がするなと、耳を傾けていたら、あなたがた2人だと気付きましてね。ああ、ちなみに、”終わりましたか?”というのは、2人の会話に対してではなく、掃除についてです。2人とも、今日は、掃除当番でしたよね?」


 英二は、優樹菜と勇人、2人のことを交互に見つめて、首を捻った。


 英二は、この階の廊下掃除と、東階段の掃除の担当を務めていた。


 この英二が担当する区域の当番になった班の班員は、理科職員室にいる英二に対し、掃除が始まる前に、「掃除をしに来ました」と告げ、終わった時に「掃除が終わりました」と伝えに行く決まりになっている。優樹菜も、廊下の掃除を始める前、英二のもとを訪れていた。


 英二は「うーむ」という若干わざとらしい声をあげながら、顎に手を当てた。


「中野さんの班は、今日、廊下掃除担当で、勇人くんの班は確か、東階段の担当でしたよね?見る限り、中野さんは箒を持っていますが、勇人くんは何も持っていない。つまり、廊下掃除を行っていた中野さんが、東階段に向かっていない勇人くんの姿を発見して、掃除をして来るようにと要請していた───というところでしょうか?」


 英二の言葉に先に反応したのは、思いがけず、勇人の方だった。


 勇人は、「……決めつけるなよ」と英二に目を向けた後、箒を握りしめたままいる優樹菜のことを見た。


 優樹菜は、「あっ……」と、その箒を握りなおした。


「す、すみません……先生。実は、私もまだ、掃除、全然、できてなくて……」


 優樹菜の謝罪に対し、英二は、特に気に障った様子もなく、「ああ、そうでしたか」と頷いた。


「一人でこの廊下を掃除するというのは、大変ですからねぇ。こうして、来てくれるだけ、有り難いですよ。勇人くんの方の班は、さっき、湯川くんが来てくれていましたが……」


 そう、英二が言いかけた時、優樹菜の背後から、「先生」という声がした。


「階段の掃除、終わりました」


 箒と塵取りを手に、湯川斗真が歩いてきた。


 英二のそばに、優樹菜と勇人がいるのを見て、僅かに驚いたような素振りをみせたが、班員である勇人が掃除に参加しなかったことを責めるようなことを斗真はしなかった。


「湯川くん、お疲れ様です。僕も急ぎの仕事が終わり次第、そちらに向かおうと思っていたのですが……申し訳ない。最初から最後まで、一人でやらせることになってしまいましたね」


 ペコリと頭を下げる英二に、斗真は、「いえ」と首を振った。


「湯川くんは、これから、部活動ですか?」


「あっ、今日は、休みです。顧問の、高橋先生休みなんで」


 湯川斗真は、コンピューター部に所属している。その活動内容について、優樹菜は詳しいことをあまり知らないが、放課後、斗真が部室であるコンピューター室に向かう姿は、何度か見たことがあった。


「ああ、言われてみると、そうですね。では、湯川くん、帰り道には、お気を付けて」


 英二の言葉に、「はい」と頷いた斗真は、


「じゃあ……えっと……さ、さようなら……」


 斗真は、英二、そして、優樹菜と勇人にも向かって言ったともとれる、どこか曖昧な挨拶をして、東階段の方へと去って行った。


「中野さんも、今日はもう、帰って大丈夫ですよ。今日も、活動があるんですよね?」


 英二が、優樹菜を見た。


 優樹菜は、ふと、我に返って、「あっ……はい」と答えた。


 英二の言う、活動とは、部活動のことではなく、"ASSASSIN"のことだ。


「それならば、僕とここで立ち話をする時間も惜しいですね。勇人くんのことは、中野さんが注意してくれるようなので、お任せします。ただ、喧嘩は程ほどにするよう、気を付けて」


 英二はそう眼鏡の奥の瞳を笑わせると、理科職員室のドアへと消えていった。


 英二が去った後、優樹菜と勇人の間には、静かな空気が流れた。


 その沈黙は、優樹菜に、勇人との話の続きを、思い出させた。


 崎坂睦月の、行動の謎について───。


 これから先、自分は、崎坂睦月のことを、”友達”として見られなくなるかもしれない───そう、気付かされてしまった。


 そして、同時に───。


 自分は、その謎を、追わなければならない。


 睦月のことを疑い、その答えを、自分に求めてきた、勇人のために───。


 "それが分かってたら、ここでお前に訊いたりしねぇよ"


 あの言葉が、耳の奥で鳴り続けている。


 そして、あの時、答えようとした、自分の言葉の続きも───。


 "それって……私のこと、頼ってくれてるの……?"


 そう、続けていたら、勇人は、何と答えただろうか───。


 もし、あんたが私を頼ってくれたら、それがどんな内容であろうとも、やってあげる───そう自分が思うことを、勇人は、知っているのだろうか。


 知っていてやられたのだと思うと、優樹菜はそれを、堪らなく、憎らしく感じた。


「……あんた、性格悪い」


 優樹菜は、ぼそりと言って、勇人のことを睨んだ。


 勇人は、そんな優樹菜の目を見つめた後、


「やってなかったの事実だろ」


 そう、優樹菜が手に持った箒に目を向けた。


 優樹菜はその言葉に、拍子抜けし、目を見開く。


「───そっちじゃないっ!」


 バシッと、箒を持っていない方の手で、勇人の腕を叩いた。


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