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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第11章
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January Story19

休日に睦月に会ったことを勇人に告げる優樹菜。

だが、その反応は思いがけないもので───?

 このクラスにおいて、掃除当番という存在は、言葉だけで何の意味も成していない───優樹菜は、自分が所属している班が当番に回ってくるたびに、そう思う。


 今週、優樹菜たちの班が担当するのは、3階廊下の掃除だった。


 優樹菜のクラスでは、出席番号順に掃除の班が振り分けられている。


 各班の人数は、5人。クラス全員の人数が40人なので、全部で8班ある。


 優樹菜が所属しているのは6班なのだが、班員4人は、この廊下にさえ来ていない。


 優樹菜は、苛立ちを込めた溜息を吐き出した。


(私一人でこの廊下全部掃除しろって言うの?)


 4人が掃除に参加しないのはいつものことなのだが、それを「まあいいか」と思えるようには、いつまで経ってもなれない。


 廊下の端で、箒を動かしていると、左側に見える東階段を、クラスメイトの一人が上がってくるのが見えた。


 優樹菜と同じく箒を手に持っているが、6班の班員ではない。


 癖毛の茶髪に、ぱっちりとした茶色い瞳───湯川斗真だった。


 8班に所属している彼は、自分の班の担当である東階段の掃除に勤しんでいるらしい。


 ただ、斗真以外に、他の班員の姿はない。


 この班も、真面目にやってる子が損しているのか───優樹菜は、怒りを通り越して、呆れを感じた。


(……ん?待って……8班って……)


 ふと、あることに気付いて、優樹菜は、前方に目を向けた。


 そうして、視界に入った姿に、「……あいつ……」と声が漏れた。


 箒で階段の上のゴミを掃いていた斗真が、視線を上げて自分を見つめた気配がした。


 ※


 優樹菜は、箒を手にしたまま、ズンズンと廊下を進んだ。


「ちょっと」


 理科準備室のドアの横に立っている勇人に向かって、優樹菜は、不機嫌な声を発した。


「今日、階段掃除の当番でしょ。ここまでわざわざ来たんなら、サボってないで参加しなさいよ」


 勇人の目が、優樹菜が手に持った箒の方に向いた。


「湯川くん、今、一人で掃除してるんだよ。私もこっちの掃除すぐに終わらせたら手伝うから、早く行ってきて」


 湯川斗真がいる東階段の方を指し示す。


 勇人は、その方向に目を向けた後、視線を移して、


「あんな場所、一日経ったらどうせまた汚れるだろ」


 優樹菜は、その言葉にイラッとした。何だ、その言い分は。


「そういう問題じゃないのよ。屁理屈言わないで。大体ね、一人で掃除することが、どれだけ大変なことか分かってる?ちゃんとやろうとしてる人が損するなんてほんとにありえない───」


 優樹菜は、この怒りが段々と、勇人だけでなく、掃除に参加しない班員たちにも向いていっているのに気付いた。


 このままでは、話が関係のないところにまでどんどんと広まっていき、収集がつかないことになってしまいそうだ───その予感が、優樹菜の怒りを止めた。


 今日も学校を出た後、勇人と本拠地に向かう予定がある。ここで喧嘩になって、しばらく口をきかないようなことになるのは、避けたいと思った。


 優樹菜は、握りしめていた指先の力を抜き、息を吐き出した。


「……別に、そんな真剣にやらなくてもいいから。ちょっとでいいから、頑張って」


 怒りを感じた後だからか、素直な言葉を掛けようとしたつもりなのに、不機嫌な声が出てしまった。


 本人がいないところだったら、素直に言えるんだけどな───そう思った時、優樹菜の頭の中に、2日前にあった出来事が浮かんだ。


 そういえば───と、優樹菜は、思い出す。


 自分はあの時、”彼”から、ある頼みごとをされていたのだった。


「……睦月も、そう言ってたよ。”勇人に、頑張ってほしい”って」


 優樹菜は、崎坂睦月から託されていた”伝言”を、勇人に伝えた。


 土日が明けて、学校で勇人に会ったら、睦月に会ったことを話そうと思っていたのに、中々2人きりになるタイミングが掴めず、先延ばしにしてしまっていた。


 まあ、そんなに大事な話でもないし、いいか───そう思っていたのもあるし、勇人はきっと、この話にあまり興味を示さないだろうなとも、思っていた。


 だから───勇人が、自分の瞳に向けて視線を送って来た時、優樹菜は、大いに、意表を突かれた。


「───いつ会ったんだよ」


 静かな声が、廊下に響いた。


 優樹菜は、戸惑った。


 そして、僅かに、動揺した。


 勇人が、自分の言動を探るような視線を向けてきたからだ。


 私は、なにもおかしいこと、言ってないはずなのに……───。


「……土曜日に、駅前に買い物に行ったんだけど、その帰りに、たまたま会って、それで、その後、カフェに寄って、話したの」


 優樹菜は、慎重に、そう答えた。


「その話の中で、睦月が、”勇人って名字変わったんだよね?”って聞いてきて、それで───」


 優樹菜は、そう言いかけて、目を、見開いた。


 あの時も、微かに胸に過った違和感が、今度は、はっきりとした形を帯びて、蘇った。


「何で、知ってんだ」


 優樹菜の心を見透かすように、勇人が、問いかけてきた。


 そう───その通りなのだ。


 小学校卒業と同時に引っ越しをし、優樹菜たちとは別の中学校に入学した睦月は、小学5年生の途中で突然姿を消し、その後、中学3年生の時に、名字が変わった状態で再び姿を現した勇人のことを、知らないはずなのだ。


 崎坂睦月は、勇人の名字が、”清水”から、”矢橋”に変わったことを、()()()()()()()()()


「どうして……何だろう……」


 優樹菜は、呟いた。


「睦月は……何も言ってなかったけど……」


 そう答えると、勇人が息を吐きだしながら、顔を背けた。


「……聞いとけよ」


 その、責任を押し付けるような言動に、優樹菜は、「……は?」と、反応した。


「ちょっと何よ、その言い方」


 ムッとした視線を、勇人に送る。


「私、別に、睦月のこと、注意深く観察しろとか頼まれてないし」


 優樹菜は「ていうか……」と、勇人を見つめた。


「さっきから、何?やたらと睦月のこと気にするの、何なの?」


 そう、問いかけると、勇人は、すっと、視線を逸らした。この話は、もう終わりだ───とでも言うように。


 だが、それで、納得できるはずがない。


 ここで引いてたまるか───優樹菜は、「ちょっと」と、勇人に、一歩近づいた。


「人には答え求めるくせに、自分は答えないの、ズルいと思うんだけど」


 自分の目を向いていない勇人の瞳に向かって、そう、言葉を投げる。優樹菜は、いつになく意固地になっている自分に気が付いた。


 勇人の視線が、ゆっくりと、自分に向けて動いた。


「お前───この数日、あいつが俺たちに関わって来たこと全部、偶然だと思うか」


 優樹菜は、その言葉に、意表を突かれた。


 そのせいで、勇人の言葉の意味を理解するまでに、数秒の時間を要した。


「偶然……?」


 あいつが俺たちに関わって来たこと全部───睦月が、優樹菜たち”ASSASSIN”のメンバーに関わって来たこと全部。


 この学校の校門の前で、勇人に声を掛けてきた様子の睦月に遭遇したこと。


 蒼太と葵が、小学校の前で、睦月とすれ違って、蒼太が睦月に「勇人の弟だよね?」と、声を掛けられたということ。


 そして、昨日、町中で、睦月に会ったこと。


 それらは全て、勇人が言った通り、この数日───正確な日数では、4日間のうちに起きた出来事だった。


 優樹菜は、呆然とした。


 どうして、今まで、不思議に思ってこなかったのだろう───。


 同じ学校でもない。住んでいる場所も近くない。


 中学校が別々になってからの4年間、一度も会うことがなかった、かつての同級生。


 その───崎坂睦月が、1週間のうち、3回も、優樹菜の人生に関わっている───。

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