January Story19
休日に睦月に会ったことを勇人に告げる優樹菜。
だが、その反応は思いがけないもので───?
このクラスにおいて、掃除当番という存在は、言葉だけで何の意味も成していない───優樹菜は、自分が所属している班が当番に回ってくるたびに、そう思う。
今週、優樹菜たちの班が担当するのは、3階廊下の掃除だった。
優樹菜のクラスでは、出席番号順に掃除の班が振り分けられている。
各班の人数は、5人。クラス全員の人数が40人なので、全部で8班ある。
優樹菜が所属しているのは6班なのだが、班員4人は、この廊下にさえ来ていない。
優樹菜は、苛立ちを込めた溜息を吐き出した。
(私一人でこの廊下全部掃除しろって言うの?)
4人が掃除に参加しないのはいつものことなのだが、それを「まあいいか」と思えるようには、いつまで経ってもなれない。
廊下の端で、箒を動かしていると、左側に見える東階段を、クラスメイトの一人が上がってくるのが見えた。
優樹菜と同じく箒を手に持っているが、6班の班員ではない。
癖毛の茶髪に、ぱっちりとした茶色い瞳───湯川斗真だった。
8班に所属している彼は、自分の班の担当である東階段の掃除に勤しんでいるらしい。
ただ、斗真以外に、他の班員の姿はない。
この班も、真面目にやってる子が損しているのか───優樹菜は、怒りを通り越して、呆れを感じた。
(……ん?待って……8班って……)
ふと、あることに気付いて、優樹菜は、前方に目を向けた。
そうして、視界に入った姿に、「……あいつ……」と声が漏れた。
箒で階段の上のゴミを掃いていた斗真が、視線を上げて自分を見つめた気配がした。
※
優樹菜は、箒を手にしたまま、ズンズンと廊下を進んだ。
「ちょっと」
理科準備室のドアの横に立っている勇人に向かって、優樹菜は、不機嫌な声を発した。
「今日、階段掃除の当番でしょ。ここまでわざわざ来たんなら、サボってないで参加しなさいよ」
勇人の目が、優樹菜が手に持った箒の方に向いた。
「湯川くん、今、一人で掃除してるんだよ。私もこっちの掃除すぐに終わらせたら手伝うから、早く行ってきて」
湯川斗真がいる東階段の方を指し示す。
勇人は、その方向に目を向けた後、視線を移して、
「あんな場所、一日経ったらどうせまた汚れるだろ」
優樹菜は、その言葉にイラッとした。何だ、その言い分は。
「そういう問題じゃないのよ。屁理屈言わないで。大体ね、一人で掃除することが、どれだけ大変なことか分かってる?ちゃんとやろうとしてる人が損するなんてほんとにありえない───」
優樹菜は、この怒りが段々と、勇人だけでなく、掃除に参加しない班員たちにも向いていっているのに気付いた。
このままでは、話が関係のないところにまでどんどんと広まっていき、収集がつかないことになってしまいそうだ───その予感が、優樹菜の怒りを止めた。
今日も学校を出た後、勇人と本拠地に向かう予定がある。ここで喧嘩になって、しばらく口をきかないようなことになるのは、避けたいと思った。
優樹菜は、握りしめていた指先の力を抜き、息を吐き出した。
「……別に、そんな真剣にやらなくてもいいから。ちょっとでいいから、頑張って」
怒りを感じた後だからか、素直な言葉を掛けようとしたつもりなのに、不機嫌な声が出てしまった。
本人がいないところだったら、素直に言えるんだけどな───そう思った時、優樹菜の頭の中に、2日前にあった出来事が浮かんだ。
そういえば───と、優樹菜は、思い出す。
自分はあの時、”彼”から、ある頼みごとをされていたのだった。
「……睦月も、そう言ってたよ。”勇人に、頑張ってほしい”って」
優樹菜は、崎坂睦月から託されていた”伝言”を、勇人に伝えた。
土日が明けて、学校で勇人に会ったら、睦月に会ったことを話そうと思っていたのに、中々2人きりになるタイミングが掴めず、先延ばしにしてしまっていた。
まあ、そんなに大事な話でもないし、いいか───そう思っていたのもあるし、勇人はきっと、この話にあまり興味を示さないだろうなとも、思っていた。
だから───勇人が、自分の瞳に向けて視線を送って来た時、優樹菜は、大いに、意表を突かれた。
「───いつ会ったんだよ」
静かな声が、廊下に響いた。
優樹菜は、戸惑った。
そして、僅かに、動揺した。
勇人が、自分の言動を探るような視線を向けてきたからだ。
私は、なにもおかしいこと、言ってないはずなのに……───。
「……土曜日に、駅前に買い物に行ったんだけど、その帰りに、たまたま会って、それで、その後、カフェに寄って、話したの」
優樹菜は、慎重に、そう答えた。
「その話の中で、睦月が、”勇人って名字変わったんだよね?”って聞いてきて、それで───」
優樹菜は、そう言いかけて、目を、見開いた。
あの時も、微かに胸に過った違和感が、今度は、はっきりとした形を帯びて、蘇った。
「何で、知ってんだ」
優樹菜の心を見透かすように、勇人が、問いかけてきた。
そう───その通りなのだ。
小学校卒業と同時に引っ越しをし、優樹菜たちとは別の中学校に入学した睦月は、小学5年生の途中で突然姿を消し、その後、中学3年生の時に、名字が変わった状態で再び姿を現した勇人のことを、知らないはずなのだ。
崎坂睦月は、勇人の名字が、”清水”から、”矢橋”に変わったことを、知らないはずなのだ。
「どうして……何だろう……」
優樹菜は、呟いた。
「睦月は……何も言ってなかったけど……」
そう答えると、勇人が息を吐きだしながら、顔を背けた。
「……聞いとけよ」
その、責任を押し付けるような言動に、優樹菜は、「……は?」と、反応した。
「ちょっと何よ、その言い方」
ムッとした視線を、勇人に送る。
「私、別に、睦月のこと、注意深く観察しろとか頼まれてないし」
優樹菜は「ていうか……」と、勇人を見つめた。
「さっきから、何?やたらと睦月のこと気にするの、何なの?」
そう、問いかけると、勇人は、すっと、視線を逸らした。この話は、もう終わりだ───とでも言うように。
だが、それで、納得できるはずがない。
ここで引いてたまるか───優樹菜は、「ちょっと」と、勇人に、一歩近づいた。
「人には答え求めるくせに、自分は答えないの、ズルいと思うんだけど」
自分の目を向いていない勇人の瞳に向かって、そう、言葉を投げる。優樹菜は、いつになく意固地になっている自分に気が付いた。
勇人の視線が、ゆっくりと、自分に向けて動いた。
「お前───この数日、あいつが俺たちに関わって来たこと全部、偶然だと思うか」
優樹菜は、その言葉に、意表を突かれた。
そのせいで、勇人の言葉の意味を理解するまでに、数秒の時間を要した。
「偶然……?」
あいつが俺たちに関わって来たこと全部───睦月が、優樹菜たち”ASSASSIN”のメンバーに関わって来たこと全部。
この学校の校門の前で、勇人に声を掛けてきた様子の睦月に遭遇したこと。
蒼太と葵が、小学校の前で、睦月とすれ違って、蒼太が睦月に「勇人の弟だよね?」と、声を掛けられたということ。
そして、昨日、町中で、睦月に会ったこと。
それらは全て、勇人が言った通り、この数日───正確な日数では、4日間のうちに起きた出来事だった。
優樹菜は、呆然とした。
どうして、今まで、不思議に思ってこなかったのだろう───。
同じ学校でもない。住んでいる場所も近くない。
中学校が別々になってからの4年間、一度も会うことがなかった、かつての同級生。
その───崎坂睦月が、1週間のうち、3回も、優樹菜の人生に関わっている───。
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