January Story14
勇人の様子に違和感を感じた蒼太は、その理由を探ろうと決心するが───?
蒼太は、2階の廊下に立っていた。
夕飯を終えて、2階に上がってきてから、ずっとこの場所にいる。
目の前にあるのは、勇人の部屋のドアだった。
何度か、「やっぱりやめておこうかな……」と自分の部屋に向かおうと足を向けては、「いや、でも……」と引き返してを繰り返している。
(ぼくの勘違いなのかな……?でもそれで片付けていいのかな……?深入りしようとする方が迷惑かな……?けど迷惑がられたとしてもそれで兄ちゃんの力になれるんだったらその方が……)
そんなことを考えながら、半径1mにも満たない空間を行ったり来たりしていると───
「何ガタガタやってんだよ」
唐突にドアが開き、勇人が、部屋から出てきた。
ちょうど、勇人の部屋の方への足を向けていた蒼太は、驚きのあまり、「わああっ!」と、飛び上がった。
「ごっ……ごごごご、ごめんっ!」
自分が出したとは思えないくらい、大きな声が出てしまった。
「何してんだよ」
対し、勇人は、冷めた目で蒼太を見つめた。
「またこいつか」───という心の声が聞こえたような気がして、蒼太は、「え……ええっと……」と、忙しなく目を泳がせた。
「あっ……あの……ちょっ……ちょっと、考えごとしてて……」
ただ、そんな、その場しのぎの誤魔化しが、この兄に通じるわけがないということに気付き、観念した蒼太は、「あの……ね……」と、声を振り絞った。
「……これ……ただの、ぼくの思い込みだったら、申し訳ないんだけど……」
勇人が、自分のことを見つめている気配を感じる。
「あの人……、ぼくに、兄ちゃんの弟だよねって声掛けてきた人……崎坂睦月さん……って、兄ちゃんにとって……気掛かりな、人……?」
答えを知ることに対する緊張で、蒼太の口調は、いつも以上にたどたどしくなってしまった。
恐る恐る、視線を上げる。
勇人の表情は、変わらなかった。
数秒、経った後、
「どうして、そう思うんだよ」
勇人が、口を開いた。
蒼太は、「……どうして……?」と、その言葉を、繰り返した。
どうして───なのだろう。
蒼太は、自分の中に、その答えを見つけようとした。
だが、目に見えてきたものは、とてもぼんやりとした感情で、蒼太はそれを言葉でどう表したらいいのか分からなかった。
「なんと、なく……そんなような気がして……」
勇人が、微かに、息を吐き出した。
「だったら、わざわざ聞きに来んな」
正論を言われた気がして、蒼太は、「ごっ……ごめん……」と、下を向いた。
本当に、その通りだ。きちんと確信が持ててから行動すればいいのに───自分はいささか、心配性が過ぎる。
視線の先に、自分と、勇人の足元が見えた。
「俺のことまで無理矢理抱えようとすんな」
その声に、蒼太は、はっと、視線を上げた。
見つめた先で、勇人の視線が、真っ直ぐに自分の瞳を捉えていた。
「お前は、お前で、他に考えることあんだろ」
蒼太は、「あっ……」と、声を上げた。
勇人が、何のこと言っているのか、すぐに、分かった。
この数日間、心の中に留めて、密かにずっと悩み続けていること───自分の名字をどうするべきかという問題。
蒼太は、そのことを勇人に伝えた記憶がなかった。
それでも、勇人は、蒼太がそのことを気掛かりに思っているのだということを、察してくれていたのだ。
蒼太は、胸が一杯になって、「……うん」と、頷いた。
勇人は、部屋の方に身体を向けた後、一度、蒼太のことを振り、口を開いた。
「あいつのことでお前が関わるようなら、その時に言ってやる」
蒼太は、「えっ……」と、目を見開いた。
「ほんとに……?」
見つめると、勇人は、瞳の中に不審そうな色を浮かべた。
「何喜んでんだよ」
蒼太が、「あっ……」と声を上げた時には、勇人の背中は、ドアの向こうへと消えていた。
蒼太は、自分の頬に、手を触れた。
喜んでいる表情をしていたつもりはなかったはずなのに───そう思った途端、顔が熱くなり、蒼太は早足で、自分の部屋へと戻った。
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