表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第11章
298/342

January Story12

蒼太と接触してしまった睦月───後悔とともに思い出すのは、かつて、勇人が弟の存在を語っていた時の出来事だった。

 勇人に弟がいること───睦月は、それを、小学5年生のある日に、知った。ある日、教室で、勇人が、そう教えてくれたのだ。


 それは、その日の授業が全て終わり、教室の中で、みんなが帰り支度をしている時の事だった。


 隣の席の勇人が、机の中からノートを取り出した時───その間から、何かが、床に向かって落ちた。


 その光景を目の端で捉えていた睦月は、「あっ」と声を上げて、自分の足元に落ちたそれを拾い上げた。


 それは、ノートのページを切り取ったような、小さな紙で、表面に、何か、動物のイラストのようなものが描かれていた。


「ああ、ごめん。ありがとう」


 声を上げた勇人に、それを手渡す時───イラストの上に、文字が書いてあるのが、チラリと見えた。



 ”にいちゃんへ”



 一目見て、小さい子が書いた字だと分かった。


 睦月は、紙を受け取った勇人を見て、「妹?」と、首を傾けた。


 勇人は、睦月が何を問いかけているのか、瞬時に悟ったようで、「ううん」と首を振って、微笑を浮かべた。


「弟」


 睦月は、「ああ」と、頷いた。


 イラストを描いて、それを兄弟にプレゼントしているのだとしたら、女の子がやりそうだと思ったが、そういうことでもないらしい。


「それ、何の動物?」


 問いかけた後で、睦月は「あっ」と気が付いた。


「ていうか、見せてもらっても、大丈夫?」


 いくら小さい子が描いたとはいえ、本人の許可を取らずに”作品”を見るというのは、図々しいことをしてしまっているような気がした。


 勇人は、少し考えるような間を置いた後、「うん」と、深く、頷いた。


「ありがとう」と返事をして、睦月は、そっと、紙を受け取った。


 そうして、開いて見て、睦月は思わず、「わっ」と、声を上げた。


 そこに描かれていたのは、犬のイラストだった。


 耳がピンと立った、鼻の黒い犬の顔。口元はバランスが良く立体的で、髭や首元に付いた首輪までも、綺麗に描かれている。


「えっ……勇人の弟って、今、何歳……?」


 睦月は、顔を上げて尋ねた。


「今年で、6歳」


 何気ない口調で、勇人が答える。


「すごいね……。幼稚園生くらいの子で、こんなに上手に描けるんだ……」


 睦月は、犬のイラストを見て、改めて感嘆した。


 正直、小学5年生の自分でも、こんなにうまく描ける自信がない。


「絵を描くのが好きで、いつも、イラスト描いて、プレゼントしてくれるんだ」


 勇人の言葉に、睦月は、「へぇ……」と声を上げた。


「そうなんだ。可愛いね」


 勇人を見つめると、


「───うん」


 勇人は、そう、笑顔をみせた。


「ありがとう」


 それは、まるで、自分のことを褒められた時のような、心から、嬉しそうな顔だった。


 ※


 やってしまった───睦月は、自分の髪の毛を掻きまわしたくなった。


 あの子が勇人の弟だって気付いたからって、突然あんなこと───完全に変人じゃないか。


(いや……”清水”ってたしかに、勇人の旧姓だけど……でも、まさか、弟だとは気付けなくて当然だよ……)


 不意に、そんな弁明が心の中に浮かんできた。


 ついさっきまで、勇人に弟がいるという認識を忘れていたくらいだ。


 中野葵が、優樹菜の妹だということにすぐに気付けなかったことは、自分は間抜けだったと反省してしまったが、”清水”という名字を見て、勇人との繋がりを見抜けなかったことは、仕方がないような気がした。


 中野葵と清水蒼太から逃げるように走りだして、無意識ながらに睦月は、家の方に向かう道を歩いていた。


 そうしながら、心に繰り返し浮かぶのは、自分の行動に対する後悔と、清水蒼太が見せ───あの、笑顔だった。


(……めちゃくちゃ似てたな……あの、笑い方……)


 自分の記憶の中にある、小学5年生の勇人と、その弟である、現在小学5年生である清水蒼太。


 兄弟なのだから、当然と言えばそうなのかもしれないが、一目見ただけでそうと気付けるほどに、2人の笑い方は、そっくりだった。


 睦月は、ポケットの中から、名前のリストを取り出した。


(矢橋勇人と、清水蒼太……)


 名字の違う、2人の兄弟───。


(勇人は……お母さんが亡くなった後、実のお父さんのところに戻ったっていう話だったけど……蒼太くんは、そうじゃなかったのか……?)


 睦月の頭の中に、様々な思考の回路が、交錯し始めた。


 ※


「えっ?睦月に会ったの?」


 葵が、下校中に出会った少年───崎坂睦月の話をすると、優樹菜は、目を丸くした。


 この日は、3つの班すべてに仕事の予定がなく、6人はオフィスに集まっていた。


「やっぱり、優樹菜たちの友達だったの?」


 葵が訊くと、優樹菜は、「うん」と頷いた。


「小学校時代の同級生。ちょうど、昨日、私たちも会ったの」


 そこで、蒼太と葵の2人は、優樹菜と勇人が、逢瀬高校の校門の前で崎坂睦月と遭遇した時の話を聞いた。


「なるほど!だからか!」


 葵が、大きく手を打った。


「勇人と会ったばっかりだったから、蒼太のことを見てすぐ、2人が兄弟だって気付いたんだね、きっと!」


 それを聞いて、蒼太は、「そういうことか……」と納得を感じて、頷いた。


 ただ───同時に、首を傾けたくなる思いも、蒼太の中に存在した。


(ぼくと兄ちゃんって、一目見ただけで分かるくらい、似てるかな……?)


 自分が、勇人と同じように、髪が黒かったら、目の色が赤かったら、兄弟だと分かりやすかっただろうな───そう感じるほどに、見た目から自分たち兄弟の共通点を探すのは、難しいだろうと、蒼太は思っている。


(だけど……自分だから分からないってだけで、他の人からしたら、そんなことないのかな……?)


 そう思いながら、半ば無意識に目を向けた蒼太は、視線の先で勇人と目が合って、ドキリとした。


「お前」


 勇人の目は、真っ直ぐに、自分のことを捉えていた。


「あいつに、何か聞かれたか」


 蒼太は、「えっ……?」と、声を上げた。


 それは、思いがけない問いだった。


 そして、何か深いものが含まれているような───そんな気を、蒼太は感じた。


蒼太は、「えっと……」と視線を上に向け、崎坂睦月が言っていた言葉を思い出した。


「……”君、勇人の弟だよね?”って最初に声掛けられて……その後は、特に何も聞かれなかった……」


 崎坂睦月が言っていた言葉を思い返しながら、蒼太は答えた。


 蒼太の答えを聞いた後、勇人は、ほんの数秒間を置いた後、すっと、その目を逸らした。


 蒼太は、瞬きを繰り返した。


 勇人の問いかけを、他のメンバーは、特に気にしていない様子だ。


 それに気付いた蒼太は、「深い意味の質問じゃなかったか……」と思いながら、肩に入った力を抜いた。


「小学生時代の同級生っていうことは……中学校は、別だったんですか?」


 光が、優樹菜に尋ねた。


「そう。小学校卒業と同時に、睦月が緑ヶ丘中学校の学区外に引っ越して。確か……家庭の事情でそうなったんだと思うんだけど、私も、詳しくは知らないの」


「ああ……そうなんですね」


 光が、深く頷いた。


 光もまた、緑ヶ丘小学校に通っていたが、中学入学と同時に引っ越しをして、学区が変わった経験を持っている───蒼太は、かつて光が自分にそう打ち明けてくれたことを思い出した。


「でも、優樹菜たち、久しぶりに会えてよかったね!───あっ!そうだ!翼!宿題教えて!」


 葵がパッと顔を輝かせて、翼を見た。


「”そうだ!”って……今の会話の流れで思い出すことじゃないでしょ、それ」


 優樹菜が、半ば呆れたように言う。


「いーじゃん!今ちょうど思い出しちゃったんだもん」


「いや、別に悪いなんて一言も言ってないわよ」


「言ってるように聞こえたんだもん!」


「うるさいわね。いちいち言い返してこなくていいのよ」


 優樹菜にそっぽを向いた葵と、葵を睨んだ優樹菜を、「まあまあ」と、翼が宥めた。


「あおちゃん、いいよ。今日の教科は何?算数?」


 翼が葵に話を振ったことで、中野姉妹の喧嘩は中断された。


 蒼太は、ほっと息を吐きだすのと同時に、メンバーのいつも通りのやり取りに口元を緩ませた。


 その時───ポケットに入れたスマートフォンが振動した。


 取り出して画面を確認してみると、メールのアイコンが表示されていた。


(亮助さんからだ……)


 早速、メールを開く。


 内容は、今日は仕事が定時で終わるので、早く帰れそうだというものだった。


 蒼太は、胸が高鳴るのを感じながら、スマートフォンを握った指先に、ぎゅっと、力を込めた。

よろしければ、評価・ブックマーク登録、感想など、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ