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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第11章
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January Story4

"母"と"息子"の間で、すれ違う思い───。

 睦月の家は、和達高校から、自転車で10分ほどのところにある。


 築20年の、賃貸マンション。


 2階の右端にある部屋。間取りは、2LDK。


 その部屋に、睦月は、"母"とともに、暮らしている。


 玄関のドアを開けようと、鞄の中を探る。


 鍵を取り出し、鍵穴に回すと───僅かに、指先に違和感を感じた。


「ん……?」と思いながら、ドアノブを捻る。


 ドアは───開かない。


「……何だよ」


 睦月は、息を吐き出した。


 再び鍵を回している間も、物凄く無駄なことをしてしまった気がして、心の中に苛立ちが募った。


 家の中に入ると、リビングの方から、包丁がまな板にあたる音が聴こえてきた。


 本当は、真っ直ぐに自分の部屋に行きたいのだが、鞄の中に、空の弁当箱が入っている。これを台所に持っていかなくてはならない。


 息を吐き出しながら居間に入る。


「ああ、睦月。おかえり」


 すぐに、台所にいた"母"が振り返った。


睦月は、「……ただいま」と、わざとに不機嫌な声を作って答えた。


「今日、仕事なんじゃなかったの」


 鞄の中から弁当箱を取り出しながら尋ねると、"母"───佳織は、「それがねー」と、笑顔を浮かべた。


「行ってみたら、"今日出勤じゃないですよ"って言われちゃったの。どうやら、お母さん、シフト見間違えちゃってたみたい。今日が休みで、明日が仕事だった」


 佳織は、商店街にある、小さな弁当屋で働いている。


 自分から聞いたことだが、対して興味のわかない答えが返ってきたので、睦月は「ふーん」と、気のない返事をした。


「今日のお弁当、どうだった?」


「どうだったって、別に、普通だったよ」


 睦月は佳織の顔を見ずに、シンクに弁当箱を置く。


「それって、"普通に美味しかった"っていう意味?」


 佳織が、笑顔で見つめてくる。


 どうしてこの人は、いつもいつも、こうして、ニコニコとしていられるのだろう。


 美容室で染めた茶髪をポニーテールに結び、赤いチェック柄のエプロンを付けている。


 この人は、いつもこうだ。


 いつも明るい格好で、明るい笑顔を浮かべて、明るい態度を崩さない。


 睦月は、微かな苛立ちを感じた。


「普通は普通だよ。それ以上も、以下もない」


 吐き捨てるように言って、背を向けた。


 怒られて当然のことを言っている───その自覚は、あった。


「だったら自分で作りなさい」───そう言われるかもしれないと思ったし、言われてもいいと思った。


 だが、佳織は、怒らない。


「どうしてそうなこと言うの」と、笑うのだ。


 それが余計に、睦月を苛立たせる。


 睦月は、振り返らずに、部屋を出た。


 ※


 夜10時。


 睦月は、ジャージの上から、コートを羽織った。


 部屋でテレビゲームをしていたのだが、夕飯をあまり食べなかったせいか、小腹が空いてきた。家の目の前にあるコンビニエンスストアに行って、夜食になるようなものを買いに行こうと思ったのだ。


 リビングのドアの前を通り過ぎる時、まだ部屋に明かりが点いているのに気付き、何か声を掛けられる前に家を出ようと、足早に通り過ぎた。


 玄関の鍵を開けて外に出ると、肌に冷たい風があたった。


 ポケットの中に、財布が入っていることを確認しながら、階段を下る。


 目的地であるコンビニは、横断歩道の向こう側にある。信号機は、赤色を示している。


 目の前を通り過ぎる車のヘッドライトを見つめながら、睦月は、ぼんやりと、こんなことを思った。


(車が欲しいな……)


 自分の車を持てたら、それはどんなに、素晴らしいことだろう。


 いつでも、自分の意思で、どこにでも行くことができる。


 誰にも邪魔をされず、好きな場所で、生きることができる───。


 思い描く未来は、いつ、手に入るのだろう。


 睦月は、深く、息を吐きだした。


 車を買うには、お金が必用だ。


 睦月は、自分のお金というのを、持ったことがない。


 高校を卒業したら、就職するつもりだが、車が買えるくらいの貯金ができるまでには、相当な年月がかかるだろう。


(結局、世の中、金なんだよな……)


 信号が、青に変わる。


(お金があれば……僕は今すぐにでも、自由に、なれるのに……)


 重い足を、踏み出そうとしたその時───。


 信号の、向こう側。


 コンビニエンスストアの入り口に、女性が一人、立っているのが見えた。


 黒い帽子。黒いコート。黒いブーツ。


 そして───赤いキャリーケース。


 ───息が、止まった。


(……あの人だ……)


 ───校門の前から、じっと校舎を見つめていた……。


 女性は、小さなハンドバックを持っていた。


 その中に、何かをしまうために立ち止まっているようだったが、すぐに、キャリーケースを引いて、歩き出した。


 睦月は、そこで、自分が横断歩道の目の前で立ち尽くしていることに、気が付く。


 女性は、コンビニの裏側へと、歩いて行く。


 追え───。


 心の中でした声に、睦月は、はっと目を見開いた。


 追え、あの女を───。


 どうしてか、わからない。


 それは、ただの、直感だった。


 だが、気付けば、睦月は、点滅し始めた信号機に向かって、駆け出していた。


 あの人は、きっと───。


 教室の窓から見た、校舎を睨みつけるような、真っ直ぐな視線を思い出す。


 ───あの人はきっと、僕と同じ”種類”の人間だ。

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