January Story3
"ASSASSIN"、活動の再開。
緑ヶ丘小学校の冬休みが明けたのと同時に、”ASSASSIN”の活動が、数週間ぶりに再開になった。
メンバーたちが6人が集まるのは久しぶりのことだったのだが、再会の場所となった本拠地の中には、以前と何ら変わらない空気が漂っていた。
そして、この日は早速、依頼解決の仕事が予定され、解決班のメンバーである光は、勇人、葵とともに標的の出没予定である現場へと向かっていた。
「ねぇねぇ!」
葵が元気よく声を上げたのは、北山警察署の前を通りかかった時だった。
「ちょっと寄ってかないっ?」
まるで、どこかの店舗に入るような気軽さだ。
光は、前を歩く勇人のことを見た。
勇人は、葵の声に、僅かに振り向きはしたものの、すぐに体を戻して歩き出した。
「ちょっ!?ちょっと勇人!ちょっと待ってよ!」
葵が大慌てと言った様子で、勇人の服の袖を掴んだ。
「何だよ」と、勇人が心底面倒くさそうに振り返る。
「あたしの話聞いて!あたし、警察署に行きたいの!」
葵は、そう言って、警察署を指さした。
「行って何するかって言うと、挨拶してくるの!新年あけましておめでとうございます!って」
「挨拶って……警察の人たちに?あおちゃん、そんなにいっぱい、警察に知り合いがいるの?」
そう尋ねてから、光は、「あっ」と気が付いた。
葵の母・中野舞香は、ここ───北山警察署で働く刑事である。
そんな母を持つ葵が、北山署で働く警察官と顔見知りであったとしても、何らおかしいことではないし、彼女の性格を考えれば───。
「いるよ!みんな、めちゃくちゃ良い人たちなの!あたしが、”ASSASSIN”のメンバーだっていうことは隠さなきゃいけないから、それは秘密なんだけど、でも、あたしのことすっごく可愛がってくれて……って、勇人!?ちょっと待ってってば!」
葵は、全速力で、勇人の正面へと走り込んだ。
「ねえ、勇人!これがあたしにとってどれだけ大事なことか分かってる!?」
「知らねぇよ」
「めちゃくちゃ大事なことなんだよ!ついこの間、1月1日に、新しい1年がスタートしたんだよ!年が明けたんだよ!すごいことだと思わない!?」
「それぐらいで騒ぐなよ」
勇人の言葉に、葵は「それぐらい!?」と、これ以上ないほどに、目を見開いた。
「勇人、何言ってんの!?新年の挨拶ほど大事なものってないんだよ!」
葵の必死の説得は、勇人の心に全く響かなかったようだった。
それを察してか、葵は「ねーえ!」と、懇願するような瞳を勇人に向けた。
「お願い!すぐに終わらせてくるから!挨拶したらすぐに帰ってくるからー!」
「あっ……あのね、あおちゃん」
その様子を見かねた光は、「ちょっとだけ落ち着こう……?」と、葵の顔を覗き込んだ。
「ほら、警察の人たち、新年あけたばっかりで忙しいかもしれないし、それに、私たちは、依頼解決の時間に、間に合わせないといけないから、そろそろ行かないと……」
前方の道を指さすと、葵は「うーん……」という声を上げて、しゅんとした表情を浮かべた。
「わかった……また今度にする……」
そう頷いた葵を見て、光は、ほっと、息を吐きだした。
が、直後に、「”また今度”……?」という疑問が、頭に浮かんだ。
今の自分の説明を納得してくれた葵だが、その”また今度”という期間を、どれくらいの範囲で考えているのだろう。
もしも、”新年あけたばっかりで忙しい期間”が、1月いっぱいだと思ってしまっていたとしたら、葵は、それが過ぎた2月でも、新年の挨拶をしに、警察署に向かうつもりなのだろうか……。
ふと、その可能性を想像して、光は葵に説明を重ねようかと思ったが、今はそれよりも、現場に向かう方が優先だ。
「行こう」と、葵の肩を叩いて、光は、前を歩く勇人の後を追った。
※
解決班の3人が依頼解決へと向かい、受信班の優樹菜が仕事場である資料室に行ってしまうと、オフィスに残ったのは、取調班の班員である、蒼太、翼の2人になった。
この日に取り調べの予定は組まれていないため、2人は、今日、解決班が担当する予定の殺し屋の、情報整理を行おうと決めた。
「今日の標的は……この人だね」
翼がテーブルの上に載せた資料を、蒼太は覗き込んだ。
「若いですね……」
思わず、声が漏れる。
資料には、一人の、少年の写真が印刷されていた。
黒い学生服を着た、ぼさぼさの黒髪。真っ直ぐカメラの方を睨むように見つめている。
「高校の卒業アルバム、かな」
翼が写真を見つめて言った。
「名前は、金田文也。この写真が撮られたのが、5年前って書いてあるから……今は、23歳くらいだろうね」
蒼太は、金田文也の目を、じっと見つめた。
今のこの人は、どんな目をしているのだろう───ふと、そんなことを、思った。
この金田が殺し屋としての活動を始めたのは、きっと、高校を卒業した後なのだろうが、彼をその方向へと導いたのは、学生時代の生活に、原因があったのかもしれない。
人を殺してもかまわない───そんな思考が脳に根付くほど、彼の周辺の世界は、歪んでいたのだろうか。
彼は一体、何人の人の命を、奪ってきたのだろう。
その先で、この暗い瞳の色は、どう、変わったのだろう───。
今日、解決班のメンバーが、金田を捕まえれば、数日後には、蒼太たち取調班が取り調べを行うことになる。
その前に、こうして、標的の情報を確認していると、蒼太は自然と、その人物の人柄や過去について、想像してしまうのだった。
翼は、どうだろう?───そう思いながら、蒼太は、隣に座る翼のことを見た。
翼は、金田文也の写真を、真剣な眼差しで、じっと、見つめていた。
その表情を見て、蒼太は、翼が今考えていることは、自分が今考えていることと、少しだけ違っているのだろうと、悟った。
ただ、それが具体的にどう違うのか、自分の中で説明することは、できなかった。
不意に───蒼太の頭の中で、ある日の、翼の声が、響いた。
"いや……いいかな。……この話は, "
───それは、12月の、ある日。
蒼太が、清水清隆の正体を知り、新たな一歩を踏み出す決意を固めたことを翼に伝えた時のことだ。
この場所───オフィスの中で、蒼太が自分の思いを全て伝え終えた後、翼は、蒼太の目から視線を外すようにして、そう、呟いた。
あの後、翼は、何を言うつもりだったのか───。
「今日、確保が成功したら、明日、明後日あたりには、取り調べの予定が組まれるんじゃないかな」
翼が、資料から目をあげて言った。
「蒼くん、久しぶりの取り調べになるけど、頑張ろうね」
そう、優しい笑みを向けてくれた翼に対し、蒼太は、「はい」と、頷いた。
"頑張ろうね"───その声に、同じあの日、翼がくれた言葉が、蒼太の中に、蘇った。
"これから、大変なこと、たくさんあるかもしれないけど、でも、蒼くんなら、大丈夫"
"だから───頑張ろうね、一緒に"
その言葉に込められていた思いを、蒼太は、まだ、知らない。
だが、その"答え"は、翼が、いつか必ず教えてくれると、蒼太は、信じていた。
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