January Story2
願う自由と、窮屈な現実───。
和達高校は、北山町の中にある高校の中で、最も生徒数の多い学校である。
その理由を、睦月は、「公立の学校である」ことと、「偏差値が、高くもなく低くもない。まさに中間」であることだと思っている。
1年D組の教室のドアを開けると、クラスメイトが起こす喋り声の渦に包まれた。
数週間ぶりの再会を懐かしむ声───それらを、それとなしに聞きながら、睦月は席についた。
「睦月、おはよー」
その声に顔を上げると、一人のクラスメイトが近づいてくるのが見えた。
「ああ、颯、おはよう」
福住颯は、睦月にとって、小学校時代からの友人であった。
小学3年生から6年生までの4年間を同級として過ごした2人は、「同じ中学に入っていたら、中学3年間も同じクラスだったかもね」と言い合うことが、多々あった。
睦月は、緑ヶ丘小学校の6年生だった夏、当時住んでいたアパートを出て、緑ヶ丘中学校の学区外の地域である、現在の家へと引っ越した。そのため、緑ヶ丘中学校へ進んだ颯を始めとする小学校時代の同級生とは、別の中学校へと入学することになったのだ。
それだけに、颯と同じ高校に入学し、クラスメイトになるという出来事については、全く予想していなかったことで、入学式で顔を合わせた時の、驚きと嬉しさが入り混じった感情は、今でも強く、睦月の胸の中に残っている。
「どうだった?冬休み」
颯にそう尋ねられ、睦月は「どうって言われてもなあ……」と頭を掻いた。
「特に大きな出来事もなく、ひたすら暇な毎日を過ごしてたよ」
「何だよ、それ。いいんだか、悪いんだか、分かんないな」
颯は苦笑した。
その顔を見ながら、ぼんやりと、睦月は「爽やかだなぁ……」と、思った。
颯は、自分にないものを持っている人間だと、睦月は思う。
身長が165cmの睦月に比べ、颯は、180cmの長身。顔が小さく、肌が白い。黒い髪は艶やか、大きな瞳は、いつも煌めいている。
「クリスマスは?どっか行かなかったの?」
颯は、睦月の机に手を付き、そう問いかけてきた。
「行く相手も、場所もない。普通に、いえにいたよ」
「そっか……。家でってことは、家族と、ご馳走食べたりしたの?」
そう問われて、睦月は、一瞬、言葉に詰まった。
「……食べてない」
「えっ?」
颯が、目を見開く。
「同じものは食べたけど、同じ時間には、食べてない」
颯が、意表を突かれたような目で、自分を見つめている───睦月は、はっとした。
「ごめん……空気、悪くして……」
「いや……俺の方こそ、ごめん。無神経なこと、聞いた」
颯が、目を伏せる。
二人の間に、沈黙が訪れた。
「……颯は、冬休み、どうだった?」
場の空気を変えようと、そう質問してから、睦月は、「あっ」と気が付いた。
「そっか。颯は、部活……か」
そう口にすると、目を上げた颯が「うん」と、頷く。
「お正月休み以外、ずっと練習漬けだったよ」
そう、颯は微笑む。
颯は、バスケットボール部に所属している。バスケ部顧問の輪西教諭は、「時間さえあれば練習しろ」という思考の持ち主らしく、睦月は、「そんな部活には絶対入りたくない」と思うが、バスケットボールを何より愛する颯にとっては、違うらしい。
「……いいな、颯は、毎日が、充実してて」
睦月は、呟いた。
颯が「え?」というような目をする。
颯は、今を生きている。充実した日々を、大切に過ごしている。
僕とは、違う───。
戸惑いの表情を浮かべる颯の顔を見つめた瞬間、ホームルーム開始を告げる、チャイムが鳴った。
※
数式を読み上げる教師の声を聴きながら、睦月は、窓の外を見つめていた。
睦月の席は、窓際の一番後ろにある。
窓ガラスに映っている、一人の少年。
灰色の髪に、クリーム色の瞳。
その瞳の中には、気怠さという名の感情が、浮かんでいる。
自らがしているそんな目を見つめて、睦月は、息を吐きだした。
自分の顔は、あまり好きではない。
窓一面に映る灰色の雲が、自分の心情の表れのように感じられて、余計に憂鬱な気持ちが増す。
目を逸らそうとした直前───あるものが、目の端に映った。
(ん……?)
校門の向こう側───歩道の奥から、一人の人物が歩いてくるのが見えた。
黒い帽子を被り、黒いロングコートを着ている。どうやら、女性のようだ。
睦月の目を引いたのは、その女性が引きずっている───赤いキャリーケースだった。
(観光客……?この近くに、観光スポットなんて……ないよな)
睦月の中では、キャリーケースを引きずって歩いている人は大抵、旅行を目的にしている人という認識があった。
あの人は一体、どこに向かって、歩いているのだろう───。
そう、考えた時。
女性が、立ち止まった。
そこは───校門の前。
その顔は、真っすぐに、この場所───和達高校の校舎に、向いていた。
睦月は、息を呑み、びくりと、身を引いた。
見られた───そんな気が、した。
女性は、校舎から顔を背けると、再び、歩き出した。
睦月は、しばらく硬直したまま、動けなかった。
教師が数式を読み上げる声が、遠く、聴こえた。
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