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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第10章
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December Story54

俊二と別れた蒼太が向かう場所は───。

 駅の外へと出ると、見慣れた町の景色が、そこにはあった。


 思い返すと、ホームのベンチで話していた時は、まるで、俊二と、別の世界にいるようだったと、蒼太は思う。


「本当に……ありがとうございました」


 蒼太は、深々と、頭を下げた。


「こちらこそ、ありがとう」


 俊二は、そう、笑顔を見せた。


「これから、君は、亮助に、会いに行くのかい?」


 その問いに、蒼太は、「はい」と、頷いた。


「じゃあ、ここで、お別れだ」


 そう言った俊二のことを見つめて、蒼太は、微かな、切なさを感じた。


 お別れ───その言葉に、微かな寂しさを感じてしまっているのは、自分だけだろうか。


 それを確かめるために、蒼太は、「あの……」と、呼び掛けた。


「また……会えますか……?」


 ───きっと、意外な質問だったろうに、そんなことは全く感じていない様子で、滝原俊二は、眼帯をしていない方の目を、笑わせた。


「また、いつでも、連絡しておいで」


 その笑顔を見つめて、蒼太は、自分の頬が、自然に和らぐのを感じた。


 滝原俊二───母の恩師。


 そうして、今、時を経て。


 蒼太に、大切なことを、教えてくれた人。


 再会を誓って、蒼太は、歩き出した。


 ※


 蒼太は、迷うことなく、その場所へと、向かった。


 時刻は、午後0時を回ったところだ。


 今から行けば、きっと間に合う。


 北山警察署に到着し、蒼太はスマートフォンを取り出した。


 連絡帳から番号を探し、電話をかける。


 コール音が、耳に響く。


 1回、2回、3回……。


 5回目のコール。


 出て、くれるだろうか?───そんな僅かな不安が胸に過ぎった時。


「蒼太……?」


 そう、後ろから、声がした。


 蒼太は、はっとして、振り返った。


 そこには───見覚えのある、黒い自動車が一台、停まっていた。


 蒼太のスマートフォンから流れるコール音が、途切れる。


「亮助さん……」


 車から降りてすぐ、蒼太の姿に気付いたのだろう。亮助は、戸惑った様子で、「どうしたんだ……?」と、問いかけてきた。


 それは、蒼太の行動を責めるような口調ではなかった。


 むしろ、蒼太のことを心配して、思いやってくれている───それを、確かに、感じられるものだった。


 蒼太は、深く、息を、吸い込んだ。


「どうしても、伝えたいことがあって……」


 亮助の目を、見つめる。


 君の言葉を、待っているはずだから───俊二が言ったその言葉の意味が、分かったような気がした。


「ぼく……滝原さん……滝原俊二さんに、会いに行ってきました」


 そう、言った瞬間。


 亮助の瞳の中に、何かを、瞬時に悟ったような色が、浮かんだ。


「そこで、滝原さんから、聞いたんです。……お母さんの、過去のこと」


 蒼太は、「ごめんなさい……」と、頭を下げた。


「昨日……、お母さんのことを知ろうとすることは、やめたほうがいいって、ぼくのこと、止めてくれたのに……それを裏切るようなことしちゃって、ごめんなさい」


 亮助が、何かを言おうとするように、口を、開きかけた。それに、蒼太は、「……ぼく」という言葉を、重ねた。


「お母さんの過去を知ることは……きっと、楽しい、嬉しいだけじゃないって、最初から、どこかで、わかってたんです。聞いてて、悲しいこと、辛いこと……あるんだろうなって。滝原さんがしてくれた話は、その通りでした。悲しいこと、辛いことの方が、多かったかもしれません」


 思い返すと、まだ、胸が、痛む。


 この痛みを、忘れることはないだろう。この痛みと、蒼太は、この先の人生を、歩いて行くのだ。


「でも……」


 蒼太は、首を横に振る。


「ぼく、今、嬉しいんです。……今まで、知らなかったことが、知れたことが」


「……嬉しい……?」


 声を漏らした亮助に、蒼太は、「はい」と、深く、頷いた。


「滝原さんは、お母さんのことを、”強い子だった”って、言っていました。ぼくも……そう、思います。お母さんは、何があっても……幸せになることを諦めていなかった……そのことを知れたこと。それから……お母さんが、ぼくや兄ちゃんのことを、何より大切に思ってくれてたって、知れたことも……」


 蒼太は、自分のこの思いが、精一杯、伝わるように、強い感情を、瞳に、込めた。


「お母さんが、好きになった人が……ぼくのお父さんが、お母さんの、その気持ちと、同じ気持ちを持ってくれてた……それを知れたことが、嬉しかったんです」


 胸に、熱い感情が込み上げて来る。


 蒼太は、その気持ちを、その思いを、胸の中に大事に抱きしめるように、ぎゅっと、指先を、握った。


「ぼくの、お母さんとお父さんは……ぼくの、誇りだって思えたことが、嬉しいんです」


 長い間、蒼太の心を縛り付けていたしがらみが、この瞬間に、解けたような気がした。


「ぼく……お母さんと、亮助さんの子どもに生まれて、本当に、よかったです」


 ようやく───ようやく、言えた。


 そう、思った。


 本当は、心のどこかでずっと───母の過去を知る、ずっと前から、自分は、この言葉を、いつか口にしたいと願っていたのだと、蒼太は、知った。


 ただ───まだ、終わっていない。


 自分が伝えたい気持ちは、もう、一つ、ある。


 それは、その言葉は、「あの、ぼく……」という、何とも蒼太らしい、おずおずとした切り出しになった。


「なにか、新しいことをしようとすると、それが自分に馴染むまでに、すごく時間がかかるところがあって……だから、いつになるか、はっきりとは、言えないけど……」


 亮助の目は、蒼太のことを見つめ続けている。


 蒼太も、その目を、見つめ返す。


「亮助さんのこと、いつか……”お父さん”って呼べるように、するので、なので……」


 これは、約束だ。


 人生で初めての、父との、約束。


「ぼくも……あの家で、これからも、一緒に暮らして、いいですか……?」


 そう、問いかけた、直後、だった。


 亮助が、蒼太の元に、歩み寄ってきた。


 肩に、亮助の手が触れて、蒼太は、はっと、息を吸い込んだ。


「……ごめんな」


 その声とともに、蒼太は、亮助の胸に、抱き寄せられた。


 ごめんな───その言葉は、蒼太と亮助が離れ離れになってからの10年間。亮助が蒼太に対して思い続けてきた思いの表れのように、聞こえた。


 蒼太は、首を、横に振った。


 きっと、亮助の中に積み重なった思いは、簡単には、消えないだろう。


 それでも───それがいつか、全て、幸せな思いに、変わればいい。


 そのために、何度でも、伝え続けよう───。


 蒼太は、亮助の背中を、ぎゅっと、抱きしめ返した。


 とても、温かい───この感触を、自分は確かに、知っている気がした。


「……ありがとうな」


 再び、亮助の声が、した。


 蒼太は、目を閉じた。


 目を閉じて、頷いた。


 自分は今、とても、幸せだ───。


 蒼太と亮助。


 2人の頭上では、親子の、新しい物語の始まりを祝福するような青空が、広がっていた。


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