December Story51
さくらが俊二に送った最後の言葉───。
「メール……?」
蒼太は、俊二の手の中にある、赤い携帯電話を見つめた。
「さくらから届いたメッセージ───さくらが書き残してくれた言葉が、書いてある」
俊二は、画面を開き、ボタンを操作した後、
「見てごらん」
蒼太に、携帯電話を、差し出した。
「君に見てほしいことが、書いてある」
蒼太は、それを、受け取った。
※
"滝原さんへ"
それが、メールのタイトルだった。
母が滝原俊二に送った、最後の言葉───蒼太は、胸が震えるのを感じた。
"滝原さん"
その、長い文章の始まりは、そんな、呼び掛けだった。
"突然、こんな改まった文章を送って、驚かせてしまうかもしれません。私自身、滝原さんに、このような文章を送ることを、ほんの数日前まで、想像していませんでした"
"これから、私が書く内容は、滝原さんにとって、受け入れ難いものになるかもしれません。でも、私は、滝原さんに、伝えなきゃいけない。滝原さん、滝原さんはいつだって、私の言葉に、耳を傾けてくれましたよね。どんな時も、私のことを、信じてくれましたよね"
"滝原さんがいつも、私のことを信じてくれていたのと同じように、私も、滝原さんのことを信じています。私の思いは、滝原さんに伝わると、確信しています"
"この間、電話で、息子が、"殺し屋"の存在を認識したということを話したと思います"
"その時、滝原さんは、"御神にそのことが知られなければ大丈夫だ"と、私を励ましてくれたしたよね。それまで、息子の身を案じて動揺していた私は、滝原さんのその言葉を聞いて、落ち着くことができました。"滝原さんの言う通りだ"、"きっと、大丈夫だ"、と"
"ですが、御神は……あの殺し屋は、私たちの思考や行動を、全て見通していました"
"滝原さんと、あの電話を交わした翌日、私のもとに、御神から、手紙が届いたんです"
"手紙の中には、私の息子が、同居する男の正体が殺し屋であることを知ったという事実が、御神のもとに届いているという内容が、書かれていました"
"御神は、"いつかはこんな日が来るだろうと密かに予感していた"という言葉の後に、"お前には、責任をとってもらわなきゃいけない"という言葉が、続けて、書いていました"
"私は、それを読んだ時に、思いました。私が何かをして、それで許されるのなら、私は、何だってする。私の行いが、息子を救うことになるのなら……"
"お前が指示に従えば、子供に手出しはしない"
”御神の手紙に、あった言葉です。御神は、私が、その指示に従わないという選択は、決してしないだろうと、確信しているようでした”
”御神の指示というのは、手紙が届いた日の翌日に、御神が指定した場所に、私が一人で向かうというものです”
”向かったその場所で、御神が私に何をするつもりなのかは、わかりません”
"ただ、わかることは、あの御神が、私をただで帰すわけがないということです”
”御神の、当初の目的は、私の人生から、自由を奪うことで、滝原さんへの復讐を図る、というものでした"
"その思いは、御神の中で、今も変わっていないはずです。御神は、私を苦しめることが、滝原さんを苦しめることに繋がると、思い続けているのだろうと思います"
”もしかしたら、御神は、その場で私を捕らえて、もう二度と、子供たちに会わせないつもりかもしれない。それか……子供たちに何もしないというのは嘘で、私の見えない場所で、あの子たちに、危害を加えるかもしれない”
”私は、子どもたちを守るために、生きています"
"もし、私が死ぬことで、あの子たちが救われるのなら、私は躊躇わず、死を選びます"
"だけど、それと同じくらいに、こう思うことがあります。死んでしまったら、もう、この子たちを守ることが、できなくなってしまう……そう思うことは、死を想像するよりも、ずっと怖くて、ずっと、辛いです"
"私は、御神のもとに行きます”
”会いに行って、奴を、殺します”
”その方法は、既に用意してあります”
”御神が死んで、全てが解決するとは、思っていません”
”むしろ、彼を殺すことは、子どもたちを守るための、最後の手段だと、思っています。私の監視役の、あの男や、御神の部下たちは、当主を殺した私のことを、決して、許しはしないでしょう”
”御神を殺した後、私が、生きて帰れる可能性は、ほとんど無いといって、等しいと思います”
”でも、御神がいなくなれば、御神の組織が崩壊すれば、私の大切な子どもたちは、自由に、なれるはずんなんです”
”殺し屋に支配された、隠し事だらけのあの家に……私がいなくなった後も、あの子たちが暮らし続けるなんて、そんなこと、あっていいわけがない”
”だから……私がいなくなった後の道しるべを、子どもたちに、残していきます”
"上の息子に、「私が家を出て、それから、3日経っても帰ってこなかったら、こういう方法を辿って、お父さんのところに行きなさい」と、伝えるつもりです。その方法は、決して、簡単なことではありません。でも、あの子たちなら……きっと、やり遂げるだろうと、無事に、亮助のもとに向かえるだろうと、私は、信じています”
"滝原さん。これは、このメールの、一文目に書くべき、言葉だったかもしれません”
”もしかしたら、これが、私から、滝原さんに送る、最後の言葉になってしまうかもしれません"
"滝原さん、今まで、本当に、ありがとうございました"
"私は、滝原に出会えて、本当によかった。滝原さんと過ごした日々は、私にとって、幸せなものでした"
"最後に三つだけ、お願いがあります'
”実の両親と、上手な付き合い方が、できなかった私にとって、滝原さんは、本当の父親のような人でした”
”自分勝手な、わがままかもしれないけれど、聞いてください”
"一つ目。もし、私が、帰ってこなくても、御神に復讐を計画することは、しないでください"
"滝原さんは、絶対に、何があっても、誰かを、傷つけない"
"私は、そんな滝原さんのことを、尊敬しています。私は、滝原さんのことを、信じています"
”二つ目。これは、お願いしなくても、滝原さんは、してくれると思うけれど、私がいなくなった後、私のことを思ってくれている人が、前に進めなくなっていたら、その人のことを、支えてあげてください”
”三つ目。私が死んだことを知ったその時、できたら、笑ってください”
”滝原さんには、私がいなくなった後、笑っていてほしい。滝原さんが、笑顔で、見上げた空の、その先で、私は、滝原さんに、笑顔を返したいです”
”改めて、今まで、本当に、本当に、ありがとうございました”
”どうか、いつまでも、元気でいてください”
”さくらより”
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