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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第10章
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December Story47

御神有馬が会いに来た───その日をきっかけに、幸せは、崩れ始める───。

 さくらのことを狙ったんだ───その言葉に、蒼太は、頭に、強打をくらったような衝撃を感じた。


「え……?」という声を上げることさえ、できなかった。


 ただ、激しく、息を呑むことしか、できなかった。


「……さくらは、御神の姿を、一目見た瞬間、"この男は只者じゃない"という空気を、察したらしい」


 俊二は、静かな声で、そう言った。


「御神は、さくらのことをじっと見つめて、そして、言った」



 "高山さくらだな"



「さくらは、その時、亮助と結婚した後で、名字が変わっていた。それなのに、旧姓の"高山"で呼んできた───そこに、大きな違和感を覚えたさくらは、男に、問いかけた」



 "あなた、何者?"



「男は……御神有馬は、こう、答えたそうだ」



 "お前の恩師の、因縁の相手───とでも言えば分かるか?"



「……さくらは、そこで悟った。目の前の男が、俺───滝原俊二の左目を失明させた相手にして、その存在が"HCO"設立のきっかけにもなった殺し屋───御神有馬だということを」


 蒼太は、俊二のその言葉を聞いている間、息をすることも、瞬きをすることも、忘れていた。


 心の底から、怖い───と、思った。


 御神有馬───その存在を、想像するだけで、体中に、悪寒を感じた。


 その時、実際に、御神有馬に遭遇した母が感じた恐怖は、これ以上のものだったのだろうか───。


「ただ、御神は、自身が殺し屋であるということを、全く意識していない様子だったと、さくらは、言っていた。それがより、あの男の不気味さを、増させていた───と。御神は、淡々とした様子で、さくらに、こんなことを、問いかけてきたそうだ」



 "お前、滝原俊二のことを、慕っているんだろう?"



「さくらは、こう、答えた」



 "……だとして、何?私のことを利用して、滝原さんに、何かするつもり?"



 "いいや。そんなことはない。お前も知ってるだろう?あいつの能力のことを"


 "あいつの能力は、厄介だ。何かしたくとも、何もできない。殺したいほど憎くとも、殺すことは、できない"



 "……だったら、どうして?私に会いに来た理由は、何?"



 "別に。お前に何かしようというわけではない。ただ、一度、目にしてみたかったんだよ。滝原俊二が、自分の娘のように扱う、女のことを"



「そう言って、御神は、薄っすらと笑った───その笑みの冷酷さを思い出すだけで、背筋が震えると、さくらは、言った」



 "……私のこと、殺すつもり?"



 "いいや。殺しはしない。今、言っただろう。俺はただ、お前に、興味があるだけだ"



 "……私のことは、どれくらい前から知っていたの?"



 "元"HCO"の捜査官らしい質問だな。お前のことは、お前がその、"HCO"にいた時から知っていた"



「さくらは、そんなに前から、御神に自分が知られていたことに衝撃を受けるのと同時に、それなら何故、今になって、こうして自分に会いに来たのかという、疑問を持った。その時、既に、さくらが"HCO"を辞めてから、7年近くが経っていた。どうして、自分の存在を知ったタイミングではなく、こんなにも長い時間が空いてから、会おうと思ったのか───さくらは、それを、御神に問いかけようとした」



 "特に理由はない"



「御神は、そう答えた。ただ、さくらは、その答に、違和感を覚えた。何の理由もなく、この殺し屋が、自分に会いに来るわけがない───だが、それを問い質すことは、さくらは、しなかった」


「……それは」と、俊二は、蒼太の目を、見つめた。



「さくらの頭に、家の中にいる、子どもたちの姿が、過ぎったからだ」


 ※


「子どもたちが、家で待っている───ゴミを出しに行っただけなのに、いつまでも自分が帰って来なければ、何かあったんじゃないかと心配して、子どもが、外に出てきてしまうかもしれない───」


 蒼太は、呆然と、その言葉を、聞いていた。


 御神有馬が、母に会いに来たその瞬間───当時1歳だった自分は、勇人と2人で、あの家にいたのだ。


 母の帰りを、待っていたのだ───。


「その時、君のお兄ちゃんは、6歳になっていた頃で、1人で、玄関のドアを開けることが容易にできる年齢だった。殺し屋と、我が子が顔を合わせてしまうこと───さくらは、それを、恐れたんだ」



 "もう一度だけ聞く。あなたの目的は、何?"



「さくらは、そう、問いかけた。───この問いを最後に、御神が立ち去ることを願って」



 "あなたの言う通り、私は、滝原さんのことを自分の恩師だと思ってる。でも、それは、それだけのこと。私自身は、何者でもない。警察官でもなければ、能力者でもない。私は、あなたに何もできない"



 "あなたは、私に、何をしてほしいの?"



「御神は、さくらのことを、そんな嘲笑したそうだ」



 "随分と従順だな。それでも、元警察官か?"



「さくらは、その言葉に、答えなかった。心の中で、怒りと屈辱の感情が沸き上がって、外に溢れ出しそうになるのを、必死に、抑えていたそうだ」



 "お前に何かをしてほしい───そういうわけでは、ない"



 "本当に、今日は、お前がどんな奴なのかというのを、調べに来ただけだ"



 "こちらとしても、まだ、準備段階なんだよ。お前に話せることは、何もない。───今のところは、な"



「さくらは、その言葉を聞いた時、"ああ、やっぱりか"───と、体の力が、抜けてしまいそうになったと、言った。この殺し屋が、本当に、自分に会いに来ただけで、他に何もしないという可能性を、信じていたかった自分に気付いた、と」



 "準備が整ったら、また、こうして、お前に会いに来る"



「その言葉に、さくらは、御神に、背を向けた。そうしてそのまま、歩き出した。その存在を、見なかったことに、したかった───そう、言っていた」


 俊二は、強い痛みに耐えるような表情を、浮かべていた。


「……そんなさくらに、御神は、こんな言葉を、投げかけてきたらしい」



 "滝原や、お前の旦那に、俺のことを話してもいいぞ"



 "俺は、絶対に、警察には捕まらない。追うだけ無駄だという忠告も、伝えておいてくれ"



 "俺が次にお前に会いに来るまで、せいぜい、今まで通りの生活を楽しむんだな"



 "それまで、じゃあな。───高山さくら"



 蒼太は、詰まっていた息を、一気に、吐き出した。


 心臓が苦しい───随分と長い間、息をしていなかったのだ。


「……辛い話ばかり、だよな」


 俊二が、悲しげな目で、蒼太を見つめた。


「大丈夫かい?続きを話すのは……少し、時間を置いてからにしようか」


 その言葉に、蒼太は、「いえ……」と、首を振った。


「教えて……ください」


 その先に、今よりも、自分を苦しめる事実が語られることを予感しながらも、蒼太は、そう、答えていた。

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