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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第10章
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December Story41

さくらが警察官を目指したきっかけとは───。

俊二が、32年前にあった出来事を語る。

 32年前───。6月のある日。


 俺は、さくらと出会ったんだ。


 そう、滝原俊二は、語り出した。


 ※


 俺は、その日、瑞橋駅の車掌を名乗る男性から通報を受け、後輩とともに、現場へと向かった。


 時刻は、午後6時頃。


 駅員室へと向かうと、中で、それぞれ20代くらいの男女が向かい合って立っているのが見えた。


 その2人の間には、あたふたとした様子の、男性がいた。通報してくれた車掌さんだとすぐに分かった。


「あ!刑事さん!」


 車掌さんが、俺の姿を見て、声を上げた。


「警察です」


 俺は、男性と女性に向かって、警察手帳を差し出した。


 事情を説明するように頼むと、まず最初に、女性が声を上げた。


「この人、電車の中で私の体を触ったんです!」


 事情は、つまり、こうだった。


 夕方6時台の、帰宅ラッシュの電車内。


 女性は、満員に近い2号車の中で、吊革につかまっていた。


 その後ろにいたのが、痴漢をしたと名指しされた、この男性。


 女性は男性に、後ろから太腿のあたりを触られたのだと主張した。


 当の男性は、「僕はそんなことしていません!」と、それを否定した。


 俺は、女性と男性、2人の姿を見つめた。


 女性は、丈が膝上にあるミニスカートを履いていた。


 男性はスーツ姿で、手にはビジネスバックを所持していた。


 そこで、俺の中には、ある一つの仮説が浮かび上がったのだが、その場で、証拠もなく、それを口にするのは、憚られた。


「とりあえず、署で詳しくお話を伺いますので、ご同行願いますか?」


 俺は、納得のいかない様子の2人から、何とかその承諾を得た。


 男性は、それまでに痴漢での逮捕歴はなく、身元も確かだったために、その日のうちに釈放となった。


 ただ、だからといって、事件が終了というわけでは、ない。


 当然、捜査が必要だ。


 俺は、女性が痴漢にあった時の現場の状況を調べるために、翌日、再び、駅へと向かった。


 まずは、車内の防犯カメラを見せてもらおうかと向かった先、俺は、「刑事さん」と、声を掛けられた。


 振り向いた先に立っていたのは、一人の、少女だった。


 制服姿の、高校生。


 すらりとした背に、真っ黒なショートカットが、よく似合う。


 スカートを履いていなければ、男の子と間違えるような、ボーイッシュな見た目の子だった。



 ───刑事さん、昨日起きた、痴漢事件の担当の方ですよね?



 少女は、真っ直ぐな目で、俺の目を、見つめてきた。


 俺は、その瞳に、促されるままに、「ああ」と、頷いていた。何故、それを知っているのか、尋ねるよりも先に。


 ───刑事さん、昨日の、あの人、どうなりました?


 まるで、前からの知り合いのように、少女は、そう、問いかけてきた。


 俺は、驚きと戸惑いを隠せないまま、「君は?」と、少女を見つめた。


 ───豊正ほうせい高校1年の、高山さくらと言います


 少女は、そう、名乗った。


 ───昨日のあの人って言うのは、痴漢を疑われた、男の人のことかな?


 そう問いかけると、少女───さくらは、頷いた。


 ───はい。私、昨日、あの男の人と女の人と、同じ電車に乗っていたんです。女の人が、"この人痴漢です!"って大声を上げて、男の人の手を捕まえた瞬間を、見ていました。


 さくらは、自分が事件について知っている理由を、そう、説明した。


 ───刑事さん、昨日の、あの男の人、どうなったんですか?


 その質問に、俺は、「一旦、釈放されたよ」と答えた。


 ───事件は、これから捜査が始まるから、あの人が、”本当にやった”のかは、まだ、分からないんだ。


 さくらは、俺の言葉に、はっとしたような目を見せた。


 ───じゃあ、やってない可能性も、あるっていうことですか?


 深く、探るような瞳で問いかけられ、俺は、意表を突かれた。何て力強い目をする子なんだろうと思ったことを、覚えている。


 ───そうだね。その可能性も、十分にあり得ると思うよ。


 俺の答えに、さくらは、神妙な様子で、頷いた。


 そして、こう言った。


 ───やっぱり、"この人が犯人だ"って、一方的に決め付けて、社会から遮断するなんて、しちゃいけないことですよね。


 俺は、目の前の女の子が、何の話をするつもりなのか分からず、「え?」と、声を上げた。


 ───昨日、痴漢を疑われたあの人が、駅員室に連れて行かれた時、私、本当にあの人がやったのかどうか気になって、あの人が連れて行かれた場所、駅員室まで、ついて行ったんです。


 ───あの女の人、ずっと男の人を責めるように怒鳴り続けていたから、会話の内容は、離れた場所からでも、分かりました。"警察呼びましたから!"って、実際、電話で呼んでいたのはどう見ても一緒にいた車掌さんなのに、そう言ったりしてて。


 ───でも、これから警察の人が来るんだということは、分かりました。それで、私、少し、嫌な気持ちになったんです。


 ───警察って、被害を主張した人の話ばかり聞いて、犯行を疑われた人を、いい加減な捜査だけして、そのまま犯人にするような人ばかりだと、そう、思っていたから。


 その、あまりにはっきりとした、正直すぎる言葉に、俺は思わず、苦笑してしまった。


 ただ、続く、さくらの「でも」という声が、それを、打ち消した。


 ───刑事さんを見た時、思いました。刑事さんは、"そうじゃないんだ"って。


 ───刑事さんは、被害を訴える女の人、加害を疑われた男の人、そのどちらからも、しっかりと事情を聞こうとしていました。女の人が被害者で、男の人が加害者だって、決め付けて、いなかった。


 ───私、驚きました。そして、思いました。刑事さんと、話がしてみたいって。


 ───それで、今日、ここにいたら、刑事さんが来るんじゃないかと思って、待っていたんです。


 ───痴漢をした、してないのやり取りを見てた時、中学時代、私の身の回りであった、出来事のこと、思い出したんです。


 ───聞いてもらっても、いいですか?


 そう問われて、俺は、ゆっくりと、頷いていた。


 ※


 ───私が、中学2年生の時、同じクラスに、笹山ささやまくんという男の子がいました。


 さくらは、そう、語りだした。


 ───笹山くんは、大人しい性格で、一人で行動することが多い子でした。休み時間は、いつも机に座って、スケッチブックにイラストを描いていました。私は一度、"何の絵を描いてるの?"と聞いたことがありました。笹山くんは、少し照れながら、"好きなアニメのキャラクターなんだ"と教えてくれました。


 ───笹山くんは、可愛い女の子がたくさん出てくるアニメ作品のファンでした。私は、笹山くんの趣味は、素敵だと思っていました。自分の好きなアニメの、好きなキャラクターのイラストを描くこと、それって、好きが詰まってて、いいなって。……でも他の子たちは、違いました。


 ───クラスの子たちの大半は、笹山くんの趣味を、馬鹿にしていました。笹山くんのことを"オタク"呼ばわりして、"気持ち悪い"とか、"近付かないで"とか、そういう言葉を投げかけて……。


 ───笹山くんは、一度も、自分に対する悪口を、否定しませんでした。その姿を見ていられなくなって、私は、笹山くんを悪く言う連中に、注意をしようとしました。でも……笹山くんに、それを止められました。


 ───笹山くんは、優しい子でした。"俺が我慢すればいい話だから"、"俺を庇って、それで高山さんが悪口を言われるようになったら、嫌なんだ"……。


 ───"だから、お願い"……そう言われて、私は、それ以上、踏み出すことが、できなくなってしまいました。



 ───それを……私は、今、とても、後悔しています。



 ───ある日、教室に入ると、笹山くんが、男女の集団に囲まれているのが、目に入りました。


 ───どうしたのかと近付くと、女子の1人が、笹山くんの体を突き飛ばすようにしながら、こう言いました。"あんたがやったんでしょ!"……って。


 ───私は、集団の周りにいた友達から、事情を聞きました。笹山くんを突き飛ばした女子、名前を、赤星あかほしさんというんですが、赤星さんは、その日の数日前から、自分の体操着を、紛失していたそうなんです。


 ───体育の授業の後、更衣室で制服に着替えて、教室に戻って来て、それから、体操着を自分の机の上に置いたまま、席を離れた……それで、戻って来たら、体操着がなくなっていた。その時は、更衣室に忘れたんだと思って探しに戻ったが見つからず、校内の他の場所を回っても、見当たらなかった。でも、次の日になって、教室に来てみたら、見つかった。机の中に、無造作に、入れられていた。……赤星さんの机ではなく、隣の、笹山くんの机の中に。


 ───それで、赤星さんは、笹山くんが自分のジャージを盗んだ犯人だと言い出したんです。


 ───赤星さんは、クラスでとても目立つ存在で、彼女の周りには、笹山くんを馬鹿にする連中が固まっていました。赤星さんと連中は、笹山くんが犯人だと決めつけて、疑いませんでした。……でも、私には、そうは思えなかった。笹山くんが、そんなことをする人間だなんて。


 ───だって、笹山くんの机の中に入ってたからと言って、笹山くんがやったと限らないじゃないですか。もし……もし仮に笹山くんがやっていたとしたら、どうして、わざわざ、他人に見つかるような場所に、赤星さんのジャージを置いて帰ったのか、そこに説明がつかない。誰かが笹山くんがやったことを演出するために、笹山くんの机にジャージを入れたんじゃないか。もしくは、校内のどこかで赤星さんのジャージを見つけた誰かが、赤星さんに返そうとして、間違えて笹山くんの机の中にジャージをいれたのかもしれない。私は、その場で、そう、主張しました。



 ───……だけど、赤星さんと連中は、私の声を、無視しました。



 ───”高山、こんな奴を庇うのか?”って、……どこまでも笹山くんを馬鹿にして……。



 ───……そして……私は、最後まで、笹山くんを、庇いきることが、できませんでした。



 ───笹山くんに……”もういいよ”と、言われたんです。



 ───”高山さん、もう、いいんだ”……そう、泣き笑いみたいな表情を見せられて、私は、何も言えなくなってしまいました……。



 ───……次の日から、笹山くんは、学校に来なくなりました。



 さくらは、そこで、言葉を止めた。


 拳を強く握りしめたその姿は、自分の感情が溢れ出るのを、必死に抑えているようだった。


 やがて、視線を上げたさくらは、静かな声で、こう、言った。


 ───……もし、あの時、私が、もっと強ければ、笹山くんの力になれるくらい……笹山くんに、"この子となら戦っていける"って思ってもらえるくらいの人間になれてたら、あんなことは、起こらなかったんじゃないか……そんな気がして、ならないんです。


 俺は、そんなさくらに、「そんなことはない」と、首を振りたくなった。


 だが、さくらの強い視線が、俺の、その動きを止めた。



 ───だから……私は、強くなりたいんです。強くなって、あの時、できなかったことを、できるようになりたい。



 ───私、昨日、刑事さんを見て、思いました。


 俺は、「え……?」と、声を漏らした。


 ───私、刑事さんみたいになりたい。決め付けじゃなくて、しっかり捜査して、真実を突き止める……そんな、警察官になりたい。


 その言葉は、本当に、唐突だった。


 驚きを隠せない俺に、さくらは、真剣な眼差しで、こう、問いかけてきた。



 ───刑事さん、聞いても、いいですか?




 ───私は、そんな、刑事に、なれると、思いますか?



 さくらは、俺の内部を、奥深くまで覗き込むような瞳をして、言った。


 俺は、その瞳を、見つめ返した。



 そして、「ああ」と、頷いた。



 ───なれると、思うよ。



 さくらは、パッと、目を見開いた。



 ───ほんとですか?



 その時、さくらは、16歳の少女らしい、とても素直な驚きを示す表情を見せた。


「ああ」と、俺はもう一度、今度は、笑顔で、答えた。


 そうすると、さくらは、何かを噛み締めるように、じっくりと、ゆっくりと、頷いた。


 そうして、その次に、「あっ」と、何かに気が付いたように、声を上げた。


 ───そういえば、聞いてなかった。刑事さん、お名前は?



 ───滝原。滝原俊二。



 ───滝原……さん。



 ───滝原さん、お願いがあります。



 ───私が、大人になるまで、待っていてくれませんか?



 ───私、警察官になったら、滝原さんに、会いに行きます。だから、その時は、その時の私が、今の私より、強くなったかどうか、教えてください。



 そう、大人びた表情で微笑んで、さくらは、俺に背を向けた。


 遠ざかっていく背中の頼もしさが、今も、目に焼き付いている───。

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