Ⅿay Story3
同じ中学の同級生───または、"ASSASSIN"と、依頼者。2人の、初めての帰り道。
「上村さんの家って、中学に近いところ?」
ビル群を抜けた先の道路を歩きながら、翼は光に尋ねた。
「ううん、あんまり。歩いて、20分くらい掛かる」
「そっか。じゃあ、家着くのも結構、遅いんだ」
「うん。仕方ないやって、割り切ってるんだけど」
光は、そう笑った。
「バレーボールは、いつからやってるの?」
「5年生から。その時は、町のクラブチームに入ってたんだけど」
「そうしたら、結構長くやってるんだね」
「うん」
「好きなんだね」
「えっ?」
「バレー。僕、てっきり、運動部の人は、やりはじめてしばらくしたら、楽しいとか、好きとか、練習の大変さで無くなるんじゃないかって、勝手に思ってたんだけど」
翼が言うと、光は「ああ……」と、僅かに視線を逸らした。
「……結構、他の部員の子は、そう言ってる子、多いかな。˝やってて楽しくない˝とか、˝部活やめたい˝とか。……私は、そういう風に思ったことは無くって、バレーが好きだし、好きだからこそ、うまくなりたいし、そのための練習は、すごく楽しいし。だから、試合の勝ち負けとかは、あんまり関係無いなって───そう思ってる」
光は、翼では無く、真っ直ぐ前を見据えながら、そう言った。
その姿に向かって、「……そっか」と、翼は、答えた。
「うん」と頷いた光が、翼に、笑顔を向ける。
「……もう一つ、聞いてもいい?」
翼は、言った。
「上村さんの能力って、どういうもの?」
それは、能力者同士が出会った時、必ずする会話の一つだった。しかし、人によっては、自分の能力の話をするのが嫌な人もいて、翼は光がそちら側の人間では無いのだろう、と、確信しつつ、尋ねた。
「言葉で説明するの、難しいんだけど」
光は、思っていた通り、何気ない様子で、答え始めた。
「力の大小を調節する能力って言ったら良いのかな。例えば……私、昨日、襲われて、相手の腕を噛んだ時、能力で噛む力を大きくしたりとか」
「あっ、そうだったんだ。でも、よく、すぐに行動できたね」
「ううん。焦って、考える間もなく、体が動いたって感じ」
光は、謙遜しているのか、それとも、正直なのか、笑顔で、そう言った。
その後、光は翼の能力の内容を訊き返そうとはせず、
「萩原くんは、いつから、˝ASSASSIN˝に入ってるの?」
と、尋ねてきた。
「去年の、ちょうど秋から。だから、まだ、一年も経ってない感じ」
「ああ、そうなんだ。きっかけとかって、何かあった?」
何気なく、訊いたつもりなのだろう。光が翼を見る。
「……成り行き、みたいな感じかな。˝ASSASSIN˝の人に出会って、それから、みたいな」
翼は光に˝本当の理由˝を話す必要は無いと判断し、かといって、嘘にならない範囲の答をした。
「ああ、そっか。でも、殺し屋を捕まえるって、本当にすごい」
光は関心を述べた後、
「萩原くん以外のメンバーって、今日、会った3人だけ?」
翼の不意を突くような質問をしてきた。
「ああ……いや、もう一人いるけど、あんまり来ないんだ、その人」
翼は、光が意識的にした質問では無いのに関わらず、自分が頭に思い浮かべていた人物を訊かれて、少しばかり動揺した。
幸い、光は翼の反応に気が付かなかったようで、「あっ、そうなんだ」と頷いた。
「……ああ、そうだ」
翼は、これ以上、この話に深入りされる前に、話題を逸らそうと思った。
「申し訳ないけど、明日以降も、僕と一緒に来て貰っても良いかな?本拠地」
光は悪く思う素振りも無く、むしろほっとしたように、
「うん。私も、その方が有り難い」
と、答えた。
「そうしたら、どこかで待ち合わせた方がいいかな?」
「そうだね。僕は放課後、何も無いけど、上村さんはどう?掃除とかある?」
「ううん、私も、何も無い」
「じゃあ、玄関ホールの柱のところに集合しようか」
玄関ホールの柱は、野ヶ崎中学校の生徒が誰かと待ち合わせする時の目印にする、円錐の形をした大きな柱だった。
光が、とあるアパートの前で立ち止まった。
「ここ?」
翼は、この辺りにしては大きい、その建物を見上げた。
「うん、ここの3階」
光は答えながら、鞄の中を探る。
「一応、上まで行くね、一緒に」
そうして、鍵を取り出した光に翼は言った。目を離した隙に、光が襲われるような事があってはならない。
2人は3階まで、階段を上った。そうして登り切った、手前のドアが光の家だった。
「ありがとう、本当に」
光は振り返り、翼に頭を下げた。
「何かあったら、いつでも連絡して」
「うん、ありがとう。じゃあ、また明日」
光が微笑み、ドアを開ける。
「じゃあね」
翼も、笑みを返し、光が家に入るのを見届けた。
そうして、家の中から、鍵を閉める音がするのを聴いた後、翼は、そっとその場を去ることにした。
(……誰かの気配は、感じなかった)
光とここまで歩いて来た時の事を振り返りながら階段を下りる。
(付けるのは帰りだけ、最初の2回は気配を感じたけど、襲われなかった。3回目は気配を感じず襲われた。そして、僕の名前を言った……)
まだ、確信はできていないが、光を襲った相手は、おそらく、自分───萩原翼を殺害するように、誰かから依頼された殺し屋だろう。
(けど、何で、勘違いを?上村光=萩原翼っていう、間違った認識は、どうして生まれた?そんな曖昧な情報で殺し屋が動くか?)
「いや」という考えが浮かんだ。
(殺し屋じゃないのかもしれない。騙されて動いてる犯罪者か……)
考えれば考える分だけ、憶測が生まれる。
しかし、それは憶測に過ぎなくて、不確かなものだ。
これから、帰った後は、メンバーと今後の捜査の手順を確認する予定があった。
(曖昧なこと言って、みんなを混乱させるのは良くない)
ただ、簡単に解決するだろうと思っていた、この依頼は案外、複雑かもしれない───そんな気が、してきた。
※
(明日から、また少し、忙しくなるのか……)
風呂から上がり、後は寝るだけの蒼太は部屋のカレンダーを見ながら思った。
上村光───彼女の依頼をメンバーと協力し、解決する日々が、明日から始まろうとしていた。
(警察以外からの依頼を解決するのってどんな感じなんだろう……?)
いつもなら、警察がこの町にいると判断した殺し屋を、˝ASSASSIN˝が捕まえる流れなのだが、今回はどうやら˝見つける˝ことから始めるようだった。
(殺し屋を調べて、どこにいるのか確認して、捕まえて、警察に送って、事情聴取……)
警察と半々で行っていた作業を自分たちで全て行う───それを考えると蒼太は気が遠くなった。
(でも……、一人じゃないから、みんながいるから……)
そう、自分に言い聞かせると気持ちが穏やかになって行く。
時刻は8時45分。
蒼太は、いつものように未完成の絵を描くことにした。
机の上に立て掛けたデジタルカメラの画面を見ながら、画用紙に色鉛筆で青い色を塗っていく。
(描き始めてから、1ヶ月くらい経ってるけど、やっぱり、寝る前の15分くらいだと、時間かかるな……)
蒼太は再び、カレンダーを見上げる。
(後、一週間だから、完成は間に合いそう)
そう思うと、ほっとした。
(とりあえず、今日は、海の色、塗っちゃおう)
そうして、蒼太は机に向かい、15分が経った。
去年の誕生日に父から買って貰った50色色鉛筆のセットを閉じ、机の引き出しにしまうと、蒼太は画用紙をスケッチブックの中に挟んで片付けた。
部屋の電気を消し、蒼太は布団に入った。
布団に身を沈め、深く、息を吐いた。
(最近、すごく充実してる。学校に行ったら、葵に会えるし、˝ASSASSIN˝の活動も、大変なことも多いけど、楽しい……)
引っ越して来る前の自分から比べて、蒼太は性格的にも明るくなったと自覚していた。
それは、˝ASSASSIN˝に出会ったお陰だ。
「ただ……」と、直後、蒼太は思ってしまうのだった。
(……兄ちゃんのこと、心配なんだよな……)
思い出すのは、勇人が自分に発した言葉だった。
───もう違うんだよ。俺とお前は。
あれは、どういう意味だったのか、蒼太はここ最近、気付き始めていた。
暗い室内を見つめて、蒼太は記憶を辿る。
(ここは、ぼくと、兄ちゃんの部屋だった……)
あの時、あの瞬間、ここで同じ時間を過ごし
ていた2人は今、別々の場所で時間を過ごしている。
(ぼくは朝になったら学校に行って、授業を受けて、葵と一緒に本拠地に行くけど……、兄ちゃんは……?)
同じ学校の通っている優希の話の中で勇人は、学校には来るものの、授業は出ない事が殆どらしい。
(大丈夫なのかな……?高校、続けていけるのかな……?)
それは、自分が心配しても意味のない事なのかもしれない。
「高校に行くも行かないも、それは自分が決める事」───そんな言葉を、蒼太は以前、誰かから聞いた事があった。
(たしかに、兄ちゃんが決めることだし、ぼくが何か言える立場じゃないし……、実際、言えないと思うけど……)
蒼太は家族として、勇人の事がとても心配だった。
(でも……、それで、後悔して欲しくないし、辛い思いして欲しくない。……それに、なるべくなら、みんなも言ってるみたいに、みんなのところに居て欲しい……)
˝変わってしまった˝勇人の事を、まだ、受け入れきれない気持ちは正直、あった。
しかし、それは、蒼太が、何も行動できていないからで、行動できない理由は、勇人が自分たちと居ることを避けているからだ。
(いつか、兄ちゃんと、また、昔みたいに話せるようになって、5人で、ちゃんと活動できたら良いな……)
その日がいつ来るのか、蒼太には分からない。
(でも、いつか、来るよね。……きっと)
今日、見る夢が、そんな自分が望む世界だったら良いな、と思いながら、蒼太は重くなってきた目を閉じる。
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