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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第10章
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December Story39

蒼太の気持ちを受け入れられなかった自分に絶望した亮助に、舞香が掛ける言葉とは───。

 空が、重い。


 道を歩いてる間、周りの景色は、全く、目に映らなかった。


 ただ、どこまでも黒く、町中を包み込んで支配するような空の色だけは、別だった。


 それを見ないように目を背けても、頭上から、見えない誰かの視線を、感じるような気がした。


 車で向かえば、10分も掛からない場所を、歩いて行こうとしているのだと気付いたのは、目的地に着く、直前のことだった。


 ここまで着くのに、どれくらいの時間が掛かっただろう。


 そう考えて、亮助は、ゆるりと、首を横に振った。


 そんなことは、どうでもいい───そう、思った。



「あっ、亮ちゃん」



 その声は、亮助の耳に、はっきりと、響いた。


 足を止め、顔を上げる。


「遅かったから、心配したじゃん。……って、あれ?歩いて来たの?」


 数時間前───警察署で、ここで会う約束をした相手。舞香は、驚いたように、目を見開いた。


「……悪いな」


 亮助は、侘びた。


 約束の時間は、とうに、過ぎてしまっていたらしい。


 舞香に指定された、待ち合わせ場所は、町の端にある、堤防だった。


 波の音が、低く、響いてる。


「いいけど、珍しいね。亮ちゃんが遅刻なんて」


 舞香は、いつものように、明るく、笑った。


 ただ、亮助は、いつものように、答えることができない。


 舞香は、亮助が何も言わないのを気にしていていない様子で、「それで、亮ちゃんを呼んだ理由なんだけど」と、そう、語りだした。


「ほら、最近、バタバタしててさ、ゆっくり2人で話す時間、なかったじゃない?私、年が明けるまでの間に、亮ちゃんに、話しておこうって思ってたことがあるんだ」


 舞香は、口元を笑わせたまま───真っ直ぐな眼差しで、こう、言った。


「蒼太くんが、この前、私に、会いに来てくれた」


 その言葉は、亮助を、驚かせることはなかった。


 ───ただ、胸の奥底で、不穏な音が、響いてくるような気がした。


「蒼太くん、()()()()を知って、あの家を出てから、ずっと、願ってるみたいだよ。”知りたい”───って」


 舞香は、ふっと、その瞳を、優しい色に変えた。


「亮ちゃんと、さくちゃんのこと」


 その言葉は───一瞬、亮助の胸の中で響く暗い音を、遮った。


 ───だが、「いや……」という声と共に、再び、流れ始めた。


 蒼太が、そう思うのは───全てを、知らないからだ。



 ───もし、知ってしまえば、蒼太の、あの、穢れのない、純粋な心は、傷だらけになってしまう、



「蒼太くんは、私に話を聞く前に、亮ちゃんに、自分がそう思ってることを、打ち明けるつもりだって、話してくれた」


 舞香が、言った。


「でも、私が、それを止めたの。私から、亮ちゃんに話すからって。それで、その話をするために、私は、今、こうして、亮ちゃんを呼んだんだけど」


 舞香は、「でも」と、呟くような声を、発した。


「先に───聞いたんだね。蒼太くんから」


 その問いにも、亮助は、答えることが、できなかった。


 あの時───蒼太に、その話を打ち明けられた時。


 そこで生まれた気持ちは、今も、続いている───。


「わかるよ、亮ちゃんの、気持ち」


 舞香の声が、遠くに、聴こえるような気がした。


「知らせたく、なかったんだよね。知った時、蒼太くんが傷つくことになるって、そう、思ったから」


 舞香は、分かっているのだ───。


 自分が、蒼太の言葉を、受け入れられなかったこと。


 そして───あの後、勇人から掛けられた言葉に、向き合えなかった、自分の弱さを。


 自分が、こんな人間だから───なのだろうか。


 だから、幸せにしたい人を、幸せにできなかったのだろうか。


 だから、守りたいものを、守れなかったのだろうか。


 だから、今も───大切な存在に、背を向けて、”大切だ”と打ち明けることが、できずにいるのだ。



「……でも、私は、それと同じくらい、蒼太くんの気持ちが、わかる」



 その声に───亮助は、視線を上げた。


 その、舞香のその声は、はっきりと、亮助の耳に、届いた。


「私……さくちゃんから、”亮助と別れることになった”っていう言葉を聞いた時、ただ、ただ、”どうして……?”って、思った。理由が知りたいって、思った。さくちゃんが、再婚した時も、亮ちゃんが”HCO”をやめた時も……さくちゃんが、亡くなった時も……」


 舞香は、そこで、僅かに、言葉を、詰まらせた。


「……そこに、何か、理由があるんじゃないかって……ずっと、考えてた。考えて、考えて、苦しくなって、それでも、やめられなくて……。でも……いつか、亮ちゃんが打ち明けてくれるはずだって、そう、信じられたから、その日を、ずっと、待ってた」


 舞香は、涙が溢れるのを、必死に、堪えているようだった。


 下唇を噛み、そして───笑った。


「待った先に、その日が来た時……私、ほっとしたんだ」


 舞香の、僅かに震えた声は、悲しい色を、帯びてはいなかった。


「亮ちゃんが、私に打ち明けてくれた話は……今思い返しても、胸が張り裂けそうになるくらい、悲しものだったけど、でも、私はその時、”聞けてよかった”って、心から、思った。やっと、亮ちゃんの気持ちいが理解できた。これから、亮ちゃんのために何ができるか、それを考えることができるんだって……。嬉しいとは、違うかもしれないけど、でも、間違いなく、私は、あの話を聞いて、後悔、しなかったよ。今でも、”聞けてよかったな”って、思い続けてるよ」


 舞香の声に、迷いは、なかった。


 ただ、ひたすら真っすぐに、その言葉は、紡がれていった。


「蒼太くんも、そうなりたいんだよ。そうなれる日を、待ってるんだよ」


 舞香は、そう言って、深く、頷いた。


「……どうして、だ……?」


 亮助の口から、声が、漏れた。


「どうして……、そう、わかる……?」


 そう、問いかけると、舞香は、にっこりと、笑った。


「亮ちゃんが、亮ちゃんだから」


 亮助は、その言葉に、返す言葉を、見失った。


 その言葉が───どこまでも、平凡だったからだ。


 だが、一方で───その言葉は、どこまでも、透明で、他の、どんな言葉よりも、亮助の胸に、響いたのだ。


「亮ちゃんは、自分で気付いてないかもしれないけど」


 舞香は、笑顔のまま、そう言った。


「亮ちゃんは、他人に対する、思いやりに溢れた人だって、私は、思うよ」


 舞香は、「私……だけじゃないね」と、自分の言葉に、自分の言葉を被せるように、ゆるりと、首を振った。


「さくちゃんも……同じこと、思ってたと思う」


 さくら……───彼女の笑顔が、頭に、浮かんだ。


「だから、さくちゃんは、亮ちゃんのことを好きになって、”家族”になりたいって、思ったんじゃないかな」


 彼女がくれた言葉。


 共に過ごした時間。


 自分に、思い返す資格があるのだろうかと、苦悩し続けていたものたちが、次々に、再生されていく。


 胸が、詰まる。


 声を出したら、その途端に、彼女に対する思いが、溢れ出しそうだ。


「勇人くんと、蒼太くんだって、そう」


 舞香の声に、亮助は、はっとした。


「亮ちゃんは、ずっと、自分が、勇人くんと蒼太くんから、どう見られているのか、そのことを考えて、ずっと、苦しんでた」


 舞香は、亮助の目を見て、「でもね、亮ちゃん」と、言った。


「そんなことで、悩む必要、ないんだよ」


 舞香は、首を横に振った。


 ただ、それは、自分自身の言葉を、深く、肯定しているように、見えた。


「勇人くんは、4年前……さくちゃんがいなくなった後、亮ちゃんのことを探しに、黒霧市から、北山に、1人で、戻ってきたんだよね?」


 舞香は、亮助の心に、響かせるような口調で、そう言った。


「そして、勇人くんは、今でも、亮ちゃんと、一緒にいる。それは、単なる、成り行きだったからって、亮ちゃんは思うかもしれないけど、そんなことないって、私は思うよ。勇人くんは、自分で選んで、亮ちゃんと一緒にいるんだって」


「蒼太くんのことだって、そう」と、舞香は続けた。


「蒼太くんが、亮ちゃんとさくちゃんのことを知りたいって、願うのは、これから、亮ちゃんと一緒になりたいっていう気持ちが、あるからだよ」


「何でかって、思う?」と、舞香は、何処か、悪戯っぽく、問いかけてきた。


「そんな気持ちに、難しい理由なんて、いらないんだよ。2人にとって、亮ちゃんは、”酷いお父さん”なんかじゃない。”優しいお父さん”、だから」


 舞香は、眩しいほどの笑みを浮かべて、そう、言った。


「亮ちゃんは、いつも、どんな時でも、勇人くんと蒼太くん、2人が幸せであることを、願い続けて来たんでしょう。そのことを、2人は、知ってるはずだよ」


 亮助の中に───舞香の、その言葉を疑う気持ちは、もう、湧いてこなかった。


「私は、きっと、2人は、亮ちゃんが、自分の気持ちを打ち明けてくれること、それを、待ってると思う」


 舞香は、確信を突くように、そう、言った。


 そうして、舞香は、言葉を、止めた。


亮助は、「……舞香」と、呼びかけた。


今、自分が、どんな表情をしているのか。


声が、舞香に、どう届いているのか。


そんなことは、気にならなかった。


ただ、舞香に、伝えなくてはいけない思いが、あった。


「……ありがとうな」


その言葉に対し、舞香は───ただ、「うん」と、笑って、頷いた。


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