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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第9章
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December Story28

 本拠地に行くことを、新一に電話を掛けて知らせると、「これから自分は出掛ける予定があるから、玄関の鍵を、郵便ポストの中に入れておく」と告げられた。


 それを使って中に入っていていいとのことだったため、蒼太は道中にあったコンビニエンスストアで昼食を購入し、本拠地へと向かった。

 途中、新一とすれ違うことを期待したが、その姿を見かけることはなかった。


 誰もいない本拠地のオフィスで、蒼太は、翼を待った。


 昼食を食べ、特に何をするわけでもなく、ただ、これからする話をした時に、翼がどんな反応をするのかを想像しながら過ごした。


 窓の外が、薄暗くなりかけた頃。


 階下のドアが、開く音が聞こえた。


 蒼太は、時計を見上げた。


 午後4時10分。


 足音が、この部屋に近付いてくる。


 静かな音で、ドアが開いた。


「ごめんね、遅くなっちゃって」


 そう言って部屋に入ってきた翼は、コートの下の肩を、僅かに揺らしていた。


 急いで、来てくれたのだろうか。


 蒼太が、それに対して礼をする前に、後ろ手でドアを閉めて振り返った翼が、言った。


「ちょっと、隣町に用事があって、出掛けてたんだ」


 その顔には、いつもと変わらない、笑顔があった。


 しかし───蒼太は、それに対し、返す言葉に、何故か、詰まってしまった。


 それに関しては、これ以上、踏み込んでこないでほしい───翼の笑顔に、そんな感情を、感じたような気がしたのだ。


 翼はコートを脱ぐと、蒼太の隣に腰を下ろした。


 その瞳は、やはり、いつも通りの、優しいものだ。


「話が、あるんだよね」


 蒼太は、翼に感じた、一瞬の違和感に、心の中で首を傾けながら、こくりと、頷いた。


 ※


 全てを話し終えた時、翼は、今までの3人───葵、優樹菜、光とは、少しだけ、違う反応を見せた。


 それは、先程、翼が部屋に入ってきた時に感じた違和感と、とても、よく似ているものだった。


 僅かに、視線を下に向けて、それはまるで、蒼太に、自分の意見を求められるのを───避けているようだった。


 蒼太が、答えを待っていると、翼は、ほんの一瞬、口を開きかけた後、


「いや……いいかな。……この話は」


 自分自身に言い聞かせるように、そう言った。


 蒼太は、その横顔を見つめて、不安になった。


「先輩……?」と、蒼太が呼び掛けようとした時。


「蒼くん」と、翼が、蒼太の瞳を見つめた。


「これから、大変なこと、たくさんあるかもしれないけど、でも、蒼くんなら、大丈夫」


 翼は、一際優しい目で、蒼太を見つめて、こう言った。


「だから───頑張ろうね、一緒に」


 その言葉に、蒼太は、心の中で巻き上がりかけた不安の渦が、すっと消えていくのを感じた。


 蒼太は、深く、頷いた。


 自分の気持ちを伝えられたこと、それを、翼が受け入れてくれたこと───それとはまた違う安心が、蒼太の中に訪れた。


 その安心は、翼が、自分に本心を話してくれたという確信だった。


 "いや……いいかな。この話は"


 きっと───翼には、翼にしか分からない、"何か"があるのだと、蒼太は、悟った。


 しかし、それを知るのは、今すぐじゃなくてもいい。


 翼は、いつか、自分に、話してくれるはずだ。


 そうして、実際に───。


 "頑張ろうね、一緒に"───翼が発した、この言葉の意味を、蒼太が知るのは、それから、少し後のことだった。


 ※


 車のエンジン音に、優樹菜は、顔を上げた。


「行くよ」と、声を掛けたわけではないのに、後ろから葵がついてくる気配を感じながら、玄関へと向かう。


 車が停止した音がしてから、玄関のドアが開くまでには、しばらくの間があった。


 ドアが開いて、母が帰ってきた。


 優樹菜と葵が並んで立っているのを見ると、ほんの一瞬、はっとしたような目をして、その後、「ただいま」と、いつものように、微笑んだ。


「お母さん」


 優樹菜は、母を呼んだ。


「私たち、お母さんに、聞きたいことがあるの」


 そう切り出すと、葵が服の袖を、ぎゅっと掴んできた。


「……聞きたいこと?」


 母の、声音が変わった。


 何かを察し、何かを、隠そうとするような、そんな声だった。


「私や、葵のためじゃない。私たちの大切な仲間───蒼太くんのために、知りたいの」


 そう告げると、母の瞳が、大きく、見開かれた。


「お母さん、知ってるんだよね?」


 優樹菜は、そう問いかけた。


「蒼太くんのこと、亮助さんから、聞いたんだよね?」


 母は、僅かな間の後で、「どうして……」と、息を吐き出すように、小さく、笑った。


「どうして、そうだって分かるの?」


 優樹菜は、母を真っ直ぐに見つめて、「分かるよ」と言った。


「お母さんの、娘なんだから」


 そう告げると、母は目を見開いた後、「……そっか」と、笑った。


 そうして、母は、いつもよりも、明らかにゆっくりとした動作で、靴を脱いだ。


 優樹菜と葵───2人と向き合った母は、何処か、悲し気な瞳で、こう言った。


「リビングで、話そっか」


 ※


 12月の、夕方6時近くにもなれば、外は薄暗くなり、部屋の中も電気を点けなければいけないくらいにもなる。


 明かりを灯したリビングで、ダイニングテーブルを挟んで、母と向かい合いながら、優樹菜は、この部屋が、決して明るいとは言えない空気に包まれているのを感じていた。


「お母さん……」


 優樹菜の隣にいる葵が、母のことを呼んだ。

 母は、その声に視線を上げ、一度、深く、長い息を吐き出した。


「───この話はね、()()()だけの秘密にしようって、約束してたの」


「"私たち"……?」


 優樹菜は、その言葉を、繰り返した。


「私と、亮ちゃん、それと、私たちの恩師───"HCO"の創立者、滝原さん。それから───」


 母は、そこで、目を伏せた。


「さくちゃん───蒼太くんの、お母さん。この4人の間だけの、秘密」


 優樹菜は、じっと、母の言葉に、耳を傾けていた。隣にいる葵が、自分と、母を交互に見つめる気配があった。


「それって、一体、どんなものだったの?」


 優樹菜は、尋ねた。


 この話において、自分は、当事者ではない。


 それでも───聞きたいと思った。


 蒼太のために───仲間のために。


 母は、顔を上げた。


 そして、ぽつりと、言った。


「……かなり、辛い話になるけど」


 そうして、母は、話し始めた。


 その話の全貌は、優樹菜にとって、想像も付かないほどに、悲しいものだった。

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