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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第2章
25/333

May Story1

”ASSASSIN”メンバー・萩原翼のもとに、同学年の有名人が訪れ───?

 佐藤さとう まなぶは、住宅街を歩いていた。


 こうして、誰が住んでいるかもしれない家を何軒も通り過ぎることは何年ぶりだろう。


 現在、同業者が集まる人里離れた下宿に暮らしている佐藤にも、このような住宅街に住んでいたことがあった。その時、佐藤は父、母、兄、妹と平凡な暮らしをしていた。平凡───朝は早く家を出ていき、夜遅く帰って来る会社員の父、いつまで寝てるんだ、学校に行けと怒鳴る母、お前は本当に馬鹿だなと笑う兄、そうして、家族の中心にいる妹。そんな4人との生活。


(……こんな時に思い出すことじゃない)


 佐藤は歩きながら考えを振り払い、「集中しろ」と自分に命令した。


 午後6時を回った辺りは、薄暗いほどだが、周りに人の気配は感じない。


 前に歩いている制服姿の少女を気配と見なさないのは、彼女が自分にとっての、標的であるからだった。 


 その少女のことを、佐藤は知らない。


 その少女も、佐藤のことを知らない。

 

 そんな少女のことを、こんな住宅街の真ん中で殺してしまうことを考えると、佐藤の胸に、微かな黒い靄が立ち込めてきた。


 佐藤は、首を横に振った。今日は、いつもと違って、集中できない。


 自分にとって、考えることは無意味だ───。佐藤は僅かに速度を上げた。


(俺は殺すための道具。俺はあの子を殺すためにここにいる。俺は殺さなければいけない。一発で、確実

に)


 少女の華奢な背中を佐藤は追った。


 ジャンバーのポケットから折りたたみ式のナイフを取り出す。


 これで少女の首を切る───依頼にあった通りに、そうすれば良い。


(ただ、変わった頼みごとがあったんだよな。……殺す相手に、言葉を掛けろと?)


 頭の中でプランを組みながら、佐藤は依頼主からの言葉を思い出した。


(いや……考えるな。俺には関係がない。……俺はただ───)


 佐藤は少女に向かって突進して行った。


(殺すだけだ)


 細い首を羽交い絞めにすると、少女の、驚愕しきった息遣いが聴こえた。


 佐藤は少女の首筋にナイフを当て、依頼主から託された台詞を言った。


「野ヶ崎中の制服。お前、˝ASSASSIN˝の萩原翼だな」


 少女が動揺しているのが腕を通して佐藤に伝わってきた。


 佐藤はそのまま、ナイフを引く───はずだった。


「っっっ!?」


 佐藤の左腕に激痛が走った。


 あまりの痛みにナイフを落とし、その場に膝をつく。


 何が起こったのか理解するまでの間に、前方で走り去って行く足音が聞こえた。


 左腕を見ると、そこには、小さな斑点のような跡が、くっきりと付いていた。


 歯型だ───少女に、噛まれたのだ。


「……くそっ……!」


 佐藤はきつく、下唇を噛んだ。


(失敗だ。……ちきしょう)


 佐藤は、左腕を右手で覆うと、少女とは逆方向に走り出した。


 ※                                             


「ねえねえ、ノート貸してー」


「あんた、また寝てたの?いい加減にしてよー」


「ごめーん。だって、社会で、しかも歴史を森岡(もりおか)先生の重低音で語られるんだよ?眠くなる要

素しかないって」


「それはそうだけどー」


「今日、グラウンド使用、2年じゃねーの?」


「3年だよ。昨日、2年だっただろ。お前、もう忘れたの?」


「あー、そうだっけ。体育館は?」


「今日、使用禁止だってよ」


「はぁー?マジかよ。ありえねー」


 昼休みの教室は話し声があちこちで響く。


 萩原翼は、そのクラスメイトが作る輪のいくつかのどこにも入らず、机に座ったまま、ノートを書いていた。


 ノートといっても、勉強用ではない。˝ASSASSIN˝の活動で使うためのものだった。先月、捕まえた殺し屋の情報を思い出せる範囲で書き出していく。


「萩原くんってさ」


 どこかから、自分の名前を呼ぶ声がした。


「いつも、勉強してるよね。えらい」


 噂話が好きな女子グループの声だった。


「あー、たしかに。頭、良いもんね」


「他の男子と違って、うるさくないし、真面目だし、優しいし、ほんとにいい子だよね」


「先生にも、礼儀正しいしね」


 翼はそれを聞いて、自分がクラスメイトに抱かせているイメージを意識する。


 翼は自分がこのクラス───2年3組の中で、微かに浮いた存在であることを自覚していた。


 ただ、多数から嫌われているわけでも、虐げられているわけでは決してなく、ペアやグループの活動で、「一緒に組もう」と言い合える仲間は存在している。しかし、休み時間に会話をすることや、登下校

を共にするほどの関わりがないだけだ。


 だからこうして、学校にいて普通、書かないような内容をまとめていても、気に掛けられることはない。


 いつの間にか、手が止まっていることに気が付き、翼はペンを持ち直す。


 背後で、ドアが開く音がした。


「あの」


 その声に、翼は最初、反応しなかった。


 教室のドアの前で、人を呼ぶ他クラスの生徒が来ることはよくあることだ。


 教室の一番右端の後ろという、後ろのドアに一番近い席に座っているために、背後の声は、はっきりと耳に届いた。


「萩原翼くんって、いますか?」


 翼は振り返った。


 しかし、他クラスに友人はいないし、部活をやっていないため、他学年と関りをほぼ持ったことの無い自分を呼ぶ生徒に、心辺りは無かった。


 ドアの前に立っていたのは、一方的に、名字と顔だけ見知っている同じ2年生の女子生徒だった。


 翼が勝手に、˝有名人˝という認識をしているその生徒は、翼と目が合うと、「あの……」と、同じ質問を繰り返そうとした。


「あっ、僕です」


 翼は、片手を上げた。


「萩原翼です」


「あっ」


 相手は、驚きの表情を浮かべた後、


「2年2組の、上村光です」


 と、頭を下げた。


(光……下の名前、そうなんだ)


 翼は思った。


 上村、という名字を聞けば、2年生の生徒は大抵、彼女を思い浮かべるだろう。


 彼女───上村光は、非常に優秀な成績の生徒と学年中に噂されていた。クラスの学級委員を務め、更にはこの学校のバレー部のエースとして活躍している人物だ。


 それにプラスされ、オレンジ色のショートヘアと同じ色をした瞳が、その存在感を引き立たせている。

 つまり、光は翼と同じ能力者だが、2人は一度も言葉を交わした事が今までに無かった。


「僕に、何か?」


 翼は光に尋ねた。


 すると、光は、教室内の時計を見て、「少し……良いですか?」と、翼の目を、じっと見つめた。

 

 その真っ直ぐな瞳は、何か言いたげだった。

 

 

 翼は、「はい」と頷いた。断る理由は無かった。昼休みが終わるまで、まだ15分、時間がある。


 ノートを机にしまい込み、立ち上がる。


「他の場所の方が、良い感じですか?」


「そうですね。……あんまり、人に聞かれたくなくて……」


 光が声を抑えて、そう言った。


「わかりました。そうしたら、外で話しませんか?」


 翼は、光に向かって、微笑んだ。


 ※                  


 校舎裏に、人の気配は無かった。


「ここなら、大丈夫そうですね」


 翼は光に言った。


「はい。あの、すみません。突然呼んでしまって」


「いえいえ。あの、同学年だし、タメ口で話しませんか?」


 自然と敬語になってしまっていたが、気付くと違和感だった。


 光は翼の提案に「そうだね」と、少し笑った。


「でも、びっくりした。僕の名前、知ってるんだね」


 翼が何気なくいうと、光は僅かに動揺の反応を見せた。


「う、うん。あのね……、ちょっと、聞きたいことがあって」


 光は、上目遣いに、翼を見つめてきた。


「……すごく、変なこと聞くけど……、いい?」


(変なこと?)


 翼はそう疑問を持ったが、「うん」と頷いた。


 光は息を吸い込み、躊躇うように視線を動かし、また息を吸うと、こう、切り出した。



「あの……、˝ASSASSIN˝って、知ってる……?」



 翼は聞き慣れ過ぎた言葉が同級生から語られたことに、僅かな反応を余儀なくされるも、光が何故その言葉を出したのか、詮索する思考に、すぐ辿り着いた。


「───知ってるけど、どうして?」


 穏やかな声で問いかけると、光は、はっとしたように、目を上げた。


 一瞬、何かを確信したような色を瞳に浮かべた光は、意を決したように、こう語りだした。


「……あのね……信じてもらえないかもしれないんだけど……」


 光は、僅かに声のボリュームを抑えながら言った。


「……ここ数日間、私、誰かに狙われているような気がしてて……」


 光のその様子は単なる思い込みでそう語っているとは思えないものだった。翼は、一気に、背筋を伸ば

した。


「狙われてるって───具体的には、どういうこと?」


「帰り道に、一人で歩いている時に、誰かに付けられるのが、ここ最近、ずっと続いてて……、それと、

携帯にメールで脅迫文みたいなものが来たり……、怖いなって思いながら、そろそろ親に相談して、警察の方に連絡して貰おうと思ってたら、昨日……」


 光は視線を伏せ、こう続けた。


「……部活の帰りに、一人で歩いてたら、突然、後ろから、男の人に襲われて……、羽交い絞めにされて、ナイフを首に当てられて……、それで、その人がこう言ったの。───˝野ヶ崎中の制服。お前、˝ASSASSIN˝の萩綿翼だな˝って……」


 それは、翼以外の、この学校の生徒なら、すぐには信じない話だろう。しかし、翼は、その話をすぐに信じることができた。


 目で、先を促すと、光は、僅かに目を伏せて、こう続けた。


「私、その時……突然のことで、何が起きてるのかよく分からなかった。でも、なんとか逃げなきゃって思って……それで……とっさに、相手の腕を噛んで逃げ出して……」


「……それで、僕のことを探そうと思った?」


 翼が尋ねると、光が小さく頷いた。


「今日の朝ね、担任の工藤くどう先生に、訊いてみたの。˝萩原翼くんって知ってますか?˝って。そうしたら、˝3組にいるよ˝って教えてもらって」


「……ご両親には話した?その、襲われたこと」


「ううん、まだ。萩原くんを探して、話を聞いてみてからにしようと思って……」


「そっか。……まだ、確証を持ててないんだけど、たぶん、上村さんを襲った人は、僕と人違いをしてるんじゃないかな」


「私も……、そうなのかなって思ってた」


 頷いた光は、その後、答を待つように、翼の顔を見た。


 翼は「何から話すべきか」を頭の中で整理した後、


「あのね、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」


 と、口を開いた。


「まず、僕には人に狙われるような理由があって───˝ASSASSIN˝っていう組織のメンバーなんだ、僕」


「……それ……、昨日、私を襲った人が言ってた……?」


 光の目が、大きくなる。


「˝ASSASSIN˝は、殺し屋を捕まえる活動をしていて」


 翼は光を焦らせないように気を遣いながら説明をした。


「上村さんを襲った男も、殺し屋である可能性が高いと思う」


 それを聞いた光は驚きに目を見開き、


「……殺し屋を、捕まえる……?」


 小さく口を開いた。


 その声の大きさに翼は「あっ、しまった」と、心の中で声を上げた。もっとゆっくり、説明をするべきだったかもしれない。 


 しかし───。


「すごい……」


 翼の予想に反し、光は、感嘆の声を上げた。


「つまり……、私は、その˝ASSASSIN˝のメンバーである萩原くんと、間違われちゃってるってこと……?」

 翼は光の受け入れの早さに驚いた。そのため、光の質問に答えるのが少しだけ遅れた。


「かも、しれないね。……でも、厄介だな。上村さんに非は、全然無いのに」


 翼は、殺し屋の、あまりにも雑な仕事に溜息を吐いた。


(きっと、このままじゃ、上村さんは、間違われたまま狙われ続けることになるかもしれない)


 言葉にしたわけではないのに、それを察したであろう光の顔には、影が差した。風が吹いて、光のセーラー服の襟が揺れる。


「───それは解決しないといけないから、協力して貰ってもいい?」


 暗い顔で、何かを言いだそうとした光を、遮るような形で、翼はそう提案した。


 光は短く、「えっ……?」と、声を上げた。


「上村さんを襲った殺し屋を見つけて、捕まえる。……それと、それまでの過程で、上村さんの身の回りの安全を確保する。───そのために、上村さんに˝ASSASSIN˝の捜査に力を貸して欲しいんだけど」


そう告げると、光は驚いたような反応を見せた。


「ぜ、全然する……というか、いいの……?」



「うん、それが“ASSASSIN”の仕事だから」


 翼は、そんな光の反応に微笑んで頷いた。


「急だけど、今日の放課後、大丈夫かな?部活とか、ある?」


「あっ、ううん。部活は、今日、元から休むことにしてたから大丈夫」


 それは、昨夜、男に襲われたことに由来するということは、訊くまでも無かった。


「じゃあ、放課後、玄関で待ち合わせない?」


「うん、わかった。……あっ、チャイム鳴っちゃった」


 光の声に合わせて、鐘の音が校舎の壁を通して聴こえて来た。


「ごめんね。……昼休み、削っちゃって」


 光は申し訳ないというように、翼に頭を下げた。


「ううん、気にしないで」


 翼が答えると、光は、安堵したように、「ありがとう」と息を吐き出した。


(依頼者は学校の有名人……、か)


 翼は「戻ろうか」と、光に声を掛けながら思った。


(でも、標的の狙いは僕で、上村さんはただ、巻き込まれただけ)


 先に光が歩き出すのを確認した後、翼は背後の茂みの方に目を向けた。そこに気配を感じ取ろうとしたが、何も、感じられるものは無かった。


 それにより、この依頼はすぐに解決しそうな、そんな気がした。

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