December Story19
勇人のもとへ向かうことを決意した蒼太は、勇人に対し、自分が全ての真実を知ったことを告げる───。
車のエンジン音が聴こえる。
どこに行く車だろう───?
そう思いながら、蒼太は、目を覚ました。
はっとして、体を起こすと、そこは、自分の部屋で、見下ろした先には、布団があった。
(ベッドの上……?)
蒼太は、眠ってしまう前の記憶を思い返そうとした。
(この部屋に御神さんがいて、それで……)
"少し、眠ってからの方がいいんじゃない?色々知って、色々考えて、くたくたでしょ?"
───あの後、輝葉が、自分を眠らせたのだろうか。
床を見つめると、そこには、水色の御守と、ボイスレコーダーが置かれたままになっていた。
枕元のスマートフォンに手を伸ばし、電源を付けると、画面に今の時刻が表示された。
「5時……?」
確か、眠ってしまう前に最後に時計を見た時も、時刻は5時だったはずだが───。
そこで、蒼太は、気が付いた。
違う───これは、夕方の5時だ。
窓を見つめると、既に、外は暗くなりかけていた。
(半日も寝ちゃってたんだ……)
道理で、頭がぼんやりとしているわけだ───頭の中にかかった靄が、少しずつ晴れていく感覚と同時に、蒼太は、ある事を思い出し、はっと立ち上がった。
「お父さん……」
"お父さんのことは、私がどうにかするから"
父は、今、どこにいるのだろう───。
蒼太は、部屋を飛び出した。
※
輝葉は、蒼太が、これから"どうしたいのか"を知っている。
ならば、蒼太のしたいことが、父にはばかれてしまわないように手を下すのではないだろうか。
(例えば……)
例えば───家の中にいる父の動きを、ピタリと止めてしまう。
それならば、父の身体に負担がかかったり、他に被害を生むこともない。
そうであってほしい───この家のどこかに、いてほしい。
蒼太は、そう願いながら、父の姿を探した。
居間、台所、和室、縁側、洗面所、風呂場、トイレ、母の部屋───父の姿は、見当たらなかった。
(後は……)
蒼太は、そのドアの前に、立った。
(ここしかない……)
そこは、父の部屋だった。
父は、この中に、いるのだろうか。
ドアノブに手を掛けると、やはり、蒼太は、この部屋のドアを開けることを、躊躇ってしまう。
(お父さん……)
呼び掛けながら、息を吸いながら、蒼太は、ドアを引いた。
父の部屋は、以前に訪れた時と、何も変わっていないように見えた。
椅子の上には、誰もいない。
本棚の前には、誰もいない。
ベッドの上にも───誰もいない。
父は───この部屋の中にも、いなかった。
※
父は一体、どこに行ってしまったのだろう。
(まさか……御神さんが、お父さんのことを……?)
最悪な結果が、頭を過ぎった。
だが───蒼太がそれを止めようとする、あの問いに、輝葉は、こう答えていた。
"私、君のことは、傷付けたくないの"
あの言葉に───嘘は、ないような気がした。
(だったら……御神さんは、お父さんの体を、この家以外のどこかに運んだ……?)
ただ───その方法は、今の蒼太には、考えつくことは、できなかった。
(とにかく……今のぼくは……ぼくのこの先を、考えないと……)
そう思い、蒼太は、部屋で、スマートフォンを握っていた。
"ぼくは、兄ちゃんのところに行きたいです"
そう───確かに、自分は、輝葉にそう告げた。
その決意は、確かなもののはずだった。
───だが、しかし、今、蒼太は、迷っていた。
勇人のところに行くということは、"勇人の家に行く"ということなのだが、突然押しかけるようなことはできない。
ならば、一度電話を掛けてから……と思ったのだが、電話越しに、勇人に何と説明をすればいいのか、蒼太は、悩みに悩んでいた。
(いきなり"家に行ってもいい?"って言ったら、"何で?"って話になる……だったら、お父さんのこと、話さなきゃいけなくなる、けど……)
蒼太は、きつく、目を瞑りたくなった。
(お父さんのこと……ぼくが知ったって話したら……、兄ちゃんは……、どんな気持ちになる……?)
かつて、父から虐げられ、後に、父が殺し屋であることを知り、その事実から蒼太を守ろうとしたこと───その記憶を、勇人は、きっと、今も忘れてはいないだろう。
(もし……、話したら……)
蒼太は、スマートフォンの画面に表示された、勇人の携帯の電話番号を見つめた。
(話したら……)
蒼太は、目を閉じた。
───そして、蒼太の頭に浮かんだのは、こんな、一つの考えだった。
(ぼくが、お父さんの秘密を知っちゃったのは、"悪いこと"なのかな……?)
違う───きっと、それは違う。
きっとそれは、"悪いこと"なんかじゃない。
"毎日一緒にいて、時に、気に入らないって思うことだったり、腹立つことがあったり───でも、それでも、切り離せなくて、気になって、ふとした時に、"ああ、やっぱり大切なんだな"って実感する。それが、"家族"なんだよね?"
輝葉の言葉が、蘇る。
自分は、"家族"というものが分からないと、自分には、"家族"というものが存在しないという、彼女が語った言葉。
そんな彼女に、いつかの日、"家族"というものが何なのか教えたのは、きっと───。
蒼太は、画面に、指を触れた。
※
発信ボタンを押してから、勇人が電話に出るまでの時間は、とても長く感じられた。
このままでは、呼び出し音が途切れてしまうのではないかと思いかけた時、その音は止まった。
「あっ……」
蒼太の心臓が、声と共に、ドクン、と音を立てる。
「も、もしもし……?兄ちゃん……あの……ぼく……蒼太だけど……」
声が、僅かに上ずってしまった。
思えば、勇人と電話越しに話すのは、これが初めてだった。
声が、ちゃんと届いただろうか───と、耳を澄ませる。
返ってくる声はなかったが、それでも、確かに、向こう側に、勇人がいる気配がした。
「え、えっと……」と言い出しながら蒼太は、予定していた以上に緊張をしている自分に気が付く。
(どうしよう……。何から切り出すか、決めておけばよかった……)
こういう時、余計なことは何も考えずに、スラッと言葉を出すことができたら、どんなによかっただろう。
言葉で説明をすること───それは、蒼太が何より苦手なことだった。
───そんな時。蒼太の頭の中に、ある考えが浮かんできた。
(言葉にすること……ぼくが、ずっと苦手なこと……)
それはきっと、蒼太が苦手なこととして、勇人がずっと覚えてくれていることでもあるのではないだろうか───。
「あ……あのね……」
言い直しながら、蒼太は、息を吸い込んだ。
「ちょっと……いきなりで、申し訳ないんだけど……兄ちゃんに、聞いてほしいことがあって……」
膝の上の手を握りしめ、自分自身に、「……大丈夫」と言い聞かせる。
「すごく……大事な話なの……」
それは、自分で思っていた以上に、強い感情がこもった声となった。
僅かに、間があった後、
「何だよ」
勇人の声が、返ってきた。
その声の響きを聴いた瞬間、蒼太は、身体の表面に張り付いた緊張が、溶けたいくような気がした。
大丈夫、大丈夫───自分に呼び掛ける、自分の声が、徐々に大きく、力強くなっていく。
「ぼく……ね、冬休みに入る、ちょっと前に……、冬休みになったら、自分の、"家族"のことを調べよう……って、そう思って……、何か手掛かりになるようなものがないか、探すことにしたの」
蒼太は、目を伏せた。
「……ぼく……、苦しかったんだ……」
蒼太は、言った。
話している内に、いつの日か閉じ込めていた感情が、外に溢れ出していった。
「"家族"なのに、自分1人だけが、何か知らないことがあるような感覚があって……、それが何なのか、いつか知りたいって、ずっとずっと思ってた……」
それは、今まで誰にも打ち明けて来なかった、この瞬間、初めて口にする言葉だった。
「そうして……、家の中を調べ始めて……、それで……ね……」
蒼太は、今までよりも深く、息を吸い込んだ。
「……お父さんが、殺し屋だったっていうことを、知っちゃった……」
その声に、後悔は、滲まなかった。
蒼太は、もう一度息を吸い直して、
「……それが、えっと……、一昨日から、昨日にかけてのこと、なんだけど……」
あの時、あの瞬間の記憶を辿る。それはもう、遠い昔の出来事なような気がした。
「お父さんの秘密……知っちゃってから、ぼく……御神さん……御神輝葉さんに会って……、御神さんから、色んな話を聞いたんだけど───」
「───お前」
声がして、蒼太は、はっと言葉を止めた。
自分の声に重なって聞こえたその声は、それでも、はっきりと、蒼太の耳に届いた。
「───お前、今、どこいんだ」
その言葉に、蒼太は、「えっ……?」と、目を見開いた。
少しして、頭が言葉の意味を理解し始めた蒼太は、「あっ……、えっと……」と、僅かに慌てた。
「い、家の、中……。家に、1人でいる……」
早口に答えた蒼太に対し、勇人の口調は、変わらず、落ち着いていた。
いつもと同じ、いつも通りの口調で、勇人は、こう言った。
「そのまま、そこいろよ」
「えっ───?」
蒼太は、先程よりも大きく、目を見開いた。
「ま、待って……兄ちゃ……」
呼び掛けようとした時には、遅かった。
電話が、切れていた。
蒼太は、窓に目を向け、
「……来て、くれるの……?」
と、無意識の内に言っていた。
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