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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第9章
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December Story19

勇人のもとへ向かうことを決意した蒼太は、勇人に対し、自分が全ての真実を知ったことを告げる───。

 車のエンジン音が聴こえる。


 どこに行く車だろう───?


 そう思いながら、蒼太は、目を覚ました。


 はっとして、体を起こすと、そこは、自分の部屋で、見下ろした先には、布団があった。


(ベッドの上……?)


 蒼太は、眠ってしまう前の記憶を思い返そうとした。


(この部屋に御神さんがいて、それで……)


 "少し、眠ってからの方がいいんじゃない?色々知って、色々考えて、くたくたでしょ?"


 ───あの後、輝葉が、自分を眠らせたのだろうか。


 床を見つめると、そこには、水色の御守と、ボイスレコーダーが置かれたままになっていた。


 枕元のスマートフォンに手を伸ばし、電源を付けると、画面に今の時刻が表示された。


「5時……?」


 確か、眠ってしまう前に最後に時計を見た時も、時刻は5時だったはずだが───。


 そこで、蒼太は、気が付いた。


 違う───これは、夕方の5時だ。


 窓を見つめると、既に、外は暗くなりかけていた。


(半日も寝ちゃってたんだ……)


 道理で、頭がぼんやりとしているわけだ───頭の中にかかった靄が、少しずつ晴れていく感覚と同時に、蒼太は、ある事を思い出し、はっと立ち上がった。


「お父さん……」


 "お父さんのことは、私がどうにかするから"


 父は、今、どこにいるのだろう───。


 蒼太は、部屋を飛び出した。


 ※


 輝葉は、蒼太が、これから"どうしたいのか"を知っている。


 ならば、蒼太のしたいことが、父にはばかれてしまわないように手を下すのではないだろうか。


(例えば……)


 例えば───家の中にいる父の動きを、ピタリと止めてしまう。


 それならば、父の身体に負担がかかったり、他に被害を生むこともない。


 そうであってほしい───この家のどこかに、いてほしい。


 蒼太は、そう願いながら、父の姿を探した。


 居間、台所、和室、縁側、洗面所、風呂場、トイレ、母の部屋───父の姿は、見当たらなかった。


(後は……)


 蒼太は、そのドアの前に、立った。


(ここしかない……)


 そこは、父の部屋だった。


 父は、この中に、いるのだろうか。


 ドアノブに手を掛けると、やはり、蒼太は、この部屋のドアを開けることを、躊躇ってしまう。


(お父さん……)


 呼び掛けながら、息を吸いながら、蒼太は、ドアを引いた。


 父の部屋は、以前に訪れた時と、何も変わっていないように見えた。


 椅子の上には、誰もいない。


 本棚の前には、誰もいない。


 ベッドの上にも───誰もいない。


 父は───この部屋の中にも、いなかった。


 ※


 父は一体、どこに行ってしまったのだろう。


(まさか……御神さんが、お父さんのことを……?)


 最悪な結果が、頭を過ぎった。


 だが───蒼太がそれを止めようとする、あの問いに、輝葉は、こう答えていた。



 "私、君のことは、傷付けたくないの"



 あの言葉に───嘘は、ないような気がした。


(だったら……御神さんは、お父さんの体を、この家以外のどこかに運んだ……?)


 ただ───その方法は、今の蒼太には、考えつくことは、できなかった。


(とにかく……今のぼくは……ぼくのこの先を、考えないと……)


 そう思い、蒼太は、部屋で、スマートフォンを握っていた。


 "ぼくは、兄ちゃんのところに行きたいです"


 そう───確かに、自分は、輝葉にそう告げた。


 その決意は、確かなもののはずだった。


 ───だが、しかし、今、蒼太は、迷っていた。


 勇人のところに行くということは、"勇人の家に行く"ということなのだが、突然押しかけるようなことはできない。


 ならば、一度電話を掛けてから……と思ったのだが、電話越しに、勇人に何と説明をすればいいのか、蒼太は、悩みに悩んでいた。


(いきなり"家に行ってもいい?"って言ったら、"何で?"って話になる……だったら、お父さんのこと、話さなきゃいけなくなる、けど……)


 蒼太は、きつく、目を瞑りたくなった。


(お父さんのこと……ぼくが知ったって話したら……、兄ちゃんは……、どんな気持ちになる……?)


 かつて、父から虐げられ、後に、父が殺し屋であることを知り、その事実から蒼太を守ろうとしたこと───その記憶を、勇人は、きっと、今も忘れてはいないだろう。


(もし……、話したら……)


 蒼太は、スマートフォンの画面に表示された、勇人の携帯の電話番号を見つめた。


(話したら……)


 蒼太は、目を閉じた。


 ───そして、蒼太の頭に浮かんだのは、こんな、一つの考えだった。


(ぼくが、お父さんの秘密を知っちゃったのは、"悪いこと"なのかな……?)


 違う───きっと、それは違う。



 きっとそれは、"悪いこと"なんかじゃない。



 "毎日一緒にいて、時に、気に入らないって思うことだったり、腹立つことがあったり───でも、それでも、切り離せなくて、気になって、ふとした時に、"ああ、やっぱり大切なんだな"って実感する。それが、"家族"なんだよね?"



 輝葉の言葉が、蘇る。


 自分は、"家族"というものが分からないと、自分には、"家族"というものが存在しないという、彼女が語った言葉。


 そんな彼女に、いつかの日、"家族"というものが何なのか教えたのは、きっと───。


 蒼太は、画面に、指を触れた。


 ※


 発信ボタンを押してから、勇人が電話に出るまでの時間は、とても長く感じられた。


 このままでは、呼び出し音が途切れてしまうのではないかと思いかけた時、その音は止まった。


「あっ……」


 蒼太の心臓が、声と共に、ドクン、と音を立てる。


「も、もしもし……?兄ちゃん……あの……ぼく……蒼太だけど……」


 声が、僅かに上ずってしまった。


 思えば、勇人と電話越しに話すのは、これが初めてだった。


 声が、ちゃんと届いただろうか───と、耳を澄ませる。


 返ってくる声はなかったが、それでも、確かに、向こう側に、勇人がいる気配がした。


「え、えっと……」と言い出しながら蒼太は、予定していた以上に緊張をしている自分に気が付く。


(どうしよう……。何から切り出すか、決めておけばよかった……)


 こういう時、余計なことは何も考えずに、スラッと言葉を出すことができたら、どんなによかっただろう。


 言葉で説明をすること───それは、蒼太が何より苦手なことだった。


 ───そんな時。蒼太の頭の中に、ある考えが浮かんできた。


(言葉にすること……ぼくが、ずっと苦手なこと……)


 それはきっと、蒼太が苦手なこととして、勇人がずっと覚えてくれていることでもあるのではないだろうか───。


「あ……あのね……」


 言い直しながら、蒼太は、息を吸い込んだ。

「ちょっと……いきなりで、申し訳ないんだけど……兄ちゃんに、聞いてほしいことがあって……」


 膝の上の手を握りしめ、自分自身に、「……大丈夫」と言い聞かせる。


「すごく……大事な話なの……」


 それは、自分で思っていた以上に、強い感情がこもった声となった。


 僅かに、間があった後、


「何だよ」


 勇人の声が、返ってきた。


 その声の響きを聴いた瞬間、蒼太は、身体の表面に張り付いた緊張が、溶けたいくような気がした。


 大丈夫、大丈夫───自分に呼び掛ける、自分の声が、徐々に大きく、力強くなっていく。


「ぼく……ね、冬休みに入る、ちょっと前に……、冬休みになったら、自分の、"家族"のことを調べよう……って、そう思って……、何か手掛かりになるようなものがないか、探すことにしたの」


 蒼太は、目を伏せた。


「……ぼく……、苦しかったんだ……」


 蒼太は、言った。


 話している内に、いつの日か閉じ込めていた感情が、外に溢れ出していった。

「"家族"なのに、自分1人だけが、何か知らないことがあるような感覚があって……、それが何なのか、いつか知りたいって、ずっとずっと思ってた……」


 それは、今まで誰にも打ち明けて来なかった、この瞬間、初めて口にする言葉だった。


「そうして……、家の中を調べ始めて……、それで……ね……」


 蒼太は、今までよりも深く、息を吸い込んだ。


「……お父さんが、殺し屋だったっていうことを、知っちゃった……」


 その声に、後悔は、滲まなかった。


 蒼太は、もう一度息を吸い直して、


「……それが、えっと……、一昨日から、昨日にかけてのこと、なんだけど……」


 あの時、あの瞬間の記憶を辿る。それはもう、遠い昔の出来事なような気がした。


「お父さんの秘密……知っちゃってから、ぼく……御神さん……御神輝葉さんに会って……、御神さんから、色んな話を聞いたんだけど───」


「───お前」


 声がして、蒼太は、はっと言葉を止めた。


 自分の声に重なって聞こえたその声は、それでも、はっきりと、蒼太の耳に届いた。


「───お前、今、どこいんだ」


 その言葉に、蒼太は、「えっ……?」と、目を見開いた。


 少しして、頭が言葉の意味を理解し始めた蒼太は、「あっ……、えっと……」と、僅かに慌てた。


「い、家の、中……。家に、1人でいる……」


 早口に答えた蒼太に対し、勇人の口調は、変わらず、落ち着いていた。


 いつもと同じ、いつも通りの口調で、勇人は、こう言った。


「そのまま、そこいろよ」


「えっ───?」


 蒼太は、先程よりも大きく、目を見開いた。


「ま、待って……兄ちゃ……」


 呼び掛けようとした時には、遅かった。


 電話が、切れていた。


 蒼太は、窓に目を向け、


「……来て、くれるの……?」


 と、無意識の内に言っていた。

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