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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第9章
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December Story17

勇人がボイスレコーダーに残した、蒼太への、本当の気持ち。

 最初に聴こえたのは、微かな、衣擦れの音だった。


 蒼太は、自分の意識が、その音に吸い込まれていく感覚を味わいながら、録音機を握りしめていた。 


 衣擦れの音が止み、深く、息を吸い込む気配がした。


 その息遣いは、このボイスレコーダーに声を記録した人物が、大きく緊張していることを感じさせた。


 息遣いは、しばらく続いた。


 蒼太は、その音と重なって、ドクドクと鳴る、鼓動の音を聴いた。


「───蒼太」


 その声は、静かに響いた。


 その声の、懐かしさに、暖かさに───蒼太の胸に、一気に熱いものが込み上げてきた。


「兄ちゃん……」


 呼び掛けると、それに答えるように、


「蒼太、聴こえてる?」


 声が、返ってきた。


 その問いかけの後、再び、続く言葉に迷うような間が訪れた。


「……蒼太がこれを聴いてるっていうことは、蒼太は、()()()()()()っていうことなのか……」


 声に出して確かめるかのような───そんな呟きだった。


 そうして、その後しばらく、声は途切れた。


「……蒼太は、今、いくつになった?」


 再びしたその声は、僅かな明るさを帯びていた。


「もしかしたら、今の兄ちゃんよりも、年上かな?」


 答えを求めるような質問を続けた後、声は、


「……て、聞いても、答えてくれるかな……」


 直後に、影を、帯びた。


「……だって、蒼太は、今、俺のこと、恨んでるかもしれないから……」


 その言葉に、蒼太は、はっと、息を、呑んだ。


「……蒼太は今、きっと、びっくりしてるよね。いないって思ってた人が、実はいて、自分の周りの世界が、その人によって変えられてた……って知って……。訳わかんない、って思うよね」


 まるで、その当事者である自分を責めるような───その声は、蒼太の耳に、そう響いた。


 声は、「……ごめん」と言った。


「ごめんね。……本当に、ごめん」


 ごめん───その他の言葉が見つからないかのように、声は、そう繰り返した。


 そして、また、沈黙が訪れた。


「……こんなこと言っても、信じてもらえないかもしれないけど」


 静かに、声は言った。


「今、一緒に住んでる"お父さん"の秘密……蒼太に黙ってたことも、自分一人で家を出て行ったことも───全部、蒼太のこと、守りたかったからなんだ」


 勇人の声と重なって、輝葉の声が、蒼太の耳に響いた。



 "勇人は、君のことを嫌ってなんかいないよ"



 "勇人は、君を守るために、自分一人が消えたんだから"



「……蒼太に、傷付いてほしくない。……蒼太には、普通の子のまま、幸せになってほしい」


 それは、自分自身の本心を確信するような───確かな、口調だった。


「蒼太は……」と、声は、言った。


「蒼太は、今、幸せ?」


 その問いには───その声には、深い感情が、篭っていた。


 "答えてくれるかな……"


  ───その、自分自身の言葉を、打ち消したような、迷いのない、問いだった。


 もし───蒼太が、そんなことを聞くなと憤ったとしても、いい。


 それでも、確かめたい。


 どうか───答えが、"YES"であってほしい。



 蒼太の今が、幸せで、あってほしい。



「学校は、楽しい?友達は、どんな子?絵を描くのは、今も好き?」


 声を聞いて、蒼太は、そう問いかける勇人が、微笑んでいることが、分かった。


「……兄ちゃんさ」と、勇人は、言った。


「蒼太が生まれた時のこと、よく、覚えてるんだ」


 それはまるで、その瞬間を、思い返しているようだった。


「お父さんとお母さんから、弟が生まれるって聞いた時、すごく嬉しかった。けど、それ以上に、初めて蒼太に会った時の方が、嬉しかった。お母さんが退院して、蒼太が初めて家に来た日、ベッドで寝てる蒼太に、"これから、ずっと一緒にいようね"って、そう言ったんだ」


 微かな笑みが混じった声が、響く。


「蒼太は、知らなかったかもしれないけど、兄ちゃんは、蒼太のこと、大好きだった。すごくすごく、大切だった。今だって、そうだよ」


 そう、言った後、「……でもね」と、勇人は、言った。


「……その気持ちだけじゃ、どうにもならないんだ」


 その言葉には、絶望に近い感情が、込められていた。


「……兄ちゃんが、弱いから……特別なものなんて、何一つ持ってないから……だから……こんな中途半端な方法しかできなくて……みんなが幸せになる道を、思い付けなかった……」


「それに……」と、声は言った。


「……それに、何一つ、守れなかった」


 それは───深い後悔が滲んだ声だった。


「蒼太とずっと一緒にいるっていう約束も……、お母さんが言ってたことも、お母さんのことも……、何も……」


 そこで、声は、言葉に詰まった。


 微かに、息が震えている。


 そうして、消え入りそうな声で、こう言った。


「……蒼太と一緒に学校行く約束も、叶わなくなっちゃうな……」


 そこから、声は止まった。


 袖口で何かを拭うような音と、抑えたような息遣いが、蒼太の耳に響く。


 しばらくして、息を吸う音がした。


「……蒼太のこと、守りたいって言って、結局、自分勝手なだけだ。……蒼太の気持ちを勝手に想像して、蒼太の人生を、勝手に変えて……」


 それは、自分自身の、一番苦しいところを突くような───そんな口調だった。


「……でも、これだけは、信じてほしい」


 ───ただ、直後にした、この声の口調は、確かな響きを持っていた。


「蒼太は、人生の中で、自分のことを馬鹿にされたり、誰かから見下されたりして、自分が信じられなくなること、自分が嫌いになること、あるかもしれない。でもね、そんな風に思うことなんか、ないんだよ」


「蒼太は、素直で、優しくて、何事にも一生懸命で……何よりも」


「何よりも、人のことを思いやれる───人のことを、助けてあげられる。蒼太の、一番いいところ」


「だから、蒼太のこと、悪く言う人に、惑わされたりしないでね。蒼太は、ずっと、蒼太のままでいてね」


「蒼太のこと、助けてくれる人は、必ずいるから。……だから、蒼太は絶対、幸せになってね」



 ───そこで、音声は途切れた。




蒼太は、帰ってきた。



誰もいない、一人の部屋へと。



 ポトリ───と、手の甲に、何かが零れ落ちた感触に、蒼太は、はっとした。



「あ……」



 その瞬間、蒼太は、自分が涙を流していることに、気が付いた。



 そうして、零れ落ちたのは、「そう……だったんだ……」という声だった。



 知らなかった───。



 勇人が、自分に抱いていた感情のことを───蒼太は、今、初めて知ったのだった。



 ぼくは、守られてきたんだ───そう、蒼太は、思った。



「兄ちゃんは……ずっと、ぼくのこと……」


 声に出した瞬間、感情が溢れ出し、目に、新たな涙が浮かんできた。



 “……だって、蒼太は、今、俺のこと、恨んでるかもしれないから……“



 聴いたばかりの声が───勇人の声が、蘇る。


「……そんなふうに……、思ってないよ……」


 蒼太は、手で、顔を覆った。


「……兄ちゃん……」


 その瞬間、蒼太は、今、すぐそばに勇人がいないことを、心から、寂しいと思った。悲しいと思った。


 今、隣に、勇人がいてほしいと思った。


 そして、蒼太がそう願う勇人の姿は、昔の───あの日のものではなかった。


 今の───高校生になった勇人の、後ろ姿だった。

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