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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第2章
24/333

Nowadays

ここから、”ASSASSIN”第2章が始まります!

”ASSASSIN”に、新たな出会いの予感……!?

是非、お楽しみいただけると幸いです!


 “3月は別れの月、4月は出会いの月”───よく聞くその言葉に、私は子供時代、疑問を持ったことがある。


 確かに、3月と言えば卒業式。数年通った学び舎に別れを告げ、新たな道へと進む───その過程で、仲の良かった友人との“仲”は途切れてしまうのか、という屁理屈を、私は、考えていた。


 小学生であれば、卒業しても同学年が進む場所は大半同じだ。


 中学生であれば、それぞれが選んだ道を、同じ道を選んだ仲間と共に進んで行く。


 高校生であれば、一人大人として歩みださなくてはいけない。


 小学校の卒業式と、高校の卒業式は大きく違う。


 ある程度、そのイメージは持っていたが、高校を卒業してからは、一人ぼっちになるのか───と想像すると、そんなことはないだろうと思えた。


 当時の私が何を言いたかったのかと言うと、“別れ”という言葉の重みは、それほど重いものなのか、ということだ。月を象徴する言葉に使われるほど、3月には悲しい別れが待っているのだろうか、と。


 高校で新しい友達を作り、3年間で親友と呼び合える関係になったとしても、卒業式の次の日から、永遠に別れなくては行けないのか。それが起こる月だから、3月は“別れ”を語れるのか。そんなこと、起こりっこないくせに、大人たちは分かっているくせに、何故、それほどまで、大々的に言い継がれているのだろう。


 我ながら、思い返して面倒くさい問いかけに、子供の私は日々、答えていた。


 大人になった今───その答えを、私は、知った気がする。


 “別れ”は友人に対して使う言葉ではなかった。


 新しい自分に“出会う”ために、昔の自分に“別れ”をする。


 それが、“3月は別れの月、4月は出会いの月”の意味なのではないかと、大人になった私は思うのだ。


 そのことを、「どうして、“3月は別れの月、4月は出会いの月”って言うの?」と、問いかけてきた茉奈に、言葉として伝えるのはまだ、早い気がした。

 

 だから私は代わりに、茉奈に、この話をすることにした。

 

 別れと出会いが起きるのは、3月と4月だけではない。そう、私に気付かせてくれた話を。 

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