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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第9章
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December Story10

父の部屋で見つけた手帳に書かれていた内容が告げる真実とは───?

 気付けば、蒼太は、自分の部屋の中にいた。


 どうやって父の部屋を出て、ここまで来たのか、思い出せない。


 この部屋に来て、どれくらいの時間が経ったのかも分からない。


 ドアの前に背を付け、蒼太は、座り込んでいた。


 見つめる先───足元には、父の手帳がある。


 赤黒い汚れの付いた、茶色い革の手帳は、確かに、そこにあった。


 暑いわけなどないのに、蒼太の身体には、汗が滲んでいた。


 呼吸が荒いのが、自分でも分かる。


 自分が今、どうしようもなく怯えているという実感が、これは、夢などではないということを、苦しいほどにまで知らせてきていた。


 何度も、繰り返し、繰り返し頭の中に浮かぶのは、手帳の中身だ。


 "EYES" 構成員No.0586 清水清隆


(……どう、して……?)


 何故───父が"EYES"という組織のメンバーであることを示すようなカードが挟まった手帳が、父の部屋にあったのか。


 "EYES"が、蒼太の知る、"アイズ"なのだとしたら───。


(そうだとしたら……、お父さんは……)


 浮かんできた考えに、蒼太は、激しく、首を振る。


(そんなこと……あるはずない……)


 そう、思っているはずなのに、体の震えが、収まらない。



(お父さんが……殺し屋なわけない……)



 頭の中で、蒼太の知る父の姿が、重なり合って浮かぶ。


 毎朝、居間に入ると、「おはよう」と笑いかけてくれること。


 学校のテストで、良い点が取れたことを報告すると、自分以上に喜んでくれること。


 小さい頃にあげた手紙を大切に取ってくれていること。


「蒼太は、えらいな」と言って、優しく頭を撫でてくれること。


 全部───全部、蒼太が大好きな、父の姿だ。


 あの姿が、全て嘘だった?───そんなこと、あるはずない。


(……お父さんは、殺し屋なんかじゃない……)


 目の前にある、血のついた手帳は、消えてはいない。


 ───だが、蒼太は、その手帳の中身よりも、父のことを信じたいと思った。


(これは……何かの、間違い)


 蒼太は、手帳を手に取る。


(そんなはずない……。お父さんは、人を殺したりなんかしない……)


 そう思うはずなのに───手が震える。


「そうだよね……?」


 開いた手帳。


 父の写真に向かって、蒼太は、呼び掛ける。 


「そうだよね……?お父さん……」


 写真の中の父は、蒼太が知る、優しい笑顔を浮かべてはいなかった。


 ※


 その日、父の帰りは、少しだけ遅かった。


 蒼太がそのことに気が付いたのは、玄関のドアが開く音がした時だった。


 何の音?───そう思いながら、蒼太は、目を覚ました。


 蒼太は、ドアの前に座り込んでいた。


 どうやら、無意識の内にドアに寄りかかるようにして眠ってしまっていたらしい。


 部屋は薄暗く、窓の外に映るのは、夜空だ。

 時計を見上げると、時刻は、7時を回ったところだった。


(頭が、ぼうっとする……)


 蒼太は、手の甲で、目元を擦り、「何時間くらい寝てたんだろう……?」と考えた。


 最後に時計を見たのは、いつだっただろうか───。


 床に目を向けた蒼太は、刹那、その呼吸を止めた。


 ───手帳だ。


 それは、やはり、消えないまま、そこにあった。


(やっぱり……夢じゃ……ないんだ……)


 夢であってほしかった───。


 父のことを信じると、決めたのに───蒼太は、そう、願ってしまう。


「───蒼太?」


 ドアの向こうでした声に、蒼太は、はっと顔を上げた。


「蒼太?部屋か?」


 父が、自分を探している───。


「あ……、おとう、さん……」


 蒼太は、ドアの向こうに、応える。


「寝てるのか?」


 すぐ近くで、声がした。


 ドアの前に、父がいるのだと分かった。


「あっ……待って!お父さん……!」


 瞬発的な焦りを感じて、蒼太は、父に呼び掛けた。


「起きてる……から、今、行くね……」


 父は、何かを感じたのか、僅かな間の後で、


「大丈夫か?」


 と、心配そうに問いかけてきた。


「だっ、大丈夫……。だから……、向こうで、待っててくれる……?」


 父は、やはり、蒼太の受け答えに、不安を感じたようで、「そうか……?」と答える声には、躊躇いの色が滲んでいた。


「それじゃあ……向こうで、待ってるからな」


 父の足音が、遠ざかっていく。


 蒼太は、ドアに手を付きながら、震える足を何とか立ち上がらせた。


「これ……」


 蒼太は、床に置いたままの手帳を見つめる。


「どうしよう……」


 一時的に、何処かに隠す?───ただ、いずれは、父の部屋に戻しに行かなくてはならない。


 父がこの手帳が、自分の部屋の中にないことに気付けば、蒼太が勝手に部屋に忍び込んだことが知られてしまうかもしれない。


 父が気付かない内に、元の場所に戻さなくては───。


 蒼太は、今はお父さんのところに行くのが先だと、手帳を、咄嗟にズボンのポケットの中に入れた。


 ※


「大丈夫か?」


 居間に入ると、台所にいた父が振り返った。


「昼ごはん、食べなかったのか?」


 言われて、蒼太は、「あっ……」と固まった。

 そうだった───自分は、今日、昼食をとっていない。


「えっと……ぼ、ぼく……さっきまで、寝ちゃってて、それで……」


 蒼太は、しどろもどろに答えた。


「ああ、そうだったのか」


 父の目に浮かんでいた不安の色が、僅かに薄まった。


「具合、悪いわけじゃない、よな?」


「う、うん……。それは、大丈夫……」


 父は、シンクの上で、ビニール袋から、何かを取り出していた。


「ごめんな、今日、仕事が思ってたより長引いちゃって」


 そう言った父の顔には、苦笑が浮かんでいた。


「ご飯、作る時間なさそうだったから、弁当、買ってきたんだ。2種類あるから、蒼太、どっちか好きな方、選んでいいぞ」


 父は、2つ重ねて持ってきた弁当を、ダイニングテーブルに置いて並べた。


 そうして、父は、視線を上げ、蒼太のことを驚いたような目で見つめてきた。


「座らないのか?」


 蒼太は、ビクリとしながら、「あっ……」と、声を漏らした。


 無意識の内に、ドアの前に立ち尽くしていた。


「蒼太の昼ごはんは、お父さんが明日の朝に食べるから、気にしなくていいからな」


 蒼太が席に付くと、父は、優しい口調で、そう言った。


 明日の朝───父は、蒼太が今日食べるはずだった、冷蔵庫の中にある料理を食べ、蒼太には、新しく調理をしたものを食べさせようとしてくれているのだ。


 蒼太は、「あ……、あり、がとう……」と頭を下げた。


 そこからの、夕飯の食卓での父の様子は、いつもと変わらないものだった。


 それはそうだ───と、蒼太は思う。


 父は何も知らないのだから、当然だ。


(いつも通りじゃないのは……、ぼくだけ……)


 蒼太は、ポケットの裏から足に伝わる、手帳の感触ばかりを気にしていた。


(いつ……お父さんの部屋に戻しに行こう……?)


 仮に、父の部屋に直接足を踏み入れなくても、手帳を元の場所に戻すことはできる。


 能力を使えば、それが可能だ。


 机の引き出しを開け、手帳をその中に入れる───難しい作業ではない。ほんの短い時間で済ませることができるはずだ。


 ただ、問題は、父に見つからないタイミングを探るところにある。


 それは、いつだ───。


「蒼太」


 蒼太は、視線を上げた。


 すると───父の指先が、自分の顔に向けて動いてくるのが見えた。


 口の端に、優しい指の感触がつたわってきた。


「ソース、付いてる」


 父は、笑顔で、そう言った。


「あ……」


 蒼太は、声を上げる。


「ありがとう……」


 お父さんは、優しい───蒼太は、そう知っている。


 知っていながら、父が自分に優しくしてくれると、「お父さんは、やっぱり優しい」と思う。


 そうして、この瞬間、蒼太は、父の優しさに、溢れるほどの安心を感じた。


(やっぱり……、お父さんは……)


 頬に、まだ微かに残る、父の指先の温かさ。


(お父さんは……殺し屋なんかじゃない……)


 蒼太は、疑うのをやめようと思った。


 殺し屋の手が、あんなにも温かいわけがない。


 笑顔が、あんなにも優しいわけがない。


 父は、この町にある出版社で働いている。蒼太は、会社に行ったことがある。父の仕事の関係者に、会ったこともある。


 殺し屋が、普通の社会で、普通に働いていけるはずがない。


 なんだ───よく考えれば、分かることじゃないか。


 蒼太は、父に気付かれないように、こっそりと、ポケットを見下ろす。


(これは……やっぱり、何かの間違い)


 どんな間違いがあれば、父が何かの組織のメンバーである証明証ができあがるのか、その証明証が入った手帳に血が付くのか───そんなこと、どうだっていい。


 考えなくたっていい。答なんて、知らなくていい。


(お父さんが、お父さんのままでいてくれるなら……それでいい)


 ※


 父が風呂に入っている間に、蒼太は、父の部屋の前に行った。


 音を鳴らさないようにドアを開け、能力を使って、父の机の引き出しに、手帳を戻した。


 ドアを閉めて背を向け、長い息を吐き出す。


 あの手帳の存在は、しばらく忘れることはできないかもしれない。


 だが、それは、永遠ではない───はずだ。

 いつも通りの、父との暮らしの中で、その存在を考えることは、時が経つにつれて少なくなっていくだろう。



 それでいい───それでいいんだ。



 蒼太は、居間に戻った。


 ふと、ダイニングテーブルの上にある、封筒が目に付いた。


(あっ……)


 それは、父が朝、「置いておいたままでいい」と言っていた、あの封筒だった。


(そういえば、ぼく、お父さんに、聞くの忘れてた……)


 差出人の名前───"清水"とだけ書かれているのは、書き忘れなのか、どうなのか───。


 蒼太は、"清水"と書かれていた場所を見つめた。


 目が、見開いていくのが分かった。


 激しく、息を呑むと、心臓が、大きく、ドクンと鳴った。



 "清水清隆"



 朝には、なかったはずなのに───今、蒼太の目の前にある封筒には、父の名前が書かれていた。


 なかったはずのものが───ある。


 これは、一体、どういうことだ───蒼太

は、身体が震え出すのを感じた。


 知りたくない答が、蒼太の中に浮かび、目の前の景色が、歪み始めた。

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