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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第9章
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December Story4

父の会社に荷物を届けに行った蒼太は、見知らぬ男性といる、父の姿を見つける。

 すっかり冬を迎えた町中は、流れる空気は冷たくとも、見える景色は何処か暖かいような気が、蒼太にはした。


 この日は土曜日。


 駅近くのこの道の人通りは、それなりに多い。


 道を行き交う人々は、それぞれコートを身に纏い、赤や青のマフラーを首に巻いていたり、女性はブーツを履いていたりしている。


 そんな中、蒼太の目の前には、4歳くらいの小さな男の子と、その子の手を握って並んでいる父親の後ろ姿があった。握り合わせた手には、それぞれ手袋が嵌められている。


 子供用の小さな長靴を履いて、一生懸命な様子で歩く男の子と、その歩幅に合わせて、ゆっくりと小さく足を動かす父親。


 その姿を見ていると、蒼太は自分の心がポカポカと暖かくなっていくのを感じた。


 信号が青に変わるのを待ちながら、蒼太は自分の手元に茶封筒が握られていることを確認した。


 指先に僅かに力を込めると、クシャリ、という微かな音が響いた。


 信号を渡った先に、父が働く会社が入ったビルがあった。


 その会社とういうのは、この町のタウン情報誌を刊行している出版社である。その月刊誌は、出来上がったものを父が家に持ち帰ってくるため、蒼太の家の、テレビ横の床に大量に積み上げられている。


 信号を渡っていくと、聞き慣れた話し声が耳に入って来た。


 ビルと隣の自動販売機の間に、父と、見知らぬ男性の姿があった。


 父は、蒼太がよく見慣れた紺のスーツ姿で、男性はグレーのコートを着ている。


 蒼太は、予測していなかった男性の登場に、鼓動が早まり出すのを感じながら、父に近付いた。


「おお、蒼太」


 目が合うと、父が呼び掛けてきた。


「悪いな、助かった」


 茶封筒を手渡すと、父は言った。


 居間のテーブルに、この茶封筒が置かれているのに気付いたのは、蒼太が起きてすぐのことだった。


 その時、既に父は出勤していたが、蒼太は、「お父さんが仕事で使うやつかな?」と思い当たり、父に確認の連絡を入れた。すると、何分かしてから、「今日必要な書類だ」と返信が来たため、蒼太が会社に届けることを提案したのだった。


「ああ、すみません」


 父が、隣にいる男性に向かって言った。男性は、蒼太のことを見つめていた。


「うちの、息子です」


 父が言うと、男性は「ああ」と、驚きと納得を同時に感じたように、大きく目を見開いて頷いた。


「会社のお客さんの、蔦谷つたやさん」


 父が男性を紹介した。


 蒼太が「……こんにちは」と、ぺこりと頭を下げると、蔦谷は「こんにちは」と優しげに微笑んだ。目元の笑い皺の数から察するに、年齢は、父と同年代───50歳くらいだろう。


「何年生?」


 蔦谷に尋ねられて、蒼太は思わず身構えた。


「あ……、5年生です」


「5年生か。そうしたら、うちの、一番下の娘と同じだ」


「ああ、そうなんですね」


 父が声を上げる。


「はい。うちは女の子ばっかり四人姉妹なんですよ」


「ははは。そうなんですね」


 蔦谷の言葉に笑った父は、「うちは、この子1人なんです」と、蒼太の肩に、手を触れた。

 

「妻とは、死別してしまっていて……僕にとっては、この子がいてくれることが、何よりの救いで、幸せなんですよ」


 そう言って微笑む父の横顔を、蒼太は見ていられない気持ちになって、足元に目を向けた。


 両足の靴先は、地面を強く踏みしめていた。


 ※


 父と別れて、蒼太は1人、帰り道を歩いた。


 行きの道と同じはずなのに、見える景色は、何処か寂しげに見えるような気がした。


 地面に落ちている枯れ葉や、頭上の曇り空ばかりが目に入る。 


 繰り返し蘇るのは、父の声だった。



 "うちは、この子1人なんですよ"



 聴くたびに、胸がズキリと痛くなる。


 違う───と、首を振りたくたくなる。


 父の言葉に、嘘はない。


 父は、嘘を言ったつもりはないはずだ。


 何故なら、父は、蒼太に兄弟はいないと思っているから───父にとって、勇人はいないはずの存在だからだ。


(この町に戻ってくるまで、ぼくが兄ちゃんのこと忘れちゃってたみたいに……お父さんも、兄ちゃんのこと、忘れちゃってるんだから……)


 それは、前から分かっていたはずのことだった。


 しかし、この瞬間、自分は今まで、そのことを深く考えることから避けていたのだと気付いた。


 こうして、苦しくなることが分かっていたから、逃げていたのだと。


(兄ちゃんは……、ちゃんといるのに……)


 蒼太は、背負ったリュックの紐を、両手で握りしめた。



(ぼくと兄ちゃんは、兄弟なのに……)



 ───不意に、何かの気配のようなものを感じて、蒼太は、視線を上げた。


「えっ……?」


 見えた光景に、蒼太は、思わず声を漏らした。


 そこには、北山警察署があった。


 そして、出口から、よく見慣れた人物が出て来るのが見えた。


「兄ちゃん……?」


 ※


 町中で知り合いと顔を突き合わせる度、「この町は狭いんだな」と、蒼太は実感する。


 勇人と偶然に会うのも、初めてのことではなかったが、こうして声を掛けたのは、今までにないことだった。


 昨日、本拠地で顔を合わせたばかりではあるが、2人きりになるのは久しぶりのことだったために、蒼太は、表向きには出さないようにしながらも、心の中では、密かな嬉しさを感じていた。


(途中まで、兄ちゃんと一緒に帰れる……)


 勇人が、これから帰宅すると口にしたわけではなかったが、蒼太は自然と、それを察した。


 そうして、「ぼくたちが兄弟だからかな」と、ふと感じた。


 歩きながら、蒼太は、警察署から勇人の家までの距離を頭の中で計算した。


(たぶん……20分かかるか、かからないかくらいかな……?)


 すぐ近所、というわけではないが、歩けない距離でもないはずだ。


 そう考えて、蒼太は、ふと、こんなことを思った。


(そうだとしたら、亮助さんも、その気になれば、歩いて仕事に行けるってこと……?)


 確か、亮助は、自宅と警察署の間を車で行き来していたはずだ。


(歩いて行けるからって、車を持ってるんだったら使った方が便利だし、仕事にも使うことがあるから……?)


 蒼太は、自分自身にそう問いかけて、「きっとそうだ」と答を出した。


 蒼太はそこで、思い当たって、勇人のことを見上げた。


「あっ……兄ちゃん」


 呼び掛けて、「警察署に───」と言いかけたところで、蒼太は、「あ……」と思った。


 亮助さんに、会いに行ってたの?───そう問いかけようとした。


 ただ、勇人の前で、亮助のことを、"亮助さん"と呼ぶことは、違うような気がした。そして、その一方で、"お父さん"と呼ぶことも、自分には、相応しくないと思ってしまった。


「あっ……、えっと……」


 蒼太は、忙しなく視線を動かした。


「……ごめん。なんでも、ない……」


 これでは何の誤魔化しにもなっていない───そう、自覚できるほどの反応を蒼太は返してしまったが、勇人がそこについて触れてくることはなかった。


 僅かな間があってから、勇人の視線が、蒼太に向けて動いた。


「お前は、何してんだ」


「あっ……ぼくは、今から、帰るところ」


 蒼太は答えた。


「さっき、お父さんの会社に、荷物を届けに行ってきて、他に、用事ないから……」


 そこまで言い掛けて、蒼太は、言葉を止めた。


 勇人が、自分から視線を逸したことに、気付いたのだ。


 そして、蒼太はこの瞬間、勇人の姿に、"何か"を感じ取った。


 言葉では言い表せない───感覚的なものだった。


 ただ、直感的に、この話を続けるべきではないと、そう思った。


 自分は、何も、間違ったことは言っていないはずなのに───ただ、質問に、素直に答えようとしただけなのに。


 だからこそ、蒼太は、不安になって、「兄ちゃん……?」と、呼び掛けようとした。


 しかし、あと一歩のところで、声を出すことができなかった。


 吸った息を、また吸い込んで、蒼太は俯く。


 そのタイミングで、勇人が足を止める気配がした。


「お前、そっちだろ」


 僅かに振り返った勇人の声に、蒼太は、顔を上げる。


 そこは、勇人の家に向かう方の道と、蒼太の家の方に向かう道との分岐点だった。


「あっ……」


 蒼太は、はっと、体を揺らした。


「ごっ、ごめ……そ、そうだね……。じゃ、じゃあ……また、明日……ね」


 そうして、動揺していることが悟られないように、早口に挨拶を告げて、駆け出すように歩きだした。

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