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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第8章
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November Story36

仲間たちとの再会に、かつてその中にいたはずの、妻との思い出が、蘇る───。

「どっかの居酒屋とかじゃなくて、満場一致でこの場所を選ぶっていうのが、何とも私たちらしいですよね」


 コンビニ袋を広げながら、舞香が苦笑した。


「ここなら、何を気にするでもなく話ができるからね。ただ、あなたたちにとっては、遠出になってしまったけれど」


 黒いスーツ姿の田所翔子が、そう言った。


「少なくとも俺は、どこであろうと大丈夫だよ。お酒飲まないから」


 その言葉に答えたのは、今起きたばかりなのかと問いたくなるほどにボサボサの髪をした水澤彰人だった。


「昔から、"飲まないくせに飲み会には必ず参加する"で有名だからね、彰人は」


「そういう姉さんは、"どこで開催していようが飲み会には必ず参加する"、だよな」


 彰人は舞香に向かって笑いかけ、


「今日は、どうするの?帰り」


 と、問いかけた。


「亮ちゃんに、送ってもらう」


 舞香がそう答えると、翔子が、亮助に目を向けた。


「あなた、いいの?飲まなくて」


 亮助は、「ああ」と返事をして、首を振った。


「いいんです、俺は」


「亮ちゃん、お酒やめたんだよね、ここ数年で」


 舞香が補足するようにそう言った。


「へーえ」と返事をした彰人は、


「姉さんも、見習ったら?」


 と、舞香を見た。


「バカ言いなさい。私がやめられるわけないでしょう」


「バカ言ってるのは、あなたの方もじゃない……」


 舞香の言葉に、翔子が呆れたように息を吐く。


 そのやり取りを見つめて、亮助は、ふっと、自分の中で気が緩むのを感じた。


 この場所と、このメンバーは、いつになっても、変わらない。


 11月、第3週の土曜日であるこの日の、夜7時。


 元"HCO"のメンバーである4人は、かつての仕事場であった、東警察署地下1階に位置する部屋───通称"CO"に集まっていた。


 その理由は、舞香が2ヶ月程前から、亮助が「何回言うんだ……」と、半ば呆れるほどに口にしていた、"飲み会"を実施するためであった。


 それぞれが店屋で買った飲み物と食べ物を持ち寄り、かつては会議で用いていた楕円形のテーブルに広げる。


 そうして、それぞれがあの当時に座っていた席に腰を下ろすと、一気に、話の輪が広がった。


「姉さんたちのところは、どうなの?最近、忙しい?」


「今のところは、落ち着いてるよ。だから、今日ここに来れたんだよ」


「そっか。じゃあ、急いで解決しなきゃっていうのは、ないんだね」


 彰人の言葉に、舞香が「うん」と頷く。


 亮助は、翔子がチラリと自分と舞香を見つめたのを感じた。


 "アイズ"の指導者が変わった───その仮説の捜査は、これから少しずつ、慎重に進めていこうということで、話が決まったのだった。


 翔子が北山署を訪れた時に決まった話だが、それは、彰人には伝わっていないらしい。


 まだ、タイミングを図っているのだろうと、亮助は、言葉はなくとも翔子の考えを理解した。


「こうして集まるの、何年ぶりだっけ?」


 彰人が問いかけると、舞香が「相当会ってなかったよね」と答えた。


「10年ぶり?いや、もっとかな」


「嘘だろ。もうそんな経ってる?」


 彰人が、目を見開く。


「それくらいじゃないの?」


 翔子が口を開いた。


「糸川と、矢橋の、それぞれ2人目のお子さんが生まれる前に集まったきりよ」


「そうですよね。その時も、こういう、飲み会みたいな感じでしたっけ?」


「それほどガヤガヤはしていない、個室のあるお店に行った記憶があるわ。飲み会っていう体じゃなかったと思うけど、少なくとも、あなたは相変わらず飲んでたわね」


「ていうことは、あおが、まだお腹にいない時か。そしたら……ゆきが4歳くらいの時ってことだから、12年前ぶりぐらいってことになりますね」


「12年……そんなに経ってるのか」


「早いなぁ」と、何処か感慨深げに、彰人が声を漏らす。


「12年前、彰人が、まだギリギリ20代だった時だね」


「そのたとえやめてくれよ、姉さん。自分の年齢感じて辛くなるからさ」


 舞香と彰人のやり取りに対してなのか否か、「12年、ね」と呟くように言った翔子は、ふと、何かを思い出したように、亮助のことを見た。


「そういえば、あの時、息子さん、連れてきていたわよね?」


 不意な言葉に、亮助は、すぐに答えを返すことが、できなかった。


「ああ、確かにそうかも」


 舞香が頷いた。


「私は、ゆきのことまことに見てもらってたんだけど、"私たちは、どこにも預けられないから"って、さくちゃんが言って、勇人くんも、一緒にきてたよね」


 その言葉と共に、舞香に視線を向けられても、亮助は、その光景を、すぐに思い出すことができなかった。


「そう……だったか?」


「そうだよ。やだな、亮ちゃんが物忘れなんて、珍しいね」


「まあ、12年も前のことだものね。忘れていても、仕方ないわよ」


 翔子がそう言葉を掛けてくれたが、亮助は、それに対して「そうですね」と頷くことは、できなかった。


 ただ、3人から目を逸らして、テーブルの端を見つめることしかできなかった。


 そこには、何も写っていないというのに。

 一瞬にして、それまでの感じていた、久しぶりに仲間と会った嬉しさや懐かしさが、感じてはいけないものに変わってしまったような気がした。


 さくらと、勇人といた記憶を忘れた───?


 そんなこと、あっていいだろうか───いや、あっていいはずがない。


 どうしてだ?どうして、思い出せない?


 ───実際には、すぐに思い出せなかっただけで、じんわりと、ゆっくりと、その時の光景が頭に浮かんできたのだが、それは、なんの弁明にもならないような気がした。()()()()()()()()()()()───それこそが、亮助の心に、大きな罪悪感と、後悔を生んだ。



 "亮助"



 声が、聴こえた。


 亮助は、はっと肩を揺らした。



 "亮助、こっち、向いて"



 声がした方を───彼女が、()()場所を、見つめる。


 そこには、誰も座らず、ただ一つ、ぽっかりと空いた、椅子がある。



 "悲しい記憶が、いっぱいあるんだったらさ"



 "その数と同じ数───ううん、それ以上、楽しい記憶を作って、埋めたらいいと思う"



 "そうしたら、頭の中は、楽しい記憶でいっぱいになるでしょ"



 "約束。私は、あなたと一緒に、たくさん、楽しい記憶を作る"



 "約束───だから、この言葉は、ずっとずっと、忘れないでね"



 あの、眩しいほどの笑顔が、鮮明なほどに蘇った。


 亮助は、空席を、見つめた。


 そこに───彼女はいない。


 気付けば、亮助は、立ち上がっていた。

「亮ちゃん?」


 舞香が、声を上げる。


「どうかした?」


 その問いかけに、亮助は、「いや……」と答えて、その視線を逃れようと、顔を逸らした。


「悪い───」


「外、行ってくる」───そう言い残して、亮助は、部屋を出た。


 ※


 どうして、自分はここに来たのだろう───そんなことを考える自分に、亮助は、半ば愕然とした。


 かつての仲間と会う───そこに、理由など必要あるだろうか。


 だったら、何故、今自分は、こんなにも、ここに来たことを後悔しているのか。


 亮助は、屋上にいた。


 激しいほどに吹き荒れる冷たい風は、亮助の心に、苦しいほどの罪悪感を運んできた。


 そうか───そうだった。


 自分は、あの場所にいる資格を失ったのだ。今の自分は、何食わぬ顔で、かつて、苦楽を共にした仲間たちと会って、そこで何気ない談笑をすることが、許されない立場にいるのだ。


 それさえも、忘れていて、気付けなかった。


 どうして、自分はいつもこうなのだろう。


(こんなこと……、だからか……?)


 亮助は、問いかけた。


 自分自身に───そして、彼女に。


(俺が、こんなことじゃなかったら……)


 彼女を、救えたかもしれない。


 彼女は、今も、あの席に、座っていたかもしれない───。


「矢橋」


 その声に、亮助は、はっとして振り返った。


「やっぱり、ここにいたのね」


 そこにいたのは、翔子だった。


「1人で何かを思い詰めて、そうして、ここに

来る───あなた、昔から、変わらない」


 翔子は言いながら、亮助の隣に立った。


 亮助は、何と言葉を返していいか分からず、彼女の横顔を見つめることしかできなかった。


 そこからは、沈黙だった。


 翔子は何も言わずに、ただ、目の前に広がる、星一つない、暗い夜空を見つめている。


 そうして、何分が経っただろうか。


 翔子が、静かに息を吸う音がした。


「……ごめんなさいね」


 翔子は、そう言った。


「もう少し、前に聞いておくべきだったかもしれない。こんなところまで持ってきてしまって、申し訳ないわ。だけど、今じゃないと、聞けないような気がするの」


 翔子が、亮助のことを向く。


「だから、聞くわね」


 その瞳には、悲しみの色が浮かんでいた。


「私、あの日───北山署に行った日、あなたの、息子さんに会ったの」


 その言葉に、亮助は、目を見開いた。


「上の、息子さん───勇人くんの方、ね」


 翔子は、静かな口調で、そう言った。


「どうして……」


 と、亮助の口から、声が出た。


「町中で、偶然すれ違ったの。それで……少しだけ、話をしたんだけど」


 翔子は、そこで、続く言葉を出すのを躊躇うような素振りを見せた。


 唇を噛み、辛そうに視線を下げて、翔子は、その視線を、微かに上げた。


「その、時ね、勇人くんが……さくらの死について、私に、教えてくれたの」


 翔子は、そう言った。


「勇人が……?」


 声が、漏れた。その声が、微かにしか響かなかったことを自覚した。


 翔子は、声に出さずに頷き、亮助の目を見つめた。


 そして、静かに、こう言った。


「"事故じゃない"───って、あの子、私に、そう言った」


 その言葉に、亮助は、息が止まるような感覚を味わった。


 何を思っていいか分からず、ただ、翔子の目から、顔を背けるしかなかった。


「……矢橋」


 翔子が、呼んでいる。


「あなたも、そうだと知ってるの?」


 翔子の声が、耳に響く。


「あの子の死は───さくらの死は、事故によるものじゃなかったって、あなた、そう思ってるの?」


「教えて」───と、翔子は言った。


「知ってるんだったら、教えて。私は、それであなたを責めたりなんかしない」


 左腕が、翔子の手によって握られる。


「ただ……知りたいの。さくらが、亡くなった理由を。私は、あの子が亡くなって、1年経ってから、あの子がもうこの世にいないことを知った。葬儀にも参加することができなかった。私は、あなたとさくらが離婚していることさえ知らなかった。あの子の死の知らせと同時に、それを知ったの。どうしてなのか、何度も何度も考えた。でも、答は出なかった。私には……分からなかった。だから、教えて。あなたと、さくらに何があったのか、教えて」


 それは、亮助が今まで聞いたことのないほどに、必死な、翔子の言葉だった。そして、今まで見たことのないほどに必死な、翔子の目だった。


 亮助は、思った。


 もう───誤魔化すことはできない。


 これまで隠してきたことも、もう、無意味だ。


 俺は、この場で「話せない」と言うことはできない。


 自分は、何て弱い人間なのだろう───。


「さくら、は……」


 亮助は、口を開いた。


 その名を呼ぶ資格が、自分にあるのだろうかと思いながら。


 名前を呼んでも、彼女の笑顔が浮かんでくることは───なかった。


(第8章 完)

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