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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第8章
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November Story35

全ての戦いが終わった日の翌朝。蒼太は、輝葉と最初に出会った場所へと向かう───。

 土曜日の朝。


 蒼太は、起きてすぐに、優樹菜からメールが届いていることに気が付いた。



 "休みの日に、ごめんね"



 "できたら、本拠地でみんなと話したい"

 

 "午後の1時くらいに、来られるようだったら、来てほしい"



 蒼太は、午後1時に、本拠地に向かうことを決めた。


 1時まで、何をしていよう───考えて、蒼太は、外に出て歩くことにした。


 外の風は冷たく、もうすぐ、この町に冬が来ることを知らせているようだった。


 一歩踏み出すことに、地面に落ちた枯れ葉が、カサカサと音を立てる。


 どこに行こう───そう考えながらも、蒼太の足は、無意識の内に、あの場所に向かって動いていた。


 辿り着いたのは、あの───並木道だった。


 御神輝葉と初めて出会った、あの場所だ。


 彼女との出会い───それは、9月の、ある日のことだった。



 "植物、好きなの?"



 そう言って、突然、蒼太の前に現れた、幻想的な髪色と、瞳を持った少女。


 蒼太は、あの日、同じように見上げていた、紅葉の木の前で立ち止まった。



 "だけど、もうすぐ、来なくなるかな"



 再び、この場所で聞いた、輝葉の声が、蘇った。


 "今は、大丈夫な時だから来てる"



 "だけど、もう少しで大丈夫じゃなくなる"



 "私が私だと思っている私が、影になってしまう"



 "私が私じゃないと思ってる私が、"私"を閉じ込めてしまう"



 蒼太は、その言葉を思い出して、ゆっくりと、目を開いた。


("大丈夫な時だから"……?)


 その言葉の意味を、耳にした瞬間の蒼太は、理解することができていなかった。


(あの時は、あの人にとって、"大丈夫な時"だった……)


 そして、あの日の後に、"大丈夫ではない時"が来た───。


(それって……)


 蒼太が、答を導こうと、その手を伸ばした時。



「蒼太くん」



 声がした。


 頭の中で鳴っていたのと、同じ声が。


 蒼太は、声の方に、目を向けた。


 そこに───御神輝葉が、立っていた。


 出会った時と同じように、蒼太のことを見つめていた。


 蒼太は、その姿を見つめた。


 恐怖は、なかった。


 嫌悪感も、感じなかった。


 輝葉は、蒼太の元へと、歩み寄って来た。


「中野優樹菜さんから、まだ、私のこと、聞いてないでしょ?」


 輝葉は、言った。


「私が、何を望んでたのか───何のために、君たちに近付いたのか、その理由、あの子に話したんだけど。でも、きっと、もうすぐ、聞くことになりそうだね」


「だから、私はここでは言わない」と、輝葉は笑った。


 蒼太は、その笑顔を見つめて、不思議な感覚に囚われそうになった。


(この人……)


 こんな風に、笑う人だったっけ───。


「私が、今日、君に会いに来たのは、伝言をお願いしたいからなの」


 輝葉は、顔に掛かった髪の毛を、指でかき上げて耳に掛けた。


「私の願い事とか、そういうこととは、別のこと。だけど、君たちに、関係すること」


 輝葉は、すっと、笑顔を消した。


「警察がね、私のこと、探してるの」


 蒼太は、目を見開いた。


「警察が……?」


「そう」


 輝葉は、頷いた。


「君の、お父さんが、私のこと、探してる」


 その言葉に、蒼太は、目を見開いた。


「亮助さんが……?」


 と、声が漏れた。


 輝葉は、今度は、声に出させず、頷いた。


「北山警察署"特別組織対策室"が私のことを捕まえようと動いてる」


 蒼太は、目を見開いたまま、返す言葉が見つからなくなった。


 輝葉が何を言おうとしているのか───それが、頭に過ぎった。


()()()は、警察にとっての敵だし、警察は、()()()にとっての敵なの」


 輝葉は言った。


「私は、組織の指導者として、組織のことを邪魔する人間は、処分しなくちゃいけない。そうしないと、みんななが、指導者としての私の存在を疑うから」


 "処分"───その言葉の重さに、蒼太は、背中が一気に冷たくなるのを感じた。


「……そんな……」


 蒼太の震えた声を聞いた輝葉は、僅かに、目を細めた。


「嫌だよね、そんなこと」


 輝葉は、言った。


 風が吹いた。


 冷たい風は、輝葉の髪を揺らした。


「───だから、私は」


 風が止んだ後、輝葉は、口を開いた。


「なかったことにする。警察の中に、私のことを知ってる人が、いないようにする」


 輝葉は、宝石のような色をした瞳で、蒼太の瞳を真っ直ぐに見つめていた。


「そのために、記憶を、消す」


 淡々と、それでいて、揺らぎない何かを込めたような口調で、輝葉は、そう言った。


「記憶……?」


 蒼太は、呆然と、言葉を返した。


「君の、お父さんと、中野舞香さん、2人に協力しようとしていた東警察署の田所翔子さん。それから、中野舞香さんに、私のことを教えた───殺し屋の、おじいちゃん」


 輝葉は、そこで、口元に、微かに笑みを浮かべた。


「君の、おじいちゃん。君が、"Jさん"って呼んでる、あの人。その、4人の、記憶を操作するの。"アイズ"の新しい指導者が、高校生くらいの、女の子かもしれないっていう記憶。私のことが伝わっちゃったのは、君のおじいちゃんが中野舞香さんに、私と前に会ったことを話したから、みたいだから、それを、諸共、なかったことにするの」


「そうしたら」と、輝葉は言った。


「警察の中に、私のことを知っている人間はいなくなる。警察の中にいなくなるっていうことは、()()()()()()に、私のことを知っている人間がいなくなる───君たち、"ASSASSIN"の6人以外にね」


 こっちの世界───それは、自分たちが暮らしている、この世界ということだろうか。蒼太は、輝葉が、この世界の住民ではない───彼女自身は、そう思っているのだと悟った。


「だから、伝えてほしいの。君の、仲間に。私のことを、特別組織対策室の2人に、話しちゃだめって」


 そうしたら、私は、あの人たちのこと、傷付けなくてよくなるから───輝葉は、そう口には出さなかったが、蒼太は、そう、言われたような気がした。


「はい」も、「わかりました」も言えず、蒼太は、輝葉の目を、見つめることしかできなかった。


 しばらくの沈黙の後、輝葉が、「私」と、口を開いた。


「この先は、君たちに会いに行くこと、しなくなると思う」


 自分のことなのに───まるで、他人事のような言い方だった。


「私の願いは、叶えられないって、そう、気付いたから」


 そう言った輝葉は、ほんの一瞬───見間違えかと思うほどの、一瞬、その瞳の中に、寂しげな色を浮かべた。


「だけどね、私は、変われないんだ」


 輝葉は、言った。


「殺し屋の頂点に立つ───私のその立場は、変えることはできない。私は、これからも、そこに立って、そこで生きていくしかない」


 輝葉は、蒼太の瞳から、目を逸らした。まるで、表に出かけてしまった、感情を隠すように。


「───私、そろそろ、戻らなきゃ」


 輝葉は、目だけを振り返らせた。


「伝言、よろしくね。───じゃあ、またね」


 その言葉と、微かな笑みを残して、御神輝葉は、体を、後ろに向けた。



「───待ってください」



 蒼太は、去りゆくその姿を、呼び止めた。


 輝葉が、振り返る。


「あの……」


 蒼太は、輝葉に、問いかけることにした。


 今───この瞬間でなければ、この先、聞けなくなるような気がした。


「あなたは……、御神、輝葉さんは……」


 それは、自分でも、何を聞くつもりなんだと自覚できるほどに、内容が滅茶苦茶な質問だった。


 それでも、蒼太は、それを、確かめずにはいられなかった。確かな答を、求めずにはいられなかった。


「2つ……、人格があるんですか……?」


 蒼太の声は、再び吹いた風に運ばれていった。


 沈黙。


 御神輝葉は、ただじっと、蒼太を見つめている。


「───どうして」


 やがて、輝葉は、口を開いた。


「どうして、そう思うの?」


 それは、風のように、涼やかな声だった。


「……今、ぼくが話してるあなたと……今までの、自分の願いを叶えるためにぼくたちに迫ってきたあなたが、同じ人には……見えないような気がして」


 蒼太は、答えた。


 輝葉は、「───そっか」と言って、すっと、視線を動かした。それは、この場所で、初めて会った時の記憶を、蒼太に思い出させる動作だった。


「私もね、よく分からないの」


 視線の先にある、何かを見つめながら、御神輝葉は言った。


「2つ、人格がある───そう言われれば、そうなのかもしれない。でも、本当のところは、分からない。2つより、もっと多くあるのかもしれない」


 それは、小説の一文を読むかのような口調だった。


「ただ、君の言ってることは、合ってるよう気がする。君たちを利用して、私の願いを叶えようする私と、今、君にこうして話している私───私の中には、2人の私がいるんだと思う」


「だけどね、蒼太くん」───そう言って、輝葉は、蒼太のことを見つめた。


「君たちを傷付けることを厭わない非情な私も、人を傷付けるのは嫌だって思う私も───どっちも、私なんだ」


 輝葉の瞳には、蒼太が触れたことのない感情が浮かんでいた。寂しさとも、悲しみとも、後悔とも───どれにも、当てはまらない。その全部を混ぜ合わせたような、そんな色に見えた。


「あの言葉、覚えてる?」


 輝葉の唇が動く。


「この場所には、しばらく来なくなると思うって───今は、大丈夫な時だから来てるって、言ったこと」


 意識しない内に、蒼太は、頷いていた。


「あの時はね、今と同じ私が、この場所にいたの」


 輝葉は言った。


「だけど、あの時の私は、分かってた。もうすぐ、自分の気持ちが入れ替わることを、知ってた」


 輝葉は、蒼太がそうしていたように、木の幹に、手を触れた。


「どうして、自分の気持ちが入れ替わるのか───その理由は、私には、まだ分からない」


 輝葉は、一言一言、言葉を紡ぐように言った。


「明日になったら、明日の私は、今日の私とは、違うのかもしれない」


 輝葉は、「───だから」と、蒼太のことを向いた。


「だから、今、私が本当の私だと思ってる私として、君に、伝えておく」


 そこから語られたのは、蒼太が、輝葉に託された、もう一つの伝言だった。


「勇人のこと、幸せに、してあげて?」


 蒼太は、その瞳を見つめた。


 そして───こんなことを思った。


 今、ここにいるこの人は、兄ちゃんが、好きになった人なんだ───と。


 そう、気付いた瞬間。


 蒼太と輝葉、2人の間に、落ち葉が、渦を描くように舞い上がった。


 パラパラと音を立てて、何事もなかったかのように枯れ葉たちが地面に落ちた時、蒼太の目の前から、輝葉の姿は消えていた。

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