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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第8章
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November Story31

五十四奏多からの助言を受けた優樹菜は、一つの決意を固めていた───。

 1時間目の授業開始を待つ間の教室は賑やかだ。


 クラスメイトの騒がしい声を聞きながら、優樹菜は、あの言葉を聞いたのが、昨日の夜のことだというのが信じられないような気持ちでいた。


 もっと遠い日に耳にしたような気がしてしまうのは、何故だろう。


 ただ、自分の中であの言葉を整理できていないことから察するに、あれはやはり、まだ、聞いたばかりのものなのだ。


 蘇るのは、自分に覆い被さってきた輝葉が見せた、あの表情だ。


(人って、あんなに憎しみを込めた顔ができるんだ……)


 思い返してみて、そう思う。


(あの子は、私が、あの子が矢橋くんに対して持ってる気持ちを否定したから───それで、私に逆上した)


 自分はどうだろう?───と、優樹菜は考えた。


(誰かに、"お前は矢橋勇人のことを何も分かってない"って言われたら……)


 怒りはするだろう、と、優樹菜は思う。


 ただ、その時、自分がどんな表情をし、何を言葉にするのかまでは、想像することができなかった。


(私も、あの子と同じ顔をして、あの子と同じことを言うのかな───)


 分からない───仮に、そうだった可能性を考えて、分かりたくないだけかもしれない。


(私があの時言ったことって、正しかったのかな)



 "あんた結局のところは矢橋くんのこと何も分かってない"



 第三者があの言葉を聞いた時、思うことは、「それは正しい言葉じゃない」だろうか。


 そもそも、人が人を思いやる気持ちに正しさなど、存在するのか。


 ───分からない。


 ただ、一つだけ、分かることがある。


 御神輝葉は、勇人を幸せにすることはできない。


 それは、優樹菜が彼女のことを嫌悪しているから思うことではない。


 これまで、彼女によって傷付けられたメンバーたちの姿を見てきて、感じたことだ。


(自分の大切な人だけを守れたらいい───そのために他の人間が犠牲になったとしてもそんなことはどうでもいい。そんなの、間違ってる)


 私はそんなこと、絶対に考えたくない───。


 優樹菜は、視線を、勇人の席へと向けた。


 いつもと変わらない───いつも見ている後ろ姿が、そこにある。


 "日常"───それが、どれだけかけがえのないことなのか、御神輝葉との出会いによって、優樹菜は知った。


 御神輝葉は、優樹菜と仲間たちの"日常"を奪った。


 取り返さないといけない。


 こんな日々は、終わらせないといけない。


 昨日の夜、ベッドの上で、優樹菜は考えた。


 この先、どうするべきなのか───。


 日付が変わるまで考え続けて、答えが出た。


 それが正解なのかどうかは、やはり、分からない。


 それでも、これくらいしか自分にはできないのだと、けじめを付けるしかないと、優樹菜は思った。


 そして、その確かなけじめを付けるために、授業の始まりを知らせるチャイムの音を聞きながら、勇人と話をすることを決めた。


 ※


 3時間目の化学が終わり、その後の4時間目は、体育の授業だった。


 この日の内容はバドミントンらしいが、「友人同士でグループを作っての自由練習にする」と担当教師から予告されていた。


 それが嬉しくて嬉しくて仕方のないという様子のクラスメイトたちが実験室を出ていくのを見届けた優樹菜は、体育館ではなく、教室に向かった。


 1年1組の教室を覗くと、思っていた通り、勇人がいた。


「……暇じゃないの?」


 ドアを開けながら、優樹菜は、窓際に立っていた勇人に呼びかけた。


 "暇じゃないの?"───何とも意味のない質問だろう。本当は、会話のきっかけを作れれば質問なんて何でも良かったような気がしてきた。


 勇人が、体育の授業に顔を出したことは、一度もない。


 体育館にいるだけで出席にはなるんだから来なさいよ───そう、何度言い聞かせても、来ない。


 体育の授業で欠席が多く、成績が付けられない生徒には、後から、補習が用意される。


 それは、運動という形ではなく、保健体育のテストのようなものらしいが、それを受けるよりも体育館に行った方が手間がなく楽なのではないかと優樹菜は感じるのだが、それを言っても勇人は変わらない。


「何してんだ、お前」


 勇人が口を開いた。


 優樹菜は「……別に」と答えた。


 勇人の声を、久しぶりに聞いたような気がした。


「今日の授業、出る意味ないと思っただけ。仲良し同士でグループ組んでやるらしいけど、今日、茜、休みでしょ?私、あの子の他に、組む人いないから」


 答えながら、心の中では、「それが理由でサボったわけじゃないけど」と呟いた。


 クラスメイトがいない教室は、とても静かだ。

 

外から、担任の津崎教諭の声が微かに聴こえてくる。1年生のどこかの教室で、国語の授業をやっているのだろう。ならば、津崎がこの教室に戻ってくることも、心配しなくていい。


 優樹菜は勇人と向き合って、静かに口を開いた。


「……私、御神輝葉と会ったの」


 今の自分の声がどれくらいの大きさなのか、静まり返った教室の中では、分からない。


「会って、話した。あの子が何をしたくて、私たちに干渉してきたのか───それを、知った」


 そこで、優樹菜は、全てを打ち明けた。


 御神輝葉との再会から、昨日、彼女が自分の"願い"として語ったことまで───全て、勇人に話した。


「……私、あの子のこと、許せない。絶対に、許したくない」


 優樹菜は言った。


「あの子が殺し屋組織のリーダーをやってるって、それは分かってる。あの子からしたら、ほんの些細な"悪事"だったのかもしれないけど、私にとっては、そうじゃない。……あの子は、みんなのことを傷付けた───それは、私にとって些細なことなんかじゃない」


 優樹菜は、自分の声に熱が帯びてくるのを感じた。


 言葉の勢いを止めないように、優樹菜は「あのね……」と切り出した。


 本当は、話したくない───勇人の前で、あいつの名前を口にするのは、嫌だった。


 それでも、あいつが自分たちにとって有力な情報を預けてくれたのは、事実だった。


 優樹菜は、握った拳に、力を込めた。


「昨日……私、五十四奏多と会って、こんなことを教わったの」



「12月になったら、クラリスは、今より、自由に動けなくなると思うよ」


 五十四奏多は、そう言った。


「彼女は、僕たちの世界でトップに立つ組織のリーダーなんだけど、"リーダー"というのは、ただ存在していればいいというものではないんだ」


「何かと仕事が多いんだよ」と、奏多は言った。


「12月に入ったら、会議が行われるんだ」


「会議……?」


「12月は、各組織のリーダーが集まったものから、組織内で行われるものまで、連日会議の予定が入るシーズンなんだ。クラリスは、それらを放棄するようなことはしないと思うな。一度や二度なら別として、毎回のように欠席してたら、怪しんで、何があったのか探ろうとする輩は必ず現れるからね。そこで、君たちと関っていることが知られたら───厄介なことになるどころの騒ぎじゃないでしょ?」


 奏多は、微笑んだ。


「それと比べて、11月は、リーダーたちにとって時間に余裕のある期間なんだ。会議や、大きな仕事が入ることがまずないならね。だから、クラリスは、この月を選んだんだと思うよ───目的を果たすなら今だって」


「それって……」


 優樹菜は、半ば呆然としたまま口を開いた。


「あの子が、こんなにも私たちに干渉してくるのは、今月だけで……来月になったら、なくなるの……?」


「そうだろうと、僕は思うよ」


 奏多は、にっこりと笑った。


「この月に始めて、この月に終わらせる───それが、彼女の計画だとしたら、君がそれをせき止めることも、できるんじゃない?とりあえず、今月を耐え忍んで、来月を迎えてから、クラリスのことをどうするか、ゆっくり考えてみたら?」



「12月になったら、あの子は思うように動けなくなる可能性が高いの」


 優樹菜は言った。


「それに……12月を待たずとも、あの子は、もう、みんなには関わりにいかないと思う。執拗に干渉してくるのは、私にだけだと思う。だったら……12月になるまで我慢すればいい。12月になってから、あの子のことをどうするか、考えたらいい」


 勇人に向かって語りかけながら、優樹菜は段々と、自分自身に言い聞かせているような気がしてきた。


 そう───それでいい。その通り、すればいいんだ。


 これが正解かどうか分からないけど、でも、私に考え付く範囲の中で、一番良いのはこの方法。だったら、それを全うするしかない。


 窓の外から、ホイッスルの鳴る音が聞こえてきた。


 体育館側からも、こちら側からも窓は閉めているはずなのに。静かな教室は、遠くから聞こえる、ほんの微かな音さえも拾い上げる。


 だからこそ、勇人の声は、優樹菜の耳にはっきりと届いた。


「お前一人でやることに、何の意味があんだよ」

 

 自分の瞳を見つめた勇人の赤い瞳に、優樹菜は意表を突かれた。


 すぐに言葉を返すことができず、それこそが問いに対する答になった。


「それで、何が解決すんだよ」


 勇人の視線は、逸れることなく、自分に向いている───不意に、優樹菜は、胸の中に込上げてくるものがあるのを感じた。


「何がって……」


 優樹菜は、声を漏らした。


「……何ないよ。自分一人で抱え込んだって、何にもならないことくらい分かってるよ」


「分かってるけど……」と、優樹菜は目を逸らした。


「他の方法……分かんないんだよ」


 何ていう弱音だろう───優樹菜は、自分で自分を叱りたくなった。


「知ってるでしょ。私は、いつもこうなんだよ。何でもできる器用さなんて持ってないくせに、自分勝手に強がって……何も生まない、誰も喜ばない……そんな方法しか、私には思い付かないの」


 ───だが、一方で、これが自分の本音であることを、優樹菜は理解した。


 本当は、誰かに教えてもらいたい。


 この先どうすればいいのか───誰が、その答を知っているだろう。


 優樹菜は、視線を上げた。


 勇人と目が合う。


 その瞬間。


 知っているんじゃないか───そう、思った。


 勇人なら、分かるんじゃないか───。


「……教えてよ」


 優樹菜の口から、ぽつりと、声が漏れ出た。


「他の方法……私が見つけられなかった方法……、聞かせてよ」


 隣の教室から聴こえてくる声も、外からの音も、そのタイミングを見計らったように、聴こえなくなっ

た。


 ただ、優樹菜の耳に届いたのは、今までは聴こえていなかった、時計の針が動く音だった。


 その音の直後、勇人が、口を開いた。


「俺が、あいつと話す」


 その言葉に、優樹菜は静かに、目を見開いた。


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