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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第1章
22/318

April Story18

実の父との再会。明かされる、兄の過去。

蒼太は˝ASSASAIN˝の仕事は毎日あるものだと思っていたが、実際はそうでは無かった。


 緊急の依頼がない限り、土日は休み、ということで決まっているらしい。蒼太が土曜日の午前10時、本拠地を訪れた時、建物内はしん、と静まり帰っていた。


(えっと……、来客室だっけ……?)


 新一から教わった部屋は1階の手前にあった。


 蒼太は木のドアをそっと開けた。


(会社の応接室みたい……)


 蒼太は部屋の中を見てそう思った。


 クリーム色に花の模様が付いた壁紙。木のフローリング。テーブルと、それを挟むように一人掛けソファ2つとダブルソファが中央に置いてある。


 オフィスよりも広く、明るい印象を蒼太は受けた。


(まだ、来てない……)


 蒼太はソファの方に進んだ。


(どっちに座るのが正解なんだろ……?……いや、気にしなくていいか……)


 蒼太はダブルソファの方に座った。ここならドアを見ることができる。


 荷物を足元に置き、蒼太は小さく、息を吐いた。


(会ったら、何て挨拶したら良いのかな……?)


 これからの対面に向け、蒼太はシミュレーションを行うことにした。


(˝こんにちは˝だと、慣れなれしいか……。でも˝久しぶり˝っていうのも違う気がする……)


 何せ、自分は顔も声も覚えていない相手なのだ。


(どうしよう……?何か、不安になってきた……)


 蒼太は、ここに来て逃げ出したくなった。ここに来るまでは「何とかなるだろう」という気持ちでいたのが信じられなくなってきた。


 そんな心理状態の中、ドアが開く音が部屋の外から聞こえてきた。速い、男性の足音がその後にして、蒼太はもう、逃げることはできないと悟った。


 足音は、だんだんと大きく聞こえるようになってきて、蒼太が完全に気配を感じる位置で止まった。

 ドアノブが回り、入って来たのは長身の男性だった。


 黒い短髪で、スーツ姿の、一見、どこにでもいそうな中年の男性───しかし、蒼太の目からは、それだけには見えなかった。


(この人が、ぼくの……、お父さん……?)


 じっと自分を見つめている蒼太を見た男性は、まるで前からの知り合いのように、こう言った。


「悪い、遅くなった」


 低く、響く声。


 蒼太は「あ……」と反射的に声を上げた。


「……いえ、大丈夫です……」


 男性は、真っ直ぐ歩いてくると、蒼太の真向かいに座った。


 そこで蒼太は、この人が自分の˝本当の父˝であることを確信した。そう、意識して、目を合わせると、蒼太の中に自分でも説明ができないような感情が込み上げてくる。


 一方、相手は、淡々とした様子でこう名乗った。


「君のお母さんの、元旦那だ。名前は、矢橋亮助」


 蒼太は、その挨拶を受けても、悲しい気持ちになったりはしなかった。ただの確認だと思えば、こちらとしても助かる。


(ぼくの名前は……、言わなくもいい、よね……?)


 蒼太のことを認識した形で˝君˝と呼んだことや、いくら何でも自分の子供の名前を忘れることは無いだろうと思い、蒼太は、ただ頷いた。


「俺に訊きたいことがあると聞いたんだが」


「あ……はい」


 蒼太は展開の速さに一度、深く、息を吸った。


「あの……、兄ちゃんのこと、なんですけど……」


 ˝兄ちゃん˝と蒼太がいった瞬間、亮助が僅かに反応した。


「ぼく……最近、この町に戻ってきたんですけど、あの……、兄ちゃんは……」


「……勇人のこと、覚えてるのか?」


 蒼太の言葉を遮ったのは、亮助のそんな問いだった。


 それに引っかかった蒼太は「え……?」と声を上げる。


「……それって……?」


 蒼太が尋ねると、亮助は体を後ろに引き、数秒、黙った後、蒼太と目を合わせた。


「少し、変なことを訊くが───ごめんな。……君は、勇人のことを忘れていたことは無いか?」


 蒼太の心臓がドクン、と脈打った。

 

「……あ、あります」


 蒼太は答えた。


「つい、最近……、前の家で引っ越しの準備をしてた時まで……」


 鮮明に蘇る、記憶の再生の瞬間。そのきっかけとなった御守はは今も、蒼太の足元にあるリュックの中に入っている。


 亮助はそれを聞くと、「……そうか」と静かに頷いた。


「……さっき、遮ってしまった。質問、改めて良いか?」


「はい……。……あの……、兄ちゃんが……変わってしまった……理由、教えてもらえませんか……?」


 蒼太は、真っ直ぐな言葉で、尋ねた。新一が、勇人が変わってしまった理由を訊くなら亮助と会うと良いと言っていた言葉を信用していたからだ。


 すると、亮助は、すぐには答えず、少し間を作った後で、微かに、息を、吐きだした。


「……それを話すには、色々な事情を説明する必要がある。中には、君が聞いていて、辛い気持ちにさせてしまうものもあるが、それでも、良いか?」


 蒼太は、その言葉に身構えながらも、「……はい」と頷いた。


 知る権利が自分にはある、そう思った。このまま、何も知らないまま、勇人と関わっていくことの方が辛いに違いない。


「わかった」と、亮助が答えた。


 そうして、蒼太の知らない、勇人に纏わる、一連の物語が始まった。


「まず、俺は、今、勇人と一緒に暮らしている。それが、そうなったのは、3年前のちょうどこの時期からだ。そうなるまでに、起きたことがいくつかあるんだが、そのほとんどを俺は、源……君たちでいう、社長から、話を聞いて知っている」


 蒼太は、首を傾げた。


(だったら、何で、自分から話さなかったんだろう……?)


 蒼太は、てっきり、新一の方が、亮助から勇人の事情について聞いて知っているのだと思い込んでいた。


「源の話では、4年前の夏、勇人が、この場所を訪ねてきたらしい。2人は、その前からの知り合いだったそうだ。その時、勇人は源に、こう話したらしい」


 4年前の夏───といえば、母が亡くなってら、半年が経った頃か……。蒼太は、頭の中で、時系列を整理する。


 亮助が息を吸う音が聞こえた。


「˝黒霧市の家から出て、一人でこっちに戻って来た。家族の中で自分を覚えている人は、もういない。だから、あの家には、帰れないし、探しに来る人もいない。できれば、これから、実のお父さんのところに行こうと思っている。しばらく泊めてくれないか“、と頼まれたそうだ」

 

蒼太はその言葉をゆっくりと噛み砕いてから、「だから……」と口を開いた。


「ぼくに、さっき、兄ちゃんのこと覚えてるか確認したんですか……?」


 亮助は無言で頷き、続きを話し出した。


「詳しいことを勇人は話さなかったらしい。だから───何故、そんな状況になってしまったのかは、分からないんだ」


 そんな状況───父と蒼太が、勇人のことを忘れた状況。一体、どんな仕組みでそんなことが起きてしまったのだろうか。


(兄ちゃんは……、ぼくとお父さんが忘れちゃったから、家を出たの……?)


 よく、蒼太は「ある日突然、周りの人が自分のことを忘れてしまった」という物語を目にしていた。その忘れられた主人公は、家を追い出されたり、友達から他人扱いを受けてしまうのだ。しかし、勇人がそのような事にあったとは、思えなかった。


(……兄ちゃんは、ぼくとお父さんが兄ちゃんのことを忘れたのと同時に、家を出たってことなのかな……?)


「その頃の勇人は、特に変わった様子はなかったそうだ。それから源の家で数日間、過ごしたらしい。それで、その数日の間に俺のところに源から連絡が来て、勇人と一度、会って話をすることになったんだが……」


 亮助はそこで話を止めた。


 蒼太は不思議に思って亮助の顔を見つめた。


 亮助は目線を下にやり、続きを話すのを躊躇っているように見えた。


 蒼太の中で、胸騒ぎが起こった。


「……そのタイミングで、ある出来事が起こった」


 静かな声で亮助が口を開いた。目線は下に向いたままである。


「……勇人が、一人で外にいる時に———殺し屋に襲われて」

 

 胸騒ぎが激しくなった。


 亮助は続きを蒼太に告げた。その目には、深い悲しみがあった。


「……勇人が、相手を殺してしまった……」


 胸騒ぎが、当たってしまった。


 とても、すぐには信じることのできない事実に、蒼太は呆然と亮助を見つめた。


(兄ちゃんが……、人を殺した……?)


 少しずつ、言葉に頭が追い付いてきた。


(いや……でも、先に手を掛けてきたのは相手で……、そうしないと、兄ちゃんが殺されてたのかもしれないんだよね……?)


 衝撃的な事実の中に、少しでも救いを探してしまう。


 しかし、次の亮助の言葉が、蒼太をどん底へと突き落とすことになった。


「……それで……、そのことで、勇人は別人になってしまった。……源は˝意思の記憶を探る˝を持っているのだが、源が能力で勇人の過去の意思を探った結果、勇人は殺しの瞬間、自分の能力で、自分の心を消してしまったそうだ」


 キーン……と、耳鳴りが聴こえた。


 亮助の口から語られた真実を受け入れたくないと、脳が言っているかのように。


(そんな……、それって……)

 

 蒼太は自分が最低な事を考えているのを自覚しながらも、そう思わずにはいられなかった。


(……兄ちゃんは、空っぽってこと…?ロボットみたいな状態なの……?)


「感情が欠落した、という方が正しいのかもしれない。……俺が、源から連絡を貰って、勇人に会いに行った時の印象は、そんな感じだった。


 亮助は、蒼太の知らない勇人について、こう語った。感情を押し殺すような、震えているのを隠すような、声だった。


「その後、俺は、勇人を引き取ることになった。源の考えでは、しばらく、落ち着いた時間を取った方が良いと、中学の最初の2年間、勇人を学校に通わせず、家にいさせたんだが、勇人は変化しなかった」


 亮助の声が、遠く聞こえるような気がする。まるで、何かの作り話を聞いているような、そんな気すら

蒼太はした。


 だが、思えば、自分自身も確認した事なのだ。勇人は変わってしまった。勇人自身も言っていたように、今の勇人は、自分の記憶にあるままの姿では無いということ。それらを理解した上で、どんな事実が待っていようと、受け止めるつもりで今日、ここに来たというのに。


 蒼太は自分の心の弱さに愕然とした。



「……だけどな」



 その声に、蒼太は亮助を見た。


 亮助は蒼太を見つめていた。


「勇人のためになりたいと言ってくれた……女の子が現れたんだ。この───˝ASSASSIN˝を作ろうと思っていて、勇人に入って貰いたいと思っていると、その子は俺にそう言った。その子は毎日、繰り返し、繰り返し、勇人を誘い続けて……、その影響で、勇人はメンバーたちと関わりを持つようになって、少しだけ、変わったんだ。……ほんの小さな変化だが、これから、勇人が˝ASSASSIN˝にいることで、勇人はもっと変わっていくことができると、俺は思っている」


 そっと、救いが見えたような、そんな気が───蒼太にはした。


「……君が、そうしたいと思う気持ちがあったら、勇人のこと、支えてあげてくれないか」


 蒼太はこの人は───父は、人と会話をするのが得意な方ではないのだろうと、この瞬間、感じた。器用に話を繋げることができず、ただ、自分の一番言いたいことを伝えるために“頼みごと”という選択肢を選んだのだと。


 しかし、それは蒼太に、勇気を与えるものに違いが無かった。


(そうだ……、まだ、何も始まってない……)


 蒼太は、暗い気持ちがゆっくりと晴れて行くのを感じた。


 自分の弱さを、自分で蒼太は打ち消すことができた。


「……はい」


 蒼太は頷いた。


(兄ちゃんが、どんな状況にあったて、関係ない。……家族なんだから……)



「……ありがとうございました」


 蒼太は、亮助に頭を下げた。


 そして、改めて、˝本当の父の顔を見つめる。


 あまり、表情の変化が無く、冷静そうに見えるが、新一の言っていた通り、内面は優しく、真面目な人だということが、今日、話してみて分かった。


「ああ、こちらこそ、ありがとな」


 亮助が頷き、立ち上がった。


「俺は、これから仕事に戻らなくちゃならない。すまないが、ここでお別れだ」


 ˝お別れ˝───その言葉に、深い意味は無いのだろうが、蒼太は少しだけ、寂しい気持ちになった。


 もう、しばらく、亮助に会うことは無いのかもしれないし、もしかしたら、意外とまたすぐ、会うことになるのかもしれない。


「……あっ、あの……、最後に良いですか……?」


 蒼太は、思いついた頼みごとを、亮助にしてみることにした。


「……今度、また会った時は……、ぼくのこと、˝蒼太˝って、名前で呼んで欲しいです」


 そう言うと、やはり、亮助の顔に、あまり変化は無かったが、


「……わかった」


 と、一言答える声は、今日で一番、優しい声だった。


「……じゃあ、また」


 蒼太は立ちあがって、亮助に別れを告げた。


「ああ、また」


 亮助がそう言って、蒼太に背を向け、歩き出す。


 それは、蒼太が生まれて初めて、実の父と約束を交わした瞬間だった。

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