November Story24
どうして彼女は、自分だけに願いを叶える"代償"の話をしたのか───蒼太は、御神輝葉に、直接、その理由を、問いかける。
優樹菜との電話を終えた蒼太は、スマートフォンの画面を見つめたまま、しばらく、その場に立ち尽くしていた。
心臓がドクドクとして、自分がとても大きなことに気付いてしまった実感が押し寄せてきた。
(あの人……、御神輝葉さんは……)
体が熱くなって、背中にじんわりと汗が滲んでくるのを感じた。
(みんなのこと、騙して利用しようとしてるのかもしれない……)
優樹菜に説明した時よりもその可能性に現実味が感じられるようになって、蒼太は、吐く息を震わせた。
誰かに背中を強く押されたように、蒼太は、早足に歩き出した。
今まで、何処かで、迷っていた。
御神輝葉───彼女を、信用してもいいのか。
彼女は、自分にとって、敵なのか、味方なのか。
その答を、今の蒼太には、恐ろしいほどに、実感していた。
頭の中に、御神輝葉の声が流れてくる。
"約束"
"願い事、考えておいて"
"君のは、特別に、必ず、叶えてあげるから"
(あの言葉も……、忘れなきゃ……)
───そう、思った時。
「蒼太くーん」
真横でしたその声に、蒼太はぴたりと、足を止めた。
そこに───ガードパイプの上に、御神輝葉が立っていた。
驚きはなかった。ただ、蒼太はその姿を見た瞬間、凄まじい程の、拒絶を感じた。
「よくないこと考えてたでしょ〜?今」
御神輝葉は、にっこりと笑った。
蒼太は、その笑顔を見つめた時、自分の中に、何かが沸き立ってくるのを感じた。
「……よくないことって」
蒼太は、口を開いた。
「あなたにとっての"よくないこと"ってことですか……?」
口を出た声は、自分が想像していた以上に、低いものになった。
御神輝葉は、ほんの一瞬、目から笑みを消した後、
「そうだよ〜」
と、また笑った。
「蒼太くん今、私のこと悪く考えてた〜」
蒼太は、握った指先に、力を込めた。
「……ぼくは」
御神輝葉を、真っ直ぐに見つめて、口を開く。
「ぼくは……あなたの味方じゃないです」
風が吹いてきた。
2人の間を切るように通り過ぎた風は、輝葉の髪の毛を激しく揺らした。
「───ふーん」
輝葉は、無感情な声を出した。
「味方とか敵とか、そんなのは、どうでもいいかな〜」
口元だけに微笑を浮かべて、輝葉は言った。
「私は、君の願いを、叶えてあげたいの」
蒼太は、その笑顔を見つめて、首を横に振った。
「ぼくは……ぼくの願いは、あなたに、叶えられないと思います」
蒼太は言った。
「ぼくは、"ASSASSIN"のみんなに、幸せでいてほしいんです。なのに、あなたは、みんなのことを傷付けて、悩ませて、悲しませて……。あなたは、それを"違う"って、"そんなことしてない"って言うのかもしれないけど、ぼくが信じたいのは、あなたの言葉より、みんなの言葉なんです」
強い視線を向けたはずなのに、それは、涼やかな笑みによって流された。
「そっか〜。だけど、君はこの先、私に感謝する日が来ると思うよ〜。そうしたら、そんなことも言えなくなるね」
御神輝葉のニコニコとした顔を見つめて、蒼太は思った。
この人は他人のことを惑わせるようなことばかり言ってくるけど、核心となる部分については、何も口にしてこない───。
蒼太は、体中から勇気を掻き集めて、御神輝葉に問いかけた。
「ぼくの願いは、"特別に必ず叶えてあげる"って……、そう言いましたよね……?」
蒼太は深く息を吸い、握った拳に力を込めた。
「ぼくだけが"特別"だとしたら……他のみんなは、どうなるんですか……?」
その問いかけに対し、輝葉が見せたのは何も感じていないような涼しい目付きだった。
蒼太は喉が乾いていくのを感じながらも、何とか、声を振り絞った。
「あの時はまだ知らなかったけど、願いを叶えるには代償が必要で、願いが大きければ大きいほど、代償も重いものになる……って、そのこと……ぼく以外のみんなに話しましたか……?」
輝葉は、何も言わない。
何も言わずに、蒼太の言葉を待っている。
「代償のことを知ってるぼくは、願いの大きさを考えることができるけど……、でも……、みんなは……?知らなければ、知らないまま、とてつもなく大きいことを願っちゃうかもしれない……」
「それで、それに見合った代償を支払うことになっちゃうね〜」
輝葉が、口を開いた。
蒼太は、そう言った顔にまだ微笑が残っているのを見て、信じられないような気持ちになった。
この人は、自分が言っている言葉の意味を、理解できているのだろうか───。
「あなたは……、それで、平気なんですか……?」
正当な答など返ってくるはずがないと心の奥底では思っていながら、蒼太は、そう問いかけずにいられなかった。
「平気、って?」
輝葉が僅かに首を傾ける。
「自分の能力で苦しむ人がいること……。あなたは、辛い気持ちになったりしないんですか……?」
輝葉は「んー」と声を上げた。
そして、にっこりと笑った。
「私は、君が苦しむ姿は見たくないかな〜」
輝葉は言った。
「だから、君の願いを必ず叶えてあげる約束と、代償の話を教えてあげたの。君が思ってる通り、他の子たちに同じことはしてないよ〜」
その言葉に、蒼太は、言葉を失った。
「……それって……」
蒼太は、声の震えを抑えることができなくなった。
「みんなのことは傷付けてもいい……って……、そう思ってるってことですか……?」
そう問いかけると、輝葉は「蒼太くんさ〜」と言った。
「私が君の仲間のことを傷付けようとしてるって思ってるみたいだけど、私は、そうは思わないし、そうだったとしても、悪いことをしたとは思わないかな〜」
何気ない口調で、輝葉は、そう語った。
「私は、私の願いを叶えられたらそれでいいの。その過程で君の仲間がどうなろうと、私は知らないよ。私にとって都合がよかったから近付いたってだけの話だもん。別に、君たち"ASSASSIN"に、私は何の思い入れもないしね〜」
首を傾けて、にこりと、輝葉は笑った。
「蒼太くん、私は、そういう人間だよ。私は、私にとって"どうでもいい"人間には、興味ないの」
蒼太は、自分が目を見張っていることに気が付いた。
信じられない───この人は、一体、何を言っているのだろう。
「……あなた、は……」
蒼太は、呆然としたまま、口を開いた。
この人は───御神輝葉は、蒼太にとって、昔からの知り合いではない。大切な存在でも、ない。
なのに、それなのに───裏切られたような気がするのは、何故だろう。
「ぼくは……、昔、兄ちゃんに……、あなたのことを聞いたことがあって……」
真っ白になりかけた頭の中で、ただ、一つだけ、あの日の勇人の声が浮かんできた。
"……友達、じゃなくて"
"兄ちゃんの、好きな人"
「……兄ちゃんは……、あなたのことを、自分の好きな人だって、ぼくに教えてくれました」
蒼太は、御神輝葉を見つめて、首を振った。
「でも……、ぼくには、わからない……。……どうして、兄ちゃんがあなたのことが好きだったのか、わからない……」
そう───言った瞬間。
輝葉の顔から、表情が消えた。
瞳が、空白を映している───蒼太は、はっとした。
一際、強い風が吹き荒れた。
その強さに、蒼太は思わず、ほんの一瞬、目を瞑った。
そうして、目を開いた時───、御神輝葉の姿は、そこから消えていた。
蒼太は、見開いた目で、灰色の空を見つめた。
※
主はいつも、気まぐれな時間に出掛けて、気まぐれな時間に帰ってくる。
その日も、そのはずで、ドアが開く音がした時、寿樹は部屋の掃除をしているところだった。
物を片付ける手を止め、ハンカチで手を拭き、手袋を嵌めながらドアの方へと向かう───と、勢いよく歩いて来た主と衝突しそうになった。
「申し訳ありません」を言わせる時間さえ与えないまま、主は寿樹の前を通り過ぎていった。
そうして、ドレッサーの前の椅子に荒々しく腰を下ろすと、肘を付き、両手で髪をかき上げた。
寿樹は、驚きを隠せないまま、その姿を見つめた。
主は、肩を震わせていた。
激しく呼吸を繰り返し───とてつもなく動揺し、その動揺をどう静めればいいのかさえ、分からないようだった。
それは、寿樹が初めて目にする、主の姿だった。
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