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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第8章
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November Story22

「全部、あたしが悪いの……」───葵が心に抱える、トラウマの正体とは───?

 マンションを出た蒼太は、辺りを流れる、ひんやりとした空気を吸い込んだ。


 そうして、ゆっくりと吐き出すと、心にかかっていた靄が、すうっと晴れていくような気がした。


(おばさんに会えてよかった)


 すみれが語った、勇人が蒼太に向けて言った言葉の意味───それを疑う気持ちは、蒼太の中に生まれはしなかった。


 きっと───きっとそうなのだと、信じることができた。


 それは、蒼太にとって勇人が、家族であり、兄弟であり、"ASSASSIN"のメンバーであることに違いない。


 そして、蒼太の中に新たに生まれたのは、御神輝葉を"疑う"という感情だった。


(兄ちゃんは……、ぼくたちとあの人が関わったら、よくないことが起きるって、そう思って、ぼくたちからあの人を遠ざけようとしてくれてた……)


 だったら───御神輝葉と関わる意味は、ない。


 彼女の言葉を聞くことも、彼女がメンバーにしたということに対して、「本当にそうなのだろうか?」と思うことも、必要ない。


(ぼくが信じたいのは……、ぼくが守りたいのは……、"ASSASSIN"のみんなだから)


 御神輝葉は、蒼太の願いを何でも一つ叶えてあげると言った。


 今の蒼太が望むもの───それは、"ASSASSIN"にメンバー6人が揃うことだ。


 それを叶えるのは、御神輝葉ではない。


 彼女にそれを叶えて欲しくない。



 "願い事、考えておいて"



 "君のは、特別に、必ず叶えてあげるから"



(あれは……本心で言ってたみたいだったけど……)


 そう、思った時───。


(……あれ……?)


 不意に、脳裏に何かが素早く過ぎったような気がして、蒼太は目を開いた。


(ぼくだけ、特別……。ぼく……、だけ……?)



 "人の命に関わること以外なら、何でも1つ願いを叶えてあげるって、私、君にそう言ったよね〜?"



 "でもね〜、私、大事なこと言ってなかった〜"



 "私の能力にはね、代償が必要なの"



 "叶えた願いの大きさが大きければ大きいほど、代償も大きくなる"



───御神輝葉からあの話を聞いたメンバーは、他にいるだろうか。


 蒼太は、立ち止まった。


───猛烈に、嫌な予感がする。


 そう気付いた瞬間、蒼太はポケットから携帯電話を取り出した。


(みんなに……知らせないと……)


 蒼太は、自分の心臓が、ドクンドクンと脈打っている音を聞いた。


 それはまるで、これから何かが起こることを知らせるカウントダウンのかのように、蒼太には感じられた。


 ※


 蒼太から電話が掛かってきたのは、優樹菜が校門をくぐったタイミングだった。


 それまで、優樹菜は、ここに至るまでの今日一日の出来事を振り返りながら歩いていた。


「あおが今日、学校休みたいって」


 家を出る直前の母に、居間に入ったばかりだった優樹菜は、そう言われた。


 葵は目覚まし時計をかけても起きることができないからと、毎朝、仕事に行く前の母に部屋まで起こしに来てもらっていた。


 返す言葉が見つからず、半ば呆然とした優樹菜に、舞香は何かを察したようだった。


「何か、あったの?」


 問い詰めるような口調ではなく、心配するような口調であったが、それに対し、優樹菜は、「いや……」と答えてしまった。


 昨日、夜遅くに帰ってきた母は、昨晩の夕御飯の際、葵が一言も発しなかった様子を知らないのだ。


 自分で何とかしなきゃ───これまでの人生で、そう思って何度も失敗して、同じ数だけ後悔するのに、優樹菜は、このことに、母のことを巻き込むことは、したくなかった。


 学校にいる間、優樹菜は悶々と、これからどうしたらいいのかを考え続けた。


 教諭が語る授業の内容は、ほとんど耳に入って来ず、ノートの上でペンを動すも、意味のない作業をしているようにしか感じられなかった。


 考え続けても、結局答えは出なかった。


 昼休み。


 国語担当の針江はりえ教諭にノートを提出するために、優樹菜は職員室を訪れた。


 廊下に出て職員室のドアを閉めると、溜息が溢れた。


 考えなくてはいけないこと───それが、あまりに沢山あり過ぎて、頭の中から溢れ出しそうになっている。


 職員室に背を向けて、教室に向かって歩き出す。


 教室───うるさいほどの賑やかさが、思考を遮断してくる。これから一緒に昼ご飯を食べる約束をしている、角元茜にさえ自分が抱える悩みを打ち明けることはできない。


(ああ……、そういえば……)


 優樹菜は、心の中で声を上げた。


(私……今日まだ一回も、矢橋くんと話してなかった……)


 思えば、話どころか、目さえ合った記憶がない。


 そう考えて、優樹菜は「あれ……?」と思った。


(最後に矢橋くんと話したのって……いつのことだっけ……?)


 そんな疑問が浮かんできて、優樹菜は呆然とした。


 ───そんなことを思う程に、勇人と最後に言葉を交わしたのは遠い日のことなのか。


 "知ってる?大下日向"


 蘇ったのは、自分の声だった。


 ああ───そうだ。あの時以来だ。


 大下日向からメールが来て、日向に対しての思いを打ち明けた、あの時だ。


 その時───勇人は、こう言った。


 "一方的だな"


 "納得行かねぇだろ、お前"


 優樹菜は、ぴたりと、足を止めた。


 "一方的"────その言葉が、頭の中で反芻した。


 そして、重なるように聞こえてきたのは、御神輝葉の声だった。


 彼女が優樹菜に向かって発した言葉は全て、こちらの気持ちを何も考えていないような───まさに、"一方的な"言葉だ。


(……納得なんて、できるはずない)


 そう、思った瞬間。


 優樹菜は、視線を上げた。


 そこには、廊下が続いている。


 ずっと先には、晴れた空を映した、窓がある。


「……戦わなきゃ」


 優樹菜は、声に出して言った。


「納得いくまで───やってやる」


 ※


 御神輝葉と"戦う"ことを決め、だがその前に、まずは葵だ───と、放課後の校舎を出た優樹菜の元に、蒼太から電話が掛かってきた。


「あっ……、優樹菜さん……」


 蒼太は「今って……大丈夫ですか……?」と問いかけてきた。


「うん、大丈夫だよ」


 そう答えると、話を切り出すのを躊躇うような間が、僅かな間が訪れた。


「あ……あの……、ぼく……」


 小さくて、微かに震えた声で、蒼太は、そう切り出した。


 そして、蒼太が語ったのは、11月5日の深夜、家の庭先に御神輝葉が現れ、「君の願いは特別に必ず叶えてあげる」と言ったという話だった。


「それで……ぼく……昨日も1人で歩いてた時に、あの人と会って……」


 その後に続いた言葉に、優樹菜は目を見開いた。


「代償……?」


 電話越しに、蒼太が頷く気配がした。


「もしかしたら……ぼく以外のみんなには、話してないんじゃないかって……そう思って……」


 "ぼく以外のみんな"───"特別"と表現した蒼太以外には。


 優樹菜は、心臓がドクリとするのを感じた。


「それで……、あの人……御神輝葉さんは……」


 聴こえる蒼太の声は、震えていた。


「代償のことを知らせないまま願わせて……、みんなを利用しようとしてるんじゃないかって……、ぼく……そんな気がして……」


 優樹菜は、自分が道端に呆然と立ち尽くしていることに気が付いた。


 早く───帰らなくては。


 ※


 コートを脱ぐこともしないまま、優樹菜は2階へと続く階段を上がった。


 葵の部屋の前に立ち、ドアをノックする。


「葵?」


 優樹菜は、呼びかけた。


「入ってもいい?」


 返事は───ない。


 それでも、ドアの向こうに葵がいる気配は、確かにした。


 ここで迷ったらだめだ──優樹菜は、ドアノブに、手を掛けた。


「入るよ」


 ドアを開けると、薄暗い部屋の様子が顕になった。


 カーテンが閉まったままの室内に、優樹菜は視線を向けた。


 ベッドの前に、葵がいた。


 パジャマ姿で、髪を下ろしたままの葵が、俯いて座っていた。


 暖房の点いていない部屋は、冷え切っていた。


 優樹菜は、葵のもとに歩み寄った。


 隣に座り込んで、肩に手を触れる。


「お昼ご飯、食べた?」


 葵は、俯いたまま、答えなかった。それこそが、答えのようなものだった。


「お腹空いたでしょ?」


 優樹菜は、葵の肩を撫でながら問いかけた。


「何か、作ってあげようか?」


 葵の肩が、微かに震え出した。


 そうして、小さな唇が、ほんの僅かに開いた。


「……優樹菜……」


 その声は、か細かった。


「……あたし……、怖い……」


 優樹菜は、「怖い……?」とその言葉を、聞き返した。


「……昨日……、社長は……"葵ちゃんは悪くない"って……そう言ってくれた……。……あの時の……、優樹菜とか、お母さんとか、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、先生……みんなみたいに……」


 葵の肩が、激しく震え始めた。


「……でも……、違うの……。やっぱり……、あたしが……あたしが悪いの……。……考えないようにって、ずっと……、ずっと……思ってたのに……」


 葵の声に、涙の色が滲んだ。


 思ってたのに───思い出してしまった。


 御神輝葉が、思い出させたのだ。


 あのことを───葵の小さな身に降り掛かった、不幸を。


 ※


 あれは、5年前のことだった。


 優樹菜は小学5年生。葵は、幼稚園に通っていた。


 その時、葵には、"大親友"と呼べるほど、仲の良い友達がいた。


 同じ幼稚園の、同じクラスの女の子で、優樹菜も何度も会ったことがある子だった。名前を、理緒りおちゃんと言った。



 その、理緒ちゃんは、5年前の冬、交通事故で亡くなった。



 優樹菜はその日、事故の知らせを聞く前に、見たことがないくらいに泣き叫んだ葵に会った。


 学校の帰り道、正面から走ってくる、小さなシルエットがあった。それが妹であるのに気付くまでには、それほど時間はかからなかったが、理解が行くまでには、しばらくの時間が必要だった。


 "どうしたの?何があったの?"


 優樹菜は、葵を抱きとめて問いかけた。


 葵はわんわんと泣いていて、喋ることさえできない様子だった。


 葵を抱きかかえるように家に帰る途中、優樹菜は、救急車のサイレンを聞くのと同時に、道にパトカーが停っているのをを見つけた。


 何だろう?と思って見つめると、信号機の前に不自然な止まり方をした一台の軽自動車があり、その向かいに、救急車がパトライトを回していた。


 軽自動車と救急車の間には、簡易的に作られたようなブルーシートの壁がある。


 不意に吹き付けた風が、パタパタとブルーシートの端を煽った。


 そして、その風は、ブルーシートに隠されたモノのほんの一部を、優樹菜の目に見せた。


 ピンク色の、可愛らしいスニーカーを履いた、小さな足。


 優樹菜は、そのスニーカーに、よく、見覚えがあった。


「理緒……、ちゃん……?」


 呟いた声は、葵の激しい泣き声によってかき消された。


 理緒ちゃんの事故の知らせは、瞬く間に町中を駆け巡った。


 理緒ちゃんは横断歩道を渡っていたところ、信号無視の車に跳ねられて亡くなった───その痛ましい事実の中に、葵の姿が含まれているということを知ったのは、何のきっかけだっただろうか。


 その時───事故の瞬間、葵は、理緒ちゃんと一緒にいたそうだ。


 2人で公園で遊んだ帰り道、理緒ちゃんが先に元気よく駆け出し、葵は、その後を追っていた。


 理緒ちゃんが、信号に向かって走る。


 葵は、その背中に向かって走る。


 まさか、その先に、赤信号で走ってくる車がいるとは知らずに。


 理緒ちゃんの体が車に飛ばされるのを、葵は、その目で目撃したそうだ。


 これは、葵が、葵自身の口から語ったことだった。



 "見てたのに、助けてあげれなかった"



 6歳の女の子が見せるものとは到底思えないほどの絶望に満ちた表情は、優樹菜の目に焼き付いて離れない。


 葵は、自分の能力である"瞬間移動"を使えば、里穂ちゃんを助けてあげることができたのではないかと思っていた。


 里穂ちゃんと車が接触する前に、理緒ちゃんの体を何処か他の場所に運んであげることができていたら───と。


 そうしたら、理緒ちゃんはいなくならなかった。


 里穂ちゃんは、今もここにいるはずだった。


 里穂ちゃんが死んだのは、自分のせいだ───。



「……やっぱり、あれは……あたしが悪いの……」


「あたしのせいなの……」と、葵は、目から涙を溢した。


「あた……あたしが、もっと……もっと、気付けてたら……あんなこと……おきなかった……。なのに……、なのに……、あたし……」


 葵は、嗚咽を漏らし、ボロボロと頬に涙を蔦らせた。


「葵……、それで……御神輝葉に、"それをなかったことにしてほしい"……って、願おうとしてるの……?」


 優樹菜は、葵に問いかけた。


 葵は、何かを答えた。泣き声で聞き取れなかった。ただ、首は、縦に動いた。


「そんなの……、そんなことしたらだめ」


 優樹菜は、強く、首を振った。


「もし、仮に葵の記憶から、理緒ちゃんのことが消えたとしても……理緒ちゃんが帰ってくるわけじゃ、ないんだよ」


 優樹菜は、葵に言い聞かせた。


「あの女は、自分の目的を叶えたくて私たちに近付いてるだけなんだよ。私たちのことを利用しようとしてるんだよ。だから───」


「利用されたっていいよ!」


 葵が、大声を上げた。


 優樹菜は、はっと言葉を止めた。


「あたし……もうやなの。あれは自分のせいなんじゃないかって……自分で自分のこと責める続けるのも……誰かにいつか、"お前のせいだ"って言われるんじゃないかって……そう思うのも、もう、やなの……」


 葵は膝に顔を深く渦くめて、


「だから……、もう……いいの……」


 消え入りそうな声で言った。


「何言ってんのよ!」


 優樹菜は、堪らなくなって叫んだ。


 その声は、天井にまでこだまし、葵が驚いたように顔を上げた。


「優樹菜……?」


「おんな女に利用されてもいいなんて、そんな馬鹿げたこと言わないで!」


 優樹菜は、葵の涙に濡れた顔に向かって声を発した。


「あれは、あの事故は、葵のせいなんかじゃない。そんな風に言ってくる奴がいたとしたら、そいつのこと、私は絶対に許さない!"あんたに葵の何がわかんのよ" 、"私の大事な妹のこと傷付けてんじゃないわよ"って、そう言ってやるから!」


 優樹菜は、手を伸ばして、葵の手を握り締めた。


「……だから、そんなこと考えないで」


 優樹菜は、葵の目を真っ直ぐに見つめて語りかけた。


「自分のこと、責めなくたっていいの。そんなの……誰も望んでない。葵のそばにいる人たちみんな、葵の味方だから。みんな、葵に笑顔でいてほしいって、そう思ってるんだから」


 優樹菜は、葵の肩に乗せていた手を、葵の頭へと運んだ。


「里穂ちゃんも───きっと、そうだと思うよ」


 そう告げた瞬間、葵の目が、涙でいっぱいになった。


 優樹菜が葵を抱きとめるのと、葵が優樹菜に抱きつくのは、ほぼ同時のことだった。


 葵は、優樹菜の腕の中でわんわんと泣いた。

 しかし、その涙は、昨夜のものと違って暖かいことを、優樹菜は感じた。

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