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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第8章
210/318

November Story19

仲間たちを傷付けられた怒りを胸に、優樹菜は、御神輝葉に会いに向かう───。

 優樹菜は、もうすぐ夜へと向かっていく町の中を走っていた。


 気温としては寒いはずなのに、コートの下の体はじんわりと汗をかき始めている。


 こうして走り出してから、どれくらいの時間が経っただろうか。走っても、走っても、息苦しさは感じなかった。


 御神輝葉を見つけるまでは、絶対に立ち止まらない───優樹菜は沸々と燃え上がるように湧いている怒りに身を任せるままに走り続けた。


 御神輝葉がどこにいるのか───それは、優樹菜にとって、知りようのないことだった。


 ただ、この時の優樹菜は、それを冷静に考えることを見失っていた。


 ───居場所が分からないのなら、無理矢理にでも呼び出してやる。


 優樹菜は、御神輝葉と再会した場所───あの日、子犬を見つけた路地へと辿り着いた。


 立ち止まると、激しく、息が切れた。


 優樹菜は肩で息をしながら、辺りに目を凝らした。

 ───誰も、いない。


 優樹菜はドクドクと激しく鳴る鼓動をかき消すように、大きく息を吸い込んだ。


「御神輝葉!」


 その声は、静かな夜空に広く響いた。


「あんた、今もどこかで私のこと見てるんでしょ?だったら、今すぐこっちに来なさいよ!」


 叫んだ声は、路地の向こう側にまで飛んでいった。


 優樹菜は、白い息を吐き出した。


 風が、吹いた。


 冷たく、激しい風が。


 優樹菜は、振り返った。


「うるさいなぁ〜」


 そこに、御神輝葉は立っていた。あの日と同じように、あの日と同じような場所に、立っていた。


「こんなところで大声で人の名前呼ばないでよ〜。誰かに聞かれたら、どうするつもり?」


 うんざりしたように、輝葉は言った。


 優樹菜は、体中が一気に熱を帯び始めるのを感じた。


「あんた……」


 優樹菜は爪が皮膚に食い込むほどに強く、拳を握りしめた。


「あんた……何したのよ」


「えー?なに?」


 輝葉は、首を傾けた。


「私、何かしたかなぁ?」


 その言葉を聞いた瞬間、優樹菜の中で煮えたぎっていた怒りの感情が、外に向かって溢れ出た。


「あんた、私の妹に何か言ったんでしょ?泣かせるまでのことしておいて、よくそんなことが言えるわね!」


 優樹菜は怒鳴った。


「葵だけじゃない。あんた、翼くんにも何かしたんでしょ?何やったのよ。早く答えなさいよ!」


「何って」


 御神輝葉は、笑った。


「私はただ、お話してただけだよ〜。少なくとも、あなたの妹ちゃんの方は───ね。傷付けるようなことなんて何も言ってないし、泣いたっていうのも、私のせいじゃない。それは、あの子が自分で自分を苦しめて泣いてるんでしょ?萩原翼くんの方は、ちょっとおちょくったけどね〜。でも、それもあの子の方が先に私のことを否定してきたからだよ〜」


 その言葉を聞いて、優樹菜はこれ以上はもう出ないだろうと思っていた苛立ちが、更に加速するのを感じた。


 ───この女は、自分がしたことを悪いだなんて微塵も思っていない。


 ただ、それを本人にぶつけたところで、涼しい顔で流されるだけだろう。


 優樹菜は、輝葉を睨みつけた。


「あんた……、何がしたいわけ」


 優樹菜は何とか冷静さを保とうと思った。感情に任せたまま、ただ言葉をぶちまけても、こいつには通用しない。


「私たちの前に現れて、それぞれに、それぞれを惑わすようなことを言って、何がしたいの……?あんたの望みは、何?」


 御神輝葉は「私の、望み」と、呟くように言った。


「確かに、私は何の目的もなくあなたたちに会いに行ってるわけじゃない。だけど、私が私の望みを叶えることは、あなたたちにとっても、決して無駄じゃないと思うな〜」


「……あんたの望みと私たちが望むことが、一致してるとでも言いたいわけ?」


 優樹菜は眉を寄せた。


「それはどうかな〜。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


 輝葉は微笑を浮かべた。


「それは、それぞれってところじゃないかな〜。現に、あなた以外の4人は、それぞれ違う答えを出してきた」


 輝葉は、その"答え"を思い出すかのように目を細めた。


「まず、清水蒼太くんは、"どうして自分に……?"って、そう言った。萩原翼くんは、"敵の言うことは聞きたくない"って言った。上村光ちゃんは、"そんな都合の良い話あるわけない"って言った。中野葵ちゃんは"何でも叶えられるの?"って言った」


 輝葉は、ふっと笑みをこぼした。


「私は、全員に同じことを聞いた。あなたの願い───」


「───私が叶えてあげようか?」───輝葉は、その言葉を、口にした。


 優樹菜は、じっと、その笑顔を見つめた。


「……みんなの願いを叶える───それが、あんたの目的だっていうの?」


 そう問いかけると、輝葉は、「さぁ?」と首を傾けた。


「あなたは、どう思う〜?中野優樹菜さん」


 優樹菜は、黙った。


 このタイミングで、この質問───御神輝葉が意図するものは、一体何だ。


「……あんたに、私たちの願いを叶えるような義理はないはずでしょ」


 優樹菜は答えた。


「あんたは、私とは昔に会ったことがあるけど、他の4人とは、全くの無関係のはず。それなのに、いきなり現れて、"あなたの願いを叶えてあげる"なんて言うことを、ただの親切心で言うような人間に、あんたは見えない」


 御神輝葉は、「あははっ」と可笑しそうに笑った。


「随分な言い様だね〜。ま、あながち間違ってはないけど」


 クスクスと笑いながら、輝葉は言った。


 優樹菜は表情を変えずに、「あんた」と目の前の少女を呼んだ。


「自分の目的を叶えるために、私たちに近付いて、私たちのことをそそのかすようなことをしてる───違う?」


 輝葉は今度は、「さぁ?」とは言わなかった。


 笑顔で、頷いた。


「そうだよ〜」


 何気ない口調で。それが、悪だとは一切思っていない様子で。


「私には、叶えたいことがあるの」


 御神輝葉は言った。


「でも、それは自分一人の力じゃできないから、お手伝いが必要なの。で、そのお手伝い役に最適だったのが、あなたたちだった」


「……"あなたの願いを叶えてあげるから、私の願いも叶えてほしい"……そういうことが、言いたいわけ……?」


「せいかーい。その約束を、あなたたち5人の中の誰かとしたいって思ったんだ〜」


 輝葉はにっこりと笑った。


「だけど、その誰かは、一人だけでじゅうぶん。だから、一人ずつ順番に会いに行って、約束してくれる子を見つけたかった───今のところ、それが叶いそうなのは、中野葵ちゃんと、それから───」


 輝葉は、優樹菜の目を見据えて、言った。


「中野優樹菜さん、あなたかな〜」


 ※


「……私……?」


 優樹菜は、そう、声を上げずにはいられなかった。


「そう、"あなた"」


 輝葉は微笑を浮かべて頷いた。


「あなたは、私に協力してくれるって、私は、そう信じてる」


 その言葉に、優樹菜は「は……?」と声を漏らした。


「あんた……それ、本気で言ってるの……?」


 優樹菜は、問いかけた。


「本気じゃなかったら、こんなこと言わないと思うけど?」

 

 輝葉は、肩をすくめた。


「でも……」


(あんたは……)


「私のこと……嫌いでしょ?」


 御神輝葉は、短い笑い声を漏らした。


「何を言うのかと思ったらそんなこと〜?何?"嫌いな相手と協力するの嫌でしょ"とでも言いたいの?」


 皮肉を投げかけるように言い、御神輝葉は嘲るように、優樹菜を見つめた。


「嫌いだよ」


 輝葉は言った。


「私は、あなたのことが嫌い」


 繰り返し言うことで、優樹菜の心をより深く傷付けるようとでもするように。


「でも、それとこれとは、別だよ〜」


 輝葉は、笑顔を取り戻した。


「私の望みを叶えるためにあなたが必要なら、私はあなたのことを頼る。あなたに、あなたの願いごとを願ってもらう。───そして、私は、それを叶える」


 優樹菜は、「どうして……?」と言葉を返した。


「あんたは、私が必ず、あんたに願いごとをするっていう確信があるの……?」


 輝葉は、すぐには答えなかった。


 ふっと微笑んだ後、僅かな間を作ってから、「あなたの妹ちゃんさ〜」と口を開いた。


「私に願いを叶えてほしいっていう方向に、結構傾いてるみたいだったから、私、"明々後日までに考えておいて"っていう約束したんだよね〜。だけど、その間に、考えが変わることはありえるし、あの子が必ず願ってくれるっていう確証は、どこにもない」


 優樹菜の頭の中に、小さく蹲って泣いている葵の姿が浮かんできた。


 よくもこの女は、あの子をあんな目にあわせておいて、あの子のことをこんなにも何気ない口調で語れるものだ───と、再び怒りが込み上げてきた。


 輝葉は優樹菜の怒りを察していながら無視するように、


「だけど、あなたは違う」


 真っ直ぐな視線を向けた。


「あなたは、絶対に、私に願う。絶対に、()()()()()()()()()()()


「だって」と、薄っすらと笑みを浮かべた。


「だって───あなたと私の願いは、同じだから」


 ※


 優樹菜は、体中にとてつもない疲労感を感じながら歩いていた。


 何も感じずに、ただひたすらに走っていたことへの反動が、今、訪れたのだろうか。 


(いや……)


 優樹菜は、息を吐き出した。


(それだけじゃない……)


 今、疲れきっているのは、体よりも、むしろ、心の方だ。


 葵や翼を傷付けたことへの怒りをぶつけてやろうと会いに行ったのに、精一杯の怒号は難なくかわされ、何の意味も奏さなかった。


 どころか、御神輝葉は、更に優樹菜の心を惑わすようなことを言ってきた───。



「明後日までに考えておいてほしいんだ〜」


 別れ際、御神輝葉はそう言った。


「あなたの願いごと。明後日の、このくらいの時間に、ここで待ち合わせしようよ。それで、答え合わせしよ?」


「答え合わせ……?」


 輝葉はにっこりと笑い、「そう」と頷いた。


「あなたの願いと私の願いが一致するかどうかの、答え合わせ」



 優樹菜は、息を吐き出した。


 もう今日は何も考えたくない、もう休ませてくれと、頭が懇願している。


 それでも、考えずにはいられない。


 考えることをやめてしまうことは、優樹菜にはできなかった。


 そしてそれが、新たな疲労になって優樹菜の肩に重くのしかかった。


 今は何時だろう───ぼんやりとそんなことを考えながら、夜の町を進む。


 葵たちは、もう帰っただろうか───。


 そう、思った時だった。


「あっ」


 聞き覚えのある声がした。


「ゆきさん」


 優樹菜は、立ち止まった。


 左を向くと、向こう側から、見覚えのあるシルエットが2つ、並んで歩いてくるのが見えた。


 歩いてきたのは、肩を下ろして深く俯いた葵と、その手を握っている光だった。


 葵は光の声で優樹菜のことに気付いたようで、はっとしたように目を上げた。


「優樹菜……」


 葵の、小さな唇が動いた。


 優樹菜は、妹の青い瞳を見つめた。


 その瞳は、深い悲しみと、罪悪感とを同時に写していた。


 そして、その中に、見る見るうちに、涙が浮かんできた。


「……ごめ……ん……」


 掠れた声で、葵は言った。


 優樹菜は、堪らなくなって、葵のことを抱きしめた。


「何で謝るのよ……」


 優樹菜は、震えきった葵の肩を撫でながら問いかけた。


「……だって……」


 葵は、「だって……、だって……」と泣き声を漏らした。

 

 今、腕の中で泣いている葵の姿を前に、優樹菜は、御神輝葉への怒りが、再び沸き上がって来るのを強く感じた。


 葵をこんな気持ちにさせておいて、あの女は、何の悪気も感じず、更には、追討ちをかけるようなことまで口にした。


("私は何もしてない"って、そう言った……)


 "泣いたっていうのも、私のせいじゃない。それは、あの子が自分で自分を苦しめて泣いてるんだよ"


 まるで、葵の自業自得のような言い方を、御神輝葉はした。


 優樹菜は、無意識の内に、首を振っていた。


(違う……。葵のせいじゃない……)


 "ごめん……ね……"


 "……たすけて……あげられな……て……"


 葵が漏らした言葉。


 あの言葉の意味を、優樹菜は、知っていた。


 そして───だからこそ、それを思い出させたのであろう御神輝葉のことが、許せなくて堪らない。


 光がそっと、葵の頭に手を触れた。


 優樹菜と目が合うと、光は、ほんの小さく、首を振った。


 優樹菜は、その仕草から、光も自分と同じ気持ちでいることを、知った。

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