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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第8章
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November Story18

輝葉のことを、"敵"と思うことができない蒼太に対し、勇人は───?

 蒼太は、はっと息を漏らした。


 輝葉の手ではない。彼女の手は、もっと柔らかくて、小さかった。


 何より、今、輝葉は蒼太の前に、後ろで手を組んだまま立っている。そして、その目は蒼太の後ろにいる人物へと向いていた。


 ぐい、と後ろに身を引かれ、蒼太はよろけそうになりながら振り返った。


「えっ……」


 蒼太は、目を見開いた。


「兄ちゃん……?」


 呼びかけても、勇人と目が合うことはなかった。勇人の目は、輝葉を向いていた。


「お前」


 勇人が輝葉を呼んだ。


「こいつに何吹き込んだ」


 輝葉は僅かに目を細めた。


「何も吹き込んでなんかいないよ〜。ちょっとお話してただけ」


「ね?」と、輝葉は蒼太を見て、にこっとした。


 蒼太は答えることができずに、その笑顔を見つめ返すことしかできなかった。


 勇人の手に掴まれた腕が、気のせいか、熱を帯びてきているような気がした。


「ていうか、勇人、よく私のこと見つけたね〜」


 輝葉は言った。


「ここに来たの、たまたまじゃないでしょ〜?私に会うのなんて、何も今すぐじゃなくてもいいじゃーん。言ったでしょ〜?"その内教えてあげるからね"って。"だから、それまで待っててね"って。私、別に何もしてないよ?勇人に関わるようなこと」


 その言葉の直後、蒼太は右腕に感じた熱が決して気のせいではないことを悟ることになった。


 骨に、ぐっと勇人の指が食い込んだ。


「痛っ……!」


 思わず、声が漏れ出た。


 しかし、その声は、勇人に気付かれなかった。


「俺の周り嗅ぎまわってんじゃねぇぞ」


 その言葉は、やはり、輝葉に向けられたもので、蒼太が勇人の声として聞いてきた中で一際、冷たいものだった。


 そして、その言葉を受けた輝葉は、すっと笑顔を消した。


「───"俺の周り"って、何?」 


 その声は、静かに、響いた。


「どうして私がそんな言い方されなきゃいけないの?」


 輝葉の、その瞳の鋭さに、蒼太は、目を見開いた。


「何で私のすること否定してくるの?私のすることは間違いだって言いたいの?私のこと信じてくれないの?」


 その矢継ぎ早な質問に、蒼太は心臓がゾワリと震えるのを感じて、「兄ちゃん……」と勇人を呼ぼうとした。


 しかし、声が出なかった。


「ひどいよ、勇人。おかしいよ、それ」


 その間にも、輝葉は声を発し続ける。


「あの日の約束のこと、勇人、忘れちゃったの?」


 輝葉の瞳は、真っ直ぐに、ただ、勇人1人だけを捉えていた。


「私は覚えてるよ。忘れたことなんかないよ。なのに、何で?」


 蒼太は腕の痛みとともに感じていたはずの熱が、徐々になくなっていくのを感じていた。


(呼ばないと……)


 心は焦るのに、喉は声の出し方を忘れてしまったままだ。


「私たち、"友達"なんじゃなかったの?」


 その輝葉の言葉と共に、腕の痛みに耐えられなくなった蒼太は、ぎゅっと目を瞑った。


 そうして、目を開いた瞬間、「兄ちゃん……!」と声が出た。


 ようやく───と言っていいのか蒼太には分からなかったが───勇人の目が蒼太に向いた。


 蒼太は、そこで「あっ……」と声を上げた。自分が勇人を呼んだ声が、懇願するような音を持っていたことに気が付いのだ。


「ご、ごめん……」


 蒼太は謝った。


「あの……、腕、痛い……」


 勇人の手が、蒼太の腕から離れた。


 その瞬間、また、蒼太の目の前に白い霧がかかった。


「───ごめんね〜、蒼太くん」


 その声に、蒼太は輝葉のことを見た。


 輝葉は首を傾けて、微笑を浮かべていた。


「君の前でやることじゃなかったね〜。嫌な気持ちにさせちゃった?」


 蒼太は「え……」と声を発することしかできなかった。それくらい、動揺が治まりきらないままだった。


「もう、私いなくなるから、安心していいよ〜」


 輝葉はそう言って、蒼太から、勇人へと視線を移した。


「勇人、もう、誰かから聞いた〜?」


 輝葉の目は、柔らかかった。


「私ね〜、"アイズ"のリーダーやってるんだ〜」

 輝葉は「でも、安心して?」と目を笑わせ

た。


「私は、誰かを殺したくてこんなことしてるわけじゃないから」


 輝葉は、その場から、姿を消した。


 不穏な言葉を残して、いなくなった。


 長く、息を吐きだす音がした。


 蒼太は、勇人を見上げた。


 勇人が吐き出した息は、蒼太のものとは違って、白くなって目に見えはしなかった。


「……兄ちゃん……」


 蒼太は、ほとんど無意識の内に、勇人の左手首を握っていた。


「帰ろう……?」


 勇人の手首は、蒼太の手よりも冷たかった。


 ※


 蒼太は少しだけ、勇人に嘘を吐いてしまった。


 あの場所から蒼太の家に向かう方向と勇人の家に向かう方向とは真反対で、蒼太にとっては自分の家に後10分も歩けば着いていた。


 だが、蒼太は咄嗟に、「街の方に用事あるの思い出した……」と口に出し、今は、勇人の家の方向に向かって歩いていた。


(本当は……、用事なんてないのに……)


 蒼太は心の中で呟いた。


 そのことは、もしかしたら勇人に悟られているかもしれないと思いながら、蒼太は視線を上げた。


 勇人と目が合うことはなく、勇人が何を見ているのかさえ、分からなかった。


「兄ちゃん……?」


 蒼太は、そっと呼びかけた。


 聞こえているのかいないのか、勇人は蒼太のことを向かなかった。


「あの……、ごめん……ね……」


 届くように言ったはずなのに、勇人の視線は、時分を向かないままだ。


 蒼太は目を伏せて、今度は、自覚できるほどに小さな声で、「……ごめんね……」と呟いた。


 視線の先に見えるのは、とぼとぼと頼りなく動く自分の靴の爪先だけで、蒼太はそれ以上、何を言っていいのか分からなくなった。


 そうして、口を閉ざすしかなくなった蒼太の頭上で、勇人が僅かに視線を動かす気配がしたのは、それから数秒経ってからのことだった。


「……何に対して言ってんだよ」


 勇人の声に、蒼太は、視線を上げた。


「え……?」と、声が漏れた。


 そして、気が付いた。


 "ごめんね"───確かに、今、自分は、そう言った。しかし、それが、勇人への何に対しての謝罪だったのか───自分はそれを分からずに、その言葉を口にしていたのだと、気が付いた。


(何に…、対して……?)


 蒼太は、勇人の問いを頭の中で繰り返した。そして、自分で自分に、同じ言葉を問いかけた。


(ぼく……、どうして……、兄ちゃんに"ごめんね"って言ったの……?)


 御神輝葉のことは気にするなと言われたのに彼女のことを考えずにはいられなかったから?勇人の知らないところで輝葉と会ったことを隠そうとしていたから?それとも、他の理由で?


 ───分からない。


 蒼太の中に出た答は、それだけだった。


「……わかんない……」


 蒼太は胸がぎゅっと痛むのを感じた。


「……ぼく……、不安なんだと思う……」


 蒼太は、ぽつりと、そう打ち明けた。


「あの人……御神輝葉さんのこと……どう思っていいのか、分からなくて……」


 蒼太の頭の中に、御神輝葉の本心を読み取ることのできない微笑が浮かんだ。


「でも……みんなは、あの人に……傷付けられたり、嫌な気持ちにさせられたって……、そう言ってて……。……だったら、あの人のことをどうにかしないといけないって、そう……思うけど……」

 蒼太は、ぎゅっと、悴んだ指先を握りしめた。


「その方法も……分からなくて……。分からないことだらけで……、ただ……"ASSASSIN"が良くない方に傾いちゃってるって……それだけが分かるのが……、"ASSASSIN"のこれからがどうなるか分からないのが……、怖い……」


 息が、震えた。


 打ち明けた言葉に、答は、すぐには返って来なかった。


 しばらくしてから、「……お前」と、勇人が口を開いた。


「どこまで行くんだよ」


 その言葉に、蒼太は「えっ……?」と声を上げて、勇人のことを見た。


 そして、ちょうどその瞬間に勇人足を止めたことに気付いて、後ろを向いた。


「あっ……」


 そこには、勇人の家があった。


「あ……え……ええと……、ごっ、ごめん……」

 蒼太は、慌てた。

「ぼ……ぼく、帰る……ね……」


 どう考えても不自然な言動と行動であったが、蒼太はあたふたと歩いてきた道に体を向けた。


「───気にすんなよ」


 その声に、蒼太は、はっと足の動きを止めた。

 振り返ると、勇人と、目が合った。


 勇人は僅かに、間を作った後、


「お前らにとって、あいつは他人だろ」


 静かに、そう言った。


「他人の言うことなんか聞くな」


 蒼太は、その言葉に、言葉を返すことができなかった。


 勇人の赤い目を、見つめ返すことしかできなかった。


 冷たい風が、蒼太の首筋を流れていった。

 蒼太はそこで、自分の身体が冷え切っていることに気が付いた。


 ただ、一箇所だけ───左腕の一部分だけが、微かな熱と痛みを残していた。

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