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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第8章
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November Story17

崩れていく、メンバーとの日常。

この先、どこに向かうべきかと苦悩する蒼太の前に、再び、御神輝葉が現れ───?

 蒼太は一人、すっかり暗くなってしまった帰り道を歩いていた。


 ふと、「お父さんに遅くなること連絡しておけばよかったかな……?」と思ったが、そういえば、今日は仕事で帰りが遅くなると父が言っていたことを思い出した。家に着いたとしても、まだ、父はいないかもしれない。


 海岸沿いの道を抜けて、街中に差し掛かると、すれ違う人々が蒼太のことをチラリと見ながら歩いていくようになった。


 小学生からすれば、この時間は、下校には遅すぎる。それに、蒼太が歩いてきたのは、学校から真反対の方向だった。「この子、どこから歩いてきて、何をしに行った帰りなんだろう?」───受ける視線に、そう問いかけられているような気がして、蒼太は視線を更に下に向けた。


(ぼく……)


 蒼太は足元を見つめた。


(何しに行ったんだろう……?)


 そんなことを考えるのはおかしいと自分で思いながらも、そう思わずにはいられなかった。


 いつも通り、本拠地に行って、メンバーと会って、帰り道を共にして、「また明日ね」と約束をする───いつも通りの、はずだったのに。


 翼が活動を休んだ。


 優樹菜に不安を打ち明けられた。


 帰ってきた葵が泣いていた。


 御神輝葉に会ったのだと光が言った。


 勇人は本拠地に戻ってこなかった。


 そして今、蒼太は一人ぼっちで帰り道を歩いている。


 これが、いつも通りのわけがない。


 今日の"ASSASSIN"に、いつも通りは存在しなかった。


(どうして……、こうなっちゃったんだろう……?)


 蒼太は自分の足の動きが遅くなっていくのが分かった。


(誰かと誰かが喧嘩したわけでも、大変な依頼が来たわけでも、大きな事件に巻き込まれたわけでもないのに……)


 蒼太は無意識の内に、「どうして……?」と呟いていた。


 そして、自分のその声に、はっとして足を止めた。


 視線を上げて、蒼太は、「えっ……?」と声を上げた。


 真横にあるのは、今にも崩れそうな木製の家屋。


 蒼太はそれに、微かな見覚えがあった。


「ここ……」


 蒼太は辺りを見回した。


「あの時の……」



「キャアッッー-!!」


 という女性の悲鳴が聞こえてきたのは、その時だった。


 蒼太が聞いたことがないような、凄まじい悲鳴だった。


 蒼太は声がした方に向かった。


 そこは、家と家の間の狭い路地だった。


 蒼太は、その光景を見た瞬間、息が止まり、足が動かなくなった。


 血だらけの女性が仰向けになって倒れている。


 女性の前には大柄な男性が立っていた。


 蒼太は恐怖と衝撃で、その場に立ち尽くすことしかできない。


 高く振り上げられたナイフは女性の胸元を直撃した。



 あれから7ヶ月の間に、蒼太はこの道を通らなくても他に家に帰れる道があるということを知り、以来はそちらの方を選ぶようになっていた。この道を利用した方が家に着くまで近道で時間の短縮になるのだが、あの時のことを思い出すのが怖いと蒼太は避けるようになったのだった。


 だというのに、考え事をしている内に、こちらの道に来てしまったようだ。


(引き返そうかな……)


 蒼太は後方を振り返った。


 そこに、人影は見当たらない。


 だが、進む道を見つめると、そこは振り返った場所よりも真っ暗で、その先に何があるのか見ることができない。


(引き返そう……)


 そう思って、足を踏み出した時───


「待って」


 左腕を柔らかい手に掴まれた。


「いなくならないで」


 蒼太は、声の主を見つめた。


 相手が誰なのか、分かりたいのか分かりたくないのか、分からない内に、見つめてしまった。


「お話しようよ、蒼太くん」


 御神輝葉は、そう言って、薄っすらと微笑んだ。



「この前、君に言い忘れたことがあったの思い出したんだ〜」


 空き家と空き家の間の、細い路地の中で、御神輝葉は振り返った。


「人の命に関わること以外なら、何でも一つ願いを叶えてあげるって、私、君にそう言ったよね〜?」


 蒼太は、頷くことができなかった。頷いては───この人の言葉を肯定しては、いけない気がした。


「でもね〜、私、大事なこと言ってなかった〜」


 輝葉はそう言って、


「見た方が早いから見せるね〜」


 と、右腕を掲げ、パーカーの袖をを捲りだした。


 現れたのは、雪のように白くて、枝のように細い腕だった。 


 蒼太は、はっと息を呑んだ。


 暗い空を背景にして、輝葉の白い腕が浮かんだ。


 その中には、赤い線が幾つも浮かんでいた。


 輝葉は、にっこりと笑った。


「リスカしたみたいでしょ?結構痛いんだよ〜、これ」


 蒼太は、言葉を失った。輝葉が放った言葉の内容に対してではない、その言葉を、笑顔で語る彼女に対して。


「これはね〜、私が、()()()()()能力を使ったことへの代償なの」


「代償……?」


「そう、代償」


 輝葉は笑顔のまま頷いた。


「私の能力にはね、代償が必要なの」


 輝葉は右腕を掲げたまま言った。


「叶えた願いの大きさが大きければ大きいほど、代償も大きくなる」


 輝葉はチラリと、自身の痛々しい傷を見つめた。


「これは全部、ここ1週間でできた傷。この1週間、私は小さな願いを叶え続けた。会いたい人の居場所を突き止めるとか、行きたいところに行くとか───そういう些細な願い事は、これくらいの傷で済むの。この傷を治すことはできるけど、それも結局、能力でやることだから、治した後でまた一つ、新しい傷が生まれることになる。それだったら溜め込んでから一気に治した方が効率いいでしょ〜?だから、今はこうして放置してるの」


 輝葉は薄っすらと笑って、腕を下ろした。


「それは、私が誰かの願いを叶える時も、同じこと。私に願ったその人は、必ず、代償を請け負うことになる」


 "必ず"───それが決して揺らぐことのない言葉だということを強調するように、輝葉は言った。


「些細なことだったら、今見せたみたいな小さな傷くらいで済むけど、非現実的であればあるほど、信じられないほど過酷なものになる───それが、私の能力がもたらす代償」


 輝葉は背中に手を回した。蒼太に見せた腕の傷を「もう見せない」とでも言うように。


「その内容は、必ず"傷を負う"ことになるわけじゃない。叶える願いが大きいほど、傷が大きくなるっていうわけじゃない。身体的な影響だとは限らないの。とにかく、自分が"不幸"になること、全般」


 輝葉はそこまで言い切って、ふっと微笑んだ。


「どうしてこんな大事なこと言い忘れてたんだろうね〜、私」


 輝葉の笑顔を見つめて、蒼太は、激しい胸騒ぎを覚えた。彼女は、自身の能力がもたらす代償について、今まで話すのを忘れていたのではなく、敢えてしないようにしていたのではないか───そんな気がして、ならなかった。


「それを踏まえて、願い事考えてほしいんだ〜、蒼太くん」


 首を傾けて、にっこりと笑う。


「今月中までの間に。っていっても、まだまだあるからさ〜、ゆっくり考えてみて?自分が今、一番望むものは何なのか、それは、どれくらいの代償が必要そうなのか、自分はそれを叶えるためにその代償を支払えるのか」


 蒼太は、輝葉の顔が、ぼんやりと上がってきた白い霧の中に隠れるのを見た。


 気が付くと、それは、自分が吐き出した息が作り出したものだった。


 蒼太は不意に、不思議な感覚に襲われた。


 どうして───ぼくは、今、ここにいるんだろう。


 何故自分はこうして、御神輝葉の言葉を聞いているのだろうか。


(この人と、一緒にいていいの……?)


 11月5日のあの夜、家の庭で出会った時には見えなかった、彼女の姿を、今の蒼太は知ってしまっている。


 伝説として恐れられた殺し屋、御神有馬の娘であること。


 御神有馬の跡を継いで殺し屋組織の指導者になったということ。


 優樹菜は小学生の時、彼女のことを嫌っていたということ。


 そして、彼女も優樹菜を嫌っているらしいということ。


 翼が活動を休んだ理由には、彼女が関係しているかもしれないということ。

 

 彼女が、葵と光に対して、「願いを叶えてあげる」という話を持ちかけられ、その過程で、葵が、過去の出来事を思い返してしまったこと。


 ───それらを、蒼太は知ってしまった。



 ───この人は、ぼくたちの、敵なんだ。


 ───この人は、ぼくの大切な人のことを傷付けたかもしれないんだ。



 そう、頭では思うのに───蒼太は、今、目の前にいる御神輝葉に、恐怖や嫌悪感が湧いてこない自分に、呆然としていた。


(……どうして……?なんで……?)


 怖がらなきゃいけないはずなのに。酷い人だって思わなきゃいけないはずなのに───そう思えないのは、何故なのだろう。


 その時───右腕に、誰かの手が触れた。

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