November Story15
葵と光、2人のもとに現れた輝葉は、2人の過去について、見透かしたように語りだす───。
「早くも作戦しっぱーい」
御神輝葉は言った。
「一人一人、別の場所で会うべきだったみたいだね〜。そこまでの子だとは思ってなかったー」
("そこまで"……?)
光は、輝葉に視線を向けられた葵を見た。
葵は「え……?」と、その瞳に困惑の色を浮かべていた。
「ま、いーや。2人同時に済むんだったらむしろ好都合だし」
御神輝葉は言った。
「だけど、あなたたち、もう、私のこと警戒してるみたいだね〜。蒼太くんと中野優樹菜さんからだけじゃなくて、萩原翼くんからも何か聞いたの〜?」
その言葉に、光は目を見開いた。
「萩原くん……?」
漏れ出た声は、呆然と響いた。
「萩原くんに……何かしたんですか……?」
御神輝葉は目を細めて笑った。
「さぁ?それは、本人に聞いてみたら〜?」
はぐらかすような答え方をされ、光は、目を見張った。
この人は、萩原くんに何かしたんだ───。
「1人ずつの予定が、2人同時になったとこだし、あなたたちとは、ゆっくりお話してあげる。次の予定まで暇なんだ〜、私」
御神輝葉はそう言って、「上村光さん」と、光のことを見た。
「まずは、あなたたから始めよっかな〜」
輝葉は薄っすらと口元に笑みを浮かべた。
「あなたは、見るからに真面目な性格だってことが分かる。決められたルールは当たり前に守るし、人に迷惑が掛かるような行動は絶対にしない」
輝葉は見据えるように光を見つめている。
「頭の回転が早くて、機転が利く。勉強も運動も得意な上に更に努力を重ねる、絵に描いたような優等生」
光はじっと、輝葉の言葉に耳を傾けていた。
そうして、探ろうとした。
この人は一体、これから何を言うつもりなのだろうか───。
御神輝葉は、にっこりと笑った。
「うらやましいな〜」
感情の感じられない声で、輝葉はそう言った。
「褒められてばっかりの人生でしょ〜?周りの大人たちから」
「うらやましい」と、輝葉は繰り返し、
「だけど、大人以外───例えば、同年代の子からはどうかな〜?」
そう、首を傾けた。
「あなたのクラスメート───あなた、クラスの中に、友達って呼び合える存在、いる〜?」
葵が自分を見つめる気配を感じながら、光は黙ったまま、御神輝葉を見つめ返した。
「いないよね〜」
輝葉は、最初から答が分かっていたかのように、微笑した。
「みんながあなたみたいな優等生だとしたら、あなたはその中で浮いたりしないんだろうど、実際は、そうじゃないみたいだね」
輝葉は言った。
「あなたは学校という社会の中で、色んな方向から、色んな見方をされている。あなたの周りには、"何でもできてすごい"、"自分とは住む世界が違う"───そういう、尊敬の目であなたを見てる子もいるだろうし、"真面目すぎてつまらない"、"ああいう奴を見てると無性にイライラする"って、言いがかりを付けてくる連中もいるはず。両者があなたに対して言っていることは、まるで違う風に聞こえるけど、蓋を開けてみれば、どっちもあなたを孤立させる言葉に過ぎないの」
輝葉の言葉に、光の頭の中に、これまでの学校生活のことが浮かんできた。
馴染めないクラス、チームメイトから虐げられる部活動───学校という場所は、光にとって、決して楽しいものではなかった。
それは、今でもそうかもしれない。
部活をやめて、人から悪口を言われる機会は減ったが、変わらず、クラスに仲のいい友達を作ることができず、それが学校生活における弊害になることも少なくない。
心を開ける子が、日々の些細な出来事を話せる子が、クラスの中で1人でもいてくれたら───そう願う瞬間だって、確かにある。
ただ───それを、目の前の少女に、「私はあなたのことを全て知っている」と物語るような瞳で言われても、光は、何の痛みを感じなかった。
この人は、この先に、何を言うつもりなんだろう───光は、ただ、じっと、御神輝葉のことを見つめた。
「次に、中野葵ちゃん」
輝葉は、光に対しての話に、結論を付けることのないまま、葵の方に目を移した。
「あなたは、明るい性格で、好奇心旺盛。何事も、考える前に行動に移すタイプ。でも、その反面、心配性でしょ〜?」
輝葉は真っ直ぐに葵の姿を見つめていた。
「あなたは、今みたいに急に連絡が取れなくなるとか、"行ってくる"って出ていった後、その人が長いこと帰ってこなかったりとかしたら、どうしようもないく不安になっちゃうんじゃない?"何かあったんじゃないか"って。さっき、光ちゃんと連絡が取れなくなった2分後に瞬間移動で戻ってきたのがその証拠だね〜」
葵が目を見開き、体を硬直させる気配を、光は感じた。
「それは───あなたの昔の経験に繋がってるみたいだね〜」
輝葉は、僅かに微笑を浮かべた。
「そして、その経験は、あなたの心に傷を負わせた。その傷は、まだ治ってない。どころか、日を追うごとに深く、痛くなっていってる。あなたが成長するにつれて、あなたが"あの時すべきだったこと"について、理解できるようになって、後悔が深まっていくのと同時に───ね」
葵が深く息を呑んで、後ずさった。
その拍子に、葵の身体と屋上を囲む柵が接触して、ガタンと鈍い音を立てた。
光は、「あおちゃん」と、その肩を両手で包み込んだ。
葵の肩は、小刻みに震えていた。
「もし、あなたたち2人が」
御神輝葉は、言った。
「"今の状況を変えたい"とか、"過去を変えたい"とか、そう願うんだったら」
首を小さく傾けて、御神輝葉はにっこりと笑った。
「私、それ、叶えてあげること、できるよ〜」
葵が、はっと目を開いた。
「あなたの願い、私が叶えてあげようか?」
輝葉の言葉と同時に、光と葵の間をすり抜けるように、一際冷たい風が吹いた。
2つに結った葵の髪の毛が、巻き上がって光の手に当たった。
「……それ……って……」
葵が呆然とした様子で、口を開いた。
「それ……って、なんでも……?なんでも……なの……?」
その目は、御神輝葉に向けられていた。
「不死身になりたいとか、人を生き返らせたいとか、命に関すること以外なら、何でもおっけーだよ〜」
輝葉は淡々とした口調で答えた。
「あなたの場合、そうだね〜、"あれ"を"そうじゃなかった"ことにしたい、とか。そういうことなら、余裕でできるよ〜」
「あおちゃん」
光は葵の肩を握った指に力を込めた。
「この人の言うこと、聞いちゃだめ」
光は葵だけを見つめて語りかけた。
「ちょっと〜、何勝手なこと言ってるの〜」
すぐさま、輝葉は言い返してきた。
光は輝葉に鋭い視線を向けた。
「あなたの話には、信憑性が欠けています。知り合ったばかりの私たちの願いを叶えてくれるなんて、そんな都合のいい話、あるわけありません」
そう言い切ると、輝葉の目の色が、変わった。
「あなた、可愛くないね〜」
冷たさを孕んだ声で、輝葉を言った。
「決め付けたような言い方しないでよ〜。誰も、タダで叶えてあげるなんて言ってないし〜」
「ま、いいや」と、輝葉は光から目を逸らした、
「あなたとは、もうお話したくなーい。中野葵ちゃん、私の話、しっかり聞いておいた方が得だよ〜?」
そう言って、にこにことした表情を葵に向ける。
「願いを叶えてあげる───この話の続きが気になるんだったらさ〜、並木道に来て〜」
「並木道……?」
聞き返した葵に、輝葉は「調べたらわかるよ〜」と答えた。
「この町に、並木道は1ヶ所しかないから〜。約束は、今日から明々後日の間までにしよ〜。時間は自由で〜。そっちの都合に合わせるよ〜」
御神輝葉はそう言って、2人に、背を向けた。
そうして、数歩進んだところで、「あ、そうだ」と振り返り、
「ここで私と会ったことは、勇人に話してもいいよ〜。たぶん、そろそろ戻ってくる頃だと思うから〜」
御神輝葉は、笑っていた。
「そうしたら、ついでに伝えておいて〜。"探そうとしてくれてありがとう"───って」
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