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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第8章
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November Story13

"ASSASSIN"に接触しようとする輝葉の影響を受けた、メンバーたちの間に、暗い空気が流れ始め───?

「今日は、男の子に会いに行ってきたよ〜」


 主の言葉に、寿樹は耳を傾けた。


「年齢の割に落ち着いてて、そのへんにいる大人よりもずっと賢い子」


 ここ数日、主は寿樹の知らない人の話をする。寿樹は、主の言葉の断片からその人物の姿を想像すると

 いうのが習慣になっていた。


「でもね〜、私の期待に沿ってくれるような感じでは、なかったかな〜」


 主はティーカップの中でティースプーンをくるくるとかき回しながら言った。


「だから、ちょっとイジメてきちゃった〜。そうしたら、結構食らわせちゃったみたいだったね〜」


 主は紅茶を一口、飲んだ。


「その子ね〜、実の親から虐待されてたみたいだよ〜」


 主は言った。


「力よりも言葉の暴力の方が大きかったんだろうね〜。まだ心が育ちきってない時に散々自分の存在悪く言われて、それがあの子の中に刻み込まれてのめり込んでる。それは絶対消えることはないし、どんなに気にしないふりしてたって思い出す瞬間は必ずやってくる」


 寿樹は主の横顔を見つめた。その瞳はテーブルの上に置かれた蝋燭に向けられていた。


「だったら、それを"消したい"って願ってもいいはずなんだけどね〜」


 主は窓の方に目を向けた。


「それをしないのは、殺し屋に恨みがあるからみたいだよ。あの子はきっと、あの5人の中では一番、殺し屋のことを嫌ってる」


 寿樹は、その言葉に首を傾けた。


 5人───主のこれまでの話を整理すると、主がかかわりを持とうとしている"ASSASSIN"のメンバーは、全員で6人のはずだ。


 それなのに、1人を抜かすのには、何か理由があるのだろうか───。


 そう考えて、寿樹ははっとした。


 "私がいつも話す人はね、私にとって、はじめてできた友達なの"


 "あの子と過ごした時間は、ほんの短いものだったけど、それでも、私の中の最大の宝物なの"


 ───5人の中に含まれていないのは、"あの人"だ。


 主は、5人と"あの人"を同じ枠に入れたくないのだ。


 何よりも大切だからこそ、彼をただ一人の特別として思っていたいのだ。他の5人は、そこに至らない存在なのだ。


 寿樹には、分かった。


 今、目の前に座っている主に対して寿樹が抱く感情が、まさにそのものだから───。


「後、3人、かな〜」


 主が呟くように言った。


「その内、まだ会ったことない子が2人。その中の1人はすぐに引っかけられそうだけど、もう1人はどうかな〜?明日はそのどっちかに会いに行ってくる。でもまあ、あんまり期待はしないかな〜」


 独り言のような主の言葉を寿樹は聞いた。


「けど、それでもいいの」


 主はそう言って微笑んだ。


「本命は残しておいてあるからね〜。楽しみなことはー番最後に取っておいた方がいいって、よく言うでしょ?」


 ※


 月曜日。


 この日、翼が活動を休むことになったという知らせに、蒼太は大きく驚くことになった。


 昨日会った時は、風邪を引いているとか、体を悪くしたとか、そんなことは見受けられなく、いつも通りの様子に見えていただけに、「どうしたんだろう……?」と考えずにはいられなかったのだ。


「私も、詳しいことは分からないんだけど……」


 そう語った優樹菜も、困惑したような様子だった。


「ただ、"明日は必ず行きます"って……」


「明日……取調の予定、だから……?」


「そうだと思うんだけど……"無理はしないでね"って伝えたから、もし、翼くんが明日も来れないようだったら、日にち、ずらしてもらうようにするね」


「……わかり、ました……」


 蒼太は優樹菜の言葉に頷いた。


 今、オフィスにいるのは、蒼太と優樹菜の2人だけだった。


 今日の全体の予定は、解決班が依頼解決で、受信班と取調班の仕事は予定されていなかった。


 そのため、解決班の3人が戻ってくるまでの間、2人はこの場所で待っているということになった。


「あっ……あの、優樹菜さん……」


 蒼太は優樹菜に聞こうと思っていた質問を思い出した。


「"あのこと"って……社長には……?」


 問いかけると、優樹菜はすぐに思い当たったように、「ああ……」と声を上げた。


「社長には……この後、私から話そうと思ってる。さっき部屋覗いてみたんだけど、出かけてるみたいだったから、戻ってきてから……」


 蒼太は「そっか……」と思って、こくりと頷きながら、優樹菜の目に不安の色が浮かんでいるのを見て取った。


(優樹菜さんも……、なんだ……)


 蒼太は、目を伏せた。


 御神輝葉───浮かぶのは、彼女のことだ。


 彼女が現れたことで、彼女の存在が自分や周りの人間に及ぼす影響を想像して、そこに確かな答など存在しないのに、考えることはやめられない───優樹菜も、自分と同じなのだ。


「蒼太くん」


 優樹菜に呼ばれて、蒼太は伏せていた視線を上げた。


 目が合うと、優樹菜は僅かに躊躇うような視線を見せた後、「……蒼太くん」と、再び蒼太のことを呼

 んだ。


「あの子───輝葉ちゃんと、話した時」


 優樹菜は言った。


「ひどいこと、言われなかった?」


「ひどいこと……?」


「うん」と、優樹菜は頷いた。


 蒼太は御神輝葉とのこれまでの会話の内容を頭の中で辿った。


「いや……」


 蒼太は首を振った。


「"ひどいこと"は……言われてないです……」


 優樹菜は何処か安堵したように、「そっか……」と答えた。


 蒼太は優樹菜の目を見つめた。


 そして、その瞳の中に、何かが隠れているのを感じた。


「……優樹菜さん、は……?」


 気付けば、蒼太は呼びかけていた。


「優樹菜さんは……、何か……言われたんですか……?」


 思えば、蒼太が迷う間もなく、ここまで踏み込んだ質問をしたことは、今までにないことだった。


 だからか、優樹菜は僅かに驚いたような目を見せた。


 そして、その直後に、目を伏せて、「……うん」と頷いた。


「何か……大きい一言を言われたわけじゃないんだけど……、一昨日の、あの子の言葉に、引っ掛かるところがあって」


 優樹菜は言った。


(引っ掛かる……こと……?)


 蒼太が心の中で問いかけると、優樹菜は「……私ね」と、ぽつりと声を漏らした。


「小学生の時……、あの子のこと、嫌ってたの」


 優樹菜は、静かな声で、そう言った。


「でも……それくらいのことをされたからとか、気に入らない部分があったとか……そういうわけじゃなくて……」


「ただ……」と優樹菜はテーブルの上で指を組み合わせた。


「ただ……私が勝手に、あの子に嫉妬してたの」


「……嫉妬……?」


 蒼太は、優樹菜が言った言葉を、聞き返した。


「……今思えば、つまらないことなんだけどね」


 優樹菜はそう、ほんの小さく、微笑んだ。


「小学生の時のあの子は……たぶん人と関わるのが苦手な子で、私は出会ってすぐ、この子と仲良くなりたいって思って、たくさん話しかけてたんだけど、あの子は、私に対して、ビクビクしてるっていうか、全然、心を開いてくれない感じで……」


 そう言った優樹菜の瞳には、後悔の色が浮かんでいた。


「それが、"私だけじゃない"って感じた時、かな……。あの子のこと、"嫌だな"って思ったの」


 優樹菜は言った。


「あの子……輝葉ちゃん、矢橋くんと話してる時は、私と接する時と違って、声色も明るいし、よく話すし、よく笑ってた。……それも今考えたら、先に仲良くなったんだからあたりまえのことだって、そう思うんだけど……私は、それを見るのが、どうしようもないくらいに嫌だった」


 優樹菜は心の内側に張り付いて離れないでいたものをゆっくりと削ぎ落とすように、言葉を発した。


「"どうして私には"とも思ったし、私……2人の間に割って入るようなことできなくて、2人が話してる時は、ずっと黙ってた。それで……自分一人だけいるのにいないような存在でいなきゃいけないことに、すごく、もやもやしてたの」


「その内に……」と優樹菜は呟くように言った。


「私、何やってるんだろうって、そう思うくらいに、3人での空間が、苦しくなった。……だから、私は、一人で離れた」


 蒼太は、何と答えていいか分からず、どんな表情でいたらいいのかも知れずに、ただ、優樹菜のことを見つめるしかなかった。


「私……それから、"あの子がいなかったら"って……何度も思った。あの子がいなければ、私はこんなに悩むことなんかなくって、私はあのまま……あの場所にいれたのに……って」


 優樹菜は僅かに口を噤んでから、「……でも」と声を漏らした。


「あの時……離れたことが正解だったのかもしれないって、一昨日、あの子に会って、少し、思ったの」


 優樹菜はゆっくりと、瞬きを繰り返していた。


「あの子の言葉を聞いて……あの子も、私があの子のことが嫌ってたのと同じくらい……私のことが嫌ってたって、分かったから……」


 優樹菜は苦しい気持ちを吐き出すように、そう言った。


「たぶん、あの子には、私があの子のことを"嫌い"って思ってることが伝わってたんだと思う。……それに、私と同じように、"あの子がいなければ"って、そう……思ってたんだと思う」


 優樹菜は繋ぎ合わせた指の間を見つめていた。


「でも、今は、それは当然だと思うし、あの子に嫌われるきっかけを作ったのは、私だって分かる。……私は、あの2人の関係を妬んで、それが終わればいいのにって願って、邪魔したかっただけだから……」


 優樹菜の声は、消え入るように、小さくなっていった。


 蒼太は、その間、ただ、優樹菜のことを見つめることしかできなかった。


 何を───何て、答えてあげたらいいのだろうか。


 どうしたら、優樹菜はいつものように、優しく笑ってくれるのだろうか。


 早く───言葉を探さないと。


 でないと、優樹菜は、今、自分に打ち明けてくれた気持ちを、また優樹菜の中に閉じ込めて、もう、それを外に向けることは、ないのかもしれない───。


 それは───だめだ。


 言葉が見つからないまま、蒼太が「優樹菜さん……」と声を発した時───だった。


 ドアを隔てて、少し離れた場所から、葵の泣き声が聞こえてきたのは。

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