November Story11
私、女の子に会ったの───優樹菜の告白に、メンバー全員が、御神輝葉の存在を知る───。
日曜日。朝10時。
蒼太は、昨夜、優樹菜からの電話であった通り、本拠地へと向かった。
本来、今日は活動が休みの日である。
それが昨日の夜9時になって、「明日、本拠地に来てくれない?」と、電話越しに告げられたのだ。
蒼太はそのことに加え、優樹菜と葵から「一緒に行こう」と誘われなかったことを不思議に思いながら家を出た。
蒼太が本拠地に着いたのは10時半ちょうどのことで、オフィスには優樹菜と葵、翼が既に到着しており、直後に光がやって来た。
(後は……兄ちゃんが来たら……)
蒼太はそう思いながらドアの方を向いたが、「急に呼び出してこめんね」という声に、優樹菜に視線を移すことになった。
「今日、みんなに集まってもらったのは───」
「えっ?優樹菜?」
葵が首を傾けた。
「まだ、勇人来てないよ?」
優樹菜は葵を見て、ほんの一瞬、答に迷うような目をした。
「───いいの、それで」
優樹菜は、答えた。
「へっ?」
葵が目を丸くした。
「矢橋くんは、今日、呼ばなかった」
その言葉に、蒼太は思わず、いつも勇人が座っている席に視線を向けた。
今はそこに、誰もいない。
「待って。……今から、説明するから」
優樹菜が部屋に走った静かな動揺を抑えるように右手を上げた。
しかし、その目には、誰よりも強い緊迫の色が浮かんでいて、蒼太に、優樹菜がこれから語る話が、只事ではないことを察しさせた。
「昨日……私、女の子に会ったの」
優樹菜は、そう語り出した。
「その子とは……小学生の時に、何回か会ったことがあるくらいの関係で……」
優樹菜は、その"女の子"のことをどう説明しようか、慎重に言葉を選んでいるような様子だった。
「元々は……矢橋くんが私に紹介してくれた"友達"だったのね」
"友達"───その言葉を聞いて、蒼太は、目を見開いた。
"私たち、"友達"なのに"
ある少女の声が、頭の中に蘇る。
「だから、私との関係は薄くて……でも、私、ずっと、その子のこと、覚えてはいたの。何ていうか……その子の見た目と名前が、すごく……"特徴的"だったから」
蒼太は、ドクドクと鼓動が鳴る音を聞いた。自分の心臓の音だった。
「言葉で説明できないような……綺麗な色をした、髪と目をしてて……。名前が……」
「……輝葉」
蒼太が、無意識の内に呟いた声と、優樹菜の声が、重なった。
「えっ……?」
優樹菜が、驚愕の目を、蒼太に向けた。
「蒼太くん……?」
4人の視線が一斉に集まり、蒼太は「あ……」と声を上げた。
「あっ……、ええと……」
蒼太は、視線を泳がせた。
「じ、実は……」
そこで、蒼太は、御神輝葉との出会いから、今までのことをメンバーに話した。ただし、一つだけ───輝葉とした、"約束"のことだけは、口にすることができなかった。
「黙ってて……ごめんなさい……」
蒼太は謝った。
「みんなに話していいことなのか……分からなくて……」
「そんな!謝ることないよ!」
葵が、ぶんぶんと首を振った。
「蒼太、あたしたちが不安にならないように、黙っててくれたんだよね?大丈夫!あたしたち誰も蒼太のこと責めたりしないから」
蒼太は「ありがとう……」と答えて、優樹菜を向いた。
優樹菜は蒼太が説明をしている間、何も言わずに、ただじっと、話を聞いていた。
優樹菜は、強張った目付きをしていた。
その目は、蒼太に向けられたものではなかったが、蒼太は思わず、ドキリとした。
「……私も」
優樹菜は静かに口を開いた。
「私からも、説明するね」
その目はやはり、強張ったままだった。
※
「なるほど……」
優樹菜の説明の後、翼が、静かに頷いた。
「"勇人には秘密にして"……かぁ……」
葵が呟くように言った。
「だから……勇人くんのことは、呼ばなかったんですね」
光の言葉に、優樹菜は「うん……」と頷いた。
「その子……輝葉ちゃんが、どうして、みんなに自分のことを話してほしいって言ったのか、それは、分からないけど……」
優樹菜は言った。
「でも、約束を破ったら、"良くないことを起こす"って、そういう言い方してたの、あの子。それに……気になるのが」
「……"あなたたちの敵の指導者"」
翼の言葉に、優樹菜は無言で頷いた。
「私たちの敵───つまりは、殺し屋」
優樹菜は、静かに言った。
「……そう解釈するなら、あの子は、"殺し屋の指導者"……っていうことになる」
室内に、素早く、鋭い緊張が走った。
───蒼太は、驚愕するよりも以前に、心の中で、「だから……?」と問いかけていた。
"それを教えるのは、もうちょっとしてからね〜。物事を知るのには、タイミングっていうものがあるんだよ〜、清水蒼太くん"
"今の君は、私が何者なのか知るべきじゃない。この前にも言ったけど、私は、君のお兄ちゃんのことをよく知ってて、君のことも少しだけ知ってて、君たち"ASSASSIN"のことを知ってる人間───そうとだけ思ってくれたらいいよ〜"
だから───御神輝葉は、そう、言ったのだろうか。
(優樹菜さんに……自分のことをぼくたちに話すように仕向けて……そこで、自分の正体に辿り着かせるようにしたかった……、から……?)
そんな先読みをしたような展開を演出することができるのだろうか。
いや───できる。できるはずだ。
あの少女なら、きっと───。
「……優樹菜?」
葵が、いつもの元気さとは真逆の、不安げな声を出した。
「その子……勇人の、"友達"だった子なんだよね……?」
「それなのに……」と、葵は言葉に迷うような素振りを見せた。
「悪い子、なの……?」
葵の問いかけに、優樹菜は、ゆるりと、首を横に振った。
「……分からない」
優樹菜は答えた。
「確かに……あの子は、矢橋くんの友達だったけど、私とは……そうじゃなかったから。私は、あの子のこと、よく知らないの」
そう言った優樹菜の目は───暗かった。
しばし、視線を下に向けて口を噤んだ後、優樹菜は、「でも……」と視線を上げた。
「小学生の時と比べて、雰囲気が変わってる……とは思った。あの子と会うのは、4年ぶりだったんだけど、4年前に会ったあの子は、すごく、大人しい子だった。……だけど、昨日会ったあの子は、違ってた。目付きも、表情も、口調も……何もかも、別人みたいに見えた」
別人───目付きも、表情も、口調も、何もかも。
蒼太は、御神輝葉のことを思い浮かべた。
煌めくような色をした瞳の中にどんな景色を写しているのか分からない───それが、蒼太が彼女に抱く印象だ。
(だけど……それは、元から、じゃない……?)
やはり、彼女も変わったのだ。
勇人と、同じように───。
「ゆきさん」
翼が、口を開いた。
蒼太は、斜め向かいに座った翼を見た。
「その人の、名字って、何ていうんですか?」
翼の目は、真っ直ぐに、優樹菜を向いていた。
「御神」
優樹菜は答えた。
「御礼の"御"に、"神様"の"神"で、御神」
それを聞いた瞬間、蒼太の右手の甲に、御神輝葉の冷たい指の感触が蘇った。
「"おんれい"?」
葵が首を傾けて、字の説明を求めるように翼を見た。
しかし、翼は、葵の視線に気付いていないようだった。
「翼……?」
葵が声に不安の色を滲ませながら、翼のことを呼んだ。
それもそのはずだった───翼の目には、驚愕の色が浮かんでいたのだ。
「……"御神"……って……」
翼は、蒼太が初めて見る程に、呆然とした様子を見せた。
「あの……"魔王"……御神有馬と、同じ名字……」
※
「ゆきさん」
翼は声を掛けながら、優樹菜の隣に並んだ。
「あの、御神輝葉さんって、前に、ゆきさんが僕に話してくれた人と、同一人物、ですか?」
翼は言いながら、その時に優樹菜が言った言葉を頭に思い浮かべた。
"小学生の時に……、何回か一緒に遊んだことがある女の子なんだけど、˝現実を操作する能力˝を持ってて、例えば、今、散らかっている部屋を、綺麗にしたいと思うだけで、本当に綺麗な状態になる、みたいな。それ以外に、人の記憶も操作できるらしくって"
あの時、優樹菜は、その少女の能力について、"現実を操作する"、"記憶を操作する"といった言い方をしていたが、御神輝葉は本人に言わせれば、それは総じて"願いを叶える"ということになるのだろう。
優樹菜は、すぐに思い当たったように、「あぁ……」と声を漏らした。
「そう……あの子」
優樹菜は頷いた。
翼は前を歩く3人───葵、蒼太、光に目を向けた。
交わす言葉が尽きてからも、5人は皆、「そろそろ帰ろう」という言葉を口にすることを躊躇い、本拠地を出たのは、ほんの数分前の、午後1時のことだった。
「何か……難しいよね」
顔を向けると、優樹菜が小さく、暗い笑みを溢したところだった。
「危ない目に遭わされたとか、そういうわけじゃなくて、ただ、本人が言った不確かな言葉だけが根拠。それで……それだけで、あの子のこと調べていいのか、調べた先に何かがあるのか……分からない」
それは、間違いなく、自分自身に語りかけられた言葉なのに、何と言葉を返していいのか───翼は、思い浮かべることができなかった。
ただ、「そうですね……」と頷くことしかできなかった。
そうすると、優樹菜との間に、沈黙が訪れることになった。
翼は、視線を下に向けて、自分が履いた白いスニーカーの爪先を見つめた。
(御神輝葉……)
御神有馬───かつて、"魔王"と呼ばれたほどの絶大な力を持った殺し屋と、同じ名字を持つ少女。
殺し屋組織の指導者であった御神有馬と、同じ立場であるかもしれない存在。
これらを考えて、導かれる答───御神輝葉は、御神有馬にとっての、娘なのではないだろうか。
それは、翼が、メンバーに告げた言葉であった。
そして、実際に彼女に会った優樹菜と蒼太は、そのことに、納得していた。
(御神有馬の娘……)
翼は収まる気配のない胸のざわめきを静めようと、呼吸を繰り返した。
翼は情報屋として活動していた頃、"魔王殺し"の真相を探っていた。
その当時、既に御神有馬は死していたが、その凶悪さは、至るところに、言葉として、記録として残されていた。
その御神有馬の娘と思しき人物が、"ASSASSIN"に接触を図ろうとしている───。
「……その子ね」
優樹菜の声に、翼は、視線を上げた。
「矢橋くんと、すごく、仲が良かったの」
見つめた優樹菜の目は、僅かに下を向いていた。
「同じ学校だったわけじゃなくて、ある日突然、私に紹介してくれたんだ、その子のこと。……だから、何をきっかけに出会ったのかとか、どういう過程で仲良くなったのか、そういうことは、全然分からないんだけど」
「でも、もしね」と優樹菜は言葉を続けた。
「あの子が御神有馬───殺し屋の娘だって知ってたなら、矢橋くんは、友達になろうなんて、絶対思わないと思うの」
優樹菜の口調には、強い確信がこもっていた。
「ただ……私が会った、昨日のあの子には、殺し屋に近い空気があった。矢橋くんなら、私なんかよりずっと、それを感じると思う。だけど、あの子が今、どこで何をしてるのか、その答えには、まだはっきりと辿り着いてない───そんな気がする」
翼は、優樹菜の横顔を見つめた。
一体いつ、どの瞬間に、それを感じる場面があったのだろうか───。
いや───それは、自分には理解できないことなのだろうと、翼は思った。
それだけ、優樹菜は勇人と過ごしてきた年数が長いということだ。一緒に過ごした時間の長さは、相手への理解の深さに繋がる。
「ただ……矢橋くんは、その答を、私たちは、"知らなくていい"って、そう思ってるんじゃないかと思うの。蒼太くんの話にあった通り、"あの子と関わる必要はない"───って」
「でも……」と、優樹菜は言った。
「……あっちから関わって来られたら、それは、もう、どうしようない」
心の内を吐露するような言葉を、優樹菜は発し始めた。
「……あの子が御神有馬の娘で、その後継者だとしたら、それを見てみぬふりして放っておくのは、違う。……あの子のこと、調べて見なくちゃって、私は……そう思う」
優樹菜はそこで、言葉を止めた。
その、月のような色をした瞳の中には───不安や迷いが混ざり合って暗い渦を巻いて浮かんでいるように、翼には見えた。
「……それ」
気付けば、考える間もなく、声が出ていた。
「僕が調べてみても、いいですか?」
「───えっ?」
優樹菜の驚いたような目が、翼に向いた。
「事件の捜査じゃない限りは、活動と同時並行でみんなで調べるっていうのは、難しくなると思うんです」
明日から、通常通り活動が始まる。
その中で御神輝葉のこのを調べるのには、相当な負担がかかるだろう。
だったら、自分一人が背負うことにしたらいい───優樹菜が、メンバーが、こんなにも不安な目をしないようになるのなら、それでいい。
翼はそう考えて、息を吸い込んだ。
「僕が情報屋時代に集めた情報の中に、答に繋がるようなものが隠れているかもしれません」
翼は、優樹菜に笑顔を向けた。
「探してみても、いいですか?」
そう問いかけると、優樹菜は───決断に迷うような色を、瞳に浮かべた。
「……うん」
少しの間があって、優樹菜は、僅かに頷いた。
「ごめんね……お願いしてもいい?」
そう言って、優樹菜は、ほんの小さく、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
翼は「はい」と答えながら、心からのものではなくても、優樹菜が笑顔になって、僅かに安堵した。
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