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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第8章
201/318

November Story10

小さな子犬に導かれ立ち入った路地の奥では、一人の人物が、優樹菜のことを待っていた───。

 茜の家は、駅から見て、優樹菜の家の反対方向にある。


 ファミリーレストランを出た後、2人はそれぞれの家の方向に向かって歩き出すために、「また月曜日ね」と別れを告げた。


 優樹菜はマフラーに首をうずくめるようにして夕方の町を歩いた。


 今日は今月に入って一番の寒さになると朝のニュース番組で言っていた通り、すれ違う人々も皆、厚着をして防寒具を付けている。


 駅から少し離れた道に着くと、そこはかつて営業していた店屋たちの跡地になっていて、ボロボロの看板の下で、もう開くことのないシャッターが軒を連ねている。

 

 この辺りは、いつも静かだ。

 

 店屋がなければ、人通りも少ない。


 ふと、優樹菜はこんなことを思った。


 こんな静かな場所だったなら、何か微かな音がしたとしても、それは私の耳に、はっきりと響くのではないか───と。


 ───その時だった。


 何か、小さな動物の鳴く声がしたのは。


 優樹菜は、足を止めた。


 視線を向けた先───優樹菜が立っている場所の真横にある路地に、その声の主はいた。


「子犬……?」


真っ白な毛並みをした子犬は、優樹菜と目が合うと、「クゥーン……」と、か細く鳴いた。


 優樹菜は、子犬に近付いた。

 

 そっと手を差し出すと、子犬は尻尾を振った。


 優樹菜は屈んで子犬の頭を撫でた。きっと、首輪をしていないところから見ると、この子は野良犬だ。


(もしかして……お母さんとはぐれちゃったの……?)


 だとしたら、探してあげないと───。


優樹菜は、「おいで」と、子犬に向かって、手を広げた。


しかし、子犬は尻尾を振るばかりで、優樹菜の手の中に飛び込んで来ようとしない。


優樹菜がもう一度、「おいで」と言った、その直後───。


 誰かが、クスリと、笑う声がした。


「動物、好きなんだね〜」


 前方から聞こえたその声に、優樹菜は、はっと、顔を上げた。


「意外かも〜。案外、女の子らしいんだね〜」


 最初に見えたのは、薄桃色をしたスニーカーだった。


 そこから伸びているのは、白いハイソックスに包まれた、着せ替え人形かと思うほどに、細い足。太腿の辺りで紺色のスカートが裾を揺らしている。


 優樹菜は、その人物の顔を、見上げた。


 ───そして、大きく、息を呑んだ。


 オーロラのような色合いの、美しい髪をした少女だった。


「こんにちは。───そして、久しぶり。中野優樹菜さん」


 少女は、そう言って、にっこりと、微笑んだ。



 優樹菜は、見開いた目をら閉じることができなかった。


(この、子……)


 少女が見せた笑顔に、優樹菜は、見覚えがあった。


「私のこと、覚えてる?」


 少女は、笑顔を保ったまま、首を傾けた。


 その仕草に───優樹菜は、記憶の奥深くにいた、とある女の子の姿を見た。


「……あなた……、あの、時の……?」


 あの時───思い出したのは、小学6年生の時の記憶だ。


 私は、この子と、会ったことがある───勇人と3人で、遊んだことがある。


 この子は───勇人がある日、突然連れてきた、勇人の"友達"だった。


「そう」


 少女は、口元に微笑を浮かべた。


「あの時の女の子が、私だよ〜」


 優樹菜は、少女の瞳を見上げた。


 確か、この子の名前は───。



『"てるは"ちゃん?』


蘇ったのは、かつての、自分の声だった。


あれは、小学生の時───学校からの帰り道。


聞いたばかりの名前を聞き返した自分に、相手は、「うん」と頷いた。


『うん。"輝く"に、"葉っぱ"の"葉"で、輝葉"なんだって』


その相手───小学生だった勇人は、そう答えた。


『へぇ……可愛い名前だね』


『今度、誘ってもいい?"一緒に遊ぼう"って』


その言葉に、優樹菜はすぐに、「いいよ」と言った。


勇人の友達なら、私も仲良くなりたい───その時は、深く考える間もなく、そう、答えていた。


「───そう。私の名前は、輝葉」


 少女が優樹菜の心を見透かすように言った。


「御神輝葉」


 優樹菜は呆然と、目の前の少女を見つめた。


「そのわんこ、かわいいでしょ〜?」


 輝葉は優樹菜の手の中で尻尾を振り続けている子犬を見下ろした。


「信じられないくらい懐いてる」


 輝葉はクスクスと笑った。


「───まあ、信じられないのが当たり前なんだけどね。だって、その子、私が()()()()()()()


 その瞬間。


 優樹菜の指先から、柔らかい毛の感触がなくなった。


 ───子犬が、消えた。


「振り返ってみて。中野優樹菜さん」


 輝葉の言葉で誘われるがまま、優樹菜は、後ろを振り返った。


「……え……?」


 優樹菜は、呆然とした。


「嘘……」


 子犬を追ってやって来たはずの道が、なくなっている。


 道があったはずの場所───優樹菜の真後ろ───には、薄黒い色をした壁が立ちはだかっていた。


 輝葉の背後は、高い石垣で行き止まりになっている。


 優樹菜は、暑いわけなどないのに、マフラーをした首筋に、じとりと汗が滲むのを感じた。


「とりあえずさ〜、立ちなよ」


 輝葉は優樹菜を見下ろしながら言った。


「このままだと、私があなたのことイジメてるみたいでやだな〜」


 優樹菜は輝葉の瞳から目を逸らせないまま、自分で自分のものと思えないほどにぎこちない動作で立ち上がった。


「にしても、またこうして会うことになるなんて思ってなかったよ〜」


 立ち上がったみると、輝葉は、160cmある優樹菜よりも小柄であることが分かった。


 優樹菜は背後にある巨大な壁からの圧迫感を感じながら、「私に……」と声を振り絞った。


「……私に……、何か、用があるの……?」


 問いかけると、輝葉は可笑しそうに、「あははっ」と笑った。


「最初の質問がそれ〜?その前に他に確認することないの?」


 そう言った後、「まあ、いっか〜」と、輝葉は肩をすくめた。


 そして、口元に微笑を残したまま、こう言った。


「いいよ、答えてあげる。でも、その代わり、私の質問に先に答えて。中野優樹菜さん」


 ※


「あなたの目に、私は、どう写ってるの〜?」


 優樹菜の答を待たずに、輝葉は言った。


「私とあなたは、友達じゃないけど、"赤の他人"っていうわけじゃない。昔、何度か顔合わせたことあるよね〜?あなたも私も、勇人に誘われてさ〜」


 勇人の名を輝葉が口にした瞬間、優樹菜の右肩がピクリと反応した。


「だから、私たちの関係を言葉にするなら、"友達の友達"。完全に無関係ってわけじゃないけど、お互いに関心はない───"仲良くなりたい"とは、思わない。私たちは、そういう関係だったよね?」


 輝葉は謎めいた笑みを浮かべて、優樹菜を見つめていた。


「そうだとして、不思議なんだ〜。今の、あなたの、その目が」


 輝葉は優樹菜の心の奥深くを見透かすような目付きをして、


「私を見つめる───あなたの、その目が」


 と、繰り返した。


「どうして、そんな目で見るの?私、どっか変かな〜?」


 輝葉は、ニコリとした。


 その、他人の心を挑発するような口調に、優樹菜の心に、僅かに火がついた。


「……誰だって、子犬の後を追っていったら、その先に顔を知ってる女の子がいて、実はその子犬は偽物で、何故か後ろに逃げられないように壁を作られたら動揺するものだと、私は思うけど」


 優樹菜は輝葉の目を逸らさずに見つめた。


「それ、答えになってないよ〜」


 輝葉は、ふっと笑った。


「私は、あなたの目から見た私のことを聞いたの。答えてくれないと、あなたの質問にも答えないよ〜」


 優樹菜は眉を釣り上げた。


「あなた、私に用があって来たんじゃないの?」


 優樹菜は、今は姿を消した子犬の姿を思い出した。


「あの子犬を作ったのも、私をここに呼び出すためで……何の用なのか知らないけど、私が立ち去れないように壁まで作って。一体、どういうつもり?私に、何を求めてるわけ?」


輝葉は、じっと優樹菜の目を見つめて立っていた。


やがて、輝葉その目を、ふっと微かに笑わせた。

 

「私がまだ自分のこと話す前からその警戒っぷり。流石だね───"ASSASSIN"の、中野優樹菜さん」


 さらりと語られた言葉に、優樹菜は、目を見開いた。


「え……」


 優樹菜の口から、声が漏れ出た。


「今……、何て……?」


 輝葉は何かに満足したように、頷いた。


「あなたが私のこと、まるで殺し屋でも見るような目で見るから。"ASSASSIN"のメンバーはやっぱ他の人間と違うなぁっていう意味だよ〜」


"殺し屋"───御神輝葉は、その存在を、当たり前のように、口にした。


「……あな……た……」


 無意識の内に出た声は、震えていた。


「……私たちのこと……知ってるの……?」


「知ってるよ」


 御神輝葉は、にっこりと笑った。


「それも、あなたと同じくらい。"ASSASSIN"ができるまでのことから、できたてから今までのこと、全部知ってる。その中には、自分で体験したこともあるけど、遠くから見てたことの方が多いかな〜」


 輝葉は優樹菜の反応を見つめてから、「そう、それ」と言った。


「その目。今、あなたが私を見てる目。疑うような、恐れるような、その目。あなた、私に対して、どんなことを思ってるの?」


 優樹菜は、動揺を隠しきれなくなった。


「あなた……、一体、何なの……?私と出会った時のあなたは、どこにでもいる普通の女の子だった……。だけど、今のあなたは、違う……。あなた、何者、なの……?」


 優樹菜は、声を震わせながら問いかけた。


 見つめた少女は、その綺麗な色の中に、何も感じていないような瞳をしていた。


「私は、何者でもないよ〜」


 御神輝葉は、笑顔で、そう言った。


「強いて言うなら、()()()()あなたたちの、"敵の指導者"、かな」


「敵の、指導者……?」


「その内分かるよ〜」


 輝葉は、すっと、右足を、前に出した。


「それでね、中野優樹菜さん」


 優樹菜と輝葉、2人の距離が、僅かに近くなった。


「あなたにこうして会いに来たのは、お願いがあるからなんだ〜」


 輝葉は、目を細めた。


「私とこうしてここで会ったこと、話してほしいの。"ASSASSIN"の、メンバーに」


 優樹菜が「え……?」と声を上げる前に、輝葉は「だけど」と人差し指を立てた。


「勇人には、秘密にしてね」


 その言葉に───優樹菜の口から漏れ出たのは、「は……?」という声だった。


 すると、輝葉は「ふふっ」と笑みを溢した。


「こんな状況でその反応。相変わらずだね〜。小学生の時から、何も変わってない」


 輝葉は、優樹菜の顔を覗き込むように首を傾けた。


「強気なのはいいことだけど、私の言うことには、素直に従ったほうがいいと思うよ〜」


 輝葉は「あなた」と、優樹菜を呼んだ。


「覚えてるよね?私の能力のこと」


 その───輝葉が見せた目付きに、優樹菜は、ビクリとした。


 輝葉は、目の色を変えずに、口元だけで微笑した。


「じゃ、そういうことで、よろしくね〜」


 そして、御神輝葉は優樹菜の横を通り過ぎて行った。


 優樹菜は、ただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。


 御神輝葉が最後に見せた瞳が、頭に焼き付いて、離れなかった。

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