November Story9
唐突な親友からの問いかけに、優樹菜は───?
「何か、ガラガラになっちゃったね」
茜の声に、優樹菜は視線を上げた。
店内を見回してみると、先程まであったはずの人の気配がなくなっていた。
「ほんとだ。私たち以外にお客さんいないんじゃない?」
「んー、まあ、時間も時間だしねー」
茜がテーブルに置いてあるスマートフォンの電源を付けながら言った。
「お昼にはちょっと遅いし、晩御飯には早すぎるし」
茜が時間を確認した時、その画面が優樹菜の目にもチラリと映った。
───"14:00"
「あたしたちみたいにファミレスでポテトと飲み物だけ頼んでお喋りする子って、案外いないもんなんだね」
「いないくらいがちょうどいいんじゃない?」
優樹菜は「私、黒いこと言ってる」と自覚しながら言った。
「クラスの子たちに、休みの日まで会いたくないし」
「たしかにねー。5日続けて顔合わせるだけでお腹いっぱいなのに、会うと思ってない日に出くわした
ら、胃もたれしちゃう」
11月6日。土曜日。
この日は、"ASSASSIN"の活動は休みで、偶然、茜のアルバイトがないというタイミングが重なった。
「2人とも予定ないんだったら遊ぼうか」という話になり、こうして、この町唯一のファミリーレストラ
ンへとやって来たのだった。
「うちの学校の中でも特にひどいよね、うちのクラス」
茜がオレンジジュースの中のストローをくるくると回しながら言った。
優樹菜たちが所属する1年1組には、ありとあらゆる問題生徒が集まっている。
いつでもどこでも騒ぎ立てる。髪を茶色や金に染めて登校してくる。授業中に居眠り、スマートフォン
をいじるのは当たり前。自分の仲間以外の、真面目な生活をしているクラスメイトたちには冷たい目を向
け、陰口を叩く。そんな生徒が9割を占めているのだ。
「よくもあんなに問題児が集まったもんだよ。まあ、あたしも人のこと言えないけどさ」
「茜は見た目が派手なだけで、それ以外は問題なところ何もないじゃない」
優樹菜は言葉を返した。1年1組の中で1番優しい女の子は、この、角元茜だと優樹菜は自信を持って言
えた。
「そんなことないよ。ゆきに比べたら立派な問題児だよ」
謙遜しながらも、茜のその目は笑っていた。
2人が座ったのは窓際の一席だった。外から、何かを呼びかけるような声がした。
目を向けてみると、向かい側にあるガソリンスタンドで、黒い自動車が右ウィンカーを出しているのが見えた。
車の近くには帽子を被った男性がおり、半身を車が行き交う道路に向けていた。ガソリンスタンドの店員で、車を誘導しているのだろう。
「そういえばさ」
茜の声に、優樹菜は視線を向けた。
「最近、矢橋くん、授業、参加するようになったよね」
唐突な言葉に、優樹菜は「えっ」と反応した後で、「あっ、ああ……うん。そうだね」と、何とも曖昧な返事をした。
「うちのクラスの連中って、問題行動起こしてばっかだけど、学校には、遅刻しといても来ることは来るじゃん?それで教室いるだけいてさ」
茜がストローを回すと、グラスの中で氷が擦れ合う、コロンという音がした。
「けど、矢橋くんは、"学校に来ない"、"授業に出ない"っていうのがほとんどだった。それが、夏休み明けくらいから、ちょっとずつ変わって。今は、授業中にギャーギャーワーワーやってるあいつらよりも、"ちゃんとしてる"ように見えるんだよね、あたし」
その言葉に、優樹菜の頭の中に、教室の左端2列目の席に座る勇人の後ろ姿が浮かんできた。
教科書を見つめるわけでもなく、ノートを取るわけでもなく、ただ、そこにいる。
それでもそれは、勇人にとっての大きな進歩だと優樹菜は思っていたし、今の茜の言葉は優樹菜が密かに感じていたことだった。
そして、勇人をそうさせたのは、きっと───。
「それは……」
優樹菜は口を開きかけて、はっとした。
「ん?どうしたの?」
茜が不思議そうに首を傾ける。
「あ……ごめん。なんでもない」
優樹菜は目を逸らすことと首を振ることで、答を誤魔化した
(何言おうとしてんの……私)
優樹菜は、ペチンと自分の両頬を叩きたくなった。
危なく、茜に"ASSASSIN"のことを話してしまうところだった。
勇人が変わったのは、そして、今も少しずつ変わっていっているのは、"ASSASSIN"の影響───その思いを、この場で口にしてはならない。
親友であろうとも、"ASSASSIN"のことを口にするのは許されないのだ。
優樹菜は全く手を付けていなかったホットココアを口に運んだ。冷めてしまってあまり美味しくはなかったが答を途中で止めてしまったことを打ち消すためには必要はことだった。
「あっ、そうだ」
茜が他の何かを思い出したかのように声を上げた。
「これ、前にも聞こうとしてたんだけど」
茜はテーブルの上で手を組み合わせ、じっと優樹菜の目を見つめながら、こう言った。
「ゆきって、矢橋くんのこと好きなの?」
※
それは、確かに、優樹菜が以前に"聞かれるかもしれない"と思った記憶のある質問だった。
"ゆきといる時はどうなの?矢橋くん"
"え、どうって……、別に……、私から話しかけないと話さないし、私だからってどうこうはないと思うよ"
"ふーん……"
"な、なんでそんな矢橋くんのこと聞くの?何か、きっかけでもあった?"
"だって……"
後から思い返して、優樹菜は茜がしようとしていた質問の続きを察せられたような気がした。
"ゆき、矢橋くんのこと好きなんじゃないかと思って"
そして、そうだったとしたら───と、優樹菜は考えた。考えて、「聞かれたくない」、「答えたくない」と思った。
だから、次に聞かれた時は、本当に聞かれたその時は、「そんなことないよ」と答えようと決めた。
嘘を吐くことになったとしても、自分がする答えとして正しいのはそれだと、そう思ったのだ。
しかし、今、その時が来て優樹菜の口から漏れ出たのは、「はっ……?」という、あまりにも直球な声だった。
「なっ……」
優樹菜は、頭に熱が上がってくるのを感じた。
「な……なに……、言ってんの……?」
振り絞るように声を出すと、茜が「あはは」と目を細めて笑った。
「別に、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃん」
茜は、にこにことしたまま言った。
その反応に、優樹菜の方が「え……?」と動揺する。
「ずっと前から"そうなのかな?"とは思ってたんだけど、やっぱり、そうなんだね」
そう言われて、優樹菜は「そんなことないよ」と弁明するタイミングを完全に失った。
自分に比べて、茜が平常運転すぎるのに気付いて、顔に上がった熱の温度が増す。
「それで?」
茜が首を傾けた。
「……それで、って……?」
「いつくらいから、好きにだったの?」
「いつって……」
優樹菜は意識しない内に目をあちこちに泳がせていた。
「分かんない……分かんないくらい前。ずっと小さい頃から一緒だったから……、気付いたら……そうだった」
そう告げると、茜は「なるほどね」と答えたで、「あれ?」と目を丸くした。
「ゆきと矢橋くんって、家近いんだったっけ?」
「昔は、ね。……あ、ていうか、5歳の時に、矢橋くんの家の方が、私の家の近くに引っ越してきたの」
茜は「へぇ」と更に目を大きくさせた。
「でも、その前から、会ったり、遊ぶことはたくさんあった。元々、親同士が、知り合いだったから」
「そうなんだ。じゃあ、正真正銘、"幼馴染"なんだね」
茜は深く頷いてから、「……そうなんだ」と繰り返した。
その後は、お互いに何も言わない時間が訪れた。
優樹菜は目を伏せ、茜と目を合わせられずにいた。
思えば、友人に対して勇人への想いを口にしたのは、これが初めてだった。
優樹菜が親友だと思っていた大下日向にさえ、話したことはない。
だからこそ、どんな顔をしていいか、何て言葉を続ければいいのか、分からなかった。
そして、茜は自分の恋心を、どう受け止めたのか───それが一番、分からなかった。
茜が、息を吸う音がした。
「……何か」
優樹菜は視線を上げた。
目が合うと、茜は、瞳を、柔らかく笑わせた。
「素敵だね」
茜は言った。
「えっ……?」
優樹菜は、目を見開いた。
「ずっと、"好き"が変わらないって、すごいことだよ。それって、ゆきが心から、矢橋くんのことを大切だって思ってる証拠なんじゃないかな」
茜は優樹菜の目を見つめて、にっこりと、微笑んだ。
「いつか、届くといいね。ゆきの気持ち」
優樹菜は、親友を見つめた。
───よかったら、一緒に組まない?
蘇ったのは───あの日の、茜の声だった。
4月。入学式直後の、初めての英語の授業が行われた日。英語の担当教師は、英語で自己紹介をし合う練習をしようと、クラスの中で自由に2人1組を作るようにと言った。
優樹菜が「誰か一緒に組んでくれる人……」と視線を動かしたほんの数秒の間に、優樹菜の周りにはいくつもの2人組が出来上がっていた。
(私は、一人、余りか……)
優樹菜は、目を伏せた。
中学時代の、日向と決別してからの"友達がいない生活"が、また続くのだと思った。
胸が、ズキリと傷んだ。
そんな時───だった。
「優樹菜ちゃん?」
後ろから、肩を叩かれた。
振り返ると、立っていたのは、一人のクラスメイトだった。
茶髪に、顔には濃いメイク───校則違反の塊のような見た目。
「よかったら、一緒に組まない?」
その口調は、派手な見た目と裏腹の、優しいものだった。
角元茜───彼女と、初めて言葉を交わした瞬間だった。
「ありがとう……一緒にやってくれて」
授業終了間際、優樹菜は、茜に礼を言った。
「ううん」
茜は首を横に振った。
そして、にっこりと、微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとう。優樹菜ちゃんと一緒に組めて、楽しかった」
その笑顔は、眩しくて、優しいものだった。
優樹菜は、「あっ……」と思った。
この子、今、本心、言ってくれた───。
親友に裏切られた───その傷みを抱えてこの学校に来て、「ここでもまたひとりぼっちか……」───そう思っていたのに。
心がじんわりと暖かくなって、瞼の下が熱くなるような、そんな感覚。
今───優樹菜は、あの日と同じ気持ちを感じていた。
「茜……」
優樹菜は、親友の名を呼んだ。
「私のこと……応援して、くれるの……?」
問いかけると、茜は、「あはは」と笑った。
「なに言ってんの。あたりまえじゃん」
4月のあの日より、馴染んだ口調。
それは、何よりも、優樹菜の心に響き、勇気をくれるものだった。
優樹菜は、胸が一杯になって、ただ、「……ん」と、頷いた。
「ありがとう……茜」
優樹菜は、「茜と比べたら、私のはだいぶ不器用だろうな」と思いながら、笑顔を向けた。
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