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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第8章
199/342

November Story8

11月5日───約束の日。

 蒼太は、布団の上で、目を覚ました。


 部屋は暗く、今が日が明ける前だということが分かった。


 時計のある方を見上げてみるが、目を凝らしてみても秒針までは見えそうになかった。


 蒼太は机の上に手を伸ばして、スマートフォンに指を触れた。


 電源を点けるとパッと目の前が眩しくなった。


(11時50分……)


 今が、後10分で翌日を迎える11月4日だということが分かった。


(……後、10分……)


 そう思った時、画面に浮かんだ「11:50」が、「11:51」へと切り替わった。


 蒼太は携帯電話を持った腕を下ろし、枕に頭を疼くめた。


(明日も学校あるから、早く寝なきゃいけないのに……)


 そう、頭では分かっていながらも、蒼太は自分の身体が、これから先もうまく寝付けない気がすると言っているような気がした。


 布団に入り、眠ってしまえば気にしなくくて済むだろうと思ったのに───蒼太は全く眠ることができなかった。


 もう今日はこのまま眠れないのだろうか───そう焦りと不安を感じて時計を見た時、11時10分だった記憶が薄っすらとある。


 そこから少しして眠れていたようだが、その眠りも、今、こうして覚めてしまった。


 蒼太は窓の方に体を向けた。


 そっとカーテンを捲ってみると、そこには果てしないほどに深い夜が広がっている。


 そろそろ、日付が変わった頃だろうか。


 11月5日は、もう、やって来たのだろうか。


(11月5日……)



 "明後日まで、私とこうして会ったこと、他の誰にも話したらダメ"



 "それが守れたら───良いこと、教えてあげる"



 あの日───11月3日の2日後。


 約束の日だ。


 蒼太は御神輝葉に言われた通り、輝葉と会ったことを誰にも話さなかった。


 ───いや、話せなかった。


 この2日間、ただ一人、御神輝葉の存在を考えては、何処に発すればいいのか知れない不安を抱え続けていた。


("良いこと"……って……)


 一体、何なのだろう───。


 気になる。気になって仕方がない───そう思う一方で、聞きたくない、聞くのが怖いと思っている自分が、確かにいた。


 蒼太は、身を起こした。


 このまま、眠れないまま布団の中でじっとしているのは、辛かった。


 蒼太はベッドから降りて、ハンガーラックに掛かっている厚手のジャンバーを手に取った。


 そっとドアを開けて、蒼太は冷たい廊下に足を付けた。


 足音を鳴らさないように、蒼太は居間へと向かった。


 誰もいない居間は真っ暗で、静寂に包まれていた。


 蒼太はジャンバーを羽織り、和室の扉を開けた。


 縁側に続く窓は、薄っすらと曇っていた。蒼太は、その鍵を開けて、引き戸を引いた。


 思っていた通り、外は冷え切っていた。


 秋と冬の狭間であるこの時期は、昼間も肌寒い日が続いていたが、夜はその比にならない。


 窓を背にして腰を下ろし、蒼太は、息を吐き出した。


 吐いた息は、白い煙になって消えて行った。


 見上げた空には、星は見えなかった。


 蒼太は頭を下げ、地面を見下ろした。


 夏は青々としていた庭の葉も、今は、元気をなくして、枯れてしまうまでの間をどう過ごそうか考えているように見えた。



「こんばんは」



 声がした。


 

聞き覚えのある、声だった。



 蒼太は、顔を上げた。



 そこには、少女───御神輝葉が、立っていた。



「約束、守ってくれたんだね」


 御神輝葉は、にっこりと笑い、


「眠れなくて、ここに来たんでしょ?」


 そう、笑顔のまま、問いかけてきた。


「私も、同じ。君との約束のことずっと考えてたんだ〜。やっとその日が来たことだし、お互い、眠くなるまで、ゆっくりお話しよ」


 そう首を傾けた御神輝葉を、蒼太は、呆然と見つめた。


 ※


 蒼太は、御神輝葉を前にして、本当は自分が心の何処かで、彼女がこうしてここにやって来ることを予想していたような気がした。


 それは、この瞬間、突如として現れた輝葉のことを、「怖い」───そうは、思わなかったからだった。


(どうして……?)


 蒼太は、動揺を感じていない自分に動揺した。


「あんまり驚かないんだね〜」


 蒼太の心を見透かすように、輝葉は言った。


「私が来るかもしれないって、そう思ってた?」


 僅かに首を傾け、問いかけてくる。


「それとも、こういうことに慣れてるってだけ?」


 こういうこと───その言葉に、蒼太ははっと肩を揺らした。


 君、"ASSASSIN"のメンバー何でしょ?───輝葉は、そう言っていないはずなのに、そう言われたような気がした。


「そっかー」


 輝葉は口元に微笑を浮かべた。


「特別慣れてるってわけじゃないんだね。んー、まあ、そうだね。答えを教えてあげるとしたら───君は、私が何者なのかまだはっきり分かんないから、"怖がりようがない"ってところかな〜」


 輝葉は宝石のように煌めく瞳を、蒼太に向けた。


「やっぱり、私が誰なのかが、気になるんだね」


 輝葉は「ふふふ」と、何処か楽しげに笑った。


「でも、まだ言わなーい」


 輝葉は言った。


「それを教えるのは、もうちょっとしてからねー。物事を知るのには、タイミングっていうものがあるんだよ、清水蒼太くん」


 輝葉がそう言った直後、静かに、風が吹いた。


 暗闇を背にして、輝葉の鮮やかな色をした髪の毛が揺れた。


「今の君は、私が何者なのか知るべきじゃない。この前にも言ったけど、私は、君のお兄ちゃんのことをよく知ってて、君のことも少しだけ知ってて、君たち"ASSASSIN"のことを知ってる人間───そうとだけ思ってくれたらいいよ〜」


 そうとだけ───その通りだとは、蒼太には、思えなかった。


 そうだとしたら、この人は、何故、こうして自分に会いに来たのだろうか。そして、どうして、あのような約束を立てたのだろうか───。


「でも、これからお話するのに不便だから、ちょっとだけ、教えてあげる」


 輝葉は、自身の目の前に、人差し指を立てた。


「私は、君のお兄ちゃん───勇人の"友達"」


 見つめた輝葉の顔に、笑みはなかった。


「12歳の時に出会って、仲良くなった。だけどその後すぐに、離ればなれにならきゃならない出来事が起きて、4年間、会えないままだった。11月1日───あの時までね」



 "久しぶりだね、勇人"



 "4年ぶり、かな"



「だけど、その4年間、私は勇人のことを全然知らなかったってわけじゃないの」


 輝葉は微かに口元を笑わせた。


「遠い場所から、いつも、勇人のこと()()()。そんなことできるのかって思うかもしれないけど、できるんだよ〜。私の能力を使えばね」


 輝葉は、にこりとした。


「だから、私は知ってるの」


 それは、感情の感じられない笑みだった。


「勇人と、勇人の周りのこと───全部、知ってるの」


 輝葉はそういった後、蒼太の反応を見つめるように、言葉を止めた。


 しかし、見つめられたところで、蒼太には何もできなかった。言葉を返すことも、身動きを取ることもできず、ただ、見つめ返すしかなかった。


「───私にとって勇人は」


 輝葉が息を吸う音が、静寂の中に響いた。


「私の人生の中で、初めてできた友達なの」


 その言葉に、蒼太は、「え……?」と声を漏らした。


「特別な存在なの。何よりも、大切なの」


 輝葉は、じっと蒼太を見つめて、そう言った。


 それはまるで───蒼太の上に、他の誰かを重ねているような瞳だった。


「そろそろ、本題に入ろっか〜」


 蒼太の思考を遮るかのように、再び、輝葉は笑顔を見せた。


「君とした、約束。君が守ってくれたから、私も、守るよ」


 輝葉は、すっと音もなく、前方に、手を伸ばした。


「清水蒼太くん」


 肩に、輝葉の手が触れて、蒼太は、ビクリとした。


 見つめた輝葉は、蒼太の瞳を真っ直ぐに見据えていた。


「君、願い事、ある?」


「えっ……?」


 蒼太は、目を見開いた。


「失ったものは、二度と帰っては来ない。どれだけ取り戻したいと願っても、戻ってくることはない。君はそのこと、よく、知ってるよね?」


 上着の上からなのに、温度は感じないはずなのに───輝葉の手は、氷のように冷たかった。 


「だけど、私には、できるよ。私なら、取り返せるよ」


 御神輝葉は、微笑を浮かべた。


「君の願い、私が叶えてあげようか?」


 ※


(願い……?)


 蒼太は、心臓がドクリと鳴る音を聴いた。


(……ぼくの……、願い……?)


「但し、一つだけね」


 輝葉は左手の人差し指を立てた。


「それと、死んだ人を生き返らせるとか、不老不死の身体を手に入れたいとか、そういう、人の命に関わることはダメ。それ以外だったら、何でも一つ、叶えてあげる」


「……どっ……」


「ん?」


「……ど、どう、して……」


 漏れ出たのは、震えた声だった。


「……ぼく……なん、ですか……?」


 輝葉は、ふっと笑った。


「どうしてだと思う?」


 試すような視線を向けられ、蒼太は、言葉が出なくなった。


「素直に答えてくれていいんだよ〜。私、それで怒ったりしないから」


 輝葉は言った。


「答えてみて?どうしてだと思う?」


 その口調は、優しかった。


 優しく、威圧的だった。


 蒼太は、頭が真っ白になりそうになった。


 ───ただ、微かに残ったのは、一つの、答だった。


「……ぼ、ぼく……が……」


 蒼太は、それを口にした。


「兄ちゃんの……弟だから……?」


 すると、輝葉が「あははっ」と声を上げて笑い出した。


「いい子だね〜、君」


 輝葉は、蒼太の肩から手を離した。


 そして、その手を、


「君、かわいい」


 ───と、蒼太の、頭へと運んだ。


「純粋で、か弱くって、触れたら、すぐに消えちゃいそうで」


 輝葉は蒼太の髪をゆっくりと撫でた。


「───守ってあげたくなる」


 そうして、輝葉は蒼太の左耳に指を触れ、するりと、その手を下ろした。


「愛されて育ったんだね、君は」


 輝葉は、僅かに、目を細めた。


「私と、違うんだね、君は」


 そう言った輝葉の声は───それまでと、少しだけ違っていた。


 強い、風が吹き、輝葉の髪が揺れる。


「───もう、君みたいな良い子は、寝なきゃいけない時間だね」


 輝葉が言った。


 その声は、蒼太を現実の世界へと引き帰らせた。


「夜更かしは、ダメだよ。夜更かしを覚えると、良い子は、悪いことを覚えちゃうから」  


 御神輝葉は「約束」と呟くように言った。


「願い事、考えておいて」


 続けて、囁くように、そう言った。


「君のは、特別に、()()叶えてあげるから」


 輝葉は後ろ向きに二歩進んだところで、身体を振り返らせ、


「じゃあね、おやすみ」


 と、笑顔を見せた。


 そして、蒼太がはっと気付いたその時には、その姿を消していた。


 ただ、蒼太の耳元に、輝葉の冷たい指の感触だけが残っていた。

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