November Story7
殺し屋たちの会合───その頂点に君臨するのは───。
この組織では、不定期に会合が行われる。
柊寿樹は壁に沿って歩きながら、参加者の様子を伺った。
舞踏場のような、煌びやかな装飾が施された大ホールに、50人ほどの構成員が呼び集められ、皆、真剣な面持ちで前方に掛かった白いカーテンを見つめている。
私語をする者、視線をあちらこちらに動かす者、咳払いをする者さえ、見当たらなかった。
寿樹は僅かに埃の匂いを纏ったカーテンの中に、素早く体を滑り込ませた。
「全員、お揃いになられました」
中に立っていた、スーツ姿の長身の男性───平林海が頷き、奥の部屋に続くドアをノックした。
「お嬢様」
僅かに開けたドアの隙間から、薫は呼びかけた。
部屋の中で、誰かが動く気配がした。
足音一つ鳴らさずに、海が押さえたドアから、主は姿を現した。
主は前へと進み出ると、中央に一つ置かれた赤い色をしたソファに腰を下ろした。
「只今より、開始致します」
カーテンの向こうにいる監視員の声がした。
カーテンが、微かに揺れた。
これはきっと、50人が一斉に感じた緊張の表れによるものだと、寿樹はそれを見つめた。
「みんな、久しぶりだね〜」
主が口を開いた。
「前に見た時とみんなの見た目が変わってなくて安心したよ〜。何人か見えなくなった顔もいるけどね、
まあ、いっか」
カーテンに隔たれた向こう側を目に写すことは、寿樹にはできない。
しかし、主は違う。
主には、それができる。
「今日、集まってもらったのはね〜、私からみんなに、お願い事があるからなんだ〜」
集められた50人は、主の言葉にじっと耳を傾けているようだった。
主は椅子の上で、雪のように白い足を組んでいた。
そして、背もたれに深く寄り掛かったまま、さらりと、こう言った。
「明日からしばらく、私、留守にするから」
主は自らの声を待つ者たちに、その言葉の意味を考えされるかのような間を置いた。
「個人的な用事があってさー、それを片付けたいんだよねー。空ける間の業務は、基本、海くんに任せる」
主はそう言って、チラリと海を振り返った。
平林海は、しっかりと頷いた。
「───で、みんなへのお願いっていうのはね」
主はカーテンに目を向けた。
「その間、勝手なことしないでってこと。私がいないのを良いことにキタナイこと考えたらダメだからね。もし、ちょっとでも怪しい動きしたら、その時は」
主の瞳が冷たい色を帯びたのを、寿樹は見た。
「言い訳語る前に殺すから」
辺りに、ハッとしたような冷気が流れた。
主は、にっこりと微笑んだ。
「わかった?みんな」
カーテンの向こうにいる全員の、「はい」という声が揃った。
「じゃあ、そういうことで」
主はそう言って立ち上がった。
「以上。かいさーん」
その言葉を合図に、拍手の音が響き始めた。
パチパチパチパチ。
一寸の乱れもない、一斉に奏でられる音。
その音を背に受けながら主は、海が開けたドアの奥へと消えていった。
そして、それから数分経っても、拍手は鳴り止むことはなかった。
「皆さん、おやめください」
部屋から出た海は、カーテンに向かってそう呼びかけた。
「お嬢様が、"もういい加減にしてほしい"とのことです」
ピタリと、拍手の音が止んだ。
寿樹は、首を傾けた。
どうしてこの人たちは、こんなにもお嬢様を恐れるのだろう。
寿樹には、その理由が分からなかった。
※
「柊」
呼びかけられて、寿樹はぴたりと足を止めた。
振り返ると、海が歩み寄ってくるところだった。
「少し、いいか?」
寿樹は「はい」と頷いて海と向き合った。
海は、じっと寿樹を見つめてきた。
「君は、どうするつもりなんだ?」
寿樹よりも10歳は歳上の海は、身長170cmほどの寿樹よりも、まだ背が高い。
「お嬢様からは、"いつも通り"にと、そうお申し付けられております」
寿樹は答えた。
「つまり……お嬢様がお出掛けになられている間、君は、ここに留まる、と?」
寿樹は頷いた。
海は「……そうか」と、ぽつりと声を漏らした。
「いや……いいんだ。お嬢様が、そう仰ったのなら……それでいいんだ」
まるで、自分自身に言い聞かせるような口調で、海は言った。
寿樹は、首を傾けた。
部屋に入ると、主は鏡の前に座っていた。
「お嬢様」
寿樹はその姿に、声を掛けた。
「お伺いしたい事があるのですが、よろしいですか?」
主は鏡越しに寿樹のことを見つめた。
「いいよ〜、何?」
寿樹はそっと息を吸い込んだ。
「何故、あの方々は、お嬢様のことを恐れるのでしょうか?」
問いかけると、主はプっと吹き出した。
「あははっ。寿樹、マジメな顔で聞くことじゃないよ、それ」
寿樹は姿勢を引き締め、「申し訳ございません」と頭を下げた。
「別に謝んなくていいよ」
主はクスリと笑った。
寿樹は何て言葉を返していいのか知れずに、鏡の中を見つめた。
幻想的な色をした瞳をした少女と、暗く濁った色をした瞳の少年が、そこに映っている。
「みんなが私を怖がる理由、寿樹には、分かんないよね」
寿樹は主の言葉に、耳を傾けた。
「寿樹、私はね」
主は、鏡に映る自身の姿を見つめた。
「簡単に、人を殺すことができるんだ。だから、みんな私に気に入られるように、私の気に障るようなこ
とをしないように、必死なの」
その言葉に、寿樹は無意識の内に、首を傾けていた。
「みんな、人を殺して生きているけど、自分の命は大事なんだよ。人間は、死に対してだけは、どうしようもなく弱いんだ。"死にたくない"───"生きたい"って、そう思うんだよ」
("生きたい"……)
寿樹は、心の中でその言葉を繰り返した。
「……僕は」
寿樹は口を開いた。
「僕には……お嬢様の存在が全てです。お嬢様の幸せ以外に、望むものはありません。お嬢様がいなくなってしまった世界に、生きる意味など見出すことはできません」
寿樹は鏡越しではなく、主の姿を真っ直ぐに見つめた。
「僕の存在がなくなることで、お嬢様が救われるのなら、僕は迷わず、その道を選びます」
鏡に映ったけど主は───ふっと微笑んだ。
「ありがと、寿樹」
主は言った。
そして、寿樹を振り返ることなく、
「……私も、その気持ち分かるなぁ」
と、呟いた。
その呟きは、寿樹の心の内側に、ズキリとした感触を残した。
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