November Story6
指導者が変わったという噂───真実を確かめるべく、舞香は、専用署へと向かう。
11月4日。午後3時。
舞香は、専用署へと向かった。
「もう、終わったんじゃなかったの?」
気怠げな声と視線。東野隆行は、パイプ椅子の背もたに深く背を付けて座っていた。
「たしかに、事件は解決した」
舞香は答えた。
「だけど、全てが終わったわけじゃない。あなたの証言の中で、気になることがあった」
「俺の証言?」
東野は髪をワサワサと掻きむしりながら長い溜め息を吐いた。
「そんなの、もう忘れたよ」
「あなたが忘れたとしても、私は覚えてる。自分が言ったことでしょ?聞けば、思い出せるんじゃない
の?」
東野はじとりとした視線を舞香に向けたが、何も言い返しては来なかった。
「あなた、住んでた地下街に男がやってきて、そいつに脅迫されたことで抜け出したところを"ASSASSIN"に捕まった───そういう話だったよね?」
舞香は言った。
「それで、その男は、"アイズのメンバーだと思う"って、あなた、そう言った」
東野は「ああ」と無機質に声を上げた。
「そういえば、話したな」
舞香はじっと、東野の目を見つめた。
「ねえ───あなた、どうして、そう思ったの?」
東野はよし掛かっていた身体を僅かに起こし、ぼそりとこう言った。
「───入れ墨」
「入れ墨?」
「あんた、知ってる?"アイズ"の称号」
舞香は、慎重に言葉を発した。
「あの、狼と蛇のマーク?」
「その入れ墨してたんだよ、その人」
東野は天井を見上げ、その時の光景を思い返すような素振りを見せた。
「ぱっと見た時は、"ああ、この人、アイズのメンバーだったんだな"としか思わなかった」
"アイズ"の称号───それは、狼の横顔と、そこに巻き付くように舌をちら付かせた蛇が描かれたマークだった。"アイズ"の構成員は皆、何かしらにそのマークを身に付けるという決まりがあり、舞香は"HCO"にいた時代、日々、目にし続けていた。
「あなたは、"アイズ"は崩壊したって思ってたの?」
「うん。あの地下街に住んでた人は、みんなそう思ってたと思うよ。"魔王"───御神有馬が死んだって聞いた時に、ああ、"アイズ"も終わったんだなって、そう思った。あそこは、"魔王"に絶対服従だったからね。"魔王"の座を、我こそが受継ぐ───何ていう者が現れるわけもないっていう話は聞いてたし」
「それがどうして……"この人はアイズのメンバーだ"って思ったところに繋がるの?」
「その人、言ってたんだよ」
東野はじっと舞香の目を見つめた。
「"アイズは、終わってない"───って」
東野は口調こそ淡々とそう言った。
「"復活したんだ"、"指導者が変わったんだ"って。あんたたちは知ってると思うけど、俺たちは他人の嘘
を見抜く訓練を積んでてさ、俺もそれなりに、"この人嘘吐いてる"っていうのは、臭いで分かるんだ。け
ど、その人からは、嘘の臭いがしなかった」
東野は首を傾けるようにして髪を掻くと、長く、息を吐き出した。
「俺、それで怖くなったんだ。"アイズ"が絡んでるんだったら、それはマジでヤバイことになるって、そう思うと、居ても立ってもいられなくなって、抜け出したんだ、あの───地下街を」
東野は右手を下ろすと、虚ろな目を、舞香に向けた。
「もういい?満足した?」
舞香は───その問いが言い終えられる前に、すくりと立ち上がった。
「───ありがとう」
舞香は鞄を持ち上げなら、東野に礼を言った。
東野の話を聞きながら、舞香の中には、とある考えが浮かんできたのだった。
「あなたのお陰で、次に何をすべきかが、見つかった」
舞香は東野の視線を背に受けながら、部屋を出た。
※
東野隆行の面会直後に、別の面会を要請し、それが許可されるまでには、それほどの時間は掛からなかった。
舞香は自分の強引とも言えるほど頑固な性格が役に立ってよかったと胸を撫で下ろした。
「お久しぶりです」
椅子に腰を下ろして、舞香はその人物に挨拶をした。
人物は東野隆行とは違う、落ち着いた目をしていた。
藤岡純一───東野と同じ地下街で暮らしていた、そこでは"J"と呼ばれていた殺し屋だ。
順一は掬うような目で舞香を見つめた。
「私に、話があると?」
「はい」
舞香は頷き、人差し指を立てた。
「一つだけ、確認したいことがあるんです」
そこで舞香は、自分たちが現在、"アイズ"復活の噂を調べていること、そのことで東野隆行に話を聞き
にいったことをJに説明した。
「東野はあなたと同じ地下街に住んでいたと聞きました」
舞香は言った。
「だとすれば、"アイズ"のメンバーを名乗る男が突然押しかけてきた時、あなたも東野と同じものを見て
いたのではないかと、そう思ったんです」
Jは声に出さずに、数回頷いた。そしてその後に、ぽつりと、「申し訳ない」と、答えた。
「私はその時、どうやら外出していたようだ。知らない男が訪ねてきて、ここを撤退するように言ってきたという話を、後から聞いた程度で、詳しいことは分からない」
舞香は「あぁ……」と声を漏らした。
そうか。この人は、見ていなかったか。
「力になれなくて、すまない」
Jはそう言って、頭を下げた。
「いえ……」
舞香は首を横に振った。
続いて「気にしないでください」と微笑を向けようとしたが、僅かに伏せられたJの目を見て、舞香は
ぴたりとそれを止めた。
「……そうか」
Jは呟くように言った。
「あの組織が……"アイズ"が、また、動き出そうとしているのか……」
その表情に───舞香は見覚えがあった。
そっくりだ───と、そう思った。
───やはり、この人は、亮助の父親なのだ。
舞香は、返す言葉が見つからず、Jが見せた悲しげな目を見つめるしかなかった。
彼は、"アイズ"の元構成員の殺害計画により、自らその身をこの場所に送られることを望んでいたの
だ。
そして、その計画の動機として語られたのは───息子への復讐というものだった。
その原因となった組織が、再び動き出そうとしている───舞香は、それを知ったJの気持ちを自分に
置き換えた。
胸が、締め付けるように苦しくなった。
「……そうだ」
不意に、Jが声を上げた。
舞香と目を合わせたJは、何かを思い出したかのような目をしていた。
「いや……"アイズ"のことに関係があるかどうかは、確かではないんだ」
Jは言った。
「ただ……気になって仕方がないんだ。あれは……10月の、22日のことだった」
そうしてJが語り出したのは、ヒドゥンストリートを歩いていた時、かつての仲間に出会い、その仲間
の死を目にしたという出来事だった。
「その時……、Kを……仲間を殺したのは、女の子だったんだ」
Jは、そう語った。
「16歳くらいの……オーロラのような色の髪と瞳をした、綺麗な顔立ちの子だった」
Jは、やるせないという風に、息を吐き出した。
「……その子は、私に、仲間を殺した理由を、こう語った」
”この人、私のテリトリーに、勝手に入ってきたわけ”
「私の、テリトリー……?」
「まるで、何処かの組織を統治しているような言い方だった」
「確かに……そんな感じがする……」
16歳くらいの少女───舞香の頭に浮かんだのは、長女、優樹菜の姿だった。
(ゆきと同じくらいの年の子が……、組織を統治してる……?)
信じられない───そう、思ってしまう。
しかし、舞香が持っている常識は、殺し屋の世界には通用しないものなのだ。あの世界は、狂っている
───。
「その子は……」
Jは、悲し気な目を見せた。
「自分には名前がない───自分は何者でもないと、そう、言っていたんだ」
Jは「どうか……」と、舞香の目を見つめて言った。
「あの子のことを……探してあげてほしい」
その目には───少女を思いやる、深い気持ちが宿っていた。
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