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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第8章
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November Story3

少女の正体は、一体───?

 11月3日。


 この日は文化の日───祝日だった。


 学校も活動も休みになったこの日、蒼太は1人、家を出た。


 向かった場所は、あの少女と出会った、あの並木道だった。


 一昨日、少女に会ってから───少女と、勇人が話しているところを見てから、蒼太の頭の中では、憶測と不安がぐるぐると渦を巻いていた。



 並木道の入り口に足を踏み入れながら、蒼太は「兄ちゃん……」と心の中で呼びかけた。


(大丈夫……、なのかな……?)


 大丈夫?───という問いかけには、様々な意味が存在する。体調や怪我の度合いを気遣ったり、「これでいいか」という確認を目的として使われたりする。


 この場合、自分が勇人に対して思った「大丈夫?」は、そのどちらもの意味がこもっているように、蒼太には感じられた。


 昨日、勇人は、本拠地に来なかった。


 そのことには、一昨日にあった出来事が関係しているのではないか───蒼太は、そう思えてならなかった。


 そして、一度そう思うと、居ても立ってもいられなくなってしまった。


 この並木道は、9月のある日、蒼太が、少女と出会った場所だ。


(あの時……、あの人、こう言ってた……)


 "私、この場所好きなんだよねー"


 "落ち着くから"


 あの言葉を考えると、少女が、この場所に度々訪れるということになる。

 

 いつのタイミングで、どんなきっかけで、何を思って、少女はこの場所に向かおうと思うのか───それは、蒼太には分からない。

 

 しかし、他に、少女がいそうな場所にも、心当たりはない。


 だったら───会えるかどうか分からないけど、行ってみよう。


(それで……会えたら……)


 蒼太は歩き進みながら考えた。


(会えたら……)


 会えたら───聞かなくてはならない。


 "あなたは、誰なんですか?"───と。


 ふと、前方に何かを感じて、蒼太は俯いていた視線を上げた。


「えっ……?」


 蒼太は、立ち止まった。


 そこに───よく見慣れた人物がいた。


「兄ちゃん……?」


 勇人は、一本の木の前に立っていた。


 蒼太は「どうして……?」と思いながら、勇人に近付いた。


 声を掛けようとしたところで、勇人の視線が、蒼太に向いた。


 目が合って、蒼太の口から漏れたのは、「あっ……」という一声だった。


 勇人は赤い瞳で、蒼太の目を捉えたまま、「お前」と口を開いた。


「何やってんだ」


 そう問われた瞬間───蒼太の中に、あの声が蘇ってきた。


 "挨拶もなしに質問?"


 自分が言われたのではない───これは、少女が、勇人に言った言葉だ。


 蒼太はそれを感じて、ピクリと肩が動くのを感じた。


「あっ……、えっと……」


 蒼太はそこでようやく、今、自分が勇人と向かい合っているという実感が湧いてきた。


 何、やってるんだろう……?何やってたんだっけ……?───考えて、答が分かっているのに、他に理由はなかったかと探して、どうにか誤魔化せないかと焦る間。勇人は視線を動かすことなく、蒼太のことを見つめていた。


 蒼太は、そのことに気が付いて、はっとした。


(嘘……付いちゃ、だめ)


 心の中で、自分が自分にそう言った。


「あっ……あのね……」


 蒼太は「ぼく……」と答えた。


「ま、前に……ここで、あの人に、会ったこと、あって……」


 あの人───兄ちゃんの、"友達"。


 そうとしか、蒼太はその人のことを知らない。


 ただ、そう口にすることは、してはいけない気がした。


「あの……、一昨日、会った……あの人……」


 言葉にすると、自分は、あの少女のことを何一つ知らないということが分かった。


 名前も、年齢も───何も。


 そう思って、蒼太はまた、声を思い出した。


 しかし、今度は、少女のものではなかった。


 "お前、今まで何処で何してた"


 勇人の声だった。


「……兄ちゃん……」


 気付くと、蒼太は、口を開いていた。


「あの人……、誰……?」


 その瞬間。


 辺りに、冷たい風が吹いた。


 蒼太の足元で、落ち葉がバタバタと激しく動き出した。


 その音がなくなった頃、勇人は、蒼太の目から、目を逸らした。


「お前は、気にすんな」


 勇人は言った。


 そして、ほんの一瞬だけ、蒼太のことを見た。


「───お前は、知らなくていい」


 蒼太は「え……?」と声を上げようとした。


 しかし、実際に出たのは、声ではなく、息だった。


(何で……?)


 蒼太は心の中に言葉を放った。


(どうして……、そうなるの……?)


 その問いかけも、声にすることはできなかった。


 何て言葉を返していいのか、分からなくなった。


 どうしたら自分の気持ちが勇人に伝わるのか、分からなかった。


 ただ、分かるのは───勇人が、"何か"を知っているということだ。勇人だけにしか分からない、"何か"を。


 不意に、蒼太の頭の中に、あの日のことが浮かんだ。


 "お前、そいつがしてきたこと知らないんだろ"


 "だったら、知らないまま離れろよ"



 "───知った奴のこと不幸にするんだよ、そういう奴は"


(あの時も……そうだった……)

 

 あの時───蒼太が、Jが殺し屋であることを知った上で会いに行くことを、勇人に話しに行った時。


 あの時も、勇人は、勇人だけにしか知りえないことを話していた───思い返して、蒼太はそう思うようになった。


 何なのだろう───何が、勇人にあの言葉を話させたのだろう。今、この言葉を言わせたのだろう。


 

 分からない───蒼太は、まだ何も知らない。


 ───「プルルル……」という機械音が流れたのは、その時だった。


「あっ……」


 蒼太はその音に、ジャンパーのポケットを見下ろした。


 鳴っているのは、蒼太な携帯電話だった。


 取り出してみると、着信の相手は、父だった。


「もしもし……?」


 呼び掛けると、僅かな間の後で、父の声がした。


「蒼太?今、どこにいる?」


「今……?えっと……ちょっと……外にいる……」


「すぐ、帰れそうか?」


「えっ……?」


 蒼太は声を上げた。


 この日は父も仕事が休みで、今日は一日、家にいると言っていたはずだ。


「何か、あったの……?」


「ちょっとな。できたら早めに帰ってきてほしいんだ」


 父の声の直後、勇人の体が動いた。


「あっ……」


 思わず、蒼太は声を上げた。


 勇人が歩き出す姿に、「兄ちゃん……?」と声を掛けようとした瞬間、耳元で、プツリと音がした。


「えっ……?」


 電話が、切れた。


「お父さん……?」


 呼び掛けた声に返ってきたのは、無機質なビジートーンだけだった。


 ※


 蒼太が家の前に着いたのは、午後2時のことだった。


 普段なら、仕事が休みの父は、大抵この時間、家の掃除に励んでいる。


 玄関の引き戸に手を掛けた時、


「蒼太」


 と、声がした。


 蒼太は顔を向けた。


「お父さん……?」


 声がしたのは、家の裏側の方からだった。


(何やってるの……?)


 蒼太は、心がザワザワするのを感じた。


 どうしてだろう───父の声は、電話で聴いた時も、今聴いたものも、いつも通りの、優しい音だったのに。


 蒼太は壁を辿って進み、家の裏を覗き混んだ。


 そこに───父の姿はなかった。


 ただ、1人の人物の姿があった。


「こんにちは」


 壁によし掛かるようにして立っていた人物は、ニコリと笑った。


 蒼太は、目を見張り、息を呑んだ。


 幻想的な色の髪と瞳───あの少女が、そこにいた。


「騙してごめんね〜」


 綺麗な声で、人を眠りに誘うようなゆったりとした口調で、少女は言った。


「さっきの電話、掛けたの私なんだー。君のお父さんになりすましてね」


 蒼太は心臓がドクンと跳ね上がるのを感じた。


「安心していいよ。君のお父さんは、今、お家の中にいるから」


 少女は、感情の読み取れない笑顔を浮かべていた。


 蒼太が言葉を返せずにいると、少女は壁から背を離して、「大丈夫」と言った。


「そんなに怖がらなくても。私は君に、何もしないから」


 少女は、蒼太と向かい合うように立った。


「ただ、また君とお話ししたくって。君が私に会いに来てくれるより、私が君に会いに行く方が確実だって思ったんだ〜」


 少女は「君さ」と首を傾けた。


「さっき、私に会いに来てくれたの?あの、並木道に」


 蒼太は、目を見開いた。


「……なん、で……?」


 漏れ出した声は、か細く震えていた。


 少女は、ふっと口元に微笑を浮かべた。


「私ね、すっごく便利な能力、持ってるんだ」


 少女は目を笑わせないまま言った。


「"願いを叶える能力"───私が願ったことは、全て叶う。君のお父さんになりすましたことも、君がここに来るまでの行動を知ってるのも、全部全部、願いを形に変えた結果。───ね?便利な能力でしょ?」


 その問いかけに、蒼太は頷くことができなかった。


 前に会った時と違う───あの時、並木道であったこの少女は、こんな冷徹な笑みを浮かべてはいなかった。


 何が変わったのか───これが、彼女の本性なのだろうか。


「その様子だと、何も聞いてないんだね」


 不意に、少女が笑顔を消した。


「勇人は、君に私のこと、話さなかったんだ」


 じっと見つめられ、蒼太はビクリと肩を揺らした。


「───まあ、いいよ。私が教えてあげれば済むことだもんね」


 一変して、少女はまた、笑顔を浮かべた。


 そして、蒼太に近付いてきた。


「清水蒼太くん」


 蒼太の目の前で立ち止まった少女は、蒼太の名を呼んだ。


「改めて、自己紹介させてね」


 間近で見た少女の瞳は、まるで、宝石のようだった。ただ───そこに、光が宿っていないことを除けば。


「私は、君のお兄ちゃんのこと、よく知ってる人」 


 蒼太は少女の瞳から、目を離せなくなった。


「君のことも、ちょっとだけ知ってる」


 少女は、微笑を浮かべて言った。


「君たち───"ASSASSIN"のことも、知ってる」


 目を逸らすことができず、頷くことを忘れ、自分はここで何をしていたのか───そんなことを思った。


「私の名前、知りたい?」


 蒼太は、はっとした。


 異世界から現実に引き戻されたような───そんな気がした。


(名前……?)


 ───この人の、名前……?


「わかった」


 少女は、蒼太の心を見透かすように、にっこりと笑った。


「教えてあげるね」


 少女はそう言って、蒼太の左手に、指を触れた。


 蒼太は、ビクリと、体を揺らした。


 少女の指先は───驚くほどに冷たかった。


 少は、蒼太の手の甲に、自身の人差し指をペンにして、文字を描き始めた。


「私の名前は」


 少女は、蒼太の真っ白な手に、4つの字を書いた。


「───御神輝葉(みかみてるは)


「……"輝葉"……?」


 蒼太は、無意識の内に、呟いていた。


「そう」


 少女───御神輝葉は笑顔で頷いた。


「可愛い名前でしょ?パパが付けてくれたんだ」 


 輝葉は、サッと右手で、蒼太の手の、自身の字を書いた場所を拭った。まるで、消しゴムをかけるように、自らの名前を───消すように。


「まだまだ気になること、たくさんあるでしょ?」


 輝葉は、蒼太の手から指先を離して言った。


「でも、今は、君の質問には答えられない。私、もう行かなきゃならないの」


 もう行かなきゃならないの───そう、言ったはずなのに。


 輝葉は一歩、蒼太に近付き、


「約束、できるかな?」


 蒼太の耳元に顔を寄せ、そう問いかけてきた。


「……え……?」


 蒼太は首元に、輝葉の毛先の感触があたるのを感じた。


「明後日まで、私とこうして会ったこと、他の誰にも話したらダメ」


 囁くような声量で、輝葉は言った。


「それが守れたら───良いこと、教えてあげる」


 輝葉の表情は、蒼太に目に映っていなかった。


 しかし───蒼太は、輝葉の声から、彼女が、微笑を浮かべていることが分かった。


 輝葉はゆっくりした動作で、身を引いた。


「じゃあ、またね」


 輝葉は身を翻し、向こう側へと歩いて行った。


 蒼太はただ呆然と、遠ざかっていくその姿を、見つめることしかできなかった。

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