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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第8章
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November Story1

久しぶりだね、勇人───そう言って現れた人物は、蒼太がかつて会った、"あの少女"だった───。

「久しぶりだね、勇人」


 蒼太は、目を見開いた。


 "立入禁止"の看板を背に向けて立っている少女は、謎めいた微笑を浮かべていた。


 そしてその目は───勇人を見つめていた。


(あの……人)


 蒼太は少女と出会った、あの日のことを思い出した。



 "植物、好きなの?"


 並木道で、そう、蒼太に声を掛けてきた少女。


 "どうして、葉は青いって言うんだろうね"


 その言葉を残して、立ち去っていった少女。


「4年ぶり、かな」


 少女は言った。


「嬉しいな、また会えて」


 にっこりと、少女は笑った。


 蒼太はその笑顔に、ゾクリとした。感情が感じられない───無機質な笑顔に見えたのだ。


 一体、この少女は、勇人の何なのだろうか───。


 勇人に目を向けようとした時、「お前」と、勇人が口を開いた。


「───今まで、何処で何してた」


 問われた相手───少女は、ふっと首を斜め下に動かして笑った。


「挨拶もなしに質問?もっと喜び合おうよ。お互い、またこうして会えたんだからさ」


 蒼太は、勇人を見上げた。


 勇人は、少女以上に感情のない目をしていた。


 少女は、息を吐き出すように肩をおろした。


「喜んでくれないんだ」


 僅かに機嫌を損ねたように、少女は言った。


「───私たち、"友達"なのに」


(とも、だち……?)


 蒼太は心の中で、少女の言葉を繰り返した。


 そして、少女と、勇人を見た。


 2人の間に流れる空気は───友人同士のものではなかった。


「ま、話したいこと、聞きたいこと山々なのは分かるけどね~」


 勇人の問いかけに答えるように、少女が言った。


「だけど、それには”タイミング”っていうものがあるんだよ、勇人。分かるでしょ?”今すぐ”にはムリ」


 少女はチラリと視線を動かして―――蒼太のことを見た。


「何より、その子がいるんじゃ、無理だよ」


 少女に見つめられ、蒼太は、はっと息を呑んだ。


 蒼太のその反応を楽しむかのように、少女は、薄らと笑みを浮かべた。そしてその目を、再び勇人に向

けた。


「今日、私がここに来たのは、勇人に”久しぶり”の挨拶しておこうと思っただけ」


 蒼太は、少女感情の読み取れない瞳から、目が離せなくなった。


「私は、勇人のこと知ってるけど、勇人は、私のこと知らないでしょ?」


「その内、教えてあげる」───そう、少女は言った。


「それまで、待ってて」


 少女はくるりと、身を翻した。


 そうして、数歩進んだところで振り返り、


「また会った時は、たくさんお話しようね。あの頃みたいに」


 謎めいた微笑を浮かべた。


 次の瞬間───少女の周りに、ぼんやりと白い霧のようなものが立ち込めた。


 霧は一瞬にして少女の身体を包み込み、晴れた頃には、その姿を消していた。


 蒼太は呆然と、その光景を見つめていた。


 ───はっと我に返ったのは、勇人が歩き出した気配を感じた時だった。


「───あっ……」


 蒼太は声を上げ、


「兄ちゃん……?」


 勇人を呼んだ。


 しかし、勇人が振り返ることはなかった。


 少女がいた場所に向かって行く勇人の後ろ姿に、蒼太は、何を思っていいのか、分からなくなった。


 ※


「あっ!蒼太!」


 オフィスのドアを開けると、すぐに葵がぱっと顔を輝かせた。


 オフィスには既に、葵、優樹菜、翼、光の4人がいた。


「あれ?勇人も一緒だったんだね!」


 葵が声を上げると、優樹菜が視線を上げた。


 勇人は何も言うことはなく、蒼太の横を通り抜けて行った。


 いつも通りの、勇人の行動。


 いつも通りの───はずだった。───はずなのに。


 蒼太は、心臓がドキリとした自分に気が付いた。

 

 メンバーに視線を向けてみても、4人とも、勇人の様子を不思議がるような素振りは見せなかった。


(……ぼく、だけ……)


 自分だけ───勇人と少女が話しているところを見たのは、自分1人だけなのだ。


 だから───こんなにも動揺を覚えているのは、この中で、自分1人だけなのだ。


「今日は記念日だね!」


 葵がニコニコと楽しそうに言った。


「"活動は1日交互に"っていうのが今日からなくなるんだもん!」


「何でもかんでも記念日にするのやめなさいよ」


 優樹菜が口を開いた。


「そんな風にやってたら、毎日が何かしらの記念日になっちゃうじゃない」


「えー!いいじゃん!毎日お祝いしよーよ!」


 葵が言うと、光が、僅かに苦笑を漏らした。


「それだど、"お祝い"が特別なものじゃなくなっちゃいそう」

 

 翼が「たしかに」と笑顔をみせた。


「たまにあるからいいんじゃないかな」


「あー!そっか!それはそうかも!」


 2人の言葉に、葵は大きな納得を感じたように頷いた。


 いつもなら、楽しく聞いているメンバーの会話───しかし、今、蒼太は、それをぼんやりと聞いてし

まっていた。


 頭の中で考えていることは、4人の会話とは全く関係のない内容で、蒼太は、それでも、考えることをやめることができなかった。


 "久しぶりだね、勇人"


 ───自分に向かっての言葉じゃないのに。


 蒼太は、少女のあの声が、頭に貼り付いて離れなかった。


 "4年ぶり、かな"


(4年前……ぼくが、7歳の時だから……兄ちゃんは、12歳……)


 そしてそれは───母が亡くなった年であり、勇人が家出をし、蒼太が勇人の記憶を失った年でもある。


 その年を境に、あの少女と、勇人は別れていた───。


 蒼太は、勇人の姿を見たくなった。


 しかし、蒼太が座った位置の斜め後ろにいる勇人を振り返れば、勇人に気付かれてしまうだろう。


(たぶん……兄ちゃんは……、ぼくが、"あの人のことが気になる"って言ったら……)


 "お前には関係ない"───そう、言うだろう。


 そう言われてしまったら、蒼太は、それ以上踏み込んでいけなくなる。


 もしかしたら、今、こうして勝手に踏み込んでいこうとしていること自体が、大きな間違いなのかもしれない。


(でも……、だけど……)


 蒼太は、誰にも気付かれないように、テーブルの下で組み合わせた指にぎゅっと力を込めた。


 "───私たち、"友達"なのに"


 あの言葉が、どうしても気になる。


(兄ちゃんに、昔の友達がいることが不思議だとか、そんな風に思ってるわけじゃないけど……)


 蒼太が知る、昔の勇人に、"友達が少ない"というイメージは、決してなかった。


(むしろ……逆、だったと思う……)


 蒼太は、幼い時、家の外で見た兄の姿を思い出した。


 その時、蒼太は、母と共に、勇人が通う小学校を訪れていた。


(何かの行事だったと思うんだけど……、何だったのか……思い出せない……)


 曖昧な記憶の中で、はっきりと覚えている光景が、1つあった。


 蒼太はその時、体育館の中にいた。


 体育館には、多くの児童と保護者の姿があった。


 大きな体育館の端に、母と手を繋いで立っていた蒼太は、人々の集団の中に、勇人の姿を見つけた。


「あっ」と思って、「兄ちゃん」とその姿を追おうとした。


 しかし───直後に見えた光景に、ぴたりと、その動きを止めた。


 そこでは───勇人が向かった先では、勇人と似た背格好の男の子が数人、輪を作って談笑していた。


 そして、蒼太は、兄がその輪の中に入り、まるで、それまで一緒に会話をしていたように、声を発し、

誰かが言った言葉に笑顔を見せる姿を、見た。


 あの人たち───兄ちゃんの、友達なんだ。


 そんなことを、思ったのを、蒼太は覚えている。そして、同時に、勇人に対して、それまで感じたことのない感情を抱いたことも。


 いいな───兄ちゃん、楽しそうで。


 幼かった蒼太は、母のことを見上げ、「ここ、嫌」と我儘を言った。


「他の場所で、待ってようか」


 そう言ってくれた母と一緒に体育館を出ていく時、蒼太は、いつもすぐ近くにいる勇人の存在が、とて

も遠くなってしまったような気がして、どうしようもなく寂しい気持ちを感じた。


 家に帰ってからも、その気持ちは蒼太の中から抜け出してはくれなかった。


 母と勇人がいる居間を気付かれないように抜け出して、蒼太は子供部屋に向かった。今、蒼太が自分の部屋として使っている、かつての、兄弟2人の部屋だ。

 1人になったらこのもやもやがなくなるかもしれない───そう思ったのに、それは違っていた。


 なくなるどころか、蒼太は、行き場のない寂しさを感じることになった。


 自分だけが、ひとりぼっちのような気がした。


 それまで、蒼太には、"友達"という存在がいなかった。


 それは、幼稚園にも保育園にも通っていなかった蒼太は、年の近い子と関わりを持つ機会がほとんどな

く、人見知りな性格も相まってのことだったが、当時の蒼太はそのことをコンプレックスに感じるような

ことは、それほど多くなかった。


 それは───その理由にあるのは、兄の存在だった。


 家にいる間、勇人は、いつも蒼太と遊んでくれた。学校が休みの日には「外に遊びに行こう」と誘ってくれた。


 だから───友達がいなくても、蒼太は、寂しくなかった。


 そしてそれは、勇人にとっても同じなのだろうと、自然と、そう思っていた。


 しかし、それはどうやら違うようだと、気付いてしまった。


 兄ちゃんは、ぼくと同じじゃないんだ───兄ちゃんは、ぼくじゃなくても、いいんだ。


 勇人がそう言ったわけでも、他の誰かにそう言われたわけでもないのに、蒼太は、その思い込みに囚わ

れた。


 そうして、1人、部屋の隅で、両腕で抱えた膝に額を押し付けようとした時───


 部屋のドアが開いた。


「蒼太?」


 声に、蒼太は顔を向けた。


 勇人が、自分を見つめて立っていた。


 目が合って、蒼太は、「あっ……」と声を上げた。


 しかし、答えることができなかった。何を答えたらいいのか、分からなかった。


 そんな蒼太に、勇人は近寄ってきた。


 そして、蒼太の隣に腰を下ろすと、何も言わずに、ただ、蒼太の頭に、手を触れた。


 蒼太は、兄のことを見つめた。


 勇人は、蒼太に、何も言わずに、ただ、笑いかけてくれた。


 ───蒼太は、その瞬間に、分かったような気がした。


 そっか───兄ちゃんは、こんなにも優しいから、"友達"がいるんだ。


 そう思うと、蒼太の中にあった、もやもやとした気持ちはなくなった。


 あの光景が───勇人が男の子たちと話していたあの光景が、"あたりまえ"のように思えてきた。


 勇人は、誰に対しても分け隔てなく───どんな人にも平等に、優しさを持っている。


 そう───蒼太は思っていた。


(……だけど……)


 一方で、今の蒼太は思う。


(本当に……、そうだったのかな……?)


 あの頃より、少しだけ"大人になった"蒼太は、こんな考えに行き着いた。


(兄ちゃんにも……苦手な人とか、この人とは仲良くしたくないって思う人が、いたんじゃないか

な……?)


 みんな平等に───そう、言葉では言いつつも、それが簡単には実現できないのが世界であり、人間だ。誰もが、自分とは違う他者をすんなりと受け入れ、良好な関係を築くことができるのなら、争いは起こらないだろう。


 完全に、「自分は全人類、誰とでも仲良くなれる」と言い切れる人は、この世に存在するのだろうか。


(何ていうか……)


 蒼太は、自分がそんなことを考えた理由を探ろうとした。


 そうして、思い当たるものが見つかった。


(本当に……あの人は、兄ちゃんの"友達"なのかな……?)


 "───私たち、"友達"なのに"


 少女は、確かに、そう言った。


 だが、少女が勇人に対して見せた、あの態度は、あの言動は、あの笑顔は、"友達"に向けるものではなかったような気がしてならない。


 そして、昔の勇人と、あの少女が仲良くしている様子を想像しようとしても、できないのだ。


(もしかしたら……)


 蒼太は、とある考えに至った。


(あの人も……昔から"変わった"人なのかもしれない……)


 ───勇人と、同じように。


 そう、思った時。


 蒼太は、視線を感じて、顔を上げた。


 見ると、優樹菜が蒼太のすぐそばに目を向けていた。


 その視線の先には───勇人がいた。


 優樹菜は、何かを不思議がり、それでいて何かを探るような目をしていた。


 蒼太は、その視線を追い───勇人のことを、振り返った。


 勇人は、窓の方を見つめていた。


 その目は、窓の外に写った何かを見つめるものではなく、何もない場所に何かを写しているように──

─蒼太には見えた。

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