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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第1章
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April Story15

取り調べのその後───蒼太の決断。

 虚無感が蒼太を襲った。


 一気に、心の中が空っぽになってしまったようなそんな感覚のまま、蒼太は翼と内藤のやり取りを見つめていた。


 ただ、繰り返し、繰り返し、近藤の涙の光景が頭に浮かぶ。


 気付けば、2人の話は終わっていて、蒼太は翼と共に、専用署を後にした。


 外に出てすぐに、翼が蒼太の方を向いて立ち止まった。


「……ごめんね」


 突然の謝罪の言葉に蒼太は戸惑った。


「え……?」


 と、声を上げ、何故、翼が謝っているのかと記憶を辿る。


「近藤を相手にするのは、違ったなって。……今日は僕一人で来るべきだった。ごめんね、怖い思いさせちゃって。ちょっと考えれば分かることなのに」


 翼は、蒼太が答に辿り着く前に、そう言った。その表情はまだ、蒼太が知らないものだった。


「あ……、いや……」


 蒼太は首を横に振った。


「……ぼくの方こそ……、勝手に口挟んだりして、ごめんなさい……」


 蒼太は目を伏せ、謝罪を述べた。


「……いや」


 少し、間があって翼が口を開いた。


「むしろ……言ってくれて、すごく、助かった」


 その言葉に、蒼太は、はっと、顔を上げた。


「ああいうタイプの人には基本的に大抵、何を言っても響かないんじゃないかって、僕は、思ってたんだけど、でも、蒼太くんが言ってくれたあの言葉は、きっと、あの人の心に、響いてたと思うし、この後も、ずっと残り続けるんじゃないかと思う」


 翼は、そう言って、微笑んだ。

 

「蒼太くんのおかげで、あの人───近藤さん、きちんと自分の罪に向き合っていけるんじゃないかな」

 

 その笑顔は、蒼太に本当に久しぶりに感じる感情に出会わせてくれた。


 自分は───誰かの役に立てた。


 自分のしたことが、認めてもらえた。


 そう感じられるのが凄く、凄く、嬉しい。


(ああ……、なんだ……)


 蒼太は後悔するのをやめた。


(よかったんだ……。あの時、ああ言って……)


 いつからか、蒼太は全く自分に自信が持てなくなっていた。


 勉強も運動も、その他の作業も。自分は何もできない、何もかもが下手だということを、周りに知られたら馬鹿にされそうで怖かった。


 だから、目立つことは避けて、見本になることから、逃げてきた。


(でも……そんなぼくでも、認めてくれる人は、いるんだ……)


 考えてみれば、それは˝あたりまえ˝の事なのかもしれない。だが、蒼太は人生で初めて、気付くことができた。


「帰ろうか」


 翼が言った。


 見上げた空はオレンジ色に染まっていて、蒼太は時間の流れに気が付く。


 今日、ここに来た時には無かった感情が蒼太の中に湧き上がって来たのは翼が歩き出すのを見た時だった。


「あ、あの……」


 蒼太は翼に呼びかけた。


 翼が振り返る。


「……ぼく、この班に入っても良いですか……?」


 蒼太はしっかり、自分の考えを伝えたいと思った。


「ぼく……この仕事、したいです」


 否定されるかもしれないという恐怖は無かった。


 翼は蒼太の突然の言葉に、少し、驚いたような反応をした後、


「───うん。もちろん。蒼太くんさえ、良ければ」


 と、優しく笑った。


 安心感とこれから起こるであろう出来事に対する楽しみが、蒼太の胸の中でじわりと暖かく広がった。


 ※


「あっ……、もう一つ、良いですか……?」


 蒼太はそこで、翼が能力で作り出した、あの、幻想的な壁を思い出した。


「あの……、翼さんの能力って……?」


「ああ」


 翼は「そういえば」という顔をした。


「幻覚、みたいなものなんだけど」


「幻覚……?」


「うん。無いはずの物を作りだす力。例えば……」


 翼の瞳が輝きを放った。


 蒼太の目の前に一匹の美しい蝶が現れたのは、直後で、あまりの自然さに蒼太はすぐに反応することができなかった。その蝶の、レーザーの光で作ったような色味に気付き、「わっ……」と声を上げる。


「すごい……」


 蒼太が蝶に触れると、蝶は消えた。


「自分の想像できる範囲であれば、大抵のものは作れるんだけど、2分くらいで、自然に消えちゃうんだよね」


 そう言った翼の瞳からは、光が消えている。


「そろそろ帰ろうか。遅くなっちゃうし」


 翼の声に、2人は専用署を後にすることにした。


 蒼太は歩き出す前に、一度、建物を振り、


「今日ここに来ることができて良かった」と、噛みしめるように思った。


 ※                   


 近藤邦洋は、鉄格子を見つめていた。


 正面の檻に人は入っていないが、どこからか咳払いが聞こえてくる。


 この場所に来て、何日か経つが、近藤はこの数日間、自分がいかに何も感じず、ただ「もっと優遇しろよ」などと考える程に頭が足りなかったかを思い知っていた。


(……他の奴らは何考えてるんだ)


 このフロアには他にも捕まった殺し屋がいる。


 自分の行いを反省し、これから起こることに対して不安に駆られている者もいれば、以前の近藤と同じように、自分が何故こんな場所に閉じ込められているのか、納得の行かない者もいるだろう。


(どんなこと思ってたって、俺らの先にあるのは地獄だ……)


 近藤の頭に浮かぶのは少年の怒りの言葉だ。


(本当に、あの子の言うとおりだ……。俺は今まで、人の死体の上で、自分の幸せだけを見て来た……)


 今なら、自分のしたことがいかに最低で最悪かが分かる。


(あんな子供にも分かることに、何で俺は今まで気付かなかったんだ?)


 近藤は頭を抱えた。


(いや……、気付けなかったのは他ならない自分のせいだ。……俺は、誰かに責任を押し付けて、考えることから、逃げてきたんだから……)


 絶望をその時、近藤は初めて味わった。


 そう自覚した時にはもうどうしようもできない。


 過去は変えられないのだ。


(けど、俺が殺してきた奴らは、こうして自分の人生について考えることもできずにこの世を絶った……。ああ、俺は何てことをしてしまったんだ……。俺があの時、ボスに会う前に死んでいれば良かったんだ……)


 身体が震え、嗚咽が漏れだす。



「なーに泣いてんの?」



 聞き覚えのある声がした。


 近藤は、はっと顔を上げた。


 身体が強張る。


「泣きたいのはこっちだよ。まんまと捕まってくれちゃって」


「……ボス……?」


 近藤は呼びかけた。


「近ちゃん。幻滅したよー、あんな簡単にやられちゃうなんて」


 近藤はあちこちに目を向け、声の主の姿を探した。


「ぜーんぶ見てたよ。近ちゃんが捕まるところも、さっきの取り調べも」


「ボス……?助けに来て下さったんですか……?」


 近藤は希望からの問いではないものの、そう

問いかけた。


「んー?近ちゃんはどうなの?助かりたいの?」


「……俺は……」


 近藤は床を見つめた。


 考える必要はもう、無かった。


「……いえ。俺はもう、無理です」


「そうだねー。私もそう思う」


 即座に、冷ややかな回答が返って来た。


「この役立たず。ごみ」



「う˝っっっ!!!!」



 突然、激しい痛みが近藤の体を襲った。


 どこが痛みの元なのか、考えることもできず、近藤は床に倒れこんだ。


「使用済み認定だよ、近ちゃん。君には期待してたんだけどねー。でも、˝ASSASSIN˝じゃないって分かった瞬間に手を出す、あれは無いわ~。自爆すぎて引いたよ」


 段々と、声が近く聞こえるようになって来た。


「˝ASSASSIN˝の捜査に同行してるんだったら、それはもう˝ASSASSIN˝同然でしょ?なんで、そんな簡単なこと、分かんないわけ?しかも、捕まってから、前に出るの私、好きじゃないんだよね~。それに、泣くのも。ほーんと、がっかり。最後の最後で私を幻滅させること重なりすぎ。まあ、いっかー。どうせ死ぬんだし。まだ生きてる?」


 藻掻き苦しむ近藤の顔を覗き込む顔があった。


 しかし、朦朧とする意識の中では、その顔を捉えることは不可能だった。


(本当に滑稽だよな……)


 近藤は、もう、痛みを感じなくなった。


(最後まで、雇い主の顔も知らずに死ぬなんて……)


 最後の、一瞬、近藤の頭に浮かんだのは、自分の心を変えてくれた、あの少年の顔だった。

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