October Story32
長い復讐劇の結末───そこでJを待っていた未来とは───。
「亮ちゃん」
舞香の声に、亮助は顔を上げた。
「取調、私に担当させて」
舞香は明るい声で、そう言った。
「ああ……悪い」
反射的にそう返した亮助の肩を、舞香がポンと叩いた。
「亮ちゃん、口下手なんだから私がやった方がうまく行くでしょ?」
舞香はそう、笑顔を見せた。亮助が数日ぶりに見る、舞香の笑顔だった。
「時間は、1時から、だったか?」
亮助は時計を見上げた。
「うん。その予定だよ」
午前11時───まだ、時間がある。
亮助は立ち上がった。
携帯電話を持ち上げると、舞香の視線が向いた。
「蒼太くん?」
問われて、亮助は「ああ」と頷いた。
「連絡してみる。きっと、"会いたい"と言うと思うんだ」
部屋を出て、蒼太の番号を探しながら、亮助は10月27日───あの日のことを思い出した。
「……亮ちゃん」
驚愕の目をした舞香は、自身の能力で見たものに、対し、こう口にした。
「……蒼太くんが……」
藤岡純一───10月28日の彼の行動の中に、公園のような場所で蒼太と話している姿を見たのだという。
亮助は「やっぱりか……」と答えた。
やはり、会いに行ったのだ。
「やっぱり……?どういうこと?」
舞香に問われ、亮助は「ごめんな」と答えた。
「お前に話すのは、もう少し後にしておこうと思っていたんだが───」
そこで亮助は、蒼太が藤岡純一と知り合っていたことを舞香に告げた。
「"もう一度、会って話したい"───そう、蒼太が言っていたんだ」
亮助は、そう語った時の、蒼太の真っ直ぐな瞳を思い出しながら言った。
「それを俺たちが邪魔するようなことは、してはいけない───そう、思ってしまった」
亮助は「ごめんな」と、もう一度、舞香に謝った。
「蒼太が叶えるまで───もう少しだけ、待ってくれないか?」
すると───舞香は、ふっと柔らかい目をして、言った。
「亮ちゃん、だめだよ」
舞香は首を横に振った。
「警察官として、失格」
「だけど」と舞香は優しい声で言った。
「親としては、それが正しいと思う」
蒼太に電話を掛けるのは、初めてのことだった。
だが、着信を受け取った蒼太は、何の電話なのか───すぐに察することだろう、亮助はそう思いながら、発信ボタンを押した。
「あっ……、もしもし……?」
電話越しに聞こえた声は、僅かに緊張をしているような音を帯びていた。
亮助は蒼太を大きく動揺させることがないよう、言葉を選びながら犯人確保を終えたということを告げた。
3人目の犠牲者───彼は、現在、専用署内にある療養所で治療を受けており、身元に関してはこれから捜査を行うことになっていた。
そのことを蒼太に告げると、
「そう……なんだ……」
と、呟くような、声と、僅かに安堵したような息遣いが聴こえてきた。
「それでな、蒼太」
亮助は呼びかけた。
「今日の午後から、取調が行われるんだ。その後、会って話すことができると思うんだが、どうだ?来てみるか?」
「えっ……?」と、蒼太が声を上げた。
「い、いいんですか……?」
「ああ」と亮助は頷いた。蒼太の素直な反応に、僅かに、笑みが溢れた。
「あっ……」
不意に、何かを思い出したように、蒼太が声を上げた。
「どうした?」
問いかけると、蒼太は、「あっ……あの……」と切り出した。
「Jさん……絵、持ってなかったですか……?」
※
専用署。1階、取調室。
この部屋に1人で入るのは、初めてのことだった。
不安から来る緊張ではなく、心が宙にふわふわと浮いたような感覚を味わいながら、蒼太は、いつも"ASSASSIN"の取調を見守ってくれる警察官、内藤が開けたドアの向こうを見つめた。
「Jさん……」
そこには、Jがいた。
いつもと変わらない───シルクハットを被った姿が、そこにあった。
ドアが後ろで閉まるのを感じながら、蒼太は一歩、Jに近付いた。
「……どうして」
Jは、ぽつりと口を開いた。
「私なんかに……、会いに来てくれたんだ……?」
蒼太は、今では聞き慣れたものに変わったJの声に───そっと、首を横に振った。
「Jさんが……Jさんだからです」
蒼太はJに向かって、言った。
「ぼくの、大切な人だから……また、会いに来ました」
向かい合うと、Jは深く、目を伏せた。
「……君の、言う通りだった」
Jは、静かな声でそう言った。
「私の行いは……私の復讐は……何も……何一つ……何も、生まなかった……」
その、今にも消え入りそうな声を聞いて、蒼太は───Jのもとに、歩み寄った。
Jに近付き、その肩を包み込むように抱き締めると、Jがはっと微かに息を呑む音がした。
「……蒼太、くん……?」
「ぼくは……Jさんがしようとしたこと───息子さんのための復讐は、正しいものじゃないって言い切れるほど、偉くないし、Jさんがこれまで感じてきた苦しみの全部を、わかることはは、できません。───だけど」
蒼太はJの細い身体を包んだ腕に、そっと、力を込めた。
「Jさんが、息子さんに"幸せになってほしい"って思うこと───Jさんは、息子さんのことが大切だったってこと───それは、わかります」
「だから」と、蒼太は、Jと目を合わせて、微笑んだ。
「それを、息子さんに、伝えてあげてほしい。ぼくが、絶対……息子さんに、あの絵を届けます」
Jが生きてきた中で感じた"幸せ"───蒼太はそれを、Jと過ごした時間の中で知り、そして、絵にした。
あの絵を息子に見せたいというJの願いを、蒼太は叶えてあげたかった。
それはきっと───Jと、Jの大切な人の幸せになるだろうから。
「……ありがとう」
囁くような声の後、蒼太は、Jに抱き締められた。
「本当に……本当に、ありがとう」
Jの微かに震えた声を聞きながら、蒼太は、Jの肩に顔を寄せた。
この人は、ぼくにとって、大切な人だ───。
それは、この先、自分が大人になってからも、ずっと、変わることはないだろう。
よろしければ、評価・ブックマーク登録、感想など、よろしくお願いいたします!




