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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第7章
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October Story31

全てを終わらせる───そう決意したJは、最後の殺人へと向かう───。

 彼にとって、自分が"殺し屋"だと口にするのは、何よりの苦痛だった。


 自分の人生は、殺し屋によって狂わされた───奴らが存在しなければ、私の人生は、こんなものにはならなかった。彼にとって殺し屋は、恨んでも恨みきれない存在なのだ。


 そんな存在を、自分自身が名乗ること───奴らと同類であると認めること。それは、死より辛いことだと、彼は感じていた。


 ただ、ある時、こんなことを悟った時があった。


 私は、もう、"人間"ではないのだ。


 人を殺してしまった。


 人の命を奪ってしまった。


 ある人の人生を終わらせてしまった。


 それを、もう何度も繰り返してきてしまった。


 そうしている内に、人間の道を踏み外し、自分が何者なのか、分からなくなってしまった。


 ───そうしておけばいいのだ。


 だから私は、殺し屋ではない。人間ではない生物に、"殺し屋"などという概念はない。


 ただ───彼は思う。


 今、この瞬間、私はどうしようもなく人間だと。


 人を恨み、自分にできる確実な方法で、その恨みを晴らそうとしている。これは、人間が考えることだ。


 人間というものは、"恨み"という感情を持った唯一の生命体だ───そう、彼は考えていた。

 

 自分の不幸を、人は、何か、もしくは誰かのせいにして生きる。その道を辿り、他人を傷付け、自分自身を崩壊させてしまった人間を、彼は見たことがあった。

 

 

 そして、その時に、思った。

 

 息子には、ああなって欲しくない───と。

 

 その時、彼は息子の現在が、"幸せ"に溢れたものではないことを知っていた。今、息子は、誰かを恨みながら、その感情をどこにぶつけたらいいのか───苦悩しているのではないか。


 そう思って、彼は、こう祈った。


 ───恨むのなら、私を恨んでほしい。


 息子の感情が黒く膨らんで、誰かを傷付けてしまう前に、私という存在を、ただひたすらに、強く恨んでしまえばいい。


 そう───思ったから。


 彼は、この殺人計画において、息子が自分を強く嫌悪し、蔑むように、"完全なる悪"になることにした。


 最初に、復讐に無関係な人間を殺害し、警察を挑発するような言葉を投げかけた。姿を目撃された4人目を殺すでありながら"お前らがヒドゥンストリートに来ないと殺す"と偽って脅迫した。ヒドゥンストリートに誘い込んだ間に4人目を殺害し、"止められなかった"という思いを味あわせたかったように仕向けた。そうして、2人目と4人目の遺体を発見させる。


 自分で吐き気がするほどに、最低最悪の計画だ。


 それでも、息子のためを思うと、やめるわけにはいかないと思えた。


 今も───そうだ。


(その、はずだ……)


 彼は、歩いていた。


 誰もいない道を、ただ1人、進んでいた。


 この道を進んだ先に、奴がいつも決まった時間に車を待つ場所がある。奴の行動パターンをこの1年間、調べ通したからこそ分かる。

 

 奴の姿が見つかったら、後ろから近付いて、ロープで首を締めて、殺す。


 使ったロープはそのままに、証拠が、残るように。


 確実に、警察に捕らえられるように。


 彼は、コートの中を探った。


 指に、麻縄の感触を感じた。


(このロープも……もう、使わなくていいんだな)


 紫色のロープ───これは、彼のことを陥れた同僚が用いていた凶器だった。「俺たちのことを忘れないように、ずっと持っていろ」───そう言われて、持ち続けた。


 そうして、これを見る度、妻と、息子のことを思い浮かべた。


 妻は、このロープで殺されたという。


 息子は、このロープで殺された妻の姿を見たという。


 このロープで、人の命を奪う時、彼はいつも、涙を流さずにはいられなかった。


 ごめんな───全部、私のせいだ。私は、お前たちを守ることができなかった。お前たちの幸せを、守ることができなかった。


 もうすぐ訪れる、最後の殺人。


 私はその時、何を感じ、何を思うのだろう───彼は、ロープを取り出した。


 奴の姿が、見えてきた。


 相手に一切の気配を感じさせないのは、長年で培った彼の技能だった。今回も、それが功を奏した。


「───ゔっっ!!」


 男の鈍い声が響いた。


 首に通したロープに、彼はありたけの力を込めた。


 これで終わりなんだ。


 これで、終わりにするんだ───。


 手に、ドクン、と鼓動が伝わってきた。


 男の詰まったような喘ぎを聞きながら、彼はロープを引いた。


 その時───。


 "殺さないでください"


 声がした。


 彼は、はっとした。


 思い浮かんだのは───あの子の顔だった。


 彼の手の中から、ロープがすり抜けた。


 目の前の男が地面に向かって倒れていく。


 直後───ドン!と彼の背中に、衝撃が走った。


 殺そうとした男と同じように崩れ落ちた彼は、強い力で地面に身体を押し付けられた。


「動かないで」


 凛とした、女性の声がした。


 警察だ───そうか、見つかったのか。


 首筋に、僅かな痛みを感じた。


 朦朧としていく意識の中、彼は、背後に、もう一人の気配を感じた。


 彼は、目を後ろに向けた。


 そこに───男性のシルエットが、ぼんやりと見えた。


 顔が見えたわけではない。


 声を聞いたわけでもない。


 それでも───彼は、彼が何者なのか、はっきりと分かった。


「亮助……?」


 彼は、息子の名を呼んだ。


 薄れていく意識の中では、その声が届いたのかどうか───そこまでを知ることは、できなかった。


 ※


「終わったみたいだねー」


 窓の外を見つめて、主は言った。


 主が見つめる先には、深い闇が広がっている。


「悲しい復讐劇。見応えはあったけど、見てて楽しいものではなかったね〜」


 感想を述べて、主は振り返った。


「愛っていうのはさ、絶大な力を持っているよね」


 主は、言った。


「愛は人を変えてしまうんだよ、寿樹」


 主は寿樹の元へと歩み寄ってきた。


「愛を知ると、人間は、優しくなれる。愛されるっていうのはね、同時に、愛することを学ぶことでもあるんだよ」


 寿樹は、口を開きかけて、寸前で止めた。


 あなたに出会って、僕は人に愛され、人を愛することを学びました───そんな言葉は、自分のような存在が、この人に向けて発してはいけない。


「でも、私、思うの」


 主は寿樹の目の前で、くるりと身を翻した。


「私に、愛する人がいたとする。私は、その人のことを愛してやまない。その人のためならなんでもできる。自分を犠牲にしたっていい───そのくらい、愛する人がいたとする。だけど───」


 主の目は、僅かに下の方に向いている───背後に立った寿樹には、そう見えた。


「私が愛する人は、それで、"幸せ"なのかな」


 主は、言った。


 窓の外に見える、深い夜の中に投げかけるように。答がないとわかっている問いかけをするように。


 寿樹は、答えることができなかった。


 何と言葉を返せばいいのか───分からなかった


 迷い、躊躇う内に、主が振り返った。


 その顔には、何処か裏を秘めたような───本心を偽るような微笑が浮かんでいた。


「"幸せ"って、何なんだろうね」


 ※


「亮ちゃん」


 舞香の声に、亮助は顔を上げた。


「取調、私に担当させて」 


 舞香は明るい声で、そう言った。


「ああ……悪い」


 反射的にそう返した亮助の肩を、舞香がポンと叩いた。


「亮ちゃん、口下手なんだから私がやった方がうまく行くでしょ?」


 舞香はそう、笑顔を見せた。亮助が数日ぶりに見る、舞香の笑顔だった。


「時間は、1時から、だったか?」


 亮助は時計を見上げた。


「うん。その予定だよ」


 午前11時───まだ、時間がある。


 亮助は立ち上がった。


 携帯電話を持ち上げると、舞香の視線が向いた。


「蒼太くん?」


 問われて、亮助は「ああ」と頷いた。


「連絡してみる。きっと、"会いたい"と言うと思うんだ」


 部屋を出て、蒼太の番号を探しながら、亮助は10月27日───あの日のことを思い出した。


「……亮ちゃん」


 驚愕の目をした舞香は、自身の能力で見たものに、対し、こう口にした。 


「……蒼太くんが……」


 藤岡純一───10月28日の彼の行動の中に、公園のような場所で蒼太と話している姿を見たのだという。


 亮助は「やっぱりか……」と答えた。


 やはり、会いに行ったのだ。


「やっぱり……?どういうこと?」


 舞香に問われ、亮助は「ごめんな」と答えた。


「お前に話すのは、もう少し後にしておこうと思っていたんだが───」


 そこで亮助は、蒼太が藤岡純一と知り合っていたことを舞香に告げた。


「"もう一度、会って話したい"───そう、蒼太が言っていたんだ」


 亮助は、そう語った時の、蒼太の真っ直ぐな瞳を思い出しながら言った。


「それを俺たちが邪魔するようなことは、してはいけない───そう、思ってしまった」


 亮助は「ごめんな」と、もう一度、舞香に謝った。

 

「蒼太が叶えるまで───もう少しだけ、待ってくれないか?」


 すると───舞香は、ふっと柔らかい目をして、言った。


「亮ちゃん、だめだよ」


 舞香は首を横に振った。


「警察官として、失格」


「だけど」と舞香は優しい声で言った。


「親としては、それが正しいと思う」

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