October Story27
絶望の淵に立った蒼太のもとに、差出人不明の手紙が届き───?
ベッドに潜り込み、枕に額を押し付けると、蒼太は、暗くて悲しい感情に押し潰されそうになった。
何も見たくない、何も聞きたくない、何も話したくない───こんなことを思うのは、前の学校に通っていた時以来だ。クラスに馴染めないことで、クラスメイトから白い目で見られ、「どうしてぼくはここにいるんだろう」───そう思った日の夜、蒼太はいつも、この気持ちを味わった。
胃がキリキリと疼きだし、蒼太は手で腹部を覆ってうずくまった。
ほとんど何も食べてないのに、どうして痛くなるんだろう───いや、ほとんど何も食べてないから痛いんだ。
家に帰って、蒼太が望んだことは、"1人になること"だった。
父が用意してくれた食事は、ほんの一口二口しか喉を通らず、父からの心配の視線を背に受けながら、廊下に出た。
帰り道───1人きりで歩いてきた道で、何を見たか、何を聞いたか、蒼太は何一つてして覚えていなかった。
反対に、はっきりと覚えているのは、葵にしたメールの内容だ。
"ごめん、急に具合悪くなっちゃった"
そう送って、本拠地を逃げ出すようにして後にした。
あのまま、オフィスに戻ることは、蒼太にはできなかった。
(なんで……?)
蒼太は、心の中で問いかけた。
(なんで、なんで、なんで、なんで……)
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
Jのことも。
メンバーのことも。
そして、勇人とのことも。
何もかも、壊れてしまいそうになっている。
目に、涙が込み上げてきた。
そして、ぼろぼろと頬を蔦って溢れてきた。
暗い部屋で一人、蒼太は、ひたすら泣いた。
※
この町に戻ってきてから、学校を休むのは初めてのことだった。
転校から6ヶ月───蒼太は体調不良も起こさなければ、「行きたくない」と思う時もなかった。
今、それが同時に来た。
体調不良の方は、胃がキリキリと疼くくらいで、動けない程ではなかったが、父にした学校を休みたい理由の中では「すごく痛い」ということにした。
本当に辛いのは、気持ちの方だ。
頭が不安で埋め尽くされているから、それに伴って、身体に変化が生じたのだ。
朝7時。いつものように目覚まし時計で目が覚めてから、蒼太はずっと布団の中にいた。
起きてこないことを心配して部屋まで来てくれた父と話してから、もうすぐ1時間が経とうとしている。
(ちょうど……葵が出発した頃かな……)
ごめんね、今日、学校休むね───そう、葵にメールをした後のスマートフォンの画面は、未だ、確認できていない。
葵は自分のことを気遣って、優しい言葉をかけてくれるだろう───それを見ることを想像すると、蒼太は罪悪感と自己嫌悪に押しつぶされてしまいそうになる。
本当は、具合が悪いわけじゃないのに嘘を言って休んで、昨日だって急に帰って迷惑を掛けたのに───それでも、葵は、そんな自分を嫌わないでいてくれるのだろう。
(でも……、それって……)
蒼太は不意に、気付いてしまった。
(葵が、ぼくがやっちゃったことを知らないから……。ぼくが、嘘つきだって、葵は、知らないから……)
自己嫌悪に、押しつぶされてしまいそうだ。
もう、嫌だ───何も考えたくない。
蒼太は、ぎゅっときつい力で、目を閉じた。
昨日の夜は、ほとんど眠ることができなかった。
だから、今目を閉じても「寝てしまう」という意識はないはずだった。
しかし、実際、疲れきった蒼太の身体は、徐々に、その意識を遠ざけていった。
「───蒼太?」
その声に、蒼太は目を開けた。
「……お父さん……?」
ちょうど、父が部屋に入ってきたところだった。
(いつの間にか、寝ちゃってたんだ……)
蒼太は身を起こした。
「あぁ、無理して起きなくてもいいぞ」
父はベッドに歩み寄ってきた。
「今、郵便が来たんだけど」
郵便───先程の訪問者は、郵便配達員だったのだ。
父は手に握っていた薄紫色の封筒を蒼太に差し出してきた。
「蒼太宛の手紙があったんだ」
「えっ……?」
一体、誰から───?
蒼太は受け取った封筒を裏返した。
住所も名前も、書かれていない。
差出人不明───突如として届いた手紙。
父は、息子にそれが届いたことをあまり気にしていないようで、「父さん、買い物行ってくるからな」と部屋を出て行った。
蒼太は1人───封筒を見つめた。
封を切る指は、震えた。
書かれている内容が、自分が望まないことだったら───そうだとしたら、見たくないと思った。蒼太がそう思うのは、この手紙の送り主に、心当たる人物がいるからだった。
中には、便箋が一枚入っていた。綺麗に折り目が付いていて、几帳面な手つきが伺えた。
開いた便箋の中には、ボールペンの文字が浮かんでいた。
『蒼太くんへ』
その文字は、初めて見るものだった。
しかし、蒼太の胸は、それを見た瞬間に、大きく、脈打った。
ドクン、ドクン───。
蒼太は、その音に急かされるように、手紙の文字を追った。
『一昨日は、急にいなくなるような真似をして、申し訳なかった。不安にさせてしまって、ごめんね。』
『できたら、また、あの公園で会いたい。君に、伝えたいことがあるんだ。10月31日までの間、私は、毎日、日が暮れるまでの間、あのベンチに座っているから。会いに来てくれたら、嬉しい。』
ここにも、宛名は書かれていなかった。
それでも───蒼太の心には、あの人の顔がはっきりと浮かんだ。
「Jさん……」
声に出して名前を呼ぶと、何故か知らずに、泣きだしてしまいそうになった。
目元に浮かんできた涙を拭い、蒼太は「ああ、そうか……」と、Jの文字を見つめた。
(ぼく……Jさんに、会いたいんだ……)
もう一度、会って話したい───一昨日、「さようなら」も言えずに別れたあの日で、Jとの関係を終わりにしたくない。
それだけ、Jは自分にとって大切な存在なのだ。
(ぼく……怖かったんだ……)
蒼太は、ぎゅっと、膝の上の手を握った。
(兄ちゃんに本当のことを話して……Jさんと会えなくなることが……嫌だったんだ……)
でも……、必ずしもそうだったのかな……?───直後、蒼太の頭の中に、そんな考えが浮かんだ。
(兄ちゃんは……ぼくがJさんに会ってたって知って……それで、ぼくの気持ちを聞こうとしないで、Jさんのこと、否定したかな……?)
それは───違う。違うだろうと、蒼太は思った。
(兄ちゃんは……ぼくが知ってること……聞こうとしてくれてた……)
"人の行動には、必ず理由がある"
不意に、声が聴こえた。
蒼太は、はっとした。
"私がこうして蒼太くんと話していることにも、理由がある。理由のない行動は、存在しないんだ"
"いつか、君はお兄ちゃんと、何でも、どんなことでも、話せるようになる───そんな日が、必ずやって来る。その日を、待てばいいんだ"
Jの声だ。Jの言葉だ。
「話さないと……」
蒼太は、声に出して、そう呟いていた。
(兄ちゃんに、本当のこと……)
蒼太は、時計を見上げた。
午後2時を回ったばかりだ。
(行こう……兄ちゃんに会いに)
蒼太は立ち上がった。
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