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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第7章
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October Story24

それぞれの心の中に、行き場のない感情が渦巻き始める───。

 家にまともに帰るのは、4日ぶりのことだった。犯人からの連絡を待つために、一日交代で19時まで残ろう───そう決めたものの、自分の番ではない時も、遅くまで署に残る日々が続いていたのだ。


 それくらい、俺はこの事件に対して動揺しているのだ───と、亮助は、そう認めざる得なくなった。


 昨日、舞香に本心を打ち明け、僅かではあるが、気が楽になった。ただ、芯の部分にある、複雑な感情は、未だ、消し去ることができていない。


 玄関のドアを開けて、亮助は「ん……?」と思った。


 一足の白いスニーカーが、揃ったまま置かれている。


 ───が、直後に、「あぁ、そうか」と気が付いた。


(今日は……日曜日だもんな)


 この靴は、勇人のものだ。


 大抵、亮助が帰宅するのは勇人が帰ってきた後で、玄関に入った際に、勇人の靴を揃える───というのが、亮助の日課のようなものになっていた。


 今日は学校も、"ASSASSIN"の活動もない日だったから、勇人は家の外に出ていない───だから、靴がきっちりと揃ったままになっているのだ。


 亮助は暗い階段を見上げた。


 思えば、ここ数日は、勇人ともまともに顔を合わせられていない───。


 居間に入り、ソファの上に腰を下ろすと、ここ数日の疲労感が、一気に身体に押し寄せてきた。


 深く息を吐き出しても、心の奥底に引っ掛かった重りが取れる気配はない。


 いつになったら、取れるだろうか───そう思うも、確かな答など、見つかるはずはない。


「"捕まりたい"……か」


 亮助は、呟いた。


 思い出すのは、舞香から聞いた、東野隆行の証言だ。


 犯人は、最終的に捕らえられるつもりでいる───そう、東野隆行は言ったらしい。


 舞香は、その言葉について、自身の見解を語るようなことは、しなかった。


 俺に気を遣ってくれたんだ───亮助は、そう思った。


 そんな気配りなど、必要ない───そう告げれば、舞香は、何と言うだろうか。どんな気持ちになるだろうか。


 きっと、悲しむに決まっている───だから、それは言えない。


 亮助は、暗い天井を見上げた。


 すると───そこに、死んだ母の姿が、見えたような気がした。


 柱にぶら下がった紫色のロープに首を絞められて吊るされた、母の姿を。


「どうして……」


 亮助は口を開いた。


「どうして、殺そうと思った……?」


 問いかける相手は───父だ。


 母を殺した男───それは、母を愛し、母に愛されたはずの男だ。


 その男は今、40年の時を経て、自分のすぐ近くに存在しているのかもしれない───亮助は頭を下げ、目を閉じた。


 今更、父親に何の未練もない。


 そもそも、あいつのことを父親と呼ぶことが間違っているのだ。


 あいつは、他人だ。


 母を殺した犯人だ。


 ───殺し屋だ。


 ならば、直接顔を合わせたとしても、何も、深い感情など抱かなくてもいい。


 ───そう、今まで、思い続けていたはずなのに。


 どうして、自分は、その人物と向き合うことから、逃れたいと思っているのだろうか。


 早く捕まえてしまえば、もう、自分の中から、その存在をもろとも消し去ってしまえる───それは、自分が望んでいることではないのか。


 目の奥に、一人の男性の姿が、ぼんやりと浮かんだ。


 昔───幼い頃に見た光景だ。


 その人は、自分のことを温かい目で見つめている。


 その人は───長い間、思い出さないようにと、記憶の中に閉じ込めていた、父の姿だった。



「おかえりなさい、Jさん」


 聞き慣れた声に、彼は、すぐに答えることができなかった。


「……ただいま」


「遅かったですね。今日は、どちらまで?」


「……いつもの場所だ。あの、公園に行った」


「今までずっと、公園に?」


 Qの問いかけに、彼はゆるりと首を振った。


「違う。……それから、意味もなく歩き回っていた」


 僅かな間の後、Qは「……そうですか」と答えた。


 彼は、Qがその奥にいる壁の窪みから、足を離した。


「……あぁ、そうだ、Q」


 数歩進んだところで、彼は窪みを振り返った。


「もう、あの公園には、行かないことにした」


「えっ」と、Qは声を上げた。


「理由は、聞かないでくれるか」


 また、間が訪れた。


「……わかりました」


 しばらくして、Qは答えた。

 

 部屋に戻り、ベッドに腰を下ろして、彼は、深く、項垂れた。


 "もう、あの公園には、行かないことにした"───そう、口に出した痛みが、今、襲ってきた。


「どうして……」


 彼は声に出して、呟いた。


 どうして────こんなことになってしまったのだろう。


 あの時、あの子の電話が鳴らなければ。


 あの時、風が吹かなければ。


 あの時、リュックが倒れなければ。


 あの時、手帳を拾わなければ。


 あの時、手帳の開いたページを見なければ。


 ───こんなことには、ならなかったのに。


 後悔しても、もう遅い。


 起きてしまったことは、取り返しがつかないのだ。


 彼は、部屋の壁に掛けられたカレンダーに、目を向けた。


 10月31日───その日付には、赤丸が付けられている。


(後、1週間……)


 その間に、後、何回、あの子と会えるのか───今日の朝、カレンダーを見ながら日にちを数えたのが、夢であったかのように、彼には思えた。


 彼は、すがるように、テーブルの上に手を伸ばした。


 そこには、あの子が描いてくれた絵があった。


 すき焼きを囲む家族。


 笑顔の女性。


 そして───並木道を歩く、男女の後ろ姿。


 もう、この絵を見て感じた、暖かくて切ない───かけがえのない無い、あの気持ちを感じることは、できないのだ。


「どうして……なんだ……?」


 彼は、問いかけた。


 あの子に───清水蒼太に向かって。


「どうして……君は……」


 開いた手帳のページ────そこに書かれた文字。



 異能組織暗殺者取締部 "ASSASSIN"

 No.5 清水蒼太



 もう、この子とはいられない───彼は、あの瞬間に感じた気持ちを思い出した。


 苦しい───彼は、胸を抑えた。


 この苦しみを消す方法は───きっと、何処にも存在しない。

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