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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第1章
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April Story14

自分を殺そうとした、殺し屋との対面。取調室という密室の中、蒼太は、恐怖に打ち勝つことができるのか───。

「こんにちは」


 翼は男の真向かいの椅子に座ると、にこやかに挨拶をした。


 殺し屋はそんな翼を凝視し、


「お前が、˝ASSASSIN˝だって?」


 と、尋ねた。


「はい。萩原翼です」


「……信じらんねぇな。噂には聞いてたが、˝ASSASSIN˝のメンバーが子供なんてよ」


「あなたたちの方にも子供の殺し屋はいるでしょう。それと同じですよ」


「……そうかよ。───おっと、お前」


 男が翼の隣の椅子に座った蒼太に気が付いた。


「˝ASSASSIN˝の奴だったのか」


 男は単純に驚いているようだった。


 蒼太は息が詰まるような感覚に襲われた。


「あなたは、こんどうくにひろさんで、合ってますか?」


 翼が男の言葉を受け流して訊いた。


「……おう」


 男───近藤邦弘がぶっきらぼうに答える。


「今日は、あなたにいくつか質問をしに来ました。今からする僕の質問に、答えてください」


 翼が目を合わせ、そう伝えると、


「断る」


 近藤が即答した。


「どうしてですか?」


 翼が穏やかな声を保ったまま訊き返す。


「お前らにそれを話したところで俺には何の得もない。時間の無駄だ」


「そうですか。ですが、僕らにとってはそうではないんですよね。必要だから、あなたに会いに来たんです」


 翼がそう答えると近藤は舌打ちをした。


「……めんどくせぇな。わかったよ。さっさと終わらせようぜ」


「それはこちらとしても助かります。───では、まず最初に、あなたがあきめぐさんを殺害した動機を教えてください」


 秋目恵美───自分が殺害されるところを目撃した女性の名を蒼太は初めて知った。


「動機?んなもんねーよ」


 それがあたり前のことのように、近藤は答えた。


 翼は動じた様子も無く、


「上からの命令ですか?」


 と、尋ねた。


「ああ、俺は雇われ人間でね。基本、頼まれた奴しか殺さない。それと、殺しを見た奴───それだけだ」


 近藤がチラリと蒼太を見る。


 蒼太は逃げ場の無い恐怖を感じた。


「なるほど。秋目さんは一般の方だったと聞きましたが」


「らしいな。あの女は、俺の組織で上層部にいる人間と部下が仕事の話をしてるのを盗み聞きしてたらしい。だから、消せって命令が送られてきたんだよ」


「その雇い主の名前は、何ですか?」


「……言わねぇよ」


「わかりました」


 翼は「ああ」と言葉を継ぎ、


「あなたが今、言わなくてもこちらで調べますよ。そして、ここに連れてきます」


 近藤が、鼻先で笑った。


「どうだかな。できんのかよ」


「それはやってみなくちゃわかりません。その様子だと、相当な権力者ですか?」


「ああ、トップ中のトップだよ」


「へえ、楽しみですね」


 そう笑う翼を、近藤は奇妙なものを見るような目で見た。


 しかし、蒼太にとって翼が落ち着いていることが救いだった。お陰で自分はこうして座っているだけで済んでいる。


「では、次の質問です。あなたがこれまで殺害した人数を教えてください」


 近藤は天を見上げ、右手を折って数を数えた後、


「6人、だな」


 と、手を下した。

 翼は何も言わずに、ほんの僅かに頷いた。


 蒼太はチラリと翼を見た。表情など、特に変わった様子は見受けられない。


(そういえば、この会話、警察の人に教えるんだよね……?メモとか取らなくて良いのかな……?)


 蒼太は単純に疑問を持った。


 翼は先程から、近藤の言葉を記録していない。もしかして、全て記憶しているのだろうか。


「それでは、最後の質問です」


 翼の口が動く。


「───の前に」


 近藤がそれを遮った。


「一つ、聞いても良いか?」


 蒼太は近藤を見た。


 近藤は蒼太のことを真っすぐに見つめていた。


「はい、何でしょう?」 


 翼が、近藤に問う。


 しかし、近藤が質問した相手は翼では無かった。


「お前、˝ASSASSIN˝じゃねぇな」


 鋭い、近藤の目つきに蒼太は激しい悪寒を感じた。


「……もし、そうだとして、何ですか?」


 翼の声は、落ち着いたままだった。


「こいつは、俺の殺しを目撃した。ただ、俺のボスがよ、˝ASSASSIN˝のメンバーは殺すなって、何故か言ってんだよ。でも、こいつは、"ASSASSIN"じゃねぇ。───てことはよ」


 近藤がほんの一瞬、にやりとした。


 そして、蒼太が、はっと気付いたその瞬間にはもう、自分の方へ覆いかぶさろうとする近藤が、目の前にいた。


 あの日、女性を殺した後、自分のことも殺そうとした男がまた、自分を殺そうとしている。


 蒼太はあの時の情景の、フラッシュバックを見た。


「˝殺しても良い˝……ですか?」


 翼の声がし、近藤が後ろに吹き飛んだのは、直後のことだった。


 床に打ち付けられるようにして倒れた近藤の体に弾かれ、近藤が座っていたパイプ椅子が倒れる。


 蒼太と翼、近藤の間には、蒼太が今まで見たことのない物体があった。


 緑色のオーロラのように揺らめく壁───そんな印象を蒼太は持った。


 その壁の奥に近藤が倒れているのが透けて見えている。


「そんなこと、無いですよ。どうして、自分の首、自分で絞めようとするんですか」


 翼の静かな声が、部屋に響いた。


 蒼太は再び翼に目を向けた。


 その、黄緑色の瞳は、目の前の幻想的な壁と同じ色をした、緑色の光を放っている。


「この子が˝ASSASSIN˝だとか、そうじゃないとか、そんなもので判断しないでください。捕まった後だから、もう何したっていいと思ってるのかもしれないですけど、そんなのは、大きな間違いですよ」


 近藤は悔しそうに立ち上がった。


 蒼太は自分が殺される寸前だったことを理解し、身体が震え出すのを感じた。


 この部屋に入って初めて、翼が蒼太を向いた。


「───大丈夫?」


 そう、小声で訊かれた。


 そこには蒼太のイメージ通りの優しくて頼りになる、翼がいた。


 蒼太は声を出すことができず、頷こうとした。しかし、体の震えが激しく、実際に、自分が頷いているのか分からなかった。


「座ってください。続きをしましょう」


 翼が近藤に言った。


 そこで翼が能力で作り出した壁は消えた。


 近藤は無言で椅子を元に戻し、ゆっくりと席に着いた。


「あなたが殺し屋になった経緯を教えてください」


 翼は声色を元の柔らかいものに戻っていた。


 その変化は、翼の感情の起伏によるものではなく、感情を隠すためのものだと蒼太は悟った。


「……経緯?ねーよ、別に」


 近藤が答える声は、小さかった。


「いつ、なったんですか?」


 翼が重ねて尋ねた。


 近藤はごまかしても無駄だと悟ったのか、溜息を吐くと、こう答えた。


「……10年くらい前だ」


「何がきっかけで?」


「……高校中退して、仕事もせず、ぼんやり生きてたんだよ、それまで」


 近藤は足を組み、自分の過去を語り始めた。


「親もそんな俺にうんざりして、家追い出されて。生きててもなんもねーなって時に、ボスに会ってよ。金やるから人殺してくれないかって。……最初は断ったよ、捕まりたくねーって。けど、大金見せられて、目が眩んで、受けることになったんだよ。……で、最初は怖かったよ、自分としては、何の恨みもねぇ人間殺すことが。……けどな、やってみたら˝こんなもんか˝って。こんなんであんな金貰えんのか。俺、一生これで食っていけるぜって思ったんだよ」


 近藤はそう、薄く笑ったが、蒼太にとっては不愉快極まりなかった。


 何も面白くない。


 この男が発する言葉が、何一つとして、信じられなかった。


「こんなもんだよ、俺がこの仕事始めたきっかけなんて。……まあ、未だに後悔は無いけどな。金すげー手に入って、その金で色んなとこ逃げて、殺し屋の仲間できて、ボスに気に入られて」


 まるで、それが˝幸せな人生˝だというように近藤は語った。


 蒼太の中に、もう恐怖は無かった。


 ただ、近藤に対する軽蔑が積もっていく。


 何故、こんな男が生きて、あの女性は死ななくてはならなかったのか、分からない。


「だからよ、俺を更生させようたって、無理だと思うぜ。俺は人殺しでしか生きる方法を知らない。けどよ、それは俺の意志で殺してきたわけじゃない。誰かの意志で、だ。俺は俺の生き方が悪いなんて思っちゃいない」


 近藤はそう、話を締めくくった。


 その瞬間。


 蒼太の中で、何かが弾けた。


 思い出したくも無い記憶が、一気に蘇った。


 ───おまえ、学校来んなよ!能力者の居場所、ここにねーよ。


 それは蒼太が黒霧市の小学校に転校して、数日後、クラスメイトにいわれた言葉だった。


 蒼太は深く傷つき、そういわれた事を父に伝えた。


 その後、父が学校に連絡し、蒼太の当時の担任が蒼太に暴言を浴びせた男子児童をきつく叱った。


 何でそんなことをいうんだ?という担任の問いかけに対し、男子児童はこういった。


 ───おれ、わるくねーし!あいつが能力者なことがわるいんだし!


 教室の一番端の席に座っていた蒼太にも届いていた。


 3年生でクラス替えがあった時、蒼太は同じクラスになった男子グループに「能力者」であることと「性格」に関して悪口をいわれた。


 能力者であることが理由でいじめを受けたのは2度目だったため、蒼太は傷付きながらも「自分の存在がみんなに嫌な思いをさせているのは本当」だと感じていた。


 それよりも蒼太を傷つけたのは「あいつ、なんかおどおどしててイラつく」という蒼太の内面を否定するものだった。


 蒼太は自覚していることを言われて悲しくなり、父に心配を掛けたくなかったため、新しい担任に相談した。


 すぐに担任は対応してくれたが、その対応の仕方が良くなかった。


 別室に蒼太と、悪口をいった男子グループ5人を呼び出し、5人に「何で蒼太くんに嫌なことをいうの?」と問いかけた。


 すると5人はそれぞれ俯いてぼそっと「だって、他の4人がいってたから」と口を揃えていった。


 4年生になり、蒼太はとても暗い性格になっていた。


 元々、学校に友達はいなく、クラスで悪口を言われることは無くなったものの、またいつか、言われるではという恐怖と緊張で教室に居づらかった。


 だから蒼太は休み時間、図書室で何となくタイトルが気になった本を読んで過ごした。


 すると、他に図書室に通う女子児童で、おそらく蒼太より下の学年の子たちに姿を発見された時に、にやにやされたり、蒼太が椅子を引く時に発した物音を聞いて何やら面白そうにこそこそ話をする姿があった。


 今考えれば、あれは蒼太が気にしすぎていて蒼太に関することからの行動では無かったのかもしれない。


 しかし、当時の蒼太はもの凄く嫌な気持ちになった。


 だから図書室に通うことをやめた。


 その内、学校にも行かなくなった。


 あの時、また担任に相談して、直接あの子たちから事情を訊いていたら……の答は分かっている。


 きっと、「いや、あの子もやってたから」と、人のせいにするのだろう。


 蒼太は目の前の近藤を見る。


 この人も同じだ、と思った。



「……ふざけないでくださいよ」



 その声はたしかに、自分の声だった。


 だが、蒼太はすぐにそうだと気が付かなかった。


「人に責任をなすりつければ、自分は悪くないなんて大間違いです。全部、あなたがやろうと思ってやったじゃないですか」


 それは怒りの感情から来る言葉だった。


 近藤と、これまで感じながらも言葉にはしてこなかった相手に対する激しい憎悪。


 蒼太がそう言い終えた後、部屋にはしん、という音が聞こえそうなくらいの静寂が訪れた。


 頭に上った熱が下がった頃、蒼太は近藤と翼、2人の視線が自分に集まっていることを知った。


「あっ……」


 蒼太は声を上げた。


 やってしまった、と思った。顔から血の気が引いていくのを感じた。


 何と弁明すればいいだろう───と考えだした時。


 泣き声がした。


 男の嗚咽。


 蒼太は近藤を見た。


 近藤は泣いていた。


 目から涙を流していた。


 その涙を手で押さえ、首を何度も横にふり、「……やめてくれ……」と弱々しく懇願している。


「……そうだ、俺はいつだって……、誰かのせいにして生きてきた……。じ、自分が……、ひ……人を殺して、そ、そのし、死体の上に自分は生きてるだって……その現実から、逃げたくて……」


 近藤の声は悲痛なものへと変わった。


 蒼太はそれを聞いて、辛くなった。悲しくはならなかった。


 まるで、子供のように声をあげて泣きじゃくる近藤に、翼が「……近藤さん」と呼びかけた。


「以上となります。今までの会話は録音していますので、あなたの刑期を決める時などに使われます」


 翼が立ち上がり、蒼太に目で合図が送られた。


 蒼太も立ち上がった。


 近藤を見下ろし、返事を待たずに翼は言った。


「……では、失礼します」


 部屋を出る直後、まだ、泣き続ける近藤の姿を、しばらく忘れられないだろうな───と蒼太は思った。

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