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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第7章
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October Story22

終わりに近づく、”物語”と、2人の”時間”───。

「あの……あんまり……うまくできた自信がなくって……」


 蒼太はおどおどと、画用紙を広げた。


「なんていうか……ぼく……女の人を好きになったことがないから……どういう風に描いたらいいのか、分からなくて……」


 Jが愛する人を思う気持ち───それは、どうしたら表現できるのか。


 蒼太は「だから……、その……」と、背後を振り返った。


「あの……遊歩道を、2人で歩いたっていう話が、素敵だなって思って……すごく印象に残ってたから……それを、描きました……」


 蒼太はJに画用紙を差し出した。


 紅葉のなる木々の間を、手を繋いで歩く男女の後ろ姿───Jの目が、その光景を見る。


 蒼太は胸がドキドキするのを感じながら、Jの感想を待った。


 Jはしばらくして、目を上げた。


「───ありがとう」


 Jは言った。ただ一言、そう言った。


 その顔を見つめて、蒼太ははっとした。


 Jの瞳が、微かに光っているように───そう見えたのだ。


 Jは画用紙を膝の上に置くと、僅かに目を伏せてから、蒼太の目を見つめて、こう言った。


「……話の続きを、しようか」


 ※


「私は、美雪に結婚の話を切り出すことが、中々できなかった」


 Jは語り出した。自身と、自身が愛した女性の話を。


「付き合い始めて、1年経った頃に一緒に暮らすようになったが、私は安月給の仕事をしていて、生活は、美雪が支えてくれていたようなものだった。私は、それが申し訳なくて、仕方がなかった。美雪は、私と結婚して幸せなのだろうかと考えていた」


 蒼太はメモを取らずに、話を聞くことにした。この話は、何もせず、じっと耳を傾けていた方がいい───そう、直感した。


「ある日、私は美雪に尋ねた。"私と一緒にいて、君は幸せか?"───と」


 Jはその時の光景───そう尋ねた時の妻の顔を思い浮かべるような目をしていた。


「美雪は、こう答えた。"何を言うの。幸せに決まってるじゃない"───そう言って、笑った」


 Jは僅かに、ほんの僅かに、口元を微笑ませた。


「その瞬間に、私は思った。彼女のために、この先の人生を捧げようと。私は、彼女のために、彼女の幸せのあめに私は、生きていこうと」


 そして、2人は程なく結婚した───蒼太はそれをJが言葉にする前に察し、深く、頷いた。


「結婚して、しばらくの間は、小さなアパートの一室で暮らした。2人で住むには狭すぎるし、専用の風呂もなく、銭湯通いを余儀なくされ、壁中隙間だらけで冬は風がまともに入ってくる───もっと立派な、大きな家に住みたい、いつも、2人で口を揃えて言っていた。だけれど、そんな時間が、幸せだった」


(そんな時間……)


 蒼太は、心の中でJの言葉を繰り返した。


 そして、Jと美雪がしたであろう会話を想像した。


 "もっと広い家に住みたいなぁ。二人で寝たらぎゅうぎゅうだもん、ここ"


 "毎日銭湯まで歩くのも面倒だよな"


 "極めつけは、壁中隙間だらけで風が入りっぱなし!"


 "よく乗り切ったよな、今年の冬も"


 ───そんな会話が、なされたのではないか。


 日常の中の、何気ない会話。それをしている時間が、Jにとって、何よりの幸せだったのだ。


「結婚して、2年が経った頃、美雪の妊娠が分かった」


 Jはそう───何処か、悲しげな目をした。


「子どもが生まれるのなら、もっと広い家に移ろう───そう約束して、私たちはそれから、そのための貯金を始めた。3人で暮らすには十分のアパートが借りられるようになった1週間後───息子が生まれた」


(息子……、息子さん……)


 Jが、絵を遺したいと語った相手だ。


 Jは、目を伏せ、瞼の裏に自身の息子の姿を思い浮かべるかのように───蒼太にもはっきりと見える動きで、瞬きをした。


 そして、Jが、次の言葉を語るための呼吸をした時───。


 プルルル……と、音がした。


 蒼太は、はっとして、ポケットの中を探った。


 取り出したスマートフォンの画面は、父からの電話の着信を伝えていた。


 Jを見つめると、目が合った。


「いいよ、待っているから、出ておいで」


 そう頷かれ、蒼太はぺこりと頭を下げつつ、早足にその場を離れた。


 ※


 彼は、遠ざかっていく少年の背を見つめた。


 誰からの電話なのだろう───それを聞くのは、流石に馴れ馴れしいだろうか。


 だが、きっと、あの子は「そんなことない……」と首を横に振るだろう。


 見つめた少年は、電話越しの声に頷いている。


 彼はその姿を見て、「今日で出会って1週間か」と思った。


 1週間───本当は、もっと長い時間を共に過ごしてきたような気がするのは、自分だけだろうか。


 清水蒼太───少年は、彼にとって、特別な存在になっていた。


(あの子と、この先も、こうして会って、話すことができたら、どんなにいいことか……)


 そう考えて、彼は、悲しみに満たされた。


 できない───それは、許されないのだ。


(後1週間……それが過ぎれば、もう二度と会えなくなる……)


 覚悟していたつもりだった。ただ───それは、文字通り、"つもり"なだけだったのだ。


 胸が、苦しくなった。


 不意に───辺りに、風が吹き荒れた。


 ビュッと激しい音がして、彼の隣にあった少年の鞄が揺れ、前向きに倒れた。


 その拍子に、僅かに空いていたファスナーから、荷物が溢れ出てしまった。


 地面に落ちたのは、手帳のようなものだった。


 彼は、それを拾い上げた。


 少年は、電話の相手と話しているために、気付いていないようだった。


 拾い上げた時、手帳はページを開いていた。


 見るつもりはなかったのに───中身が、見えてしまった。


 彼は、そこに書かれた文字を、読んでしまった。


 彼は、少年の後ろ姿を見つめた。


 そして────呆然とした。


 ※


 父からの電話は、「今日は仕事で遅くなるから、悪いけど、コンビニかどこかで夜ご飯用意してくれないか、ごめんな……」とのことだった。


 電話を終えて、蒼太は振り返った。


 そして───「えっ……?」と声を上げることになった。


 座っていたベンチ───そこに、Jの姿がない。


 見間違いか───見るところを間違えたかと思ったが、すぐに、そんなことはないと分かった。


 何故ならそこに───蒼太が座っていた場所に、蒼太のリュックがあるからだ。


 蒼太は、辺りを見回した。


 いない───どこにも、Jの姿は見当たらない。


「J……さん……?」


 ただ、蒼太が呼びかける声が、小さく響いた。

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