October Story14
事件の真相を追う特別組織対策室のもとへ、犯人からの連絡が訪れ───?
午後6時。
亮助は一人、椅子に座っていた。
「専用署に行ってくる」と言って出ていった舞香は、まだ、帰ってこない。
普段は気にならない時計の秒針が動く音がはっきりと耳に入る。
舞香が出て行ってから、3時間が経った。
机の上の黒電話に目を向ける。
犯人からの連絡は、未だ届かない。
いつになったら来るのか、そもそも犯人は続けて連絡をする気があるのか───何も分からない。
何も分からないまま、待ち続けるしかない。
いつ連絡があっても良いようにどちらか一人は残ろう───そう決めたはいいものの、これが"最適の方法"たとはとても思えなかった。
朝方、舞香にこの場を任せて現場へと向かってみたが、新たに見つかるものは何もなかった。
証拠となるものが見つからない───殺し屋の犯行を裏付ける可能性が大きくなっただけだ。ただ、それだけだ。
これではまるで犯人に踊らされているようなものだ───と、亮助は息を吐き出した。
「ただいま」
声に、亮助は顔を向けた。
部屋に入ってきた舞香は、即座に、「ちょっとした噂話が手に入った」と口を開いた。
「真相は、確かじゃないけどね。でも、調べて見る価値は、十分にあると思う」
舞香は机に鞄を置くと、回転椅子を引きずって亮助の隣にやって来た。
そして、椅子に腰を下ろし、真っ直ぐな目でこう言った。
「───"アイズ"のことで。よくない話を聞いたっていう殺し屋がいたの」
※
「……指導者が変わった?」
亮助は、耳を疑った。
舞香は頷いた。
「そういう噂を聞いたんだって」
「復活に向けて動き出してる───そういうことか?」
「その辺りの事情は、不確かなの。だけど、三枝さんがメンバーだっていう話と照らし合わせたら、納得できる。"アイズ"は、既に再始動してるのかもしれない」
舞香の言葉に、室内には、重く長い沈黙が訪れることになった。
亮助は、自分の中に、様々な感情が渦を巻き始めるのを感じた。
"アイズ"が───奴らが、再び動き出したのかもしれない。
舞香が専用署に行っている間、考え続けていたのは、まさに、"アイズ"のことだった。
"三枝さんが、"アイズ"のメンバーだっていう殺し屋がいたの"───昨日、専用署から帰ってきた舞香が放った言葉だ。
"アイズ"───かつて、"HCO"が討伐することを最終目標としていた、日本最大級と呼ばれた殺し屋組織だ。
"HCO"時代、亮助は日々、仲間とともにその実態を追っていた。いつかは、目標を達成することができると信じていた。
しかし、"アイズ"を潰すことは、できなかった。
亮助たちが───警察が思っていた以上に、彼らは、大きな力を持っていた。
そして───あの、一連の悲劇へと繋がる出来事が起きたのだ。
「亮ちゃん」
舞香に呼ばれて、亮助ははっと肩を揺らした。
「あんまり、深く考えすぎない方が良いと思う」
見つめた舞香の目は、柔らかかった。
「今回の事件に直接的な繋がりがあるのか、あったとしたら、それはどれくらいの深さなのか───それは、見えてきてから考えよう。私たちが今優先すべきなのは、犯人の確保。"アイズ"のことを考えるのは、その先でもいいよ、きっと」
それは、刑事としてではなく、舞香が舞香として───幼馴染として放った言葉に、亮助には聞こえた。
「……そうだな」
亮助は頷いた。舞香のお陰で、幾分か気が楽になった。
「他には?何か、収穫はあったか?」
話を専用署での出来事に戻すと、舞香は首を横に振った。
「あの、東野っていう殺し屋と、もう一度話したかったんだけど、面会拒否された」
「それはそれで、気になるな」
「でしょ?絶対何か知ってるよ。でも、それを隠してる───何の為に?それが知りたい」
舞香の言葉に、亮助は時計を見上げた。
時刻は、4時半を回ったところだった。
「"ヒドゥンストリート"の地下街、な」
亮助は舞香が東野隆行という殺し屋から耳にしたという場所の名を口にした。
"ヒドゥンストリート"───隠された街道。
亮助はこれまで、その場所を何度か訪れたことがある。
そして、それは全て、"捜査"という名目によってだった。
"ヒドゥンストリート"は、別の名を"殺し屋の町"と言う。
北山町の最北端に位置しているが、特殊なルートを辿らないと辿り着かない仕組みとなっており、町内からも、町外からも、その存在は隠し通されている。
隠し通す───それは、殺し屋が密集している地域だからだ。
"ヒドゥンストリート"には、殺し屋組織の基地が多く在住し、殺し屋以外の人間が侵入することは決して許されない。
「行ってみる価値、あると思う?」
舞香に問われて、亮助は「そうだな」と腕を組んだ。
東野隆行の話が正しいのであれば、その地下街には三枝成仁のことを目撃した人間が何人かいるはずだ。そして、彼らは、東野と関わりが深いだろう───東野が、あのロープに対して見せたという反応の真相を探ることができるかもしれない。
「許可申請、してみるか」
亮助は舞香に答えた。
「これに至っては、身勝手な動きをするのは危険だ。順序を立てて行った方がいい」
「分かった。じゃあ、じじいに電話だね」
舞香はすぐに頷き、携帯電話を取り出した。
普段なら、飯岡茂と電話越しでさえ話すことを嫌う舞香だが、この状況下で「嫌だやりたくない」と文句を垂れるほど、彼女は幼稚ではない。
飯岡茂に"ヒドゥンストリート"に向かってもいいかと今お呼び出しを掛ければ、明確な許可が下りるのはきっと明日だろう───それまでの間はここで舞香と事件のことについて話し合うべきかと亮助が考えた時。
室内に、電話の音が響いた。
携帯の着信音ではない。
黒電話の、ベルだった。
舞香が目を開くのを、亮助ははっきりと見た。
犯人からだ───亮助は音を鳴らし続けている黒電話に目を向けた。
出なくては。この電話を逃すことはあってはならない。手を伸ばせ。受話器を取れ───頭の中で司令が飛び交う。
しかし、亮助は、動くことができなかった。
自分のものではない───舞香の手が受話器を握った。
「───はい?」
切り出した舞香の声には、警戒の色が滲んでいた。
音声スピーカーに設定したいるため、相手の声は室内に響く───はずだが、舞香の声に答えるはずの声は、聞こえなかった。
舞香の表情を見ると、通話は切れたわけではなく、沈黙が続いているようだ。
舞香が受話器を持ち替えた時───『警察か?』という、声がした。
その声は、嫌に低く、くぐもっていた。加工された音声だ。
『警察か?』
声は繰り返した。
舞香がチラリと、亮助に視線を向けた。
亮助は、頷いてみせた。
いや───実際には、自分が頷けているかどうかわからなかった。舞香が息を吸うのを見て、自分が頷けていたことを知った。
「はい。北山警察署です」
舞香が静かに答えた。
今度は、間がなく、声が返ってきた、
『メモを取れ』
唐突な言葉だった。
命令するような口調に、舞香が「は……?」と眉を寄せた。
『メモを取れ。今から私が言うことを、メモに記せ』
声は動じる様子もなく、淡々と続けた。
『明日、朝10時。"ヒドゥンストリート"入口前に来い。武器は持たないこと。中を撮影するような道具は持たないこと。その他、住民が不利になるような行動は慎むこと。約束を破るような真似をしたら、4人目の犠牲者を出す』
こちらに口を挟む隙を与えずに声は言い切った。
後に残ったのは、電話が切れたことを知らせる『ツゥー、ツゥー……』という機械音だけだった。
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