October Story13
Jと、彼の母親との思い出を絵にしようと考える蒼太。
そんな中、思い浮かんだのは、蒼太自身の母の存在だった。
蒼太は机の上の画用紙を見つめていた。
帰宅し、こうして机に向かい始めてから、もう、かなりの時間が経っていた。
まだ、画用紙は白紙のままだ。
今日のJの話を思い出しながら、蒼太は「どうしよう……」と呟いた。
何を描こう。何を描けば、Jの心を癒やすことができるだろうか───。
Jは、母親の死に責任を感じて、今も苦しみ続けている───蒼太には、それが分かった。
(お風呂の中で……、突然……)
Jの母親の最期を想像し、蒼太は胸が強く締め付けられる感覚を味わった。
Jは、母に、それまでの感謝や、別れの言葉さえも口にすることができず、永遠に離れ離れになることになったのだ。
もう、名前を呼んでもらうことも、手を握ってもらうことも、抱きしめてもらうこともできない。母は、この世からいなくなってしまった。
蒼太は、目の下を指で拭った。
涙が、滲んできていた。
母のことを思い出したのだ。
母は───蒼太の母は、目一杯の愛情を蒼太たち兄弟に注いでくれた。何があっても、味方でいてくれた。そばにいてくれた。
だからこそ、蒼太は、今も、この瞬間も、母は自分のことを見守ってくれていると、確信することができる。
(Jさんのお母さんも……きっと同じなんじゃないかな……?)
Jの母親は、自分の死に対して責任を感じている息子を見て、何を思うだろうか。
("そんなことないよ"って……お母さんなら、そう思うんじゃないかな……?)
"そんなことない"───それは、蒼太がJに対して、掛けるべきか迷った言葉だ。
迷って、掛けなかったのは、これを言うのは、自分じゃないと、そう思ったからだ。
(Jさんは……、Jさんのお母さんにそう言ってもらわないと……、そうじゃないと、救われない……)
蒼太は鉛筆を握った。
今考えたこと全てを言葉にしてJに伝えることはできない───そう思った。
(それは……ぼくが、話すのが……言葉にするのが苦手だから……)
だが───蒼太は知っている。
人が何かを伝えたい時、その方法は、言葉だけに限らないということを。
今日、絵を渡した時の、Jのあの表情を蒼太は思い浮かべた。
これなら───絵なら、伝えられる。
蒼太は鉛筆の先を画用紙にあてた。
机の上に置いたライトの淡い光が、蒼太の手元を暖かく照らした。
※
彼にとって、"死"は、この世の何よりも身近な存在だった。
彼は、その目で、いくつもの死を見てきた。
そして、彼はいつも、それを見ることを、望んではいなかった。
誰かの人生が終わる瞬間。自分こそが、この世からいなくなってしまいたい───そう思ったことは、幾度となくある。
そんな彼の心を引き止めたのは、彼のことを、この闇の世界へと連れ込んだ、ある男の存在だった。
しかし、今、その男は、もういない。
今は、昔とは違う。
死のうと思えば、いつでも、死を選ぶことができる。
それは同時に───自分がどれだけのことをしようと、誰にも邪魔をされないということだった。
自分の人生が終わる前に、全てを終わらせよう。
自分のためではない───自分の命をかけてでも、守るべき存在のために。
───私は何としてでも、やり切らなくてはならない。
途中、向かいから歩いて来た若い男が、すれ違うまでの間、じっと顔を見つめてきた。
このじいさん、何をしに行く気だ?───その目が、そう疑問を投げかけているのに、彼は気付いた。
彼は、振り返った。
男は、振り向くことなく歩いている。
彼は、その背をじっと見つめた。
後で、いなくなってもらわなくてはいけない───そう思いながら。
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