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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第7章
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October Story11

犯人を探るため、舞香は、専用署にいる殺し屋たちに、聞き込みを行いに向かう。

 殺し屋による殺人捜査が難しいと呼ばれる理由は、彼らと彼らを取り巻く環境の関係にある。


 彼らは、一般社会と切り離された社会に生きているため、目撃情報や、人間関係を調べることが、非常に困難なのだ。


 そもそも、殺し屋が行った殺人は、表沙汰になることの方が稀で、捜査も頻繁に行われるというわけではない。そのため、殺し屋による殺人捜査に慣れというものは存在しない───そして、殺し屋が被害者になった今回の事件を捜査することは、それ以上に困難な作業だと、亮助は感じていた。


 三枝成仁は、どんな人物だったのか、殺し屋の社会においてどの位置に立っていたのか、他人から恨みを買うような人物だったのか───それらの証言を、取ることはできるだろうか。


「専用署、行ってみる?」


 そう言い出したのは、舞香だった。


「もしかしたら、三枝さんについて知っている殺し屋がいるかもしれない」


 三枝さん───故人に対しての敬意を感じさせる呼び方だった。殺し屋だからといって、その命をぞんざいに扱ってはいけないと、舞香は考えているのだ。


 亮助は舞香の言葉に「そうだな」と同意した後、


「頼んでも、いいか?」


 と問いかけた。


 椅子に座っていた舞香は、「うん」と立ち上がった。


「わかった。行ってくる」


 机の上の鞄を持ち上げ、舞香は大きな瞳を亮助に向けた。


「何か、気になることとか、ある?」


 亮助は机上に広げられた資料と、現場写真に目を向けた。


「そうだな……」


 亮助は「これを」と、写真の一枚を舞香に差し出した。


「これが殺し屋社会で馴染みのあるものなのか、聞き出してみてくれないか」


 写真を受け取った舞香は、そこに写ったものを見つめて、一瞬、はっとしたような目をしたが、直後に、「了解」と、目を上げて、頷いた。


「後は、殺害状況を伝えて、殺し屋が加害者である可能性があるのかどうか、意見を聞いてみようと思う」


 その言葉に、亮助は頷いた。


「よろしく頼む」


 舞香は、部屋を出て行くと、部屋が、静かになった。


 亮助は、自分と舞香の机の境目に置かれた、黒電話を見つめた。


 犯人からの連絡を待つためのものだ。


 今、この状態でベルが鳴れば、その音は、部屋中に響き渡るだろう。


 その時、俺は平常心でいられるだろうか───と、亮助は想像した。


 考えないように、考えすぎないように───そう思えば思うほど、深く考えてしまうのが人間である。


 捜査に支障をきたすようなことは、あってはならない───亮助は繰り返し、自分にそう言い聞かせ続けてきた。だから考えるな───と。


 しかし、頭は考えることをやめなかった。


 ただひたすらに、どうしようもなく考え続けた。


 今も、この瞬間も。


 犯人は、"あいつ"なのではないか───もう何度目かも分からぬ問いを、亮助は自分にぶつけた。


 ※


「この人に、見覚えはある?」


 舞香はこの日11度目の問いをして、写真を差し出した。


 ガラス越しにいる東野ひがしの 隆行たかゆきという名の受刑者は、まじまじと三枝成仁の顔を見つめた。


 そして、「あぁ」と間の抜けたような声を上げた。


「あるような、ないような───いや、きっと、あるな」


 そう言って、東野はボサボサの髪の毛を掻いた。


 東野は、舞香よりも20歳は若い───20代後半くらいの男だった。


「はっきりして」


 舞香は鋭い視線を向けた。


「あるとしたら、それは、どこで、何で、なのか───具体的なこと、思い出せる?」


 東野は「うーん」と唸った。


「どこだったかな。でも、確かに、見覚えあるんだよな」


 東野は「同類なんでしょ?この人」と、自らを指した。


 舞香は頷いた。


「そう。あなたと同じ、殺し屋」


「だとしたら……」


 東野は、首を傾け、考え込むような仕草を見せた。


 随分と協力的な殺し屋だ───と舞香は思った。


「あっ」


 東野が短く声を上げた。


「思い出した」


 舞香はその声に、耳を傾けた。


「俺の住まいに訪ねてきたことがあったんだ、この人」


「あなたの、住まい?」 


「そう」


 東野は「うん」と頷いた。


「俺が捕まる、ちょっと前だった。」


 舞香はその言葉に、手元の資料を捲った。


「あなた、先月の末、"ASSASSIN"に捕らえられて、ここに来たんだよね?」


「9月の、30日。覚えてる」


 それを悔やむ様子もなく、東野は言った。


「ということは、三枝さんがあなたの住まいを訪ねてきたのは、9月30日より、少し前ってことね」


「正確な日にちは覚えてないけど、深夜だったよ」


 東野は視線を上に向けて言った。


「俺は、布団に入って、寝ようとしてたところだったんだけど、ドアの向こうから、怒鳴り声がして」


「待って」


 舞香はその言葉を、手で制した。


「あなたの住まいって、具体的にどこなの?」


 東野のぼんやりとした目が舞香に向けて戻ってきた。


「地下街」


 東野は答えた。


「"ヒドゥンストリート"って、知ってる?」


 舞香は内心「知らないわけないじゃない」と思いながら頷いた。


 "ヒドゥンストリート"───隠された街道。


「"ヒドゥンストリート"にある地下街なの?」 


「そう。中がアパートみたいな作りになってて、何人も、そこで暮らしてた」 


「入居者は、全員殺し屋?」  


 東野は「うん」と頷いた。その後で、「だけど」と言った。


「他のとこと比べて、かっちりした感じではなかった。俺みたいな若手とか、高齢の人とか、いわば、"あまり使いものにならない"人がよって集ってたんだ。だからこそ、みんな分かり合って、支え合って暮らしてた」


「だからなんだろうな」と、東野は、ほんの僅かに目を伏せた。


「"お前ら全員ここを出て行け"って、この人言ったんだ」


 東野は三枝成仁の顔をじっと見つめた。


「"お前らは平和ボケしてる。こんなところにいたら腐るぞ。今すぐ出て行け"って。住人で1人、"どうして見ず知らずのあんたにそんなことを言われなきゃいけないんだ"って言い出した人がいたんだけど、"上からの命令だ"って跳ね返されてた」


 東野はぽつりと「俺さ」と、言った。


「馬鹿だったんだよな。その言葉、真に受けちゃって。抜け出したんだ、こんなところで死んでられないって思ったんだよ」


 指示にに従わず、この地下街に残った者に待つのは、死だ。殺されるのをただ待つだけなんてたまるか───そう、東野は思ったのだろう。


「それで、ブラブラしてたら、"ASSASSIN"に見つかった。馬鹿だよなぁ、ほんとに」


 東野はゆるりと首を振った。


「……こいつの言葉が本当なのか確かめずに抜け出すなんてさ」


 その視線の先には、三枝成仁の顔があった。


 舞香は「この人は」と写真に目を向けた。


「一昨日、山奥で遺体となって発見されたの」


 そこで舞香は事件の概要を東野に説明した。


「あなたの目から見て、三枝さんは、どんな人だった?」


「どんな人って、知らないよ。言ったじゃん、一方的に住んでるところに怒鳴り込まれただけだって」


 舞香はチラリと東野を見た。


「あなた、殺し屋でしょ?」


 舞香は「だったら」と三枝成仁の写真を持ち上げた。


「話さなくたって、相手が、どういう性格か、どれくらいの実力があるのか、自分より立場が上か───見分けることができるんじゃないの?」


 そう言うと、初めて東野が表情に動きを見せた。ムッとしたような、そんな目をした。


「中堅くらいかな」


 いささか、機嫌を損ねたようだ。


「俺よりは、キャリアも実力も上。性格は、冷静ではない。突然、怒り散らかしてきたからね」


「後のことは知らないし、覚えてない」と東野は言った。


「じゃあ───」


 舞香は鞄の中から密閉袋を取り出した。


「このロープに、見覚えはない?」 


 凶器として使われた、紫色のロープ。


 東野の目が、それを捉えた。


「───知らないね」


 東野はすっと目を逸らした。


 舞香はその横顔を見つめた。


 嘘だ───この男は、嘘を吐いている。


「もう、いいでしょ」


 東野は、パイプ椅子から立ち上がった。


 舞香はその背を呼び止めなかった。


 これ以上問い詰めても、逆効果なような気がしたのだ。


 今日はここまでか───そう思った時。


 ドアの前に立った東野が、何かを思い出したかのように振り返った。


「あ、そういや」


 東野はチラリと、舞香の前に備え付けられたカウンターに目を向けた。


「その人、"アイズ"のメンバーだと思うよ」

 舞香は、目を見張った。


 はっと気が付いた時、東野の姿は、ドアの向こうに消えていた。

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